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皇帝サイドXIV
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白薔薇の騎士Ⅵ
クーデターが未遂に終わってから数日後。
「此度は貴殿らに世話になった。礼を申す」
「いえ、私たちは騎士の務めを果たしたまでのこと。礼には及びません」
「そうか……だが、ユールよ、其方の左腕は……もう使えぬな」
「…………そうですね、陛下。日常生活には特に支障はきたさないのですが、その、マンゴーシュが今の私には使えませんので。私は…………騎士の座を辞そうと思います」
「そうであるな。ユールよ。騎士を辞めて、其方はどうする?」
「そうですね、行商人でもやりますかね。その方が私の性格からしても、適正かと」
「ユール、貴方、本当に『黒薔薇の騎士』を辞めるの?」
「あぁ、辞めるよ。できれば三騎士のひとりとして、宮殿には残りたかったけど…………それはもはや『黒薔薇の騎士』ではない」
ギプスで固定されたユールの左腕。それがどれほど騎士として致命的であるか。黒薔薇の騎士としての品格。そう、彼は————
「そんな悲しい顔をしないでくれよ、リリィ。これからも商人として、チョコチョコ宮殿には顔を出すようにするからさ」
「だから————」
「だから、リリィ。キミはキミのままでいてほしい。この戦争はやがて終わるだろう。きっと僕の跡を継いでくれる騎士が現れるはずさ、だからそのときは、リリィ、キミが面倒をみてやってくれ」
「……わかったわ、ユール。貴方との約束は必ず守ります。この『白薔薇の騎士』の名にかけて」
「そうかい? まぁ、キミならそう言ってくれると思ってた。じゃあ僕はそろそろお暇するよ。どうか、また逢う日まで。さようなら、リリィ。兄さんにもよろしく伝えておいてくれ」
そう言い残すと、ユールは去っていった。だんだん、遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ていると、目にはうっすらと涙が滲んでくる。
「貴方って、本当にバカね。こんな私に最後まで気を遣って…………私、貴方のこと、『大嫌い』」
「…………そんなことがあったんだね。ごめんね、リリィ、それにヨーデルさん、そして陛下も。悲しいお話をさせてしまって、ごめんなさい」
「いえ、いいのよ、レックス。貴方は悪くないわ。クーデターに関しては誰も悪くない。時代が悪いのよ。だから一刻も早くこの戦争は終わらせないといけないの」
「僕も『騎士』として、この国を支えるよ。一緒に新しい時代をつくろう」
僕が騎士になってから、数ヶ月後。戦争がようやく終わった。講和条約が締結され、明日は軍事パレードが開かれる。宮殿もかつての賑やかさを取り戻したらしい。リリィがそんなことを言っていた。そして、今日はそれを祝して、晩餐会が開かれるんだ! いろんなご馳走が食べられそう! 今から楽しみ! そんなことを考えながら、晩餐会に招かれた人たちのリストを確認する。貴族、軍人、文化人。僕でも名前の聞いたことのある人ばかりだ。
「あら、レックス。もう起きていたの?」
「おはよう、リリィ。そうだよ。今日は忙しくなるだろうから、ちょっと早めに起きて、みんなの手伝いをしてるんだ! 今夜が楽しみだね! リリィ!」
「そうね、私もこの日を迎えることができて、本当に嬉しいわ。私にも何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね、レックス」
「そういえば、ヨーデルさんの姿を見かけないけれど…………」
「私も見てないわ。きっと戦後処理で忙しいのね」
「そっかぁ、ヨーデルさんも、いろいろ大変なんだね」
「そうよ、レックス。でもこれからはもっと私達騎士も忙しくなるわ」
晩餐会にて。
「此度の戦争は、我が帝国の勝利に終わった。だが、戦場で散っていった者たちのことを忘れてはならない。全ての生きとし生けるものにとって、世界が平和であるように。我は願う。それでは、輝かしい未来を。乾杯」
「「「乾杯」」」
とても賑やか。人々の顔には平和の光が差している。これからは僕も頑張らなくちゃ。あ、でもその前にご馳走を食べないと。
「そんな急いで食べなくてもいいのよ。料理はまだたくさんあるわ」
「そうだぞ、レックス。きちんとよく噛んで食べなさい。料理が喉に詰まって死なれては、話にならん」
そんなリリィと、ヨーデルさんもどこか嬉しそう。次の料理は何かな。僕がそんなことを考えていると————、
ドサッ。
…………え、どうして、ドゴン倒れてるの? 頭が真っ白になる。
「誰か! 誰か! 医者はいないのか! くそ、何だってこんなときに!!!」
「落ち着いて、ヨーデル」
リリィの冷静な声を聞いて、僕はようやく状況を理解する。ドゴンの料理に毒が盛られていたのだ。少し考えればわかることだ。戦争ではたくさんの人が亡くなった。そのことに対して、嘆き悲しみ、そして、皇帝を恨む人間もいたのだと。僕はなりふり構わず、ドゴンのもとへと駆けていく。
「ドゴン! 大丈夫? 今ヨーデルさんが医者を呼んで——」
「いや、医者が到着するまで、我の身体はもたないであろう。レックス、フェルを、フェルナンデスのことを……よろしく頼む。あいつはまだ、レックスと違って頼りないから————」
「そんなことを言わないで! ドゴン! もしここで、ドゴンがいなくなったら、僕はどうすればいいの? 騎士になってまだ間もないのに」
「悪いな。レックス……其方の輝かしい未来を…………見届けたかったのだが………………どうやらそれはできそうに————」
「ドゴン! ドゴン! お願いだから、目を開けて! 一緒にパレード見に行こうよ! ねぇ、ねぇ!」
ドゴンが、僕の友達が————再び目を開けることはなかった。
クーデターが未遂に終わってから数日後。
「此度は貴殿らに世話になった。礼を申す」
「いえ、私たちは騎士の務めを果たしたまでのこと。礼には及びません」
「そうか……だが、ユールよ、其方の左腕は……もう使えぬな」
「…………そうですね、陛下。日常生活には特に支障はきたさないのですが、その、マンゴーシュが今の私には使えませんので。私は…………騎士の座を辞そうと思います」
「そうであるな。ユールよ。騎士を辞めて、其方はどうする?」
「そうですね、行商人でもやりますかね。その方が私の性格からしても、適正かと」
「ユール、貴方、本当に『黒薔薇の騎士』を辞めるの?」
「あぁ、辞めるよ。できれば三騎士のひとりとして、宮殿には残りたかったけど…………それはもはや『黒薔薇の騎士』ではない」
ギプスで固定されたユールの左腕。それがどれほど騎士として致命的であるか。黒薔薇の騎士としての品格。そう、彼は————
「そんな悲しい顔をしないでくれよ、リリィ。これからも商人として、チョコチョコ宮殿には顔を出すようにするからさ」
「だから————」
「だから、リリィ。キミはキミのままでいてほしい。この戦争はやがて終わるだろう。きっと僕の跡を継いでくれる騎士が現れるはずさ、だからそのときは、リリィ、キミが面倒をみてやってくれ」
「……わかったわ、ユール。貴方との約束は必ず守ります。この『白薔薇の騎士』の名にかけて」
「そうかい? まぁ、キミならそう言ってくれると思ってた。じゃあ僕はそろそろお暇するよ。どうか、また逢う日まで。さようなら、リリィ。兄さんにもよろしく伝えておいてくれ」
そう言い残すと、ユールは去っていった。だんだん、遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ていると、目にはうっすらと涙が滲んでくる。
「貴方って、本当にバカね。こんな私に最後まで気を遣って…………私、貴方のこと、『大嫌い』」
「…………そんなことがあったんだね。ごめんね、リリィ、それにヨーデルさん、そして陛下も。悲しいお話をさせてしまって、ごめんなさい」
「いえ、いいのよ、レックス。貴方は悪くないわ。クーデターに関しては誰も悪くない。時代が悪いのよ。だから一刻も早くこの戦争は終わらせないといけないの」
「僕も『騎士』として、この国を支えるよ。一緒に新しい時代をつくろう」
僕が騎士になってから、数ヶ月後。戦争がようやく終わった。講和条約が締結され、明日は軍事パレードが開かれる。宮殿もかつての賑やかさを取り戻したらしい。リリィがそんなことを言っていた。そして、今日はそれを祝して、晩餐会が開かれるんだ! いろんなご馳走が食べられそう! 今から楽しみ! そんなことを考えながら、晩餐会に招かれた人たちのリストを確認する。貴族、軍人、文化人。僕でも名前の聞いたことのある人ばかりだ。
「あら、レックス。もう起きていたの?」
「おはよう、リリィ。そうだよ。今日は忙しくなるだろうから、ちょっと早めに起きて、みんなの手伝いをしてるんだ! 今夜が楽しみだね! リリィ!」
「そうね、私もこの日を迎えることができて、本当に嬉しいわ。私にも何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね、レックス」
「そういえば、ヨーデルさんの姿を見かけないけれど…………」
「私も見てないわ。きっと戦後処理で忙しいのね」
「そっかぁ、ヨーデルさんも、いろいろ大変なんだね」
「そうよ、レックス。でもこれからはもっと私達騎士も忙しくなるわ」
晩餐会にて。
「此度の戦争は、我が帝国の勝利に終わった。だが、戦場で散っていった者たちのことを忘れてはならない。全ての生きとし生けるものにとって、世界が平和であるように。我は願う。それでは、輝かしい未来を。乾杯」
「「「乾杯」」」
とても賑やか。人々の顔には平和の光が差している。これからは僕も頑張らなくちゃ。あ、でもその前にご馳走を食べないと。
「そんな急いで食べなくてもいいのよ。料理はまだたくさんあるわ」
「そうだぞ、レックス。きちんとよく噛んで食べなさい。料理が喉に詰まって死なれては、話にならん」
そんなリリィと、ヨーデルさんもどこか嬉しそう。次の料理は何かな。僕がそんなことを考えていると————、
ドサッ。
…………え、どうして、ドゴン倒れてるの? 頭が真っ白になる。
「誰か! 誰か! 医者はいないのか! くそ、何だってこんなときに!!!」
「落ち着いて、ヨーデル」
リリィの冷静な声を聞いて、僕はようやく状況を理解する。ドゴンの料理に毒が盛られていたのだ。少し考えればわかることだ。戦争ではたくさんの人が亡くなった。そのことに対して、嘆き悲しみ、そして、皇帝を恨む人間もいたのだと。僕はなりふり構わず、ドゴンのもとへと駆けていく。
「ドゴン! 大丈夫? 今ヨーデルさんが医者を呼んで——」
「いや、医者が到着するまで、我の身体はもたないであろう。レックス、フェルを、フェルナンデスのことを……よろしく頼む。あいつはまだ、レックスと違って頼りないから————」
「そんなことを言わないで! ドゴン! もしここで、ドゴンがいなくなったら、僕はどうすればいいの? 騎士になってまだ間もないのに」
「悪いな。レックス……其方の輝かしい未来を…………見届けたかったのだが………………どうやらそれはできそうに————」
「ドゴン! ドゴン! お願いだから、目を開けて! 一緒にパレード見に行こうよ! ねぇ、ねぇ!」
ドゴンが、僕の友達が————再び目を開けることはなかった。
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