昨日、余命を迎えた君と

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冬の海は彼女のもの

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「大丈夫?」
「うん」

 午前中は部活があり、いつもより二時間程睡眠不足な割には上手く歌えたと思う。譜面も見ずに歌えるところが多くなった。定演まであと一か月だから頑張ろう。

「定期演奏会観に行っていい?」
「もちろん」

 練習する姿を見られているので、もう恥ずかしいも何もない。むしろ、観客席に夏季がいてくれたら心強い。

 お昼はファストフードで適当に済ませ、さっそく電車に乗った。昨日とは反対方向だ。南へ南へ、窓から見える景色から高層ビルが消えて、いつの間にか古き良き建物が多くなった。

「わ、海だよ」

 電車の中だからか冬だからか、海が見えてきても潮の匂いはしない。僕たちは乗客が数人しかいない電車を降りた。

 予想していたが、それ以上に風が冷たくてポケットに手を突っ込んだ。手袋をしているのにそれでも寒い。僕はマフラーに顔を埋めた。

 その横で夏季が走り出す。

「元気だなぁ」

 幽霊に元気も何も無いけれども、走っている夏季を見ていると幼稚園を思い出して嬉しくなる。あの頃はどこにでもいる活発な子どもだった。

 夏季が迷いなく海に入る。僕も夏季を追いかけて海のぎりぎり手前で立ち止まった。

「冷たい!」
「分かるの!?」

 夏季の言葉に僕が驚いた声を上げる。夏季は満面の笑みで首を振った。

「ううん。でも、冷たい!」
「そっか。いいね!」

 さすがに僕は入れなかった。だって今、二月だし。

 いや、せっかくだから入ってみるか。夏季が入って、僕が入らないのはなんだか嫌だ。

 靴下を脱いで、足の先をちょんと海に付けてみる。僕は飛び上がった。

「冷たぁッッ」
「あはは! 無理しないで」

 お腹を抱えて笑われた。
 笑顔が見られるなら、冬の海に入るのも悪くない。




 上機嫌で帰宅した日曜日から二日、僕は朝から体調を崩していた。いや、精神的なものだから崩しているわけではない。ただ、体調が悪く感じているだけだ。

 今日は第一志望の合格発表の日である。

 はっきり言って自信は無い。絶対落ちたとは思わないけれども、受かったとも思えていない。

 これで受かったら、夏季の前で格好良いところを見せられるのに。

 でも、じたばたしたところで結果が変わるわけではない。重い重い腰を上げて家を出る。

「ふぅ~……」

 道を歩いているだけなのに無駄に深呼吸しちゃう。

 第二志望の時もこんな感じだったなぁ。あれで落ちてたら、今日を絶望顔で迎えていたところだったから受かっててよかった。

 夏季が隣で僕と一緒に深呼吸してくれている。いや、この顔は夏季も緊張している。

 二人して難しい顔をしながら電車に乗り、大学の最寄り駅で降りた。

 というか、わざわざこの場所に来なくても家で合否の結果は分かるのだけれど、なんとなく来てみた。臨場感を味わいたいというか何というか。
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