7 / 11
冬の海は彼女のもの
しおりを挟む
「大丈夫?」
「うん」
午前中は部活があり、いつもより二時間程睡眠不足な割には上手く歌えたと思う。譜面も見ずに歌えるところが多くなった。定演まであと一か月だから頑張ろう。
「定期演奏会観に行っていい?」
「もちろん」
練習する姿を見られているので、もう恥ずかしいも何もない。むしろ、観客席に夏季がいてくれたら心強い。
お昼はファストフードで適当に済ませ、さっそく電車に乗った。昨日とは反対方向だ。南へ南へ、窓から見える景色から高層ビルが消えて、いつの間にか古き良き建物が多くなった。
「わ、海だよ」
電車の中だからか冬だからか、海が見えてきても潮の匂いはしない。僕たちは乗客が数人しかいない電車を降りた。
予想していたが、それ以上に風が冷たくてポケットに手を突っ込んだ。手袋をしているのにそれでも寒い。僕はマフラーに顔を埋めた。
その横で夏季が走り出す。
「元気だなぁ」
幽霊に元気も何も無いけれども、走っている夏季を見ていると幼稚園を思い出して嬉しくなる。あの頃はどこにでもいる活発な子どもだった。
夏季が迷いなく海に入る。僕も夏季を追いかけて海のぎりぎり手前で立ち止まった。
「冷たい!」
「分かるの!?」
夏季の言葉に僕が驚いた声を上げる。夏季は満面の笑みで首を振った。
「ううん。でも、冷たい!」
「そっか。いいね!」
さすがに僕は入れなかった。だって今、二月だし。
いや、せっかくだから入ってみるか。夏季が入って、僕が入らないのはなんだか嫌だ。
靴下を脱いで、足の先をちょんと海に付けてみる。僕は飛び上がった。
「冷たぁッッ」
「あはは! 無理しないで」
お腹を抱えて笑われた。
笑顔が見られるなら、冬の海に入るのも悪くない。
上機嫌で帰宅した日曜日から二日、僕は朝から体調を崩していた。いや、精神的なものだから崩しているわけではない。ただ、体調が悪く感じているだけだ。
今日は第一志望の合格発表の日である。
はっきり言って自信は無い。絶対落ちたとは思わないけれども、受かったとも思えていない。
これで受かったら、夏季の前で格好良いところを見せられるのに。
でも、じたばたしたところで結果が変わるわけではない。重い重い腰を上げて家を出る。
「ふぅ~……」
道を歩いているだけなのに無駄に深呼吸しちゃう。
第二志望の時もこんな感じだったなぁ。あれで落ちてたら、今日を絶望顔で迎えていたところだったから受かっててよかった。
夏季が隣で僕と一緒に深呼吸してくれている。いや、この顔は夏季も緊張している。
二人して難しい顔をしながら電車に乗り、大学の最寄り駅で降りた。
というか、わざわざこの場所に来なくても家で合否の結果は分かるのだけれど、なんとなく来てみた。臨場感を味わいたいというか何というか。
「うん」
午前中は部活があり、いつもより二時間程睡眠不足な割には上手く歌えたと思う。譜面も見ずに歌えるところが多くなった。定演まであと一か月だから頑張ろう。
「定期演奏会観に行っていい?」
「もちろん」
練習する姿を見られているので、もう恥ずかしいも何もない。むしろ、観客席に夏季がいてくれたら心強い。
お昼はファストフードで適当に済ませ、さっそく電車に乗った。昨日とは反対方向だ。南へ南へ、窓から見える景色から高層ビルが消えて、いつの間にか古き良き建物が多くなった。
「わ、海だよ」
電車の中だからか冬だからか、海が見えてきても潮の匂いはしない。僕たちは乗客が数人しかいない電車を降りた。
予想していたが、それ以上に風が冷たくてポケットに手を突っ込んだ。手袋をしているのにそれでも寒い。僕はマフラーに顔を埋めた。
その横で夏季が走り出す。
「元気だなぁ」
幽霊に元気も何も無いけれども、走っている夏季を見ていると幼稚園を思い出して嬉しくなる。あの頃はどこにでもいる活発な子どもだった。
夏季が迷いなく海に入る。僕も夏季を追いかけて海のぎりぎり手前で立ち止まった。
「冷たい!」
「分かるの!?」
夏季の言葉に僕が驚いた声を上げる。夏季は満面の笑みで首を振った。
「ううん。でも、冷たい!」
「そっか。いいね!」
さすがに僕は入れなかった。だって今、二月だし。
いや、せっかくだから入ってみるか。夏季が入って、僕が入らないのはなんだか嫌だ。
靴下を脱いで、足の先をちょんと海に付けてみる。僕は飛び上がった。
「冷たぁッッ」
「あはは! 無理しないで」
お腹を抱えて笑われた。
笑顔が見られるなら、冬の海に入るのも悪くない。
上機嫌で帰宅した日曜日から二日、僕は朝から体調を崩していた。いや、精神的なものだから崩しているわけではない。ただ、体調が悪く感じているだけだ。
