昨日、余命を迎えた君と

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動物園へ行こう

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 翌朝、僕はいつもより三十分も早く起きてしまった。横には夏季がいた。ほっと胸を撫で下ろす。

「おはよう」

 彼女は笑顔でそう言った。

 十五時、学校へと向かった。今は自由登校期間だから、三年生で登校している生徒はまずいない。せいぜい合格報告に来るか、僕のように部活に顔を出す生徒くらいだ。

 定期演奏会も自由参加なのだが、一、二年生だけでは十人しかおらず、三年生も全員参加することになった。よっぽどの強豪校でなければ、どの高校の合唱部も似たようなものらしい。

 僕は三年間で一度も県大会に進めなかった。でも、それなりに楽しかった。

「あ、先輩。おめでとう御座います!」
「ありがとう」

 部室に入った瞬間、二年の後輩に声をかけられた。まだ受験が終わって三日しか経っていないから、結果が着ていないのもあるのに。まあ、第二志望は合格発表されていて浪人は免れているのでいいけど。我ながら頑張った。

 見渡すと、三年は僕合わせて三人いた。あと一人はまだ受験が残っているからこれで全員だ。十三人いれば混成四部合唱もどうにかなる。

 部屋の隅には夏季が立っていて、こちらに手を振っている。やっぱり誰も気にしない。僕は目を合わせて小さく頷いた。

「発声練習始めます」

 ピアノが鳴り、部活が始まった。僕の鼓動がやや速くなる。

 はっきり言って、歌うところをより発声練習を見られる方が恥ずかしい。自分でもよく分からないけれど。

 口を縦に開け、横の人と声を合わせる。夏季がそれを優しい顔で見つめていた。

 顧問が来て全体練習をする。後輩に比べて練習が足りない僕はまだ不安で楽譜を持っている。

 三月に入る頃までには覚えなくちゃ。受験が終わって勉強していた時間を自主練に当てられるからきっと大丈夫だろう。

「そこ、声合わせて」

 指揮をしながら顧問がソプラノに指示を出す。テナーの僕にも緊張が走る。

 僕たちは少人数で、一パート三、四人しかいない。少しでもずれたら目立つのだ。

 二時間の部活はあっという間に終わった。もう十七時半か。部室を出ようとして同じ三年の高橋に呼び止められた。

「野上、何か食べて帰らない?」
「ごめん! すぐ帰らないといけないんだ。また今度一緒に帰ろう」
「分かった。またな~」

 高橋には悪いことをしてしまった。でも、平日は部活が終わるともう遅い時間で遊ぶことはほとんど無かったから、気にはしていないはず。

 夜は家で二人、他愛も無い話をした。

 明日は土曜日で、部活は無い。明日だって、部活が終われば午後は暇だ。どこかへ行ってみようか。夏季は行かれなかった所、全部。

 翌朝、僕は七時に起きた。休日にしては早い方だ。ベッドの傍にいた夏季に提案する。

「動物園と遊園地、行くとしたらどっちにする?」
「動物園!」

 起きて五分で行先が決まった。さっそく準備を始める。二月の寒い日なので、確かに風を浴びるアトラクションより動物園の方が楽しめそうだ。

 朝食を済ませ、家を出る。受験が一段落しているので、親もどこへ行くのかすら聞いてこなかった。

「さむ……」

 コートを着ていても冬の朝は寒い。腕をさすっていたら、夏季が僕の腕にくっついてきた。途端、心臓が速くなる。

「あったかくはならないけど、気分だけでも」
「十分あったかいよ」

 幽霊というだけあって、夏季に体温は無い。でも、冷たくもない。不思議な感じだ。

 受験のおかげで乗り慣れた山手線で動物園の駅まで行く。まだ冬が明けていなくて入場待ちの人は誰もいなかった。

 チケットを高校生一枚買って門をくぐる。傍からはどう見えているのだろう。

 入ってすぐ、ゾウがいた。動物園は中学一年の遠足振りだから、なんだかワクワクする。
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