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追う、追われる

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「はぁ、意外なお客だった」

 一年前の騒動はとっくに鳴りを潜め、もう一生誰かと語り合うなんてことはないと思っていた。大可井山は誰でも入ることが出来るが、実際のところ、半分近く竹下の所有地である。それを知っている近所の人間は近づかない。知らなくても、山菜も何も無い山に用は無いわけで、飯塚がいなくなった今、竹下は独りになった。

 村木の置き土産を手に取る。封筒を逆さまにしてテーブルに中身を落とす。

 仕舞う前と変わらない、飯塚の写真が出てきた。竹下自身が作成した写真の元、週刊誌に載っていたものと同じだ。竹下は写真を掴み、飯塚が使用していた棚の引き出しを全部開けた。

 文房具を入れていた一番上の引き出しは、村木がいる時に中を全部確認した。まだ床にその残骸が残っている。

「他の引き出しに入っているかも。なんか貴重品かって感じで大事に扱ってたし」

 残る二番目と三番目は服入れだったが、可能性はゼロではない。一縷の望みをかけて服を引っ張り出す。服が少なくなるにつれ、竹下の動きが鈍くなる。最後の一枚がひらりと床に落ちた。

「…………」

 手元の写真を見遣る。つまりこれが、紛うことなき飯塚の所持していた写真であり、ここから無くなって、ここに戻ってきたというわけだ。

 竹下は眩暈がした。飯塚にはこれを送ることが出来る手段はなかった。封筒に消印は無いが、村木は説明の中で昨日、もしくは一昨日届いたと言っていた。それが正しければ、飯塚の死後、彼に送られたのだ。どうやって送ったのだろう。誰が。飯塚が? 村木のことを知らない彼女が? 竹下も飯塚も罰が下れば他人はどうでもよく、村木が犯人を追っていたことなんて知らなかった。村木の存在も、先ほど初めて知った。

──死んだ彼女が村木さんのところに。

 随分非科学的なことを考えるようになってしまった。彼女の近くにいすぎたらしい。きっと、彼女が散歩のついでに目の付いた家へ何の気は無しに放り込んで、気味の悪い封筒をまた誰かが近くのポストに入れる。そうして、巡り巡って彼に届いたのだろう。出来過ぎた偶然だが、全くあり得ないとは言い切れない。それならば、一週間、二週間かかってもおかしくない。そう思っていないとおかしくなりそうだった。

「どうしよう、これ」

 奇妙な思い出として取っておこうと思ったが、そもそもこれは購入した週刊誌の写真を加工したものである。大元が手元にあるので、このまま取っておいてもどこかで埃を被るのがオチだ。

「埋めよっかな」

 あれを墓標とするには殺風景だと常々感じていた。彼女の姿の一部を埋めてやれば、少しは墓らしくなるかもしれない。名案を思い付いた子どものように、竹下が鼻歌を歌いながら外に出る。墓の近くの土に刺したままだったシャベルで軽く掘る。彼女に当たらないよう、慎重に進めた。なにせ、ばらばらになった彼女はとても脆い。埋めてから数日しか経っていないが、真夏日を記録する季節だから腐敗も進んでいるだろう。

 彼女が見えるぎりぎりまで掘った竹下はシャベルを置き、封筒ごと土の中に沈め、再度土で蓋をした。両手でも土を押さえ、二度と出てこられないよう力を込めた。これで分かりやすくなった。たまには墓参りをしようか。花を植えてもいいかもしれない。誕生日の代わりに、命日は盛大に祝おう。竹下は楽しくなってきた。

「そうだ。なんか殺風景だと思ってたけど、花だ。お花が無い。これじゃお墓だと分からないよね。気付いてよかった」

 竹下が辺りを見渡す。幸い今は秋になったばかりで、あちこちに小さな花が咲いていた。目についた赤い花を二本摘み、それを墓の前に置く。風で飛ばされないよう、石で花を押さえた。

「これでよし。飯塚さんも喜んでるかな」

 部屋に戻り、手も洗わずにボールペンを取る。こうして汚くてしていると、いつも飯塚が窘めてきた。それも良い思い出だ。

「ええと、飯塚さんが死んじゃったのいつだっけ。一昨日くらいだから、九月三日かなあ。いや、二日だったかな。まあいいか、たいした違いじゃない」

 壁に掛けてあるカレンダーの日付をぐりぐり赤ペンで丸く彩る。来年まで覚えておかねばならないので、来年のカレンダーを買ったら真っ先に印を付けよう。

「俺に予定が出来るなんて。これも飯塚さんのおかげだ」

 生きていれば、ホールケーキを買って感謝を示すのに。竹下は飯塚がいないことを少しだけ惜しんだ。

「も~い~くつね~る~と~、め~いに~ち~……ふふ」

 歌う竹下の後ろで物音がした。

 ピンポーン。
 ピンポーン。

「村木さん?」

 テーブルを確認するが、忘れ物は見当たらなかった。村木ではないとすれば、いったい誰だろう。一年前に警察が訪ねてきた以外に訪問者はいない。竹下は首を傾げながらも玄関に向かう。

「入ってどうぞ」

 竹下の声が聞こえたらしく、インターフォンが止み、代わりに古びたドアの軋む音が響いた。

 ギイイ……。
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