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最初の被害者

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 対策本部と書かれた看板が僅かに揺れる。それほど強くテーブルを叩かなくてもいいだろうに。テーブルに対するパワハラだ。

「関係者だと?」
「はい」

 あれ以上の資料を見ることが出来ないため、岡崎は思い切って一連の事件の対策本部を訪れていた。田中が小さく息を吐く。

「そうです。野田さん、彼は一人目の被害者である相園奈々が働いていた会社の方です。それ以外にも彼女と知り合いだった子が持っていた例の写真と似たものを預かったそうで」

「ただの職場の人間が? 相園の知り合いと会っただって?」

 田中が見せた写真を野田がひったくる。

「ふうん? 写真ね。これじゃ、関係者っつうより」
「野田さん」
「いいよ、田中」

 村木が田中を宥める。これも予想の範囲内だ。まず疑うこと、これも彼らの立派な仕事の一つである。

「まあいいや。写真の提供、どうも有難う御座います。あとは何かありますか?」

 迷惑そうな野田からの問いかけに、田中が代わりに答える。

「せっかく来てもらいましたし、簡単な事情聴取をしようと思います」
「目撃者じゃないんだろ」
「近しい位置にいるそうなので」

「――あっそ。こっちは忙しいんだ。すぐ戻れよ」
「はい」

 見えない位置で田中が舌を出した。




「やったな」

 上辺だけの了承を得て、二人は取調室に入った。資料室には当然入室が許されるわけがなく、仕方なく都合のいい場所を確保した。田中が持ってきた資料に手を伸ばすが、あからさまに距離を取られる。

「さっきも言ったけど、資料を見せるわけにはいかない。規則は守る。ただし、質問はするし、してもらってもいい」

「なんかグレーゾーンって感じだけど、ありがたい」

「でも、あんまり期待するなよ。お前が思うより情報を持っていない。役立たずって言ってくれていいぞ」

「自虐ゥ」
「さて、俺は資料を読む。間違っても覗くなよ」

 そう言いつつ、田中は資料を大きく開いた。先ほどとは違うページだ。

「相園さんの件はどこまで知ってんの」
「名前や職業は聞かないのか? 事情聴取なんだろ」
「そのくらい知ってますぅ。俺とお前の仲じゃん」

「警察と被害者の関係者だろ」
「あ?」

 田中が凄むが、昔から知っているので全く怖くない。警察なのだからもう少し威厳を持った方がいいと思う。

「母子家庭で母親は仕事が忙しく放任状態。娘の交友関係も把握していない。写真は左目のみ。殺害時は左目を傷つけられ、右手首を切断されている。手首の先は見つかっていない」

「うわぁ詳しい」
「田中さんって余計なこと言って相手怒らせたことありそうっすね」
「巨大なブーメランなんだけど?」

 岡崎が突っ込んで、見事に田中が反応した。

「同族嫌悪か。いっそ相性良いかもよ」
「うるっせ。お前だって彼女いねぇだろ」

「そういうのは、一緒にいたいと思う人がいなければ別に一人でいいんだよ。結婚願望があるわけじゃないし」

 田中はそれきり終いにした。村木の言葉が意地を張っているのではなく真実だと知っているからだ。

「何か質問ある?」
「あるある」
「じゃあ、ちょっと資料めくってみようかな~」

 そう言って、ページがゆっくりと次へ進んだ。

──今度合コンの一つでも誘ってやろう。

 編集者と警察官、さっきの自虐を合わせて二人とも職業的にモテるかと言われたら頷くには難しいけれども、顔は良いと言えないまでも悪くはないはずなので一度くらいは上手く行くだろう。多分。

