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感染

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「どこにいたんだ、山田さんは」村木が俯いたまま問う。

「あ~……」田中が長い息を吐く。

 どうせ明日には速報が出る。村木が急かすと、渋々と言った様子で答えてくれた。

「一昨日佐九さく港の近くで見つかった腐乱遺体、分かる? 昨日なんか結構ニュースになってたんだけど。身元確認したら、それが山田佐保だった」

 港、腐乱遺体、確か西村のニュースを見た時に一覧であった気がする。一昨日見つかったということは、もっと前に殺されていたわけだ。最後の生存者だと必死に連絡を取ろうとしていた過去の自分が可哀想で切なくなった。

「あ~…‥あれか。あれだったのか」
「事故か事件かはまだ分からないけど」

 それを聞いた村木が、田中に詰め寄った。

「右手は? 右目はどうなっていた!?」
「大声を出すな!」

 窘められ、村木が大人しく座り直す。田中が髪をかきながら答えた。

「無かった」
「やっぱり」
「けど、損傷が激しくて、誰かにやられたのか海で喰い千切られたのか、まだ分かってない」

 期待したものではなくて、それでもどこかで予想していたのか、自分が思ったより静かな声が出た。

「……そうか。だから、事故かもしれない、か。西村さんの時と同じだ」

 四人のうち二人が事故では、犯人が絞り込めない。そもそも、犯人が関与しているのか。そこから調べなければならないわけだ。

「警察はなんて言うんだ?」

「言うも何も、山田佐保は殺されたと決まったわけじゃない。新しい情報が無ければ、積極的にメディアには言わないよ」

「そりゃそうか」

 事故ならわざわざコメントは求められない。せいぜい、海に落ちやすい場所があるから事故が起きたのだと、行政に苦情が来る程度だろう。田中が村木の肩を軽く叩く。

「とにかく、お前の役割は終わった。もう変な気、起こすなよ~」
「そう、だな。終わったんだ」

「そそ、西村彩香は事故だし、山田佐保も事故の可能性が高い。それに写真が送られたと世間に知られてるのはあとの二人だけ。これで落ち着くっしょ」

「軽いなぁ」

 そうは言いつつも、これが田中の本音ではないことを理解している。村木は今度こそ立ち上がった。

「とりあえず、帰る。関係者じゃないからな」
「はいは~い、じゃあね」

「犯人は高岡かな?」
「それはお前が知らなくていい」
「分かったよ」

 田中に手を振り、警察署を後にする。関係者じゃない、そう突き飛ばされた。

 外に出た瞬間、どっと体が重くなった。電車に乗り、最寄り駅のコンビニで弁当を購入し、這う這うの体で自宅マンションへと辿り着いた。

「はぁ~~~~……疲れた」

 知らず、声が漏れる。

 結局、全員死んでしまった。飯塚の弔いは完成されたのだ。三人は手を差し伸べる前の犯行であったから仕方ないものの、まさか警察に保護された西村まで殺されてしまうなんて。

「まあ、終わりだ、終わり」

 犯人が誰かは、村木の知らないところで知らない人間たちが必死に突き止めるだろう。村木がやることと言えば、テレビやネットニュースを眺めて犯人の予想をするくらいだ。

 マンションのエントランスをくぐり、階段を上ろうとして止めた。

 昨日ポストを確認していなかった。ここ数日、自宅が完全に睡眠の場としてだけ機能していたから、他のことが疎かになっていた。

 入っていた葉書と封筒を引っ掴んで、ようやく玄関をくぐった。もうこのまま寝てしまいたい。しかし、あちこち駆けずり回った体でベッドに上がる度胸も無く、結局風呂場に直行した。

 暑さに負けて十分でリビングに舞い戻る。ようやくソファに座り、一息吐いた。何日も冷やしたままだった缶ビールも開ける。コンビニ弁当がおつまみなのは味気ないが、他に何か用意する余裕は無い。夢中になって目の前のご馳走を漁った。

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 テレビをつける前に食べ終えた。周りを確認すると洗濯した物が散らばっていたが、目に入らなかったことにして寝る準備をした。明日には切り替えて日常に戻ろう。

 久しぶりに、日付が変わる前にベッドへ飛び込む。すぐさま睡魔が襲ってきた。目覚まし時計はセットしていない。明日は休みだ。

──目が覚めたら、全て夢だったらいいのにな。




 そんな夢物語が実現することはなく、村木はいつものくせで六時半に起きてしまった。せっかく目覚まし時計をかけなかったのに、悲しき特技である。二度寝してもいいが、それで昼過ぎまで寝てはもったいない。もう自由に過ごしていいのだ。そういえば、岡崎に終わったことを伝えていなかった。急ぐことではない。休み明けに言えばいいだろう。

「朝ご飯買ってあったっけ……」

 テーブルに目を向けると、置きっぱなしにしていた封筒たちがあった。ここまで気が回らなかった。もし早めの対応が必要な物が混ざっていたらいけない。今のうちに確認しておこう。

 葉書は単なるDMだった。残りの封筒を手に取る。

「あれ、宛名が無いぞ?」

 封筒を裏返すが、差出人も同じくだった。振ってみる。かさかさ音がするので、何か入ってはいるらしい。近所の子どものいたずらか。そのまま捨てようかとゴミ箱に伸ばした手を止める。

「いちおう、見てみよう」

 指先で雑に封を切り、中を覗く。詳細が分からずつまんで出してみる。写真だった。飯塚かえでの写真が入っていた。
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