俯く俺たちに告ぐ

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雨のち雨

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 それにしても世の中不公平だ。俺には何も無くて八代さんには仕事のセンスも上司からの信頼も、とどめは彼女まで。噂では美人な彼女で結婚の約束もしたとかしないとか。どこまで俺を惨めにすれば気が済むのか、という俺の勝手な感想である。だが八代さんはそれを置いても良い人なので、距離を置くという選択肢は無い。だがせめて彼女は欲しい。

「はは、幸せって分けるもんじゃないしなー。でも、幸せかどうかは誰かが決めるんじゃなくて自分がそう思うかどうかだろ。全く同じ状況だって幸せだと思う人とそうでない人がいる」
「うう……正論過ぎて何も言い返せません」

 何故この人はこんなにも真っ直ぐなのか疑問に思う。毎日真っ直ぐで疲れてしまうのではないだろうか、たまには斜めに生きたくならないだろうか。

 二年と少し前、楽観的で楽しいことが好きな自分に合うだろうと、イベントプロデュースをしているこの会社に入った。様々な業種の会社と知り合い、その会社のイベントの場所を手配したり当日は一緒になって成功するよう影から盛り上げる。さらに、イベントに関するサイト作成のデザインも行っているので全面的にプロデュース出来、これは俺にぴったりな会社だと思い、張り切って面接を受けたのを覚えている。

 今はそれを全力で後悔している最中だけれども。盛り上げると言っても、運営側で自分が中心になることは無く、イベント会場の手配やセッティングと地味な作業が多い。営業なので実際の作業はバイトがやってくれるが、顧客との連絡や当日のバイトへの指示出しはやらなければならない。会社に帰れば、その日の報告書を作って経費で落としてもらう申請書に残業申請書の作成……残業するための申請書なのに、その作成にまた時間を費やしているのがばかばかしくなってくる。

 会社の内容が派手なだけで営業でも事務的な仕事が多くて、新人研修が終わってものの数か月でこの様だ。それなのに、一歩会社を出れば笑顔で営業して笑顔でイベントを盛り上げて、上辺だけの笑顔が癖になり、どれが本当の顔か分からなくなってしまった。

「うちってブラック企業ってやつじゃないんですかぁ」

 机に突っ伏してシャーペンを左手でぐりぐりと転がしながら独り言のように呟く。返事が欲しかったわけではない、ただ少しばかり愚痴が言いたかっただけだ。しかし、この言葉はしっかりと横にいる八代さんに伝わったらしい。

「そんなことないよ」

 一瞬きょとんとした八代さんは間を置いてそう言った。肯定してくれるとは思っていなかったが、同じ会社にいるのに平然としてられるのが不思議で、思わず反論してしまう。

「だって毎日残業じゃないですか」
「仕事がある時はそうだな」
「課長だって事あるごとに怒鳴り散らすし」
「まあ、あの人は声が大きいから興奮すると誰にでもああなる」

 俺の否定的な考えは次々にへし折られ、あまりに余裕のある彼にムキになった子どもよろしく愚痴をさらに吐露した。

「有給だって取りづらいし、残業代も今年から裁量労働? とかいうのになって最初から付いてくるの以外は付かない」
「あー、そこはグレーなんだよなあ実際。ちゃんとこのくらいは残業するっていう量の残業代を含んでいれば全く違法じゃない、でも常時それ以上やっちゃってる企業はいくらでもいる」

 俺からしたら「これならどうだ」とブラック的最大手を出したはずなのに、防御の盾も使わずさらりとかわされる。しかも彼の説明がいまいち理解出来ない。

「違法とかそうじゃないとかよく分からないっす。つか八代さんて社労士の有資格者でしたっけ? 独立でもするんですか」
「しないよ」

 間髪入れずに返ってきた八代さんの答えに首を傾げる。俺にとって資格は誰かから必要と言われてやっと取るものだった。だから、中学の時に教師から半ば強制で全員受けさせられた英語検定と大学の学部関連で取った簿記があるくらいで、自分から取ったものなど一つも無い。実習のある教員免許を取ろうとしたならば、面倒が先だってきっと教育実習へ行く前に諦めて取れなかったに違いない。

 だからわざわざ専門職の強い、さらに長い時間勉強せねば受からないような資格を取る意味が分からなかった。

「なんで取ったんですか」

 思わず口から出ていた。

――ああ、これも失礼な言い回しだ。俺は失言が多過ぎる。

 自分でも分かっているのにと少々気まずくなったが、八代さんは嫌な顔せずに答えてくれた。

「結構難しかったけどさ、これ知ってると会社のことがよく見えると思ったんだよ。別に職種に直結しなくたって人生には役立つだろ? 勉強って結果の為にするというより勉強そのものが勉強なんだ。学生の勉強だって歴史いらねーと思いながら勉強してたけど、実際はこれから役に立つことだけを学ぶんじゃなくて、そこにたどり着くために考えることを学ぶためのもので、さらにそれを使って将来への道を探すんだよ」

「そうですかー、すごいっす……」

 今の俺には到底理解が出来なかった。
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