「顔写真は新聞に載ってたのと一緒か」
「まあ、行方不明でもないから、わざわざ何枚も用意しなかったんだろ」

「近くの民家にも聞き込み済だが手がかり無し。へえ、聞き込みした人の名前まで書いてある。竹下さんか。ええと、凶器は見つかっておらず──」

 ページをぱらぱら流していた手が止まる。そこには家族や事件前後に接触した友人の名前が書かれている。指でそこをなぞり、とんとんと人差指で資料を叩く。

「家族は? 何か言ってた? 今は」

 矢継ぎ早の問いかけに、田中が眼鏡を押し上げて面倒そうな顔を貼り付ける。情報を共有することは許したが、それ以上はあまり歓迎していないらしい。それでもここまで来て何も収穫が無しでは時間が許さず、こちらも引くつもりはなかった。

「……最初は犯人が見つからないのは警察の所為だって、毎日わざわざやってきては切れてたよ。忙しいのにご足労なこった。俺は担当じゃなかったから詳しくは知らないけど、おばさんの声が五月蠅くて五月蠅くて。でも、両親のネグレクトが明るみに出てメディアで叩かれてからはさっぱり。今何してんのかねぇ、担当なら捜査は続いてるから知ってんじゃないの」

 さも、興味が無いと切り捨てる。親のどちらかが、もしくは友人……と考えていたが、その線は見当外れなのだろうか。他にもヒントがあるはずだ。ぶ厚い資料を次々にめくる。岡崎は一緒に資料を眺め、田中はそれを横目に持ち込んだノートパソコンを立ち上げた。

「ネグレクト、ね」

 何となく、相園の家を思い出した。別にあそこをネグレクトというつもりはないし、聞く限り実際そうではないはずだ。しかし、十代の子どもに対する一般的な関わりより薄いものであることは確かだった。どこからが放棄していると言えるのか、食事さえ用意されていれば会話が一切無くとも問題無いのか。いくら当人たちが肯定しようとも、決定を下すのは他人である。

 あまり参考にならない説明が長々と書かれていることに疲労が増した頃、ようやく一つ摘み上げてもいい事柄が見つかる。顔を上げて田中を見ると、彼の方もこちらを向いていた。

「何」

「西村、だっけあの子。たった今上の許可が下りて保護対象になった。すでに二件同一犯だと思われる殺人が起きてるんだ。写真が脅迫状だと認められて、今頃家にうちから連絡がいってるはず」

 逃げるように帰ってしまった西村を心配していたので、胸を撫で下ろす。あの手を離してしまったことで、他の被害者と同じ道を辿ってしまったら後悔に目の前を潰されるだろう。

「そうか、なら安心だ」

「実を言うと、この手の相談、というか迷惑郵便が増えてて困ってんだよ。今回は本物だって分かってよかったけど、情報が混乱すると真実が埋もれちまう」

 愚痴を零す田中によれば、「写真が届いたからどうにかしてくれ」と例の写真を印刷して送ってくるいたずらや、インターネット上に加工された写真を載せて「これを見たら殺される」だの「それを送られたら終わり」だのという警告文を書く者がいて、まるで日本中を巻き込んだゲームを傍観しているようだという。これでは、もし西村の写真がルートを違えていたとしたら、いたずらの一つとして扱われたかもしれない。彼女が咎められたかもしれない。

「それは……厄介だね。でも」

 西村から預かった写真のコピーを見る。本物はすでに捜査担当の元に渡っていて手元には無い。

「今回で多分、終わりなはずだ。ほら、顔が完成してる」

 写真を目の前に出して理由を示すが、田中は無言のまま写真を睨んでいた。「顔、顔ね。確かにそうだけど」瞳、鼻、口と部位を一つずつ指で確かめる。田中の指先が右目で止まった。

「じゃあさ、写真と傷付けられる場所が一緒なら、右目はどこからきた?」

「え?」田中の問いに目を丸くさせる。言われた意味が分からなかった。田中が続ける。

「最初が左目、次が鼻、そして今が口。もし、写真の通りだったら、右目があるか、もしくは最初が両目じゃないか?」
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