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37・組長ルートリッヒ

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縦穴鉱山内で大乱闘が始まった。

我らが魔王軍精鋭部隊17匹+俺&キルルvs猪豚組のオーク90匹の対決だ。

数で圧倒されているはずの魔王軍だったが、戦ってみれば五分五分以上の健闘を見せていた。

オークたちを個々の実力で押している。

ホブゴブリンたちは炎を宿した武器で戦い、パワーやスピードでも遅れていない。

「ヒャッハー! 戦闘は楽しいでやんすね!!」

ゴブロンは影縛りのダガーでオークの動きを封じたのちにキックを巨漢にブチ込んで、次々とオークたちをKOしていった。

他のゴブリンたちも同じ戦術でオークを倒して行く。

どうやらゴブロン以外の四匹が持っている武器にも影縛りの効果が宿っているようだった。

その戦いを見て俺は思い出す。

「あ~、あの七三のゴブリンは、初めて森の中でゴブロンと出会ったときに逃げて行った五匹目のゴブリンだったか。それで武器がマジックアイテム化しているんだな」

『魔王様、知らないで連れてきたのですか?』

「いや、いつもゴブロンと仲良くしているから、他の四匹も連れてきたんだけどさ」

まあ、戦力になっているから問題無いだろう。

「さて、取り巻き同士の戦いよりも、幹部連中の戦いのほうが内容的に気になるな」

そう言いながら俺はキングとローランドの様子を伺う。

キングはアビゲイルと名乗る若頭の独眼オークと戦っていた。

アビゲイルの装備は片手用のバトルアックスとカイトシールドである。

キングは頭以外の全身を隠す皮鎧を纏っているが、アビゲイルのほうは脂肪が熱い腹以外を隠す皮鎧を纏っていた。

豚頭を皮のキャップで守っていやがる。

「はあっ!!」

「ブヒィ!!」

二匹の魔物は武器と武器をぶつけ合い激しく競い合っていた。

だが、キングのほうが押している。

アビゲイルのほうが苦虫を噛み殺すような表情で、徐々に防戦に追い込まれていく。

装備したカイトシールドで防御に励む。

片やローランドは巨漢のオークと戦っていた。

巨漢オークは木の棍棒を片手でブルンブルンと軽々と振り回している。

その棍棒をローランドは蝶が舞うような美しいフットワークで回避していた。

その足裁きには武術の影が鑑みれる。

おそらくローランドが開封したメモリーは武術の何かだったのかも知れないな。

「ブヒィ!!」

「はっ!!」

棍棒の一振りを躱したローランドが如意棒で巨漢オークの顔面を叩いた。

その一撃で巨漢オークの額が割れて、鮮血を散らしながら大きくよろめいた。

そこにローランドが如意棒でラッシュを掛ける。

顎、頬、右肩、鳩尾、脇腹、左膝に連続で如意棒を叩き込む。

その棒の動きはまるで鞭のようにしなやかだった。

ローランドが連打で圧倒している。

『あれ、魔王様。ローランドさんの武器が伸びてませんか?』

「あれは如意棒だ。変幻自在なんだよ」

『如意棒……?』

キルルは如意棒を知らないらしい。

ドラ○ンボールとか見たことないようだ。

戦況は我らが魔王軍の圧倒的に有利だった。

数の不利を個々の実力が凌駕している。

しかも、魔王軍は刃物でオークを切りつけていない。

武器で武器を弾くが、決定打は素手で殴っているのだ。

俺が命じた殺さずの命令を守っているのだろう。

「ブヒィ……」

キングに力負けしたアビゲイルが片膝を付いた。

巨漢のオークは既にローランドにKOされている。

「もう、勝負は付いたな」

俺が呟いた刹那である。

アビゲイルたちが出てきた横穴から新手のオークが一匹現れた。

褌一丁の姿は身長190センチぐらい。

2メートルの巨漢オークより小さいが、アビゲイルよりは大きい。

だが、他のオークたちと違って肥満体型ではなかった。

うっすらと脂肪を蓄えた筋肉質だ。

分厚い筋肉が脂肪を飾るように纏っているように伺える。

そのオークから異常なまでの威圧感が放たれていた。

「ブヒィ~……」

そのオークが辺りを見回した後に溜め息を吐き捨てた。

引き締まった分厚い胸板。

脂肪の薄い腹にはうっすらと腹筋の形が見て取れる。

そして、腕が筋肉で太い。

足が筋肉で太い。

更には首も筋肉で太かった。

更には身体中だけでなく、顔にも切り傷が複数刻まれている。

まるでピカソの自画像だ。

右の額から眉間を過ぎて左頬に一本。

左こめかみから左目の横を過ぎて頬から顎先に一本。

更に右の頬から豚鼻の上を過ぎて左頬に横一文字の傷が一本。

体も古傷だらけだ。

それらの古傷が百戦錬磨の風貌を醸し出していた。

そのオークが褌一丁で混戦の中を静かに進んでくる。

そして、俺の前で止まった。

唐突に叫ぶ。

「渇ぁああああツ!!!!!」

乾いた声色に異様なまでの気迫が籠っていた。

「「「「「ッ!!??」」」」」

その奇声に混戦の動きがピタリと止まる。

敵味方関係なくスカーオークを凝視していた。

スカーオークが若頭のアビゲイルに問うた。

「この乱闘、何事だブヒ?」

アビゲイルは股を割り頭を下げながら返した。

その表情は硬く振るえている。

「組長、魔王を名乗る客人の来訪ブヒ……」

アビゲイルの声色に恐れが見て取れた。

冷たい汗を流している。

組長と呼ぶ男を恐れている様子だった。

スカーオークは冷たい眼差しで俺を凝視しながら言った。

「俺が猪豚組の組長、ルートリッヒだ」

「キェェエエエ!!!」

唐突にローランドが組長ルートリッヒに攻め行った。

如意棒を真っ直ぐ伸ばしてルートリッヒの喉を突く。

しかし──。

「ななっ!!??」

驚いたのはローランドのほうである。

ルートリッヒはローランドの突きを躱さなかった。

喉で如意棒の先を受け止める。

それでありながら、平然とした眼差しでローランドを睨んでいた。

苦痛の表情を浮かべるどころかよろめきすらしていない。

「馬鹿な……。硬いダス!?」

ローランドが言葉を漏らすとルートリッヒがガッシリと片手で如意棒を掴んだ。

そして、力任せに引き寄せる。

「ななっ、なんダス!!」

俺の鮮血で強化されているはずのローランドがルートリッヒの腕力に負けて引き寄せられた。

それと同時に顔面をぶん殴られる。

「オラッ!!」

「ダスッ!!」

ルートリッヒの鉄拳一振りで、ローランドの体が高く飛んだ。

引く力と押す拳の混合打である。

ローランドが俺の頭上を超えて背後に落ちる。

俺はそれでもルートリッヒを睨みつけていた。

ルートリッヒも俺から視線を外さない。

『ローランドさん!!??』

ローランドを心配したキルルが掛け寄った。


俺はルートリッヒを睨み付けながらキルルに問うた。

「キルル、ローランドは生きているか?」

するとキルルを押し退けたローランドが自ら答えた。

『すみませんダ。不甲斐ないところをお見せしましたダス!!』

どうやらローランドは自力で立ち上がったようだ。

そのような状況で俺とルートリッヒは睨み合い続けていた。

戦闘を中断したすべての者たちが俺らに注目している。

するとルートリッヒのほうから歩み出す。

そして、渋声で語り始めた。

「魔王殿、黙って殴り合うかい?」

唐突な提案だった。

だが、シンプルで好ましい提案である。

「面白い、受けて立つぞ!」

男は黙って殴り合いだ。

その辺は俺とルートリッヒの考えが合致している。

両者が強く拳を握り締めた。

ルートリッヒが俺の眼前で大きく踏み込む。

俺は自然体でルートリッヒの拳を待ち受ける。

「ブヒィィイイイ!!!」

大きな拳だった。

固く握り締められた拳はボウリングの玉のようである。

その拳骨を俺は自然体のままに顔面に食らう。

ガンっと世界が揺れた。

一瞬だけ視界が純白に染まる。

その白い世界に黒い星が複数輝いた。

「オラっ!!!」

俺を殴ったルートリッヒは力任せに拳骨を振り切った。

その拳打で俺の体が飛んで行く。

今度はローランドの頭上を俺が超えて行った。

そして遥か先の壁に激突して止まる。

だが俺は倒れなかった。

壁に跳ね返ると足から着地する。

そして歩き出す。

何もなかったかのような表情で親指で片鼻を吹くと、反対の鼻の穴から鮮血が地に散った。

俺は微笑みながら言う。

「スゲェ~いいパンチを持ってるじゃあねえか」

ルートリッヒは倒れない俺を見て、少し感心している様子だった。

そのあとに、自分の拳を確認しながら言う。

「確かに俺の拳に、顔面が潰れた感触があったブヒ。間違いなく一撃で殺したはすだブヒ?」

俺は前に歩き出すと真実を語る。

「今回の魔王様は、不死身だぜ!」

「不死身ブヒ?」

「更には最強で無敵だ!」

「最強で無敵ブヒ?」

「そうだ」

「馬鹿馬鹿しいブヒ」

「だが、それが魔王だ!」

「無敵、最強、無双の言葉は、このルートリッヒのためにある言葉だブヒ」

うわ、なに、この自信は!?

こいつの頭はド級の馬鹿か!?

「ならばブヒ──」

言いながらルートリッヒが拳を振りかぶる。

大きく振りかぶり過ぎて背中がこちらに向いていた。

前を見ていない。

これから撲る相手を見ていないのだ。

「トルネード投法?」

「ブヒィィイイイ!!!」

唐突に振り帰ったルートリッヒが、そのまま拳骨を振るう。

全力を超えた全力だ。

「面白い!!」

俺もルートリッヒの巨拳に魔拳を合わせた。

すると俺の拳骨とルートリッヒの拳骨がぶつかり合う。

拳のぶつけ合いでは岩製のゴーレムにすら俺は勝っている。

だから自信があった。

しかし、激しい衝突音に続いてバギバギバキっと音が鳴る。

続いてキルルが『キャッ!』っと悲鳴を上げていた。

音の正体は俺の拳が砕ける音だった。

拳が砕けるだけじゃあなかった。

腕の骨が砕けてルートリッヒの拳に腕ごと押し込まれて潰された。

「っ!?」

次の瞬間には俺の拳が肩から直接生えているのが目に入った。

否。

腕が砕けて体内に押し込まれているのだ。

「がはっ!」

唐突に俺は口から鮮血を吐いた。

折れて押し込まれた腕の骨が内蔵に刺さったようである。

そのまま前のめりに力無く倒れた。

「ふっ」

ルートリッヒがダウンした俺を冷たい眼光で見下ろしている。

そして、キングに告げた。

「貴様の主を連れて帰れブヒ」

キングは奥歯を噛み締めるだけで何も言い返さなかった。

そのキングをルートリッヒは睨みつける。

そこで俺が立ち上がった。

「ああ~、よっこいしょ」

「な、なに……!?」

俺が立ち上がるとルートリッヒが驚きを露に出す。

更にルートリッヒを驚かせたのは、俺の潰れた腕が再び元の長さに戻って行く光景だった。

「リジェネレーターブヒか?」

俺は顎をしゃくらせながらふてぶてしく言い返す。

「そんな生易しい物じゃあねえよ。だってこっちとら、魔王様なんだからよ!!」

俺は威嚇的に微笑んで見せた。

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