今日は第一志望の合格発表の日である。
はっきり言って自信は無い。絶対落ちたとは思わないけれども、受かったとも思えていない。
これで受かったら、夏季の前で格好良いところを見せられるのに。
でも、じたばたしたところで結果が変わるわけではない。重い重い腰を上げて家を出る。
「ふぅ~……」
道を歩いているだけなのに無駄に深呼吸しちゃう。
第二志望の時もこんな感じだったなぁ。あれで落ちてたら、今日を絶望顔で迎えていたところだったから受かっててよかった。
夏季が隣で僕と一緒に深呼吸してくれている。いや、この顔は夏季も緊張している。
二人して難しい顔をしながら電車に乗り、大学の最寄り駅で降りた。
というか、わざわざこの場所に来なくても家で合否の結果は分かるのだけれど、なんとなく来てみた。臨場感を味わいたいというか何というか。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わかばの恋 〜First of May〜
佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。
そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。
王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら……
※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。
アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜
百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。
◆あらすじ◆
愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」
頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。
「来世に期待して死ぬの」
「今世にだって愛はあるよ」
「ないから、来世は愛されたいなぁ……」
「来世なんて、存在してないよ」
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
初愛シュークリーム
吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。
第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます
「piyo-piyo」~たまきさんとたまごのストーリー
卯月ゆう
ライト文芸
僕は会社の昼休みに卵料理専門店を見つけた。
「piyo-piyo」とマスターは僕を迎えてくれる。
それは春の出会いだった……。
✼┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❅*॰ॱ
オフィス街の中にある、のんびりした静かなお店です。
色んな料理があなたをおもてなしします。
ここは、心温まる明るい場所。
甘い卵と共にふあふあした満足を包み込みます。
マスター:玉井たまき
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
鬼の子
柚月しずく
青春
鬼の子として生まれた鬼王花純は、ある伝承のせいで、他人どころか両親にさえ恐れられる毎日を過ごしていた。暴言を吐かれることは日常で、誰一人花純に触れてくる者はいない。転校生・渡辺綱は鬼の子と知っても、避ける事なく普通に接してくれた。戸惑いつつも、人として接してくれる綱に惹かれていく。「俺にキスしてよ」そう零した言葉の意味を理解した時、切なく哀しい新たな物語の幕が開ける。
この命が消えたとしても、きみの笑顔は忘れない
水瀬さら
青春
母を亡くし親戚の家で暮らす高校生の奈央は、友達も作らず孤独に過ごしていた。そんな奈央に「写真を撮らせてほしい」としつこく迫ってくる、クラスメイトの春輝。春輝を嫌っていた奈央だが、お互いを知っていくうちに惹かれはじめ、付き合うことになる。しかし突然、ふたりを引き裂く出来事が起きてしまい……。奈央は海にある祠の神様に祈り、奇跡を起こすが、それは悲しい別れのはじまりだった。
孤独な高校生たちの、夏休みが終わるまでの物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる