上 下
62 / 69

62・獣の技

しおりを挟む
来る最終戦────。

妖刀ムラサメを片手に持つリザードマンが揺れることもなく、背筋に真っ直ぐな芯の通った直立で刀を構えていた。

キングと向かい合うは、リザードマン族の長老ムサシ。

腰の曲がった老体と言う偽装に偽造を重ねていた老戦士だ。

だが、その正体は腰の一つも曲がっていない凛々しい老戦士である。

蛇のようなツルツルの鱗肌を有したリザードマンの顎には長い白髭を伸ばし、和風の着物を纏っていた。

下は袴で、足元は草鞋だ。

蜥蜴でありながら侍。

武器を構えるスタイルは一刀で八相の構えである。

そして、彼はリザードマンに転生した元人間である。

名はムサシ。

本名かどうかは不明だが、偽名ならば宮本武蔵に憧れているのは間違いないだろう。

って、今までのリザードマンたちが名乗っていた名前を鑑みるからに、その可能性が高い。

そのムサシがキングと向かい合っている。

キングも早々と光るシミターを鞘から引き抜いていた。

今までの対戦相手、インシュン、キリマル、バイケン、ジュウベイ──、どれとの対戦もキングは圧倒的な身体能力で攻略してきたが、このムサシには今度も通用するかは不明である。

てか、今度は容易く勝てないと思う。

このムサシたるリザードマンは異世界転生者だ。

この森産のリザードマンとは異なる。

もしも俺と同じ神々に送り込まれた転生者だとするならば、俺の無勝無敗の能力と同じように、なんらかのチートスキルを有している可能性も高い。

それに、異世界転生者ってだけで俺と同じように身体能力が強化されている可能性も高いだろう。

間違いなく、このリザードマン集落攻略作戦で、この長老ムサシが最大の難関だと思える。

俺は両腕を前で組みながら独り言を囁いた。

「さて、キングの野郎、どう戦うのかな」

後方に下がり再び観戦に回った俺の横でキルルが訊いてきた。

『魔王様……、あのムサシさんって、異世界転生者なんですよね……』

「ああ、そうだな。俺と同じ転生者だ」

『まさか、ムサシさんが破壊の勇者とか……?』

「それは無いだろう。あのホラ吹きジジイが勇者ってたまかよ」

『で、ですよね……』

一度向かい合う両者を見てから更にキルルが訊いてきた。

『今度もキングさん、勝てますかね……?』

俺は嘘偽りなく本心で予想を述べた。

「たぶん無理じゃね」

『えっ!!!』

「下手すりゃあ、あの妖刀ムラサメで微塵切りに刻まれるんじゃあねえの」

『そ、そんな!!!』

キルルが泣きそうな表情で俺の腕にすがり付きながら言った。

『そんなの駄目ですよ。キングさんはお子さんだって産まれるんですよ。こんなところで死んじゃあ駄目なはずです!!』

俺は横目でキルルを見ながら言ってやる。

「キルル、キングは戦士だ。夫であり、父親である前に、魔王軍の戦士だ。その魔王軍の戦士が死を恐れて戦いから逃げてどうする」

『ですが……』

「戦士ってのは、妻や子供、民や王を守るために戦うのが仕事なんだよ。戦死を恐れてどうするんだ」

『で、ですが……』

「あいつだって死ぬのを恐れているなら、今回の無謀な作戦なんて立てないだろうさ」

『ぅ………』

それっきりしょぼくれたキルルは俯いたまま顔を上げなかった。

最後になるかも知れないキングの戦いを見ようともしない。

それでも俺や九匹のコボルトたちは、戦うキングから目を離さなかった。

勝てると────否────勝つと信じているからだ。

俺たちの心配を余所にムサシが顎髭を撫でながら笑い出す。

「カッカッカッ、それでは始めましょうぞ、犬の戦士殿」

「お相手願う、ムサシ殿!」

各々の構えを築く両者が手にした刀を揺らすことなく徐々に摺り足で前に歩み出る。

その歩法の中に武が現れていた。

歩みにすら隙がない。

そして、あっと言うまに両者の間合いが太刀の届く距離に入る。

刹那───。

両者が同時に動いた。

二つの太刀筋が煌めき弾き合う。

上段で光るシミターと妖刀ムラサメがぶつかり火花を散らした途端、今度は二つの刀身が下段でぶつかり合った。

流れる瞬速の二撃が弾け合うと、両者が中段に胴撃を振るいながら後方に下がる。

一瞬での三撃は、どれも不発。

そして、間合いを取った両者が片手で刀を中段に構える。

その構えは鏡合わせのように瓜二つな構えであった。

「カッカッカッ」

「くっ……」

構えながら微笑むムサシとは異なりキングは眉間と鼻の頭に深い皺を止せながら対戦者を睨んでいた。

それら一連の攻防を観戦した俺がポツリと呟く。

「あの蜥蜴野郎、遊んでいやがる……」

俺の側に歩み寄ったハートジャックが訊いてきた。

「やはりあれは、遊ばれているのかなぁ……」

「ムサシの野郎はキングの動きを真似ていやがる。構えだけでなく、攻めも太刀筋もすべて模倣してやがる。それで余裕を見せているのだろうさ……。まだ自力を隠す積もりだ」

「自力を隠す……?」

「ムサシは次を考えて戦っていやがる。キングを倒して次に俺と戦うことを考えて実力を隠しているんだよ」

何処までもズル賢いジジイだな。

キングの構えを真似たムサシを眺めながらハートジャックが臭そうに言う。

「それが、あの物真似剣法ですか……」

表情を歪めたキングが一言だけ声を漏らす。

「屈辱だ……」

そして、愚痴ったキングが構えを解いて自然体を取る。

剣を下げたのだ。

すると真似に徹しているムサシも構えを解いた。

刀を下げる。

「カッカッカッ、実力の差が悟れたじゃろうて。今引くならば、命は取らぬぞ。貴様らも我らが一族を一匹も殺していないからのぉ。儂も大目に見てやるわい」

確かにキングもコボルトの精鋭たちも、リザードマンを倒しているが、一匹も殺してはいない。

気絶に追い込んだだけである。

構えを崩したキングが言う。

「いや、戦い方を変える」

「戦法を変えるのかぇ?」

「ああ、剣技で勝てぬのならば戦法を変えるのが正解だろう」

「カッカッカッ、それでどう変える?」

キングが相貌を更に鋭く細目ながら言った。

「私は魔物なのだ。魔物は魔物らしく戦うのみだ!」

「技を捨て、獣に戻るか?」

「それもまた有り!」

するとキングの返答を聞いたムサシが妖刀ムラサメを片手で構え直す。

「それで野生と剣技の両方を備えた儂に勝てると思うたか! なんとも愚行なり!!」

だが、光るシミターを構えずにキングは両腕を開いて胸を張った。

そして、上を向いて大きく息を吸い込み始める。

「すぅぅうううう~~~」

息を吸い込むキングの胸が膨らみ上半身が大きくなった。

肺の限界まで空気を溜め込んでいるのだろう。

吸い込んだ息を突風に変えて吹き放つ積もりだろうか?

それとも大声を放って衝撃波で鼓膜を打つ技だろうか?

技の結果は分からないが、これは剣技とは異なる戦法だ。

確かに魔物の技だと鑑みれた。

「「面白い!」」

俺の言葉とムサシの言葉が一致する。

ムサシは正面からキングの技を受け止める積もりらしい。

それ程までに開いた戦力差が余裕だと言いたいのだろう。

そして、次の瞬間にキングの攻撃が放たれる。

「かぁぁあああっっ!!!」

キングが吸い込んだ息を口から放射線状に吐き散らした。

その息には白い霧状の色が含まれている。

霧の息だ。

その霧の息が吐き出される突風に煽られてムサシの姿を丸々と飲み込んだ。

「ぬっ!?」

白い息は一瞬でムサシを包む。

それどころかムサシを中心に8メートル範囲程を白い霧で隠してしまう。

俺たちからも霧の中は見えていない。

当然ながら霧の中のムサシも視界を見失ったことだろう。

『なんですか、あれは!?』

「霧の煙幕だな。キングの野郎、視界を阻みに行ったか!」

俺が関心しているとハートジャックが解説してくれる。

「あれは胃酸ですよ~」

「えっ、遺産?」

「そっちじゃあなくて、胃の中の消化液ですよ。その胃酸を霧状にして散布したんですよ~」

「コボルトってあんなことが出来るのか?」

「あれはキングさんのオリジナルスキルですね~。この前、こっそり練習してるのを見ましたわん。技の名前は胃酸放射攻撃らしいですよ~」

「胃酸放射攻撃……」

なんか堅苦しい技名だな。

必殺技なんだから、自分で命名するよりもキルルに名付けて貰ったほうが、厨二臭くてそれっぽい名前を付けてくれるんじゃあないだろうか。

「こっそり練習していたってことは、秘密兵器だったんだな」

そしてキングが吹き放った胃酸の霧が周囲を白く染め上げた。

深い深い霧である。

酸っぱい臭いが俺の鼻にまで届く。

高さもムサシの頭を完全に隠すほどの深さだった。

「参る!」

すると今度はキングも霧の中に飛び込んで行く。

どうやらキングは視界の怪しい霧の中での戦いを挑むようだ。

何か秘策があるのだろう。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

ボッチはハズレスキル『状態異常倍加』の使い手

Outlook!
ファンタジー
経緯は朝活動始まる一分前、それは突然起こった。床が突如、眩い光が輝き始め、輝きが膨大になった瞬間、俺を含めて30人のクラスメイト達がどこか知らない所に寝かされていた。 俺達はその後、いかにも王様っぽいひとに出会い、「七つの剣を探してほしい」と言われた。皆最初は否定してたが、俺はこの世界に残りたいがために今まで閉じていた口を開いた。 そしてステータスを確認するときに、俺は驚愕する他なかった。 理由は簡単、皆の授かった固有スキルには強スキルがあるのに対して、俺が授かったのはバットスキルにも程がある、状態異常倍加だったからだ。 ※不定期更新です。ゆっくりと投稿していこうと思いますので、どうかよろしくお願いします。 カクヨム、小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...