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62・獣の技

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来る最終戦────。

妖刀ムラサメを片手に持つリザードマンが揺れることもなく、背筋に真っ直ぐな芯の通った直立で刀を構えていた。

キングと向かい合うは、リザードマン族の長老ムサシ。

腰の曲がった老体と言う偽装に偽造を重ねていた老戦士だ。

だが、その正体は腰の一つも曲がっていない凛々しい老戦士である。

蛇のようなツルツルの鱗肌を有したリザードマンの顎には長い白髭を伸ばし、和風の着物を纏っていた。

下は袴で、足元は草鞋だ。

蜥蜴でありながら侍。

武器を構えるスタイルは一刀で八相の構えである。

そして、彼はリザードマンに転生した元人間である。

名はムサシ。

本名かどうかは不明だが、偽名ならば宮本武蔵に憧れているのは間違いないだろう。

って、今までのリザードマンたちが名乗っていた名前を鑑みるからに、その可能性が高い。

そのムサシがキングと向かい合っている。

キングも早々と光るシミターを鞘から引き抜いていた。

今までの対戦相手、インシュン、キリマル、バイケン、ジュウベイ──、どれとの対戦もキングは圧倒的な身体能力で攻略してきたが、このムサシには今度も通用するかは不明である。

てか、今度は容易く勝てないと思う。

このムサシたるリザードマンは異世界転生者だ。

この森産のリザードマンとは異なる。

もしも俺と同じ神々に送り込まれた転生者だとするならば、俺の無勝無敗の能力と同じように、なんらかのチートスキルを有している可能性も高い。

それに、異世界転生者ってだけで俺と同じように身体能力が強化されている可能性も高いだろう。

間違いなく、このリザードマン集落攻略作戦で、この長老ムサシが最大の難関だと思える。

俺は両腕を前で組みながら独り言を囁いた。

「さて、キングの野郎、どう戦うのかな」

後方に下がり再び観戦に回った俺の横でキルルが訊いてきた。

『魔王様……、あのムサシさんって、異世界転生者なんですよね……』

「ああ、そうだな。俺と同じ転生者だ」

『まさか、ムサシさんが破壊の勇者とか……?』

「それは無いだろう。あのホラ吹きジジイが勇者ってたまかよ」

『で、ですよね……』

一度向かい合う両者を見てから更にキルルが訊いてきた。

『今度もキングさん、勝てますかね……?』

俺は嘘偽りなく本心で予想を述べた。

「たぶん無理じゃね」

『えっ!!!』

「下手すりゃあ、あの妖刀ムラサメで微塵切りに刻まれるんじゃあねえの」

『そ、そんな!!!』

キルルが泣きそうな表情で俺の腕にすがり付きながら言った。

『そんなの駄目ですよ。キングさんはお子さんだって産まれるんですよ。こんなところで死んじゃあ駄目なはずです!!』

俺は横目でキルルを見ながら言ってやる。

「キルル、キングは戦士だ。夫であり、父親である前に、魔王軍の戦士だ。その魔王軍の戦士が死を恐れて戦いから逃げてどうする」

『ですが……』

「戦士ってのは、妻や子供、民や王を守るために戦うのが仕事なんだよ。戦死を恐れてどうするんだ」

『で、ですが……』

「あいつだって死ぬのを恐れているなら、今回の無謀な作戦なんて立てないだろうさ」

『ぅ………』

それっきりしょぼくれたキルルは俯いたまま顔を上げなかった。

最後になるかも知れないキングの戦いを見ようともしない。

それでも俺や九匹のコボルトたちは、戦うキングから目を離さなかった。

勝てると────否────勝つと信じているからだ。

俺たちの心配を余所にムサシが顎髭を撫でながら笑い出す。

「カッカッカッ、それでは始めましょうぞ、犬の戦士殿」

「お相手願う、ムサシ殿!」

各々の構えを築く両者が手にした刀を揺らすことなく徐々に摺り足で前に歩み出る。

その歩法の中に武が現れていた。

歩みにすら隙がない。

そして、あっと言うまに両者の間合いが太刀の届く距離に入る。

刹那───。

両者が同時に動いた。

二つの太刀筋が煌めき弾き合う。

上段で光るシミターと妖刀ムラサメがぶつかり火花を散らした途端、今度は二つの刀身が下段でぶつかり合った。

流れる瞬速の二撃が弾け合うと、両者が中段に胴撃を振るいながら後方に下がる。

一瞬での三撃は、どれも不発。

そして、間合いを取った両者が片手で刀を中段に構える。

その構えは鏡合わせのように瓜二つな構えであった。

「カッカッカッ」

「くっ……」

構えながら微笑むムサシとは異なりキングは眉間と鼻の頭に深い皺を止せながら対戦者を睨んでいた。

それら一連の攻防を観戦した俺がポツリと呟く。

「あの蜥蜴野郎、遊んでいやがる……」

俺の側に歩み寄ったハートジャックが訊いてきた。

「やはりあれは、遊ばれているのかなぁ……」

「ムサシの野郎はキングの動きを真似ていやがる。構えだけでなく、攻めも太刀筋もすべて模倣してやがる。それで余裕を見せているのだろうさ……。まだ自力を隠す積もりだ」

「自力を隠す……?」

「ムサシは次を考えて戦っていやがる。キングを倒して次に俺と戦うことを考えて実力を隠しているんだよ」

何処までもズル賢いジジイだな。

キングの構えを真似たムサシを眺めながらハートジャックが臭そうに言う。

「それが、あの物真似剣法ですか……」

表情を歪めたキングが一言だけ声を漏らす。

「屈辱だ……」

そして、愚痴ったキングが構えを解いて自然体を取る。

剣を下げたのだ。

すると真似に徹しているムサシも構えを解いた。

刀を下げる。

「カッカッカッ、実力の差が悟れたじゃろうて。今引くならば、命は取らぬぞ。貴様らも我らが一族を一匹も殺していないからのぉ。儂も大目に見てやるわい」

確かにキングもコボルトの精鋭たちも、リザードマンを倒しているが、一匹も殺してはいない。

気絶に追い込んだだけである。

構えを崩したキングが言う。

「いや、戦い方を変える」

「戦法を変えるのかぇ?」

「ああ、剣技で勝てぬのならば戦法を変えるのが正解だろう」

「カッカッカッ、それでどう変える?」

キングが相貌を更に鋭く細目ながら言った。

「私は魔物なのだ。魔物は魔物らしく戦うのみだ!」

「技を捨て、獣に戻るか?」

「それもまた有り!」

するとキングの返答を聞いたムサシが妖刀ムラサメを片手で構え直す。

「それで野生と剣技の両方を備えた儂に勝てると思うたか! なんとも愚行なり!!」

だが、光るシミターを構えずにキングは両腕を開いて胸を張った。

そして、上を向いて大きく息を吸い込み始める。

「すぅぅうううう~~~」

息を吸い込むキングの胸が膨らみ上半身が大きくなった。

肺の限界まで空気を溜め込んでいるのだろう。

吸い込んだ息を突風に変えて吹き放つ積もりだろうか?

それとも大声を放って衝撃波で鼓膜を打つ技だろうか?

技の結果は分からないが、これは剣技とは異なる戦法だ。

確かに魔物の技だと鑑みれた。

「「面白い!」」

俺の言葉とムサシの言葉が一致する。

ムサシは正面からキングの技を受け止める積もりらしい。

それ程までに開いた戦力差が余裕だと言いたいのだろう。

そして、次の瞬間にキングの攻撃が放たれる。

「かぁぁあああっっ!!!」

キングが吸い込んだ息を口から放射線状に吐き散らした。

その息には白い霧状の色が含まれている。

霧の息だ。

その霧の息が吐き出される突風に煽られてムサシの姿を丸々と飲み込んだ。

「ぬっ!?」

白い息は一瞬でムサシを包む。

それどころかムサシを中心に8メートル範囲程を白い霧で隠してしまう。

俺たちからも霧の中は見えていない。

当然ながら霧の中のムサシも視界を見失ったことだろう。

『なんですか、あれは!?』

「霧の煙幕だな。キングの野郎、視界を阻みに行ったか!」

俺が関心しているとハートジャックが解説してくれる。

「あれは胃酸ですよ~」

「えっ、遺産?」

「そっちじゃあなくて、胃の中の消化液ですよ。その胃酸を霧状にして散布したんですよ~」

「コボルトってあんなことが出来るのか?」

「あれはキングさんのオリジナルスキルですね~。この前、こっそり練習してるのを見ましたわん。技の名前は胃酸放射攻撃らしいですよ~」

「胃酸放射攻撃……」

なんか堅苦しい技名だな。

必殺技なんだから、自分で命名するよりもキルルに名付けて貰ったほうが、厨二臭くてそれっぽい名前を付けてくれるんじゃあないだろうか。

「こっそり練習していたってことは、秘密兵器だったんだな」

そしてキングが吹き放った胃酸の霧が周囲を白く染め上げた。

深い深い霧である。

酸っぱい臭いが俺の鼻にまで届く。

高さもムサシの頭を完全に隠すほどの深さだった。

「参る!」

すると今度はキングも霧の中に飛び込んで行く。

どうやらキングは視界の怪しい霧の中での戦いを挑むようだ。

何か秘策があるのだろう。

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