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13・お砂姉さん
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水着姿の憑き姫が問う。
「ねえ、駅ってどっち?」
「あっち……」
昂輝が指差して言うと憑き姫はスチャスチャとサンダルの裏側を地面に擦りながら目的地の場所も分からないまま先行して行く。
「次、どっち?」
「――こっち」
このような調子で何度か同じことを繰り返しながら二人は温泉街の駅へと目指して行った。
初々しさも感じられるが、やはり気まずい結果となる。
緩く長い上りの坂道。
右手には白いガードレールが連なり温泉街に住む人々の住宅が鮮やかな屋根を並べて景色を見せる。
その向こうに青い海が水平線の果てまで絶景を広げていた。
灼熱の太陽が真夏のままにアスファルトを照らし上げている。
五代昂輝と憑き姫の二人が、素足に履いたビーチサンダルを踏ん張りながら坂道をテクテクと登って行く。
海水浴に訪れたと思われる家族やカップルと擦れ違うが、今の二人も似たような感じで見られているのであろう。
昂輝は灰色のタンパンに白いワイシャツ。
そして頭に被った青いキャップが何処にでも居る夏の少年を現していた。
憑き姫はフリルが飾る白いビキニに大きなタオルを羽織っているだけだった。
小さな両肩と薄い胸板を、そのタオルが隠していた。
ぱっと見た目で海岸からそのまま来たのが良く分かる。
二人が坂道を登りきると木造建ての古風な駅が見えて来た。
白い板張りの外壁に赤い瓦屋根。
建物の周りには花壇が有り、色鮮やかな夏の花々が植えられている。
五十歳ぐらいの夫婦が駅員として住み込んでおり、手入れが日頃から丁寧に行き届いている庭先だ。
真新しく、とても綺麗で、落ち着いた田舎の空気が流れる駅だった。
この駅も数年ほど前までは、とても古くて老朽化が激しく見られた駅だった
しかし流石に建て替え時だと相談されて、新たなるデザインで建て替えられたのだ。
新しい駅でも味わいを残す為に、歴史ある温泉街にそぐうデザインにしたという。
町のお偉いさんたちが勝手に決めて、このような駅へと建て替えられたのである。
駅の出入り口の直ぐ側は花が咲き誇る花壇がある。
その前に設置された緑色で横長のベンチが二つ並んでいた。
その人は座って居る。
白い服の女性。
シルクの風通しの良さそうな気品溢れるブラウスに、膝下まで長けがある白いスカート。
ヒールの低いパンプスも純白だ。
そして八十年代を連想させるブリムの帽子に、白いレースの日傘と手袋。
白い身形が精練された清楚さを醸し出す。
歳の頃は二十代後半から三十代前半といったところだろうか――。
彼女を一目見て昂輝は迎えに行ってくれと言った軒太郎の言葉を思い出す。
「白い服に、つばの大きな白い帽子を被った、清楚で気品のあるエロっぽいが貞操の固い女性だよ。見かければ一目で分かるさ」
その言葉の通りだった。
一目で分かる。
清楚で気品があり、上品なまでに優雅だった。
身に付けた洋服だけの意味じゃない。
おっとりとした垂れ目に長い睫毛。
優しそうな眉毛のライン。
とどめに右目の下に泣き黒子。
完璧なまでの未亡人キャラだ。
しかし、旦那さんが居るのか居ないのかは分からない。
居たとしても亡くなっているか否かも分からない。
ついでに貞操が固いかどうかもだ……。
しかし、故に大人のエロスが伝わって来る。
少年の想像だけが先走る程にだ。
「あれがお砂姉さんよ――」
無表情で憑き姫が言う。
しかし言われなくとも直ぐに分かった。
駅前に居る人物はベンチに座る彼女のみ。
軒太郎が表現した言葉と外見がピッタリ重なっている。
ベンチに腰を下ろしていた白い女性が、優雅にゆっくりとした物腰で立ち上がる。
昂輝と憑き姫の二人に気付いた様子だ。
ベンチに旅行鞄を残して前に出る。
「こんにちわ。貴方がお砂さんですね。僕は五代昂輝と申します」
「こんにちは、あなたが――」
白い女性は甘ったるく微笑みながら答えた。
尋ねてから昂輝も気付く。
名前をお砂姉さんとしか聞いていない。
本名なのかも分からない。
咄嗟にお砂さんと呼んでみた。
とりあえずそれでも良かったらしい。
「お砂と申します」
