上 下
8 / 57

8【ギランタウンの冒険者ギルド④】

しおりを挟む
ギランタウン冒険者ギルド本部一階酒場で、俺&アビゲイル組vsギルドマスターの息子ドリトル・ローレンゾとの対決が始まろうとしていた。

酒を煽りながら他の冒険者たちが面白可笑しく囃し立てている。

そして、メイドゴーレムの隣に立つ俺の前にロングソードを身構えたドリトルが立っていた。その構えには隙が伺えない。この変態おっさん、実は剣の使い手のようである。

ドリトルが引き締まった真顔で言う。

「高価そうなゴーレムだが、この際だ、破壊させてもらうぞ」

「無理無理。アビゲイルをそこらのダンジョンで遭遇するような安物ゴーレムと一緒にするなよ、おっさん」

「それが本当かどうか試させてもらう!」

言うなりドリトルが大きく一歩踏み出した。その踏み込みに合わせてロングソードを上段の縦振りに放ってくる。狙いはアビゲイルの頭部であった。

だが、アビゲイルは回避行動のひとつも取らなかった。正面からドリトルの一太刀を額で受け止める。

すると酒場の中に甲高い金属音が鳴り響いた。ロングソードとアビゲイルの額が激突した音である。

直後、観戦していた冒険者たちが沸いた。

「硬いっ!」

小さく愚痴を溢したのはドリトルであった。そのドリトルの一太刀がアビゲイルの額で受け止められている。しかも剣で切れていないのだ。

アビゲイルは無表情のままに直立してロングソードの一撃を受け止めていた。そして、額で止まっている剣を素手で掴むと冷たく述べた。

『この程度の攻撃では、私の装甲は破れません』

「傷ひとつ付けられないか」

そして、アビゲイルは掴んだロングソードの刀身を親指の力だけでへし折った。それを見ていた外野が更に沸く。

俺は薄笑いながら言う。

「合格だぜ。俺が想像していた以上の装甲と腕力だ」

これは本当のことである。

俺がアビゲイルに埋め込んだ六つの強度強化魔石は、同じ魔石の中でも安い種類の魔石である。

魔石にもいろいろな種類が存在している。腕力強化、速度強化、強度強化、属性攻撃力強化、属性防御力強化と様々なのだ。

更に強度強化魔石の中にも細かに細分化されている。金属強度強化、石材強度強化、木材強度強化などである。

アビゲイルに使っている魔石は、強度強化魔石の中でも一番安価で人気の少ない木材強度強化魔石であった。

何故に安価で人気が無いかは言うまでも無いだろう。それは木材の強度を強化する酔狂なやからは少ないからである。

だが、人気が無くても六つも強度強化魔石を掛け合わせれば桁違いの硬さまで強度が跳ねあがる。それは木材でも鉄と代わらない硬さとなるのだ。

しかしながら安価な分だけ弱点は存在している。それは木材なのだから炎に弱い。簡単に燃えてしまう可能性が高いのだ。

それでも今回は合格である。何より剣士の一太刀を頭で受け止めても無傷なのは凄いだろう。

それに鋼のロングソードを親指だけで小枝を折るように砕いたのだ。パワーも人間を越えていて抜群である。

「ちっ……」

舌打ちを溢したドリトルが元の位置まで跳ね退いた。そして、折られたロングソードを酒場の隅に投げ捨てる。

その折られたロングソードにスカーフェイスが駆け寄った。

「ああ、俺のロングソードが……。この剣は高かったんだぞ……」

そんなスカーフェイスの泣き言を無視して酒場の喧嘩は話が進む。

「ならば、もうちょっと本気を出すか」

言いながらドリトルがズボンのポケットから小さなアイテムを二つ取り出した。それは同じ形のメリケンサックだった。

メリケンサックとは、四本指を連なる輪っかに通して握り締めるように装着する鉄の拳である。

それは拳を鉄で囲っただけの時代遅れな凶器に伺えるが、実のところ大変危険な武器である。

メリケンサック。主に喧嘩で使われる凶器のひとつだが、携帯がしやすい凶器の割には喧嘩での殺傷力が高いことから現在アメリカのほとんどの州では携帯許可が法律で禁止されている武器である。販売や作成ですら禁止されている州も少なくない。

メリケンサックは素人が思う以上に攻撃力が高く凶悪な武器なのだ。

ドリトルはそのメリケンサックを二つ取り出すと両手に装着した。そして、両拳を眼前に並べると背を丸めてステップを刻む。

「あれ、知ってるわ。久々に見るぞ」

俺はドリトルが見せた構えを知っていた。前世で何度も見たことがある。ボクシングの構えだ。

「しかも、あれはインファイターの構えだぜ。もしかして、あのおっさんはハードパンチャーなのかな?」

俺の予想通りにステップを刻むドリトルの動きは可憐だった。まるで蝶のように待っている。

おそらくドリトルは剣技よりも拳闘術のほうが得意なのだろう。先程までとは動きが違う。軽やかだ。

「ならば、次は蜂のように刺せるのか見てみたいな」

俺が呟いた刹那であった。再びドリトルから動いた。

背を丸めた低い姿勢から弾丸のように飛び出してアビゲイルに迫る。しかしアビゲイルは直立を崩さない。見ている方向も上の空だ。

そのアビゲイルの土手っ腹にドリトルがボディーブローを打ち込んだ。

「ふんっ!!」

自分の低い腰の高さから少し斜め上に繰り出された下突きの拳がアビゲイルの腹に命中する。そして、ドリトルは力一杯拳を振り切った。

その拳打の威力にアビゲイルの細い体が後方に吹き飛ばされた。そして、カウンターに腰を激突して止まる。

しかし、後方に殴り飛ばされたアビゲイルは直立の姿勢を崩していない。後ろのカウンターに腰を激突したが、ほとんど自力で攻撃に耐えたように伺えた。やっぱりアビゲイルの身体能力は並みではない。

「俺のハードパンチも耐えて見せるか……」

可憐なステップを刻み続けるドリトルの額から冷や汗が流れ落ちる。

それもそうだろう。本来のドリトルの実力ならば、パンチ一発でゴブリン程度ならば頭を粉砕できるだけの破壊力を有しているのだから。

それが己のパンチを直立不動で受け止められたのだ。ハードパンチャーとしての自信が揺らいでしまう。

そのドリトルのほうにアビゲイルが歩み出した。その歩みは淑やかである。両手を臍の前で組み合わせて御上品なメイドのように振る舞っていた。

これがメリケンサックを振るっているおっさんと喧嘩中の相手が見せる歩き方ではないだろう。

そのアビゲイルが軽く頭を下げながら言った。

『それでは今度は私から行かせてもらいます』

そして、アビゲイルが御辞儀から頭を上げた瞬間に飛び込んだ。

だが、その飛び込みは不自然。人間の動きではない。爪先だけの動きで直立のまま跳躍したのだ。まさに人形にしか出来ない不思議な歩法である。

しかし、その一歩の歩法だけでアビゲイルは素早く低空で飛ぶようにドリトルの目の前まで移動していた。その動きにドリトルも仰天している。

そして、ドリトルの眼前に立ったアビゲイルは左右に大きく両腕を広げていた。そのまま両腕で挟み込むようにドリトルに抱き付こうとする。

「ヤバイっ!」

慌てたドリトルは頭を低く下げて腰を落とすとアビゲイルのハグから逃れた。そしてハグから逃れたドリトルは床を滑るように間合いを築く。

「ちっ、躱されたか……」

『躱されました』

俺とアビゲイルの間の抜けるほどの冷静な会話を聞いた冒険者たちが唖然としていた。彼らにも分かるのだろう。片手でロングソードをへし折れるだけのパワーを有したゴーレムに抱き付かれたらどうなるのかを──。

まあ、俺が想像してもゾッとする。たぶんアビゲイルにベアハッグされたら内臓が口と肛門からこんにちわしちゃうだろうさ。

安全な距離を保つドリトルが俺に向かって言った。

「アトラス少年、キミは恐ろしいゴーレムを作り出したようだね……」

「まあ、アビゲイルは資金も時間もたくさん費やして作った自信作だからな。俺だって同等の力を有したゴーレムとなんて戦いたくないよ」

「同感だ、少年!」

その言葉と共にアビゲイルに殴り掛かるドリトル。

今度は左ジャブから入った。瞬速の拳打にヒット音が鳴り響く。

ドリトルが放ったジャブがアビゲイルの顔面を叩いていた。だが、殴られたアビゲイルは揺らぎもしない。拳の威力にのけ反ってもいない。そのまま再び両腕を広げてドリトルに抱き付こうとする。

「クリンチなんぞされてたまるか!」

ドリトルはアビゲイルのハグを躱すとアビゲイルの右側に回り込んだ。そこから軽いステップで跳ねるとアビゲイルの肩越しから拳をこめかみに叩き込む。

「これで、どうだ!」

しかし、アビゲイルは揺らがない。ドリトルのクリーンヒットを耐え忍ぶ。いや、忍んですらいない。

しかも鋼のメリケンサックで頭を殴られているのに、ヒット箇所には傷ひとつ刻まれていないのだ。

アビゲイルは斬撃同様に打撃系の武器すらノーダメージで耐えられる様子。これは本当に激硬である。

「クソっ!」

それでも諦めないドリトルの再攻撃。

今度はドリトルが左右の拳を連打してアビゲイルの顔面を殴打した。複数のパンチが連続でアビゲイルの顔面に叩き込まれる。

その数は8連打。8発の拳打がアビゲイルの顔面を集中的に殴打したのだ。

まさに蜂のように刺すパンチである。いや、マシンガンを乱射する蜂である。

だが、それでもアビゲイルは揺らがない。再び両腕を広げて抱き付き攻撃を狙っている。その様子からダメージを受けた様子は伺えない。

『今度こそ捕まえます』

そして、再びアビゲイルが抱き付こうと両腕を広げて攻め寄ったところで老人の大声が割って入った。

「そこまでだ。これは何事であるッ!」

ドリトルとアビゲイルの動きが止まった。

渋声が飛んできたのは酒場の二階からである。その渋声に引かれてこの場に居る全員の視線が二階の踊り場に集まった。そこには白髪で角刈りの髭面の老人が立っていた。

白髪の角刈りに、白いが凛々しい眉。それに威厳を感じさせる白い髭。全体的に白く更けているが逞しい老人であった。身長も高い。

両拳を下げたドリトルが呟く。

「父さん……」

「あれが、ここのギルドマスターか」

ギランタウン冒険者ギルドのマスター、ダリゴレル・ローレンゾの登場である。

更にダリゴレルの横に白銀のプレートメイルを纏った若い女剣士が立っていた。

赤毛のロングヘアーに凛々しい顔立ちの娘である。胸もそこそこ大きい。

「むむむ、形の良いおっぱい発見!」

これはお近づきになりたいぞ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

異世界でスローライフを満喫

美鈴
ファンタジー
タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です! ※カクヨム様にも投稿しております ※イラストはAIアートイラストを使用

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

イケメン女子を攻略せよ!〜女の子に人気のイケ女の弱みを握ったので、イチャイチャしたりしてどうにかして自分のものにしようと思います〜

M・A・J・O
恋愛
「あなたの秘密を黙っててあげる代わりに、私と付き合ってくれませんか?」 スポーツ万能で優しく、困っている人を放っておけない性格の彼女――海道朔良(かいどうさくら)は、その性格とかっこいい容姿から学校中の女の子たちに一目置かれていた。 そんな中、私――小田萌花(おだもえか)は彼女の“秘密”を目撃してしまうことになる。 なんと、彼女は隠れアニメオタクで――? 学校の人気者である彼女に近づくのは容易ではない。 しかし、これはまたとないチャンスだった。 私は気づいたら彼女に取り引きを持ちかけていた。 はたして私は、彼女を攻略することができるのか! 少し歪な学園百合ラブコメ、開幕――! ・表紙絵はフリーイラストを使用させていただいています。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...