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「どうもこうもないんですよ」

 下げたくもない頭を俯かせて上司に縋りつく様は滑稽でしかないだろう。

「相園さんと連絡が取れなくて」
「親御さんに連絡してみたらいいんじゃない?」
「そう、ですね。ドタキャンされてますし、何か連絡出来ない事態に巻き込まれている場合もありますし……」

 ため息が出るのを押し殺して頷く。頭の隅に相園の履歴書はどのファイルに仕舞われていたか思い出しながら、どうにも面倒な事務作業に眩暈がした。

 出版業界に身を置いてすでに五年以上、まさか自分が女性ファッション誌の担当になるとは思ってもみなかった。

 男で独身、三十路に手が届く人間に何を求めているのだろうか。かといって、希望と違う部署になったから「辞めます」と言える程子どもでもないので、仕方なく今日も女上司に頭を下げるのだ。デスクに戻る前に資料棚を眺め、二年前の日付が書かれたファイルをいくつか取り出す。

「あー、面倒くさい。女ってすぐこれだ」
一敬いっけいさん。それ、女ばっかの職場で言うことじゃないっすよ。喧嘩売ってると思われます」
「いいんだよ、どうせ朝から晩までアウェイなんだ」

 独り言を目ざとく指摘したのは、村木の隣にデスクを置く岡崎和葉だ。村木の二つ後輩で、さらに言えば担当部署も同じの、毎日顔を突き合わせる関係であった。

 ファッション雑誌に籍を置く岡崎は、男の村木から見ても見目に気を遣う。定時で帰ることのままならない中でも、朝から化粧を完璧にまとめ、頭から靴先まで流行を追った物を身に着けている。しかし、口が悪いというただ一点のために全てを無駄にしていると村木は思う。せっかく小奇麗にしても、話し出すと一気に男寄りになってしまう。聞けば、大学まで続けていたスポーツが原因らしいが、直す気も無いと言っていたので最近は別段注意することも無くなった。

 女性としては些か乱暴かもしれないが、社外での敬語は使えているし、村木個人的な意見を述べるならば、女性が圧倒的に多い部署で自分に近い話し方の人間がいるのは存外安心するところでもあるため、口には出さないが悪くないとも思っている。

「まあいいや。相園さんの連絡先分かりました? もー、繁忙期じゃないけど、面倒かけんなっつう話っすよね」
「今電話するとこ。ちょっと待っててくれ」
「うっす」

 スマートフォンを弄る村木を横目にパソコンへ向き直る。イレギュラーな対応にもっと雑談を興じたくなるが、彼はそれを許さないだろう。普段から口を開けば文句の多い男であるが、一旦仕事に体を傾けてしまえば驚く程真面目になるのだ。

 すぐに電話は通じたらしく村木の低い声が聞こえてきたが、段々と厳しいものに変わる気配がして思わず彼の横顔を凝視した。いつもと同じに見えるものの、やはり声色が固い。何か、少なくとも良い事ではないことが起きたのだろうと結末を見届ける。

「はい、そうですか。こちらも何とも……では後ほど、失礼します」

 通話を終えた村木がスマートフォンを握りしめている。

「解決はしなかったみたいっすね」
「……面倒事が厄介事に変わった」

「え」岡崎の返答を待たず、村木は立ち上がった。つられて岡崎も椅子から体を離した。先ほどまでいた上司の元へ向かう後ろ姿を見ながら、作業中のワードを上書き保存してパソコンの電源を切る。身支度していると、思った通り指示が飛んできた。

「岡崎、外行くぞ。相園の家だ」
「家、ですか。相園さんはそこに?」
「いや、でもとりあえず今の時点では他に行きようがない」
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