彼女はお辞儀をしてから礼儀正しく言った。
そして――。
「あら、憑き姫ちゃんも一緒にお出迎えに来てくれるなんて珍しいわね」
「そうかしら」
「ええ、本当に珍しいわ」
微笑みながら軟らかい口調で言うお砂姉さん。
視線だけを横に逸らしながら憑き姫がいつも通りクールに答える。
僅かにその仕草から昂輝は何やら気まずい空気を即座に感じ取り苦笑に小首を傾げた。
もしかしてこの二人は仲が良くないのではと勘ぐる。
「じゃあ、貴方が話に聞いた呪いの少年ね」
「はい……」
「狼に変身できるんですって?」
「はい、そうです」
「まぁ、怖いわ」
微笑みながら述べる言葉は狼男の昂輝を僅かながらも恐れた様子ではない。
むしろ幼い子犬を愛でる口調だ。
まるで童貞をからかう素振りである。
「それにしても凄い呪いの束ね――」
お砂が美しい顔を昂輝の顔に近付けた。
いきなり呪いの診断を始める。
突如近づいた異性の顔に昂輝が照れ驚き一歩たじろぐ。
少年は化粧の匂いが鼻に届くと顔を赤らめた。
ここまで一緒に歩いてきた憑き姫からは感じなかった異性の香りだった。
これが大人の女性が放つフェロモンの一つなのかと昂輝が小さな経験を積む。
悪くない匂いだった。
「お砂姉さん、何か分かったの?」
いつの間にかお砂の背後へ回り込んだ憑き姫が質問した。
憑き姫がお砂の服を強く引く。
お砂の体が憑き姫の引き手によって昂輝から顔を離した。
「まあ、初見だけで呪いの強さと深さは幾許か鑑みれたわ。これはじっくり腰を据えて取り組まないと逆に呪いに飲み込まれそうね」
「そんなに酷い呪いですか……」
言う昂輝の表情は、雨雲のように曇っていた。
「酷いと言うより、素晴らしい呪いよ」
明るい笑みで答えるお砂。
「素晴らしい……?」
「ええ、参考になるわ」
曇っていた昂輝の顔が僅に晴れる。
「参考にしちゃいますか……?」
「ええ」
悪意の欠片も微塵もない笑みで答えるお砂。
所詮は他人事なのか、自分が極めんとしている呪いの研究対象にしか昂輝を見ていない様子だった。
垂涎が有り有りと垂れ目に映る。
――それでも泣き黒子はエロかった。
さて置き……。
憑き姫は、魂のコレクション。
軒太郎は、屍の収集と武器製作。
このお砂は、呪いの研究が目的なのであろう。
ハイレベルな呪術師なのだろうが、所詮は狂気の研究の末に学界を追放されて悪の秘密結社に就職してしまうマッドサイエンティストの博士たちと同じなのだろう。
自分の研究の為には善も悪も関係無く、盲目の如く外道な実験に全力で人生を費やすタイプに思えた。
故に、格ジャンルの天才として生きて行けるのかもしれない。
「まあ、呪いを解くも解かないもあとの話ね。先ずは軒太郎ちゃんと合流しましょう」
「はい、分かりました。荷物は僕が持ちますよ」
「あら、有り難う」
「当然よね――」
ベンチに置いて在った旅行鞄を昂輝が取りに行く。
お砂が礼を述べたが、憑き姫が嘲弄を発する。
何故にと思う昂輝だった。
憑き姫はやたら絡んでくる。
しかし無駄な反論は返さなかった。
軒太郎に頼まれたお砂を迎えに行くという任務を忠実に遂行しようと努力を示す。
一応、現在もアシスタントのバイト中なのだ。
だから時給が発生している。
朝8時から17時までの実労8時間で時給650円。
残業は1.25倍。
深夜22時以降の労働も1.25倍。
向こうの町に行ったら宿付きだ。
電気、ガス、水道に、トイレ付き。
風呂だけがないが、代わりに幽霊が付いてくるらしい。
軒太郎が一緒の時は、飯もおごってくれるそうだ。
今日の昼飯も海の家の焼きソバをおごって貰った。
まあ、当ても無く、何も考えずに町を離れようと思っていた昂輝にとっては、とりあえずは悪い話でなかった。
町を離れる切っ掛けに丁度良い条件だったのだ。
「じゃあ、軒太郎さんのところまで案内しますので行きましょうか」
「あ、ちょっとまってください」
先導しようと昂輝が言いながら踵を返したところでお砂が止める。
再び昂輝が踵を返して振り返った。
何故だろうと首を傾げた。
すると、お砂が誰かを呼ぶ。
「ほぉ~ら~、イゴールちゃん、行くわよ~」
「はぁ~い、ちょっと待ってくださいです」
暢気な呼び声に駅の待合室から幼い声が返ってくる。
憑き姫よりも幼さが残る少女の声だった。
どうやら連れの子供が一人居るらしい。
「あら、あの子も来ていたの?」
憑き姫がお砂に訪ねた。
「ええ、最初は留守番を頼んだのだけれど、付いて来たいって駄々を捏ねちゃって。困った子よね」
「ふぅーん」
詰まらなそうな憑き姫の返事。
「奥にワンちゃんがいたのです。可愛いワンちゃんでしたー」
確かに駅員夫婦がマルチーズを飼って居ることは昂輝も知っていた。
その犬を愛でてたのだろう。
そう言いながら可愛い声色を響かせ少女の姿が、駅の入り口から元気良く――。
否……。
のしのしと……。
そう、巨漢を重々しく姿を現した。
「ッ!?」
怪物。
一言で第一印象を語るならば、もっとも正解に近い言葉がそれだった。
怪物だ。
身長が2メートルはあると推測され、ごっつい筋肉質の体にオレンジ色の作業用つなぎを上半身だけ脱ぎ、ぐるりと腰に巻いていた。
そしてタンクトップ越しに見える筋肉と筋肉、皮膚と皮膚、パーツと言うパーツを繋げ合わせたかのような縫い目が目立つ幾つもの縫合傷が全身に刻まれていた。
ごっつい顔面も傷だらけだった。
しかも両耳の上あたり、金髪の短い髪の中から中途半端に捻じ込まれたド太いボルトが一本ずつ左右にハンドルの如く刺さっている。
「フ、フランケン……」
驚愕に表情を強張らせながら言う昂輝が、お砂から預かった旅行鞄を地に落とした。
全身を硬直させて怯える。
「フランケンではありません、イゴールちゃんですの!」
怪物は少女のような可愛らしい声で喋って居た。
「ねえ、駅ってどっち?」
「あっち……」
昂輝が指差して言うと憑き姫はスチャスチャとサンダルの裏側を地面に擦りながら目的地の場所も分からないまま先行して行く。
「次、どっち?」
「――こっち」
このような調子で何度か同じことを繰り返しながら二人は温泉街の駅へと目指して行った。
初々しさも感じられるが、やはり気まずい結果となる。
緩く長い上りの坂道。
右手には白いガードレールが連なり温泉街に住む人々の住宅が鮮やかな屋根を並べて景色を見せる。
その向こうに青い海が水平線の果てまで絶景を広げていた。
灼熱の太陽が真夏のままにアスファルトを照らし上げている。
五代昂輝と憑き姫の二人が、素足に履いたビーチサンダルを踏ん張りながら坂道をテクテクと登って行く。
海水浴に訪れたと思われる家族やカップルと擦れ違うが、今の二人も似たような感じで見られているのであろう。
昂輝は灰色のタンパンに白いワイシャツ。
そして頭に被った青いキャップが何処にでも居る夏の少年を現していた。
憑き姫はフリルが飾る白いビキニに大きなタオルを羽織っているだけだった。
小さな両肩と薄い胸板を、そのタオルが隠していた。
ぱっと見た目で海岸からそのまま来たのが良く分かる。
二人が坂道を登りきると木造建ての古風な駅が見えて来た。
白い板張りの外壁に赤い瓦屋根。
建物の周りには花壇が有り、色鮮やかな夏の花々が植えられている。
五十歳ぐらいの夫婦が駅員として住み込んでおり、手入れが日頃から丁寧に行き届いている庭先だ。
真新しく、とても綺麗で、落ち着いた田舎の空気が流れる駅だった。
この駅も数年ほど前までは、とても古くて老朽化が激しく見られた駅だった
しかし流石に建て替え時だと相談されて、新たなるデザインで建て替えられたのだ。
新しい駅でも味わいを残す為に、歴史ある温泉街にそぐうデザインにしたという。
町のお偉いさんたちが勝手に決めて、このような駅へと建て替えられたのである。
駅の出入り口の直ぐ側は花が咲き誇る花壇がある。
その前に設置された緑色で横長のベンチが二つ並んでいた。
その人は座って居る。
白い服の女性。
シルクの風通しの良さそうな気品溢れるブラウスに、膝下まで長けがある白いスカート。
ヒールの低いパンプスも純白だ。
そして八十年代を連想させるブリムの帽子に、白いレースの日傘と手袋。
白い身形が精練された清楚さを醸し出す。
歳の頃は二十代後半から三十代前半といったところだろうか――。
彼女を一目見て昂輝は迎えに行ってくれと言った軒太郎の言葉を思い出す。
「白い服に、つばの大きな白い帽子を被った、清楚で気品のあるエロっぽいが貞操の固い女性だよ。見かければ一目で分かるさ」
その言葉の通りだった。
一目で分かる。
清楚で気品があり、上品なまでに優雅だった。
身に付けた洋服だけの意味じゃない。
おっとりとした垂れ目に長い睫毛。
優しