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差出人不明

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 数時間に及ぶ事情聴取が終わり、ようやく解放された村木たちは一旦会社に帰っていた。外出するまでは単にバイトがサボった程度にしか認識していなかったため、余計疲れを蓄積させる羽目になり、安物の椅子に深く腰を掛け天井へ息を吐いた。同じく暗い顔を浮かべる岡崎に、整理させたメモを読み上げてもらう。まだ時間が欲しいという視線には気付かない振りをする。

「死亡推定時刻は昨夜二十時から二十一時、左目を抉られ右手首を切断された状態で発見。死因は失血、なお、右手首は持ち去られたようで現場に残されていませんでした」

 母親の付き添いで聞きかじった情報を岡崎が淡々と報告する。先ほどとは違い仕事の顔をしてくれた岡崎に対し、どのような状況でも客観的に把握出来ることは美徳であると村木は考えるが、それも時と場所によると改めたくなる。さすがに人の、しかも知り合いである者が亡くなった時くらいは顔に出しても叱られるまい。

「それはそれは、随分猟奇的じゃないの」一度目に警察署で聞いた際と同じ感想を漏らす。

「これ以上詳しいことは身内でもないと……お母さんは聞いてると思うんで確かめますか?」理由を知りたがっていると感じた岡崎が、後輩らしく気を遣って提案をする。緩やかに戻りかけた眉がまた皺を作らせた。

「娘がこんな目に遭ってすぐ聞き出すの? だから“マスゴミ”って言われんだよねぇ……と言いたいところだけど、そうでもしないと解決するものもしないからな。母親には「仕事仲間が大変なことになって哀しいから、事件解決の為に少しでも調べたい」って言えば教えてくれんだろ」

「やーらしぃ」

「それが仕事なの。お前も結果出しゃ栄転出来っかもよ」

 岡崎も村木同様、他部署を希望している口だ。褒美をチラつかせれば、予想通りの反応を示した。

「らじゃー」
「うん、素直な子は嫌いじゃないね」






 娘を見つけた時に一緒にいて、警察でも事情を聞かれている間も付き添っていたからか、村木と岡崎の再訪問に母親は憔悴し切った顔を携えながらもすんなり中へ入れてくれた。通常であれば、身内が亡くなれば哀しむ暇も無く葬儀の準備に追われるはずであるが、今回は特殊・・故、娘を返してもらえないばかりか、警察はもちろんすでに嗅ぎ付けたマスコミに質問責めを受けているらしい。自分たちもその中の一人であるかと思うとさすがに良心が痛む。

「さっきやっと帰ってくれたところなんです。何を聞かれたって分かるはずないじゃないですか」

 本人の思いもよらないことまで聞かれたのだろう。たった一日で別人のように痩せこけていた。出されたお茶を視界の隅に、少なくとも邪険に扱われていないことを知り胸を撫で下ろす。

「マスコミはね、良い事でも悪い事でも、それをどれだけ大々的にして世間の注目を集めるかを第一に考えているんです。そこに少しの嘘が混ざっていたところで些細な行き違いで終いにする。だから、お母さんが何か言われても気にする必要は無いです。……って、私が言っても信憑性に欠けますけど」

「いえ、村木さんたちは編集者でも種類が違うでしょう。そうおっしゃって頂けると助かります。離婚して随分経つのに、わざわざ主人だった人から「奈々が殺されたのは、お前がしっかり子育てしなかったからだ」と電話まで着て。家族を無視して出ていったのはあの人なのに」

 片親だったのか。可哀想に、と村木は思う。今までの生活が大変であっただろうと同情しているわけではない。痛ましい事件が起きると、人間というものはそこに至る原因を探ろうとする。突き詰めた結果が正解ではなかろうと、だ。恐らくマスコミは相園が片親なことを仕入れ、親の監視が緩い所為で毎日夜遊びをしていただの男の友人が沢山いただの、あれこれ想像の産物を書くに違いない。
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