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出会いの恥はかき捨て

一話「速水凛」

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せめて、自分だけは普通の学生生活を。心の中の秘めた思いとともに、昇降口に向かう。
 自分の姉はこれから通うこの高校に収監されている。生徒相手に麻薬を売った疑惑があるからだ。警察に突き出すことをしないのは高校の体面を考えて、考えてのこと、考えすぎてこのような結論になったのだから、この高校は何かがおかしいような気がする。事実から言えば、普通の薬を麻薬っぽく言って高額に売ってただけだった。「クセになるぞ」とか、「たばこより気持ちよくなれるぞ」、「あまりはまりすぎるなよ」とか言って「ララアタック」とか「サクラート」とか「ラキソニン」などの市販の薬をそれっぽく粉状にして売ってただけだ。その中の一人がプラシーボ効果なのか、なんなのか依存症になってしまって現在に至る。
姉は暇つぶし感覚で妙なことをするクセがある。渋谷のハロウィンが一時期暴走状態になったのにも一枚かんでいる噂が立ったこともある。そんな姉を反面教師としてまっとうな学生生活を送るつもりだ。まあ、姉が高校に監禁されてる時点でマイナスからのスタートなんだけど。
 入学式も終わり、なんとなく不安が晴れた気になっている一年生を、ここぞとばかりに上級生が部活動に勧誘する。不安がなんとなく解消し、これから高校の環境に適用しようと思っている新入生に上級生が勢いで勧誘すれば、多少は難色アリの部活にも入ってしまう。その後、なんやかんやでそこで3年を過ごすか、帰宅部に転部する可能性に満ちあふれている。姉さんの助言を真に受ければ、こんな予定をたどりやすいのが俺のような人間らしい。それでもかまわないんだけどな。
 そんな目先の希望と待つ先の絶望の入りまじった新入生歓迎の期間だが、どんな学校か知るためにもいろんな人から声をかけられるのは気分が悪くなるものではないだろう。だから、上級生からの声かけにはちゃんと反応していこうと心構えをしたのだが……これが一向に勧誘されない。上級生の目の前を横切ったりもした。
これが露骨に目を背けられたり、別の生徒の方に行ったり、ひどいときにはダッシュで逃げられたとこともあった。どうして逃げるんですかァ! といった私の叫び声も廊下にこだまするだけだった。あの女だ。あの女のせいでオレのスクールライフが汚されている。
 俺は抗議の気持ちを込めて、姉のいる教室を尋ねた。俺の姉、速水凛は長い長髪を指でいじくりながら窓の外を見つめている。
「入学してからごぶさたじゃないか。実の姉だぞ?」
持ち前の鋭い目つきが向けられたかと思うと、豪快に笑みを浮かべて席に座る。見た目だけは、肉付きがよく、スタイルのいい美女なのだが、この見てくれで人を食ってきたことも多い。
「まあ、いいだろ。些末なことだ。暇つぶしになるものは持ってきたか?」
「んなもん、持って来ないよ」
「何も持たずにやって来たのか? いい度胸だ。悪評を流されるぐらいでは足りんないらしい」
 人を射殺すような目でにらみつけてくる。他は知らんが、俺は負けないぞ、ん? 今何か言ったよな。悪評?
「え、悪評って何? 聞いてないんだけど」
「ほう、あの程度のことは悪評の内に入らないと。我が弟ながらさすがだな」
「いや、そうじゃなくて。俺のことについて何か言ったのかよ?」
 凛は右手を前に出して、不適にほほえむ。
「のどが渇いた」
 この女は。
 姉弟二人でサイダーを流し込む、目の前の女は生き返ったような表情で口に付いた泡を拭っている。ビールを飲んだおっさんですか。反対に自分はまったく味がしない、無用にのどをちくちく刺激しただけだ。別の飲み物にすればよかった。
「いや、別に大したことじゃないんだけどな」
 ようやく話し始めた。
「おまえが元暴走族だって言っただけだよ」
「暴走族? なんでそんなこと言ったんだよ」
「生徒会からおまえのことについてしゃべるよう言われてさ。ホントのこと言っても退屈なだけだし、向こうも私の弟だからどこかおかしいんじゃないかって期待してるみたいだったからな」
 何の期待だよ。どうして俺が姉のイメージに合わせられなきゃならないんだ。まったく反省の色が見えない姉。何食わぬ顔でサイダーをのどに流し込んでいる。くそ、サイダーをめちゃくちゃ振って、奴の眼球に噴射してやりたい。
「少し、話を盛っただけだ」
「俺に暴走した過去なんてない」
「おまえさァ、18禁サイトで18歳でもないのに、18歳だって偽って、サイトに入ったことあるだろ。あれも、あれで暴走って言えば、暴走になるんじゃないの?」
「いや、ならないだろ。そんなこと言ったら、健全な男子はみんな暴走族だからね」
「だったら問題ないな。自分の中の暴走族が露わになったぐらいで動じるんじゃない。それを乗り越えていけよ」
「露わにした奴に言われたくないんだけど……まあ、いいよ。ここら辺に暴走族なんていないし、嘘だってすぐにばれるだろ」
「だから一人でやってたって言ったよ」
「は?」
 何を言っているんだこの女は。
「1人で暴走族やってたって言ったんだよ」
「族じゃないじゃん!」
「そこが異常性を際だたせるんだよ」
「ただの変人じゃん。オイオイ、どーすんだよ」
どうりでみんなの目が暴走族というアウトローに見せる畏敬の念がないと思ったよ。なんか、見たことのないグロい昆虫を見るような目だったわけだ。
麻薬の売人の姉を持った、1人で暴走族してた男って、どんだけネガティブ要素持ってスタートしなきゃなんないんだよ。
「うろたえるな。みっともない」
 どこまでも他人事だな。サイダーの泡は抜けきってしまっている。教室にはいろんな雑誌が床に散らばっている。
「少しは清掃したら?」
俺は雑誌を全て拾い集め。その全てを窓から捨てる。
「な、何をする!」
 姉は細い目を見開いて、窓に駆け寄るも、すで雑誌は道路に落ちている。
「これ以上、俺について話すな」
 姉は暇つぶしの道具を全て私から仕入れている。部屋は中にいる人からは出られない仕様になっている。今の教室には縄跳びぐらいしか置いていない。
「死にたくなるほど退屈したくないだろ。なら、俺の言うとおりにしてもらおう」
「フフ、やっぱりおまえは異常者だよ」
 そう捨て台詞を吐く女をを無視して、教室を後にする。
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