上 下
46 / 57

46【ラッキートラブル】

しおりを挟む
あれから早くも3日が過ぎた。

ミゼラちゃんはギランタウンに屋敷を借りて住み始めたのだが、町の中心部にあった大きな屋敷を借りて住み込んだのだ。しかもその屋敷は俺の家より数倍も大きい。雇っている召使いたちも数倍だった。もう忍ぶ気は微塵もないらしい。そこから俺の屋敷に通って彫刻の勉強に励んでいる。

親父とお袋は相変わらずの生活を営んでいた。親父は客人が帰ったので酒ばかり飲んでいて、お袋はギランタウンの金持ち奥様たちのお茶会に出向いて遊んでばかりだ。しかも酒代もパーティーの参加費も俺が稼いだ金だから厄介である。無駄使いが過ぎるのだ。

それでも俺にはお金だけは余っているから問題ないのだけれどね。

そして俺は屋敷の工房で今日もコツコツとフィギアを作っていた。それは小型のフィギアだったのでもう少しで完成だ。これが完成したら冒険に出ようと思う。

俺が冒険に出ている間はミゼラちゃんに宿題を出していく積もりだ。実習ってやつである。そんな彼女は今俺の背後の机でデッサンの勉強に取り組んでいる。

彼女は素人だ。まだ、彫刻の技術どころか美術の基本すら理解できていない。だからまずはデッサンから勉強してもらっている。三次元の勉強よりも二次元を極めてなければ始まらない。だから紙に自分の片手を画かせている。

「んん~~……」

俺は彫刻刀を机に置くと椅子に座ったまま背筋を伸ばした。カチンコチンに固まった肩の筋肉がメキメキと音を鳴らして解される。

「ミゼラちゃん、どうよ、上手く画けているかい?」

席を立った俺がデッサンに励むミゼラちゃんの様子を伺う。すると彼女は眉間に深い皺を寄せながら悩んでいた。両腕を胸の前に組んで首を傾げながら自分が描いたデッサンを眺めている。

「うぬ~、なんか違うんですよね……」

「どれどれ~」

俺がミゼラちゃんが描いたデッサンを覗き込むと、そこには彼女の左手が画かれていた。俺が出した課題通り練習に励んでいる。

だが、そのデッサンした左手には大きな違和感が感じられた。俺は一目で気が付いたがミゼラちゃんは何が可笑しいのか気付いていないようだ。

そのデッサンには大きなミスがある。致命的なミスである。

「ミゼラちゃん、このデッサンの手には指が6本あるよ……」

「あっ、本当です!」

ヤバい……。この子はそのミスに気が付いていなかったようだ。これはかなりの問題だぞ。デッサンが上手い上手くないの問題以前の問題だ。

「ま、まあ、次から気をつけてね。ちゃんと指の数を数えて画くんだよ……」

「はい、アトラス先生!!」

元々は体育会系だけあって元気だけは良いな、この僕っ子はさ……。まあ、真面目なだけ弟子としては優秀なのかも知れない。それだけで今はよしとして置こう。

「んん~?」

そして、俺がチラリと窓の外を覗き見ると屋敷の庭先で親父がテーブルと椅子を出して酒を煽っていた。青空の下で昼間っから酒とは呑気なものである。息子が一生懸命にフィギアを作って働いているというのにさ。

「やれやれだぜ……」

呆れだ俺が席に戻って作業に取り組もうとしたところだった。中央街のほうから人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。それは女性のようだった。ロングスカートの裾が風に靡いている。

「あれは……」

風に靡いているのはスカートだけでなかった。長い金髪のポニーテールも靡いている。それに豊満な乳にも視線が行ってしまう。

「あの乳は、ジェシカか?」

何故にジェシカが俺の家を訪ねるのかと俺が思っていると、いつの間にか俺の隣にアビゲイルが立っていた。そのアビゲイルも言う。

『間違いありません、あのふしだらな乳はジェシカ様だと考えられます』

「お前もおっぱいで人を認識しているんかい……。まあ、いい、行くぞ」

『畏まりました、マスター』

俺とアビゲイルがジェシカを出迎えに行こうとするとミゼラちゃんが言う。

「アトラス先生、如何なされましたか?」

「ちょっと客人が来た。出迎えてくる」

すると鉛筆をテーブルに置いたミゼラちゃんが柔らかい笑顔で言う。

「僕も行きます」

「えっ……。なんで……?」

「なんだか浮気の臭いがプンプンとしてくるのです」

「ぬぬぬぬぬ!!!」

この小動物のように可愛らしい僕っ子のくせして嗅覚は鋭いのかよ。誤算だった。侮っていたぜ。

「いや、いいよ、俺の客だ。俺一人で相手するからさ。ミゼラちゃんはここでデッサンの練習に励んでいてくれないかな。直ぐに、直ぐに戻るからさ……」

「なんだか言い訳のように言葉が長いですね。ますます怪しいですよ」

畜生、マジでこの子は鋭い……。だが、ここでミゼラちゃんとジェシカを会わせるのは不味いだろう。もしもジェシカが乳を揉んでもいいよとか言い出した際に遠慮無く揉み憎くなってしまうではないか。

俺はミゼラちゃんの両肩に手を添えると力を込めて椅子に座らせようとする。

「まあ、いいから、ミゼラちゃんは、すわって、デッサンに、励んでいで、い、な、さ、い!」

俺が力を込めるがミゼラちゃんはビクともしない。流石は将来王国初の女騎士団長に育て上げようとデズモンド公爵にスパルタな教育を受けていた娘だ。俺なんかとは純粋にパワーが違うぜ。俺の力では彼女の姿勢すら崩せない。

「だが、このままでは……」

そんな感じで俺とミゼラちゃんが静かに押し合っていると俺の工房にドロシー婆さんがやって来た。

「アトラスお坊ちゃん、女性のお客様が訪ねて参りました」

「ああ、分かってる、今、行く、よ……」

ドロシー婆さんはミゼラちゃんと押し合う俺の姿を見て首を傾げていた。そして、気を使って言う。

「お忙しいのでしたら、お部屋まで案内いたしましょうか?」

「いや、気を、使わないで、くれ!」

「は、はあ……」

しかし、眉をしかめるドロシー婆さんの横からポニーテールが顔を出した。

「やっほー、アトラス。元気だったか」

ジェシカだ。ジェシカが家主の断りもなく家に上がり込んできた。なんてマナーの知らない田舎娘だ。教育がなってないぞ。

「ジェ、ジェシカ。人の家に勝手に上がり込むなよな!」

「何を言ってるのよ。あなたは夜な夜な女の子の部屋に忍び込んで布団の仲間で潜り込んで来てたじゃないの」

「そ、それは!」

「アトラス先生、それはどう言うことですか?」

俺を見詰めるミゼラちゃんの視線が冷たく鋭利に伺えた。父親似にた鬼の表情である。回答を少しでも間違えたら刺されそうな眼差しであった。

「いや、それはね。なんと言いますか。趣味なんだよ……」

「趣味で変態行為を働くな!」

部屋の中にツカツカと入ってきたジェシカが俺の顔面を横殴る。容赦の無いロングフックだった。

「ふごっ!」

俺はジェシカのパンチ力にふっ飛んで壁際に立っていたアビゲイルにぶつかってしまう。しかし、ここでアビゲイルが以外な行動に走る。

『私はロープ』

そう述べるとアビゲイルが俺の身体を跳ね返したのだ。それはまるでプロレスのロープを擬人化したかのような行動だった。

そして、跳ね返された俺がジェシカの真ん前まで戻る。更なるジェシカの追撃。

「ラリアッーーート!!」

ロープから戻ってきたところにラリアット。それはまるでプロレスのワンシーン。まるで流れるかのような一連だった。

「ぐへぇ!」

そして、強烈なラリアットを食らった俺はジェシカの腕に巻き付くように身体を浮かせると頭から逆さまに落ちていった。更に床に後頭部を打ち付ける。すると床板が激しく鳴った。

「ウィーー、いちばーーん!」

人差し指を立てて勝ち名乗りを上げるジェシカ。その足元で白目を向く俺。そんな俺の顔をアビゲイルとアンジュが覗き込む。

「アトラス、生きてるかな~?」

『大丈夫です。息はしています』

酷い……。

でも、ラリアットを食らう瞬間にジェシカの乳が俺の頬に少しだけ当たっていた。それだけがラッキートラブルである。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

イケメン女子を攻略せよ!〜女の子に人気のイケ女の弱みを握ったので、イチャイチャしたりしてどうにかして自分のものにしようと思います〜

M・A・J・O
恋愛
「あなたの秘密を黙っててあげる代わりに、私と付き合ってくれませんか?」 スポーツ万能で優しく、困っている人を放っておけない性格の彼女――海道朔良(かいどうさくら)は、その性格とかっこいい容姿から学校中の女の子たちに一目置かれていた。 そんな中、私――小田萌花(おだもえか)は彼女の“秘密”を目撃してしまうことになる。 なんと、彼女は隠れアニメオタクで――? 学校の人気者である彼女に近づくのは容易ではない。 しかし、これはまたとないチャンスだった。 私は気づいたら彼女に取り引きを持ちかけていた。 はたして私は、彼女を攻略することができるのか! 少し歪な学園百合ラブコメ、開幕――! ・表紙絵はフリーイラストを使用させていただいています。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...