俯く俺たちに告ぐ

文字の大きさ
上 下
22 / 40
時には曇天

5

しおりを挟む
 ある日の夕方、フロアに入ると待っていたとばかりに手を振られた。

「おー高田! 救世主!」

 青鬼の手のひらを返した物言いにげんなり思いながら、愛想笑いを張り付けて会釈する。相手をよく”見ている”八代さんもこんな気分だったのだろうか。俺も昔はその内の一人だったわけだ。腹の底がこそばゆい。

 きっと青鬼も嫌味ではなく、本当に褒めてくれているのだろう。しかし、当人には都合のいい持ち上げは嘘くさく聞こえてしまうことをやっと思い知った。人の振り見て我が振り直せとはこのことか。青鬼は、俺の前まで寄ってきて肩を軽く組んできた。満面の笑み付だ。こんなことはもちろん、入社以来初めての経験である。

「いやー! 高田が取ったクジームが結構なところでな。ほら、先週俺も挨拶に行っただろ。それのお礼だとかで電話をもらったんだが、元々の話では既存イベントのプロデュースを引き継ぐだけだったのが、高田を気に入ってくれて、イベントサイト立ち上げも任せようか検討してくれてるそうだ! もし決まれば、それだけで今期のノルマ超えそうだぞ」

「ほ、ほんとですか」

 異常に上機嫌な訳が分かった。これはさすがに動揺も隠せない。今回受注したプロデュース案件だって、毎年行われる大規模なイベントだから通常の倍は請求出来るところで喜んでいたのに、さらに新規サイトの立ち上げもだなんて。確かに水谷さんと会った時に新規サイトの話は出ていたが、まさかこちらに振ってくるとは思いもしなかった。

 もし本当に、この話が現実となれば、一千万円は下らない大型受注になる。通常の場合、大騒ぎされて精々数百万である。俺にとっても会社にとっても、かなり重要な局面にいることを理解した。

「デザインだけじゃなくてシステム関連……サイト全体を任せてくれるってことですか」

 うちはあくまでイベントをプロデュースする会社のため、イベントサイトなどのインターネットサービスに関してはオプション的な扱いでデザイン部門しかない。更新作業を受注した場合はシステムを外注で頼んでいるので、全体を任されるのであれば、外注に依頼するにも時間と人数が必要になる。

 何故、サイト作成をメインで行う大手企業ではなく、うちを選んだのかいまいち理解に苦しむ。頷く青鬼を見て、大変なことになった驚きの気持ちと初めての案件に心浮つく気持ちが、ぐるぐる体中を駆け巡った。

──でも、面白い!

 やっと仕事の面白さを感じた気がする。やりがいという言葉が頭の中を駆けていく。こうしてはいられない。水谷さんに連絡をしてみよう。

 まずは、当面受注したイベントの進捗を聞いてみて相手の出方を探る。こちらは親身になって考えている一営業マンで、印象を少しでも良くするのだ。姑息だと言われようが、こちらだってビジネス。全く真正直に「新規サイトの立ち上げはうちに任せてください」など最初からぐいぐいいってしまっては、受注出来るものも出来なくなる。さっそくスマートフォンを取り出し、水谷さんの番号を探った。



「はい、はい。有難う御座います!」

 見えない相手に、立って何度もお辞儀をしながら通話を終わらせる。息を吐いて背もたれにもたれて座ると青鬼が飛んできて、顔面凶器みたいな表情でデスクに手を付かれた。

──威圧感ばかり先行するけど、この人も営業なんだよなぁ。課長になったんだから、それなりの成果を残してきたんだろ。この顔面で。ある意味すごい。

「ど、どうだっ」

 俺は無言でピースサインだけ出す。

「まだ内々定ってとこですけど、イベントが今年で十周年なので、記念してイベントサイトを立ち上げることが決定したのは本当みたいです。で、予定が決まれば多分うちに……というニュアンスの言葉は頂けました」

 青鬼の染みついた眉間の皺が、じわじわ緩まっていく。デスクに置いていた両手を乱暴に掴まれ、無理やり頭上に上げさせられる。

「やったー! 救世主!」
「違いますって! まだ内々定で、それに恥ずかしいです!」
「これが黙ってられるか! おーい、今日は営業で飲み会だ」

 すでに受注が決まったような素振りの青鬼に、俺は赤くなったり青くなったり忙しい。事の次第を盗み聞きしていた周りの連中も、青鬼に乗っかって盛り上がりだした。荒田なんか俺より真っ赤にしながらジャンプしている。スカートではしゃがないでくれ。これだから営業は。俺も盛り上がっている人間がいると、積極的に輪に入って叫びたくなる同じ種類の人間だけれども。

「あ」

 俺がふいに声を上げて青鬼が振り向く。

「どうした、高田。今日都合が悪いなんて言うなよ?」
「いえいえ、そんなことは!」

 笑顔で飲み会を強制してくる青鬼は置いておくとして、重大なことに気が付いてしまった。

「俺、イベントの現場に行く仕事しかやってなかったんで、更新作業以外はサイトの立ち上げなんて案件全然分からないんですけど……サイトのデザインの流行とか攻め方とか、そもそもネット関連の知識も無いしどうやってやるんですかね?」

 言い終わるや否や青鬼の鉄拳がこめかみを貫いた。

「研修でやっただろうがぁ!」
「はいぃッ」

──パワハラァ!

「サイト関連に詳しい奴を付けてやる。みっちりしごいてもらえ」
「はいッ申し訳ありません! そしてパワハラです!」
「申し訳ない!」

 思ったことを勢いで言ってしまったのに、素直に謝られて動揺する。こんな人だっただろうか。

「高田、内線入れるからちょっと待ってろ」
「有難う御座います!」

 糸で吊られた人形になった俺は、青鬼が俺に教えてくれる先輩に電話で掛けあってくれている間、微動だにせずただただ体を硬直させて上を向いているしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

視界を染める景色

hamapito
青春
高校初日。いつも通りの朝を迎えながら、千映(ちえ)はしまわれたままの椅子に寂しさを感じてしまう。 二年前、大学進学を機に家を出た兄とはそれ以来会っていない。 兄が家に帰って来ない原因をつくってしまった自分。 過去にも向き合えなければ、中学からの親友である美晴(みはる)の気持ちにも気づかないフリをしている。 眼鏡に映る世界だけを、フレームの中だけの狭い視界を「正しい」と思うことで自分を、自分だけを守ってきたけれど――。    * 眼鏡を新調した。 きゅっと目を凝らさなくても文字が読める。ぼやけていた輪郭が鮮明になる。初めてかけたときの新鮮な気持ちを思い出させてくれる。だけど、それが苦しくもあった。 まるで「あなたの正しい世界はこれですよ」と言われている気がして。眼鏡をかけて見える世界こそが正解で、それ以外は違うのだと。 どうしてこんなことを思うようになってしまったのか。 それはきっと――兄が家を出ていったからだ。    * フォロワー様にいただいたイラストから着想させていただきました。 素敵なイラストありがとうございます。 (イラストの掲載許可はいただいておりますが、ご希望によりお名前は掲載しておりません)

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

打ち抜きレッドライン〜平々凡々な僕と噂のビッチゲーマーが大会Lv.99へ挑戦する〜

どっぽは苦手なんだ
青春
近未来、没入型VRゲームが流行する時代。主人公、山田健一は平々凡々な大学生。その日常は活気もなく、バイトと学業が中心だった。そんな彼の生活は、喫煙所で出会った後輩に話しかけられたことで一変する。 学年を飛び越え、様々な男を連れ込むビッチと噂のある女。周囲は冷ややかな視線を向けていたが、実際にはゲームに情熱を注ぐ繊細な少女であることを誰も知らなかった。彼女の願いは名が残る大会で「実績」を残すこと。 この物語は、愛と友情、挫折と成功、努力の結果を描いた青春の物語。彼女の思惑に健一は揺れ動く。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

処理中です...