13 / 40
青天の霹靂
4
しおりを挟む
八代さんの話によれば、自分が死んだことは意識が戻ってすぐ理解したらしい。そもそも自ら車に飛び込んだわけだから、葬式の遺影を見てすぐに自分のだと思い至ったのだそうだ。
ふらふらうろついてみたが誰も八代さんに気付く人はおらず、どうやってたどり着いたのか、気が付いたら俺のマンションにいて現在この状態である。それにしても何故、俺には視えるのだろう。八代さんの話によれば、俺だけということになる。
「何でだろうなぁ。高田とその日会ってたからかな? それで波長があったとか」
「別に俺、霊感とかゼロですよ」
真面目な返答に「普通そうだろ」と笑っている八代さんは、まるで生きている八代さんで、それがやけに哀しさを助長させる。
──本当にホンモノ……。
何とはなしに腕を前へ伸ばして探ってみる。やはり八代さんに触ることは出来なくて、視えているからこそ、もう同じ世界にいないことを俺は実感していた。ところで、八代さんと話すことは出来たのはいいが、この後どうしたらいいのだろうか。
「そうだ、彼女さんのとこは」
「最初に行ったさ」
「あ、そ、そうでしたか」
珍しく、相手の言葉を最後まで聞かず俺に被せて言う八代さんを見て、口を噤む。ということは、視えなかったのだ。後輩の一人である俺よりも、確実に傍にいたい彼女に自分を見てもらえないのは、経験が無い俺にすら辛いことは分かる。もうこの話題は出さないようにしよう。
「今、もしかして俺って浮遊霊ってやつかな」
「ふゆ……そっすね」
言葉にしてみると随分おっかない気持ちになるが、八代さん本人が言うのだからそういうことになる。相手が八代さんで触れない以外一つも変わった様子がないからこうして話し合っていられるものの、状況だけで判断すると随分おかしなことに巻き込まれていることが分かる。
「成仏しないといけないんですよね?」
「多分?」
「ですよね……」
見本や知識が無いことがこんなにも大変だということを改めて知る。お互いに疑問文で聞き合うこと数分、とりあえず数日か、はたまた何十日になってしまうかもしれないが、流れに任せて様子を見ることにした。誰に聞いたところで、答えを知っている者など誰一人としていないのは始めから分かっている。初めての同居が彼女どころか男の先輩でさらに幽霊とは、人生何が起きるか自分でも分からないものだ。
休日は特に変わり映えは無く、月曜日を迎えた。地獄へ向かう一週間が始まる一番嫌いな曜日であるが、状況が状況だけにふわふわした気持ちで朝が過ぎていく。
「お早う御座います」
「おはよう」
「朝からぱりっとしてますね」
「高田は眠そう」
八代さんは土日でいなくなることなく、今朝もここにいる。同居人がいるみたいで変な感じだ。
いつもより早く起きてしまったので、その時間だけ早く家を出る。駅のホームに立ってみたら、やってきた電車は少し空いていた。座れる程ではなかったが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれることもない。明日もこの電車に乗ろう。
電車を降りた後の足取りは不思議と軽やかで、無理やり引きずっていた先週までが嘘に思える程だった。周りは何も変わっていない。変わったのは、俺と、八代さんだった。
「八代さんの状態が異常過ぎて、会社が嫌だってことも忘れそうです」
独り言のように呟く。実際、人に見られていたら完全にぶつぶつ一人で話す怪しい男になってしまうが、俺の後ろには一昨日から八代さんがいる。小さく笑う声が聞こえた。
「今の俺にも役に立つことがあってよかったよ」
「よくないですよ。八代さん彷徨ってるんですよ?」
「そうだなあ」
楽観的なのか、死んでまで後輩の心配をするなど俺には理解出来ない。のうのうと生きているだけで誰の役にも立たないのは、果たして死んだ八代さんより価値があるのだろうか。
急に重くなった空気を察してか、社内へ入る前に八代さんはふらりと別の方向へ歩いて行ってしまった。軽く見送ってからドアを開ける。中は数日前の暗い雰囲気のままだった。いつもより低いトーンで挨拶をして、今日の準備を始める。幸い、締切が間近の案件も無いので、ゆっくり進めさせてもらおう。ちらりと見つからないよう青鬼を見遣る。さすがの彼も誰かに当たり散らす余裕が無いらしく、自慢の青いネクタイも少しくたびれていた。
昼休みになった。外回りのため、昼食は外に食べることにして会社を出る。少し前から八代さんは社内にいたが、やはり誰も気付く者はいない。本当に俺にしか視えないことが分かって、段々責任重大なことを引き受けてしまった気がしてきた。
八代さんも最初から分かっていたのか、誰かに話しかけてみたり触ったりすることはしていない。そもそも、触ったところですり抜けてしまうだけだが。ぼんやり空を眺める八代さんを連れて歩く形で、昼食後すぐアポを取ってある一社目を目指した。
──付いてきてくれるんだ。ちょっと心強いかも。
ふらふらうろついてみたが誰も八代さんに気付く人はおらず、どうやってたどり着いたのか、気が付いたら俺のマンションにいて現在この状態である。それにしても何故、俺には視えるのだろう。八代さんの話によれば、俺だけということになる。
「何でだろうなぁ。高田とその日会ってたからかな? それで波長があったとか」
「別に俺、霊感とかゼロですよ」
真面目な返答に「普通そうだろ」と笑っている八代さんは、まるで生きている八代さんで、それがやけに哀しさを助長させる。
──本当にホンモノ……。
何とはなしに腕を前へ伸ばして探ってみる。やはり八代さんに触ることは出来なくて、視えているからこそ、もう同じ世界にいないことを俺は実感していた。ところで、八代さんと話すことは出来たのはいいが、この後どうしたらいいのだろうか。
「そうだ、彼女さんのとこは」
「最初に行ったさ」
「あ、そ、そうでしたか」
珍しく、相手の言葉を最後まで聞かず俺に被せて言う八代さんを見て、口を噤む。ということは、視えなかったのだ。後輩の一人である俺よりも、確実に傍にいたい彼女に自分を見てもらえないのは、経験が無い俺にすら辛いことは分かる。もうこの話題は出さないようにしよう。
「今、もしかして俺って浮遊霊ってやつかな」
「ふゆ……そっすね」
言葉にしてみると随分おっかない気持ちになるが、八代さん本人が言うのだからそういうことになる。相手が八代さんで触れない以外一つも変わった様子がないからこうして話し合っていられるものの、状況だけで判断すると随分おかしなことに巻き込まれていることが分かる。
「成仏しないといけないんですよね?」
「多分?」
「ですよね……」
見本や知識が無いことがこんなにも大変だということを改めて知る。お互いに疑問文で聞き合うこと数分、とりあえず数日か、はたまた何十日になってしまうかもしれないが、流れに任せて様子を見ることにした。誰に聞いたところで、答えを知っている者など誰一人としていないのは始めから分かっている。初めての同居が彼女どころか男の先輩でさらに幽霊とは、人生何が起きるか自分でも分からないものだ。
休日は特に変わり映えは無く、月曜日を迎えた。地獄へ向かう一週間が始まる一番嫌いな曜日であるが、状況が状況だけにふわふわした気持ちで朝が過ぎていく。
「お早う御座います」
「おはよう」
「朝からぱりっとしてますね」
「高田は眠そう」
八代さんは土日でいなくなることなく、今朝もここにいる。同居人がいるみたいで変な感じだ。
いつもより早く起きてしまったので、その時間だけ早く家を出る。駅のホームに立ってみたら、やってきた電車は少し空いていた。座れる程ではなかったが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれることもない。明日もこの電車に乗ろう。
電車を降りた後の足取りは不思議と軽やかで、無理やり引きずっていた先週までが嘘に思える程だった。周りは何も変わっていない。変わったのは、俺と、八代さんだった。
「八代さんの状態が異常過ぎて、会社が嫌だってことも忘れそうです」
独り言のように呟く。実際、人に見られていたら完全にぶつぶつ一人で話す怪しい男になってしまうが、俺の後ろには一昨日から八代さんがいる。小さく笑う声が聞こえた。
「今の俺にも役に立つことがあってよかったよ」
「よくないですよ。八代さん彷徨ってるんですよ?」
「そうだなあ」
楽観的なのか、死んでまで後輩の心配をするなど俺には理解出来ない。のうのうと生きているだけで誰の役にも立たないのは、果たして死んだ八代さんより価値があるのだろうか。
急に重くなった空気を察してか、社内へ入る前に八代さんはふらりと別の方向へ歩いて行ってしまった。軽く見送ってからドアを開ける。中は数日前の暗い雰囲気のままだった。いつもより低いトーンで挨拶をして、今日の準備を始める。幸い、締切が間近の案件も無いので、ゆっくり進めさせてもらおう。ちらりと見つからないよう青鬼を見遣る。さすがの彼も誰かに当たり散らす余裕が無いらしく、自慢の青いネクタイも少しくたびれていた。
昼休みになった。外回りのため、昼食は外に食べることにして会社を出る。少し前から八代さんは社内にいたが、やはり誰も気付く者はいない。本当に俺にしか視えないことが分かって、段々責任重大なことを引き受けてしまった気がしてきた。
八代さんも最初から分かっていたのか、誰かに話しかけてみたり触ったりすることはしていない。そもそも、触ったところですり抜けてしまうだけだが。ぼんやり空を眺める八代さんを連れて歩く形で、昼食後すぐアポを取ってある一社目を目指した。
──付いてきてくれるんだ。ちょっと心強いかも。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
さよなら。またね。
師走こなゆき
青春
恋愛系。片想い系。5000文字程度なのでサラッと読めます。
〈あらすじ〉
「行ってきます」そう言って、あたしは玄関を出る。でもマンションの階段を下りずに、手すりから四階下の地面を見下ろした。
マンションの一階の出入り口から、紺のブレザーを着た男子学生が出てくる。いつも同じ時間に出てくる彼。
彼は、あたしと同じ高校に通ってて、演劇部の一つ上の先輩で、あたしの好きな人。
※他サイトからの転載です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
あまやどり
奈那美
青春
さだまさしさんの超名曲。
彼氏さんの視点からの物語にしてみました。
ただ…あの曲の世界観とは違う部分があると思います。
イメージを壊したくない方にはお勧めできないかもです。
曲そのものの時代(昭和!)に即しているので、今の時代とは合わない部分があるとは思いますが、ご了承ください。
萬倶楽部のお話(仮)
きよし
青春
ここは、奇妙なしきたりがある、とある高校。
それは、新入生の中からひとり、生徒会の庶務係を選ばなければならないというものであった。
そこに、春から通うことになるさる新入生は、ひょんなことからそのひとりに選ばれてしまった。
そして、少年の学園生活が、淡々と始まる。はずであった、のだが……。
片翼のエール
乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」
高校総体テニス競技個人決勝。
大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。
技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。
それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。
そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。
水曜日は図書室で
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。
見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。
あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。
第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました!
本当にありがとうございます!
山田がふりむくその前に。
おんきゅう
青春
花井美里 16歳 読書の好きな陰キャ、ごくありふれた田舎の高校に通う。今日も朝から私の前の席の山田がドカっと勢いよく席に座る。山田がコチラをふりむくその前に、私は覚悟を決める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる