俯く俺たちに告ぐ

文字の大きさ
上 下
4 / 40
雨のち雨

4

しおりを挟む
 学生の時確かに「今を生きるのに過ぎたことを勉強したって無駄、関数やっても社会に出たら必要ない」そんな風に思っていた。八代さんのように考えながら勉強していたら少しは今が違って見えていたのだろう。やはり元から違う、こんなに近くにいるのに手を伸ばしても届かない程遠くに感じた。

 二人でしばらく話していたが、青鬼が戻ってきたため業務へと戻る。今日は大きめのプレゼンだ、八代さんを見習って少しだけ背筋を伸ばしてみる。こんなことくらいしか出来ないけれど、同じ高校出身で会社も一緒。真似ていればいつか彼の見る景色を感じられるかもしれない、一歩でも近づいてみたいと思った。

――トイレ行ってこよ。

 さすがの青鬼もトイレくらいは目を瞑ってくれる。それすら咎められたら、真っ黒企業まっしぐらだ。廊下を歩いていたら、不審な動きの女性を見つけた。狭い廊下を右に左にあるきまわっている。ドアに手を掛けてみては、止める。立派な不審者。

「新人さんですか?」

 社員証を首から下げた見かけない顔のスーツ姿、不安そうな表情。恐らく今年入社した社員だろう。頭一つ分下にある顔が、迷子の犬みたいな声を上げた。

「お早う御座います! そうなんです。営業二課から資料をもらってきてと言われたんですが、どこのドアから入ればいいのか分からなくて……すみません」
「ああ。営業なら課ごとにパーテーション立ててるだけだから、どのドアから入っても繋がってるよ。二課ならすぐそこだし案内するね」
「有難う御座います!」

――うんうん。元気があっていい。新人って感じ。

 来た道を二人で戻る。見知らぬ先輩に迷惑をかけたことが申し訳ないらしく、歩いている最中も謝られたが、新人なんて誰だってこんなものだから気にしないで頑張ってほしい。頑張っていない俺が思うのもあれだけれども。

 二課の目の前で別れる。何度もお辞儀をされた。俺も突然の出来事で気分転換になった。新人ちゃん、ありがたや。

 トイレ……はもういい。









「有難う御座いました。失礼致します」

 プレゼン先の相手に深々とお辞儀をして礼を言う。先方も穏やかな人柄で、話している間別段突っ込んだ質問をしてくることもなく、今日のプレゼンは無難に終わらせることが出来た。逆に言えば無難過ぎて可もなく不可もなく、だ。結果がなんとなく想像出来る。

 やはり才能がないのか、いや才能というよりセンスか。あの服のセンスがない青鬼ですら課長までは出世しているのに。つまり、役職関係無く俺は馬鹿にしている青鬼以下というわけで、一周して自分を馬鹿にしていることになる。世の中不公平に出来ているというより、きっと自分が悪い。

「頑張れよ」

 ぽんと頭に手のひらが置かれる。今日一緒に付いてきてくれたすぐ上の先輩だ。優しさが売りの先輩であるが、いつでも優しいというのも今の状況では殊更堪えた。「頑張れ」など俺にとっては嫌いな言葉で、また心にずくりと沈み込んでいく。

――俺は頑張っている、頑張っているのにこれ以上どう頑張れと言うんだ。

 頑張っているつもりで頑張っていないということか。頑張っていないんだろうな。だって、俺と同じ年齢でも、結果を出している人間はいる。納得には程遠い心うちを隠し、「はい」と素直に返事をして二人で帰社した。




 自分のデスクに鞄を置くと青鬼が待っていた。

「高田、こっち来い」
「はい」

 せっかく気持ちを切り替えようと思ったのにそうはいかないらしい。プレゼンの報告待ちだろう、また説教か。内心とぼとぼと奥に位置するデスクへ向かう。いつもより二本程多い眉間の皺が嫌な予感を演出する。

「ただいま戻りました。何かご用でしょうか」
「用ってもんじゃない、何だこれは」
「これは……って」

 ばん、と青鬼のデスクの上に乱暴に放り投げられた紙の束を見ると、今月の営業成績報告書だった。つい昨日出したものだが、何か問題でもあったのだろうか。いや、あったからこの状況なのだ。俺は恐る恐る聞いた。

「間違いがあったでしょうか」
「間違いだ? こんな簡単なことも出来ないで営業が出来るか! ここだ、ここ」

 青鬼の指し示す先を視線で追うと、計算式の羅列が目に入った。そこをよく観察してみる。ちゃんとエクセルで計算式を入れたのだから間違いは無い、はずだった。先頭から順を追っていくと、ある箇所で冷や汗が滲んだ。

「……あ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

山の上高校御馬鹿部

原口源太郎
青春
山の上にぽつんとたたずむ田舎の高校。しかしそこは熱い、熱すぎる生徒たちがいた。

さよなら。またね。

師走こなゆき
青春
恋愛系。片想い系。5000文字程度なのでサラッと読めます。 〈あらすじ〉 「行ってきます」そう言って、あたしは玄関を出る。でもマンションの階段を下りずに、手すりから四階下の地面を見下ろした。 マンションの一階の出入り口から、紺のブレザーを着た男子学生が出てくる。いつも同じ時間に出てくる彼。 彼は、あたしと同じ高校に通ってて、演劇部の一つ上の先輩で、あたしの好きな人。 ※他サイトからの転載です。

私の話を聞いて頂けませんか?

鈴音いりす
青春
 風見優也は、小学校卒業と同時に誰にも言わずに美風町を去った。それから何の連絡もせずに過ごしてきた俺だけど、美風町に戻ることになった。  幼馴染や姉は俺のことを覚えてくれているのか、嫌われていないか……不安なことを考えればキリがないけれど、もう引き返すことは出来ない。  そんなことを思いながら、美風町へ行くバスに乗り込んだ。

プリムラ

霧饅苺香
青春
お庭、ファンタジー物語創作娘・野田芹香15歳。 フレンドの細川陽菜、小玉彩菜と「Q]をクリアする 青春ライフストーリィ。 (「Q]はQ&AのQ )

First Light ー ファーストライト

ふじさわ とみや
青春
鹿児島県の女子高生・山科愛は、曾祖父・重太郎の遺品の中から一枚の風景画を見つけた。 残雪を抱く高嶺を見晴るかす北国らしき山里の風景。その絵に魅かれた愛は、絵が描かれた場所を知りたいと思い、調べはじめる。 そして、かつて曾祖父が終戦直後に代用教員を務めていた街で、その絵は岩手県出身の特攻隊員・中屋敷哲が、出撃の前に曽祖父に渡したものであることを知った。 翌年、東京の大学に進学した愛は、入会した天文同好会で岩手県出身の男子学生・北条哲と出会い、絵に描かれた山が、遠野市から見上げた早池峰山であるらしいことを知る。 二人は種山ヶ原での夏合宿あと遠野を訪問。しかし、確たる場所は見つけられなかった。 やがて新学期。学園祭後に起きたある事件のあと、北条は同好会を退会。一時疎遠になる二人だったが、愛は、自身の中に北条に対する特別な感情があることに気付く。 また、女性カメラマン・川村小夜が撮った遠野の写真集を書店で偶然手にした愛は、遠野郷に対して「これから出合う過去のような、出合ったことがある未来のような」不思議な感覚を抱きはじめた。 「私は、この絵に、遠野に、どうしてこんなに魅かれるの?」 翌春、遠野へ向かおうとした愛は、東京駅で、岩手に帰省する北条と偶然再会する。 愛の遠野行きに同行を申し出る北条。愛と北条は、遠野駅で待ち合わせた小夜とともに「絵の場所探し」を再開する。 中屋敷哲と重太郎。七十年前に交錯した二人の思い。 そして、たどり着いた〝絵が描かれた場所〟で、愛は、曾祖父らの思いの先に、自分自身が立っていたことを知る――。 ※ この話は「カクヨム」様のサイトにも投稿しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

箱入り息子はサイコパス

広川ナオ
青春
 病院育ちの御曹司、天王皇帝(あもう こうだい)。  アイドルを目指す気まぐれ女子高生、緑川エリカ。  高校に進学するために上京してきたコーダイは、ある日、向かいに住むエリカが変装をして配信活動をしていたところを目撃し、秘密を知られた彼女に目をつけられてしまう。だがコーダイの聡明さを知ったエリカは、逆にコーダイを自身のプロデューサーに無理やり任命する。  ちょっぴりサイコパスな箱入り息子と天衣無縫の気まぐれ少女。二人は噛み合わないながらも配信活動を成功させていき、1年が経過した頃にはエリカはネット上で有名な女子高生アイドルになっていた。  だがそんなある日、些細なことがきっかけで二人は喧嘩別れをしてしまう。  そしてその直後から、エリカの身に異変が起き始める。秘密にしていたはずの実名や素顔、自宅の住所をネット上にばら撒かれ、学校中で虐めの標的にされ、SNSで悪口を書かれーー  徐々に心を蝕まれていく少女と、その様子を見てほくそ笑むサイコパス。  果たして生きる希望を失った少女が向かった先はーー

処理中です...