魂/骸バトリング

ヒィッツカラルド

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辰、巳、牛と時は流れ深夜を刻む時計の針が二時半を過ぎた頃である。

温泉街の山沿いに屋敷を構える大塚邸の庭先に五つの来客の姿があった。

一流の庭師によって組作られ手入れされて来た和を極めし日本庭園。

古い作りの日本家屋平屋建てとマッチして気品の中に夏の四季を映し出している。

全てがわびさびの嗜好を魅い出して居た。

屋敷の広さよりも拘りの庭園のほうが大きく感じる。

その庭園を見渡せる芝の上に敷き詰められた青い芝生の面積は、小さな公園以上の広さは十分にあった。

敷地内に建てられた幾つかの外灯と、空から注がれる月明かりが混ざり合い人口物と天然の合成された違和感のある光で辺りを照らす。

時折空を流れる灰色雲が月と地上の間に割って入っては意地悪く光の交わりを妨げていた。

湿り気を感じさせる芝生の上に四方5メートル間隔で立てられた細い棒。

高さは1.5メートル程だろうか、その棒を繋ぎ合わせるように引かれた注連縄には紙で折られた白い注連飾りの数々が微風に煽られ神秘的に揺れていた。

「さてさて、我々は見学だな」

「そうね――」

軒太郎の言葉に憑き姫が答える。

二人の後ろにイゴールがブロッケン山の如く聳えていた。

注連縄に囲まれた空間の真ん中には、昂輝が座禅を組んで居る。

精神を統一する為か瞼を塞ぎ静かな鷹揚を見せていた。

静かで新鮮な空気が月光に照らされ夢が如く透き通る中、昂輝に注連縄の外から両手を翳すのは呪術師のお砂姉さんだ。

いつもの白い洋服に白いツバの広い帽子を被り、純白の様子で呪いの診断を始めて居た。

清楚な奥様の……もとい――お嬢様のようなイメージが強いお砂の表情は、おっとりとしたいつもの表情から真剣な眼差しに変わっていた。

随分と引き締まっている。

昂輝の呪いについての診断が始まってから、まだ十分程度の時間しか経っていない。

「イゴールちゃん、つまんなーい、厭きたです」

まだ十分程度しか……。

「早いわよ、イゴール。貴方はもっと我慢を覚えなさい」

「えー、私は憑き姫ちゃん見たいに辛抱強くないですもの。ぶぅー」

小さな憑き姫に説教を受けて、大きな図体のイゴールが可愛らしい声で愚痴を返す。

少し離れた位置からそれを窺っていた剛三が、老いた顔に苦笑を浮かべて滑稽な光景を眺めていた。

イゴールの可愛らしい声が、どこから出ているのだろうか、如何してあのような声が出るのかを疑問に抱きながら――。

そして時間は静かな夜に流れて行く。

注連縄の中で座禅を組み動かない昂輝。

診断を続けるお砂。

外野は気ままに過ごす。

剛三の姿は屋敷内の奥に消えた。

憑き姫はお砂の背後を離れた場所からずっと眺めていた。

イゴールは体育座りで両膝を抱え、庭園に幾つか見える置き石のように丸まる。

その横に立つ軒太郎は先程から一人で黒い山の方角を眺めていた。

既に一時間が過ぎただろうか。

お砂と昂輝の様子は変わらない。

呪いの診断を始めたときから動きの一つも見せていない。

じっと同じポーズを保ったままだ。

もう一時間は過ぎている。

憑き姫が軒太郎のほうを見る。

軒太郎もまたずっと夜空に被る山肌を眺めていた。

何か気になることがあるようだ。

「気付いた、軒太郎?」

闇夜に映る山の姿を眺め続けていた軒太郎に、白いワンピースの裾を膝の高さで揺らす憑き姫が話かけた。

問う憑き姫の声は、夜の闇のように感情の薄い声だった。

「ああ、小さかった妖気が大きくなったな」

「ええ――そうなのよ」

「何がですか?」

二人の会話にイゴールだけが付いて行けてなかった。

傷だらけの強面を体育座りのまま横に傾げる。

「数は四か――五ってところか」

「ええ、そうね。おそらく鬼の類――」

「俺もそのへんは同意見だ」

「おやおや、妖怪の出現ですか? 二人は本当に感度が敏感ですね。イゴールちゃんにはさっぱり分りませんです」

「どうする、軒太郎。行く?」

「ああ、ここに居ても何の役にも立たないしな。行けば何かしら使えるパーツがゲット出来るだろう」

「そうね、レアリティーが低くても鬼は鬼ですもの。それなりの価値在る魂よね。無いよりはましなカードになる、――かな」

「はーい、はーい、イゴールちゃんも行きまーす」

イゴールは立ち上がると幼稚園児にも負けない元気さで手を上げながら跳ね回る。

まるで遠足にでも行く寸前のテンションだ。

「お三方、行ってらっしゃい。ここは私一人で十分だから。寧ろ付き合せて悪いですし、楽しんでらっしゃって」

初めてお砂が口を開くと横顔だけで振り返り言う。

その横顔は、にっこりと微笑んでいた。

家事手伝いを台所でこなしている年の離れた長女が、小学生の弟たちに、ここはいいから遊びに行きなさいと言っているような仄々とした光景だった。

お砂には、そのような温もりも感じられる。

「では、お砂姉さん。昂輝君をお願いします」

「しまーす」

「ええ、いってらっしゃい」

最後にそう言うとお砂は微笑む横顔を正面に戻す。

直ぐに呪いの解読作業を再開させる。

再び笑顔が厳しく戻り眉の間に皺を寄せた。

「じゃあ、二人とも私に乗って行きますか?」

「ええ、お願い」

憑き姫の返事とほぼ同時にイゴールが蟹股で深く腰を落とす。

相撲取りが四股を踏み終わった直後のようなどっしりとした姿勢だ。

太股の筋肉がハチ切れんばかりに膨らみオレンジ色の繋ぎを膨らませる。

凄い筋肉量だ。

「ささ、どうぞです」

にこやかに誘うイゴール。

その太い筋肉の塊を踏み台に後ろから軒太郎と憑き姫がイゴールの肩へと登り始める。

二人が左右の肩に腰を下ろす。

右の肩に軒太郎が座り、左の肩に憑き姫が座った。

筋肉のソファーは、あまり座り心地が良くない様子だ。

憑き姫が小さなお尻をムズムズさせていた。

「うんちょ」

可愛らしい掛け声を強面の口から出すとイゴールは、両肩に座る二人を担いで、しゃがんだ常態から軽々と立ち上がった。

難無くだ。

人間二人分の重みにバランスを崩すどころか、筋肉の一つも震わせていない。

見せるは人外のパワーである。

余裕なのか怖い顔は幼く笑ったままだった。

イゴールが膝関節を軽く曲げて勢いを屈伸に溜める。

移動開始だ。

「いきますよー。落ちないでくださいです」

「落とさないでね」

イゴールの肩に座る憑き姫が言う。

まるで落とされた経験があるかのような言い方だった。

「今度は気を付けまーす」

落としたことがあるようだ。

「イゴールちゃん、飛びまーす」

そして飛ぶ。

素晴らしい跳躍だった。

人間二人を担ぎ運ぶイゴールの一っ飛びは、一度目のジャンプで大塚邸の広い庭を飛び越え、更に塀を飛び越えていた。

そして二度目のジャンプで闇夜に消えて行く。

たった二回の跳躍で見えなくなるイゴールの脚力。

人間二人を背負って居る居ないは、こうなると関係ない世界だ。

まさに怪人の領域である。

そして三人は凄いスピードで黒い山へと消えて行く。

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