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「はーい。次は~相園さん家~相園さん家~」

 途中で防犯カメラの無い駐車場でナンバープレートを変え、相園の家へ向かった。どうやって投函するのかと思ったら、飲み物を購入した時のように、相園家の前で一瞬停車させて車から出ずに投函し、そのまま車を走らせた。

「ドライブスルー投函、いいでしょ」
「よく分かんないけど」

 とりあえず、近所の人間に顔を見られることはないので、いいのだろう。今日はこれで終いだ。スピードを上げた竹下に、飯塚が横から尋ねた。

「ねぇ、郵便受けに入れただけじゃ、誰が取るか分からないよ」
「大丈夫。この時間は親はいない。それに、いつも相園さんが学校帰りにチェックしてるみたいだし」
「なんでそんなこと分かるの?」

 たまに出かけることはあったが、たいてい山の中で過ごす竹下に相園家の事情を調べる時間があるとは思えない。飯塚の質問に、竹下が後部座席を指差した。

「開けていいよ」

 後部座席にある袋を引き寄せて開ける。中にはラジコンのような物が入っていた。

「なにこれ」
「知らない? ドローンって言うんだけど」
「あー……聞いたことはある」
「これをね、飛ばすの。防犯カメラより高く飛ばすから証拠は残らないよ。便利でしょ」

 確かに便利だ。飯塚はそう思うことにした。出かけていた時はメンテナンスをしたり、ドローンを動かしたり。さらに、竹下はドローンを置くために部屋を借りたと言っていた。

「だって、ずっと動かせるわけじゃないから、普段ドローン置いとく場所が必要でしょ。四人分の近くそれぞれ、一週間借りた」

「そこまでしなくても」

「俺がしたいの。準備はし過ぎくらいがちょうどいい。お金も余ってるから、こんな時じゃないと使うとこないしね」

 つくづく竹下は変わり者だと飯塚は感心した。気遣いでも何でもなく、本当に彼がしたいことなのだろう。飯塚には到底分からない。

 帰りは早かった。一時間程度で山が見えた。地元から山へ行くことが帰ると思えるなんて、一年でここが自分の家になったのだと初めて実感した。家の主にはまだ慣れない。

 相園が確認したらすぐ実行に移すのかと思ったが、竹下は数日待つと言っていた。何か理由があるのだろう。あまり反抗してこちらに脅威が向くのは嫌だ。それに、どうせ殺すのなら、今日だって一週間後だって変わらない。





「行こう」

 投函してから二日後の八月十八日、竹下が飯塚を誘った。確かに数日後ではあるが、もっと先だと思っていた飯塚は少なからず驚いた。飯塚が無言で立ち上がる。そのまま相園殺害は実行された。

 車の中で、飯塚はただ相園に話しかければいいと説明された。あとはせいぜい、人が来ないか周囲を確認するくらい。たったこれだけだった。

 たったこれだけ、それが難しかった。なにせ、相手は自分を一年以上虐めていた相手。学校内に警察がいたならば、暴行罪で逮捕されるくらいのことをやってのけた人間だ。飯塚にとって危険な人物に自ら声をかけるなんて。

「大丈夫。あっちは忘れてるよ。飯塚さんもフード被って下向いちゃえば、相園さんの顔は見えないでしょ?」
「うん」
「話しかけて気を逸らしてくれれば、処理はぜ~んぶ俺がやるから」

「分かった。やる」
「えらいえらい」

 竹下に頭を撫でられた。その手を払いのける。

「えらくなんかいない」
「そっか」

 覚悟してからはスムーズだった。あたらしいナンバープレートの車が相園の家を通っても、相園の背後を歩いても、ただ一言、彼女に放っても、飯塚の心臓はどこかへ行っていて、安定した音を奏でていた。

 竹下に捕らえられる相園はちっぽけだった。ああ、こんなものに私は振り回されていたのか、自分にがっかりした。これならば、もっと早く噛みついていればよかった。

 鮮やかな犯行を眺めてその日は終わった。大迫力の映画を観ているようだった。観客が一人の小さな映画館だった。遺体を放置したのは夜中で、防犯カメラに映らない行動をしたが、いつ誰が来るか分からない。

「え、持って帰るの、それ」

 相園の右手を黒い袋に入れる竹下に、飯塚が一歩後ずさる。

「うん。良い材料になるから。出来れば、全員分集めたいなぁ」
「へえ……」

 竹下は手伝ってくれている。それ以上のことは知らない。飯塚は反対しないことにした。

「帰ろ」
「うん」

 車が走り出す。日常に戻った瞬間、急に心臓が飯塚に戻ってきた。

 ドクドク。

 体全部が心臓になってしまった。苦しい。

「具合悪い?」竹下が運転しながら聞く。

「ううん。びっくりしただけ。人が死ぬとこ見たの初めてだし」飯塚が首を振って言った。

「なんだぁ、そんなことか」竹下がけらけら笑う。

 これをあと三回繰り返さなければならない。きっと、自分と性質の違う竹下は調子良くやってのけるのだろう。

 その日の夜、飯塚は寝付けなかった。日付が変わり、外が薄明るくなった頃にようやく眠りについた。起きたのは九時だった。もう相園の異変に周囲は気付いただろうか。飯塚は部屋をぐるぐる回ってみたが、テレビをつける勇気がなかった。自分が犯罪者になった実感ばかりが湧き上がる。

 昨夜の出来事が夢だったらよかったのに。全て幻で、起きたら右手もあって、自分のベッドの上だったら。決して楽しくはないけれども、今よりかは随分マシであろうと思えた。

 偽物の右手を擦る。何も感じない。冷たい。飯塚は寂しくなった。

「右手、どこ行ったのかな。お母さんがお葬式で燃やしたのかな。私、死んじゃったんだもんね」

 竹下にはある程度の恩を感じている。この右手だって、竹下がいなくては実現しなかった。そもそも、あそこで死んでいただろう。

「おはよ」

 竹下が部屋から出てきた。手にはスマートフォン。笑顔付きだ。

「聞いてよ。もう相園さん見つかったみたい。早いね」

 やはり見つかったか。それはそうだ。橋の下とはいえ、土手から覗けばすぐに見える。朝になればすぐ見つかると思っていた。一瞬飯塚は躊躇したが、何も思っていない風を装って返した。

「そりゃ、隠してないもん」
「見つかった方が面白いでしょ」

 その言葉はすぐに現実となった。

 相園が投稿していた飯塚の写真が拡散され、日本中が話題で持ち切りだと竹下が嬉々として報告してくれた。飯塚としては、一部分でも自分の顔が世間に知られるのは嬉しくない。一年振りの嫌な気分が蘇った。

「そうだ。悪いニュースがある」
「な、なに」

 もう警察に漏れてしまったのか。飯塚は焦ったが、竹下から予想外の言葉が返ってきた。
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