魂/骸バトリング

ヒィッツカラルド

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14・ヴァルハラ探偵事務所

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筋肉怪物が少女の声で語る。

「そもそもフランケンシュタインは、怪物を作った博士の名前で、怪物の名前がフランケンではありません。勘違いですよ。エクソシスソを、悪魔に取り付かれたホラーな少女の名前と間違えているぐらいの勘違いですよ。エクソシストは、悪魔祓いしの神父たちの呼び名ですよ」

「は、はぁ……」

スカーフェイスな2メートルの怪物の口から少女の可愛らしい声で説明が飛んで来る。

不思議と物語る以前に有り得ない程の奇怪な音質。

声だけ吹き替えの声優を間違えたかのようなチョイスだ。

強烈な冗談か、ただの出落ちキャラに思えたがインパクトだけは衝撃的だった。

「私、イゴールちゃん、よろしくです」

元気で無邪気な大男だった――。

四人が駅前の坂道をユルユルと降る。

高台のこの場所まで離れた海の香りが鼻を凝らせば僅かに届く。

海と山と温泉の町だと五感に自覚を促すほどだ。

我先に先頭を歩く憑き姫の矮躯に細い腰元を過ぎて可憐な小尻の前で、長く可憐に切りそろえられた黒髪がユラユラと揺れていた。

坂道から見える町並みの景色よりも、ロリコンならばこちらのほうが絶景と言えるキュートな後ろ姿である。

憑き姫の直ぐ後ろに続く昂輝とお砂。

巨漢の怪人である自称イゴールちゃんは、更に二人の後ろをのしのしと大きな歩幅で付いて来ていた。

昂輝の耳に重量感溢れるジャングルブーツの足音が届いてくる。

「お砂さん。僕の呪いを解くのにどのぐらい時間が掛かりますか?」

落ち着きの感じられる大人の女性お砂に対して昂輝が、我が身の不安要素を尋ねる。

するとほぼ同時に坂道の下から強い風が登って吹いてきた。

気持ちいい風が憑き姫の髪を靡かせると、皆の肌を灼熱から冷やしてくれる。

お砂が差す日傘がパラシュートのように風を抱え込み後ろに仰け反ると、被る白い帽子が飛びそうになった。

慌ててお砂がレースの白手袋越しに帽子を押さえた。

その仕草が昂輝の目には清楚な令嬢のように映る。

不意な風から身形を戻したお砂が、軟らかい垂れ目を細め笑顔を作ると、優しい口調で昂輝の質問に答えた。

「時間が掛かると言うよりも、年月が掛かると言ったほうがいいかしらね~」

「年月ですか……」

気の長い見積もりだった。

時を数える単語を替えられると昂輝が苦笑いを見せる。

最低限一年二年は覚悟が執拗の様子だ。

まさか十年二十年までとは言わないだろうか心配になる。

「年月って、どのぐらいですか?」

不安なので念の為に訊いてみる昂輝。

「それは、これからの調査と診断しだいよ。詳しいことを調べ上げるだけで何日か掛かると思うわ」

「そうですか……」

気が重たくなる。

家族に訪れた不幸。

町に降り注いだ災い。

それらの原因が自分の体内に無理矢理詰め込まれている昂輝としては、ことを急ぎたいのが本音である。

封印が解けて表れた妖怪変化を退治するオカルト的な問題よりも難しい話のようだ。

先ず、呪いを解く話に関しては今頃海の家でのうのうと生ビールを飲みながら茹でた枝豆を摘んでいる軒太郎と合流してからだろう。

この一時間余りを急かしたとしても仕方が無さそうだと昂輝も素直に諦める。

そして何も話さないのは、それはそれで空気が濁る。

居た堪れないので昂輝は何気なく自然な素振りで話題を変えてお砂に話しかけた。

「呪いとは別の話なのですが、質問をしてもいいですか、お砂さん?」

「何かしら?」

チラリと横を見ると微風に煽られお砂のソバージュヘアーが艶光しながら豊満な胸の前で揺れていた。

ぺったんこな憑き姫と比べたら失礼に思えたが、結構なサイズに窺える。

Dか、Eか――。

身長174センチある昂輝と並んで比べてみれば160センチちょっとに見える身長。

そんなところから感想を述べれば、立派な物を揃えているのが賛嘆できた。

ナイスである。

洋服の胸元に称賛の膨らみを携えるお砂のそれを眺めながら昂輝が質問を続ける。

お砂は前方に降る坂道の先を眺めながら歩いており少年の好奇心に気付いていない様子だ。

しかし笑顔を崩さない。

もしかしたら少年が向ける好奇心に気付いているのかも知れない。

その定かは不明だった。

「お砂さんは、普段は何をやっている方なのですか? 憑き姫と軒太郎さんは退魔師ですよね。お砂さんも同業者なのですか?」

「あらら、軒太郎ちゃんから何も聞いてないの?」

「はい、何も……」

何もと言えば、何も聞いていない。

「私たちは一つの会社の社員よ」

「会社?」

「貴方もバイトで会社に雇われたのでしょ?」

てっきり昂輝は三外軒太郎が個人的に自分をバイトとして雇ったと思っていたが違ったらしい。

あの人が社員であるのも意外だった。

退魔師と言うからにフリーか何かの仕事だと思っていたのだ。

「会社の名前は、有限会社ヴァルハラ探偵事務所よ」

「探偵事務所だったんですか!?」

ちょっとビックリだ。

そしてハードボイルド系な探偵家業かと思わせてオカルト業。

妖怪、悪魔、幽霊からUFOまで何でもお任せみたいなことも言っていた人物が探偵とは……。

意外を五十歩ほど通り過ぎて名乗るべき業種名を明らかに間違えているのではと首を傾げる。

そもそもオカルトチックな仕事を探偵事務所が受けるべき内容なのか?

それすらよく分からない。

しかも事務所の名前が北欧神話に登場するオーディンの宮殿から取ったとハッキリ悟れるネーミング。

凄い会社名だ。厨二臭い。

あの人が勤めている会社らしいと言えば、あの人らしい内容だと思う。

「イゴールちゃんも社員なのです」

明るく可愛らしい声が昂輝たちの後ろから飛んできた。

かなり高い位置からだ。

しかし昂輝は振り返るのに躊躇してしまう。

「社員は社員でも貴方は、契約社員でしょ」

憑き姫が振り返らずイゴールの言葉に抑揚を低くさげながら揶揄する。

どうやら大男は正社員でないらしい。

まさか暴言にも取れる今の言葉にイゴールが機嫌を損ねていないか気になった。

昂輝が恐る恐る振り返り大きな強面を見上げると怪物の表情は明るくニコニコ微笑んでいた。

気にもしていない。

胸を撫でおろしながら前を向き直す昂輝。

そして彼に疑問が一つ浮かぶと口に出す。

「じゃあ、憑き姫は?」

昂輝が憑き姫に訊きながら初めて彼女の名前を呼び捨てに呼んだ。

思わずであった。

本来なら年下なのだ、気に留めることではない筈。

勢いのままの言葉だった。

このまま憑き姫が気にしていなければ、これを切っ掛けに彼女とも少しは仲良くなれるかもしれない。

まあいいかと憑き姫の反応を窺う。

憑き姫が僅かに振り返ると呟く声で言った。

「私は、バイトよ。未成年だから」

憑き姫は呼び捨てになったことに何も触れない。

そもそも「さん」付けのほうが可笑しいのだ。

これが正常なのだと昂輝が安堵した。

「バイトなのか、僕と一緒なんだね」

微笑みながら返す昂輝。

年齢15歳は本当のようだ。

妖怪の年齢は見た目以上だと聞く。

子供の姿でも数百歳だと聞く――。

年齢よりも人間であることに昂輝がホットした。

思い出される怪奇な記憶。

魂を操り妖怪が封印されたカードで戦う美少女。

摩訶不思議な彼女の全容を見てしまえば、そう思っても仕方がないかも知れない。

本人は、少し人間の枠から外れただけと言うが、完全に妖怪変化同様だ。

そう昂輝が思いながら歩いていると、また憑き姫が軽く後ろを振り向きボソリと述べる。

「時給1500円だけどね」

「たか!」

憑き姫の時給、1500円。

昂輝の時給、650円。

この差はいったい何の差だろうか?

戦闘力? 経験? 可愛さ?

まあ、比べても仕方がないことだ。直ぐに昂輝は気を取り直す。

今度はお砂から昂輝に語る。

「軒太郎ちゃんは、その事務所の二代目なのよ」

「跡取りってことですか?」

「ええ」

「なるほど――」

前を歩く憑き姫が振り向かずに話し始めた。

「軒太郎の父が社長で、私もお砂姉さんも、その子も皆が同じ会社の従業員よ。驚いた?」

驚いた。

憑き姫の言葉の中には一度聞いた情報しか入ってなかった。

何故に二度言う?

イゴールが話を引き継ぐ。

「イゴールちゃんとお砂姉さん、憑き姫ちゃんと軒太郎さん。それと社長さん。あと二人社員が居るのです。全員で従業員七人の小さな可愛い会社なんですよ」

明るく説明するイゴール。

従業員七人の会社が可愛いと表現されて正しいかは何とも判断に困るところもあるが、会社全体がフレンドリーなのだろう。

「イゴールさんも、探偵なんですね」

振り返り顎を上げて目線を登らす昂輝は傷だらけの怪物の顔を拝みながら言う。

だが、怖い顔は怖い。

今日一日では慣れそうになかった。

「うんうん、私は探偵じゃないです。普段はお茶汲みとか電話番をしています」

「そ、そうなんですか」

電話番は声だけだから問題ない。

寧ろ電話番向きだろう。

しかし、この強面の図体でお茶を運ばれて来たら口から心臓が飛び出してしまう。

訪ねてきたお客さまも仕事の依頼を忘れて事務所から逃げて行きそうな話である。

今思えば駅前でイゴールを見た時に、よく自分は逃げなかったと感心してしまう。

そして『普段は』と言ったイゴールの台詞が気になった。

では、それ以外の時は、プライベートの時はいったい何をしているのだろう? 

その疑問が、つい口から溢れた。

「普段は?」

「解体師です」

溢れ出た言葉に、速答で返すイゴール。

一体全体何を解体するかは不明だが、乙女の声を発する剛腕怪物のボディーならば、乗用車の一台二台、牛の一頭や二頭、道具を持たずに難無く解体してしまいそうに思えた。

叩き潰し、捻り潰し、引き千切る――。

激しいイメージが音を鳴らして脳裏に思い浮かぶ。

やはり怖い。

「お砂さんは?」

怖い妄想を掻き消すために昂輝が純白の女性に話を振り戻す。

「私は呪いの調査や処理が専門だから、今回みたいに呪い関係の依頼が舞い込んだ時が出番ね。普段のように、力任せで終わる仕事の際は殆ど用無しよ」

探偵なのに普段は力任せに仕事が終わるのかと疑問に思う。

探偵とは推理してなんぼの家業じゃないのかと思案する。

そのような探偵事務所に訳有りながらもバイトで雇われたのだ。

不安も抱くし、今後の心配も膨らむ昂輝だった。



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