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追う、追われる

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「……なん、でッ」

 思わず写真を放り投げる。飯塚がこちらを睨んでいた。今すぐライターでそれを燃やしてしまいたくなる。

 終わったはずだ、終わっているはずなのだ。飯塚をイジメた者たちに恨みがあって、顔が完成したら終わりだったのではないか。頭を鈍器で殴られ、上から強い力で押し潰されたかと思った。あり得ない。あり得ていいことではない。村木が受け取った封筒には、見覚えのあり過ぎる顔に髪の毛までも付け足された、飯塚かえでがこちらを睨んでいた。

――何故だ! 恨みによる一連の犯行だろ? 俺は探していただけだ、犯人を……俺が……邪魔をしたから?

 もし、もしも、高岡が村木の横やりに気付いていたとしたら。仮に自分が犯人の立場なら、完遂する為の道にあるモノはたとえ小さな小石だとしても取り除く。

「置き石が俺か!」

 最後の被害者に選ばれた。呼吸が苦しくなる。障害物など何も無いのに、まるで濡れたタオルで鼻と口を同時に塞がれている気分だ。覚悟していた。岡崎にも忠告した。それがどうだ。いざ目の前に放り投げられたらこの様だ。どうにも恥ずかしい自分がいて、それでもこの気分を和らげてくれるものはなかった。

「……岡崎!」

 そうだ。岡崎はどうした。もう被害者も出ず、犯人も絞り込まれ、事件から離れようとしていたところ。彼女もまた、村木と同様に歩いていたのだから、高岡に素性を知られているかもしれない。もとより自分が蒔いた種だ。岡崎を道ずれにしたくなかった。スマートフォンを耳に当て、玄関から飛び出す。

「出ろ……出ろッ」

 呼び出し音が鳴り続けるだけで、少しハスキーな声はいつまで経っても現れない。まさか、もう……そこまで予想して、首を横に振る。無駄なストレスは冷静な判断を欠く。いらない思考は閉じておかねば最悪の事態を自ら招くことになる。

 休日の十四時、若い女性なら外に出て買い物の一つでもしている頃だろう。もしかしたら彼氏とデートかもしれない。男くさい岡崎に付いていかれる男性がいるかは疑問の残るところだが。どちらにせよ、緊急事態にあるならばむしろこちらに何かしらの連絡が着ていてもおかしくないのだから、今は安全と考えた方が可能性は高いといえよう。

 とにかく緊急を要しているのは自分の方だ。今までのことを考えれば(西村のような特殊な位置に置かれる例外を除く)、写真が届いてから二、三日で奴は現れる。それまでに決着をつけなければ。どうせこちらの情報は漏れていて狙われている立場なのだ。もう、犯人を捕まえるしか助かる手立ては無い。逃げることが最善でないのなら、向かうことが一番の生き残る道。

――攻撃が最強の防御ってやつか。

 今まで奴に失敗は無い。全員殺された。警察の保護下にあっても、だ。これで、村木が警察に助けを求めたとしても、助かると確信出来る何かを得られることはないだろう。封筒を握りつぶし、村木は階段を駆け上がり、部屋に舞い戻った。

 ありったけの金と着替え、地図を大きめのリュックに詰め込む。しばらく、少なくとも二日は帰宅出来ないので、部屋を整理した。通帳と印鑑も空き巣が入っても見つからないよう、普段仕舞う棚から出して、通帳は靴箱の中にある季節外れなブーツの奥底に、印鑑は冷凍庫に沢山入れられた冷凍食品の下に隠した。貴重品類も同様だ。空き巣ならまだマシであるかもしれない。ここにも高岡がやってくるかもしれない。そう思うと、どんなに隠そうと足りない気がした。

 幸い、今日は土曜日で三連休の一日目である。用事は無かったが、たまたま月曜日に有給を取っていてよかった。会社が制定していた計画有休消化制度に感謝する。二日以内に決着をつければ、誰にも悟られることなく仕事に向かえる。なるべく、もう、誰の死体も見たくない。当然、自分が犠牲になるつもりもない。手帳をめくり、先月メモしたページを開く。飯塚が殺された場所だ。何でもいい、物的証拠を見つけて警察に突き出してやる。村木は千葉県へ一人歩みを進めた。

 本当なら高岡の住む家に突入したいが、住所が分からない。それに、彼のことは警察がすでに捜査中だろうから、家も彼らが見張っているはず。

 そこまでされて彼が犯人だとしたら、家に帰るとは考えにくい。どこに逃げたか。もしかしたら、犯行場所近くに潜伏しているかもしれない。村木は可能性に賭けた。

 新宿駅で総武線に乗るが、途中時間が惜しくて特急に乗り換える。詳しい場所はメモしていても、そこに行けばすぐ見つかるとは思っていないので、一秒でも長く時間を確保しておきたい。車内は程よく混雑していて空席は二か所見つけたもののとても座る気分にはなれず、結局数十分の間立ったまま流れる景色を見つめていた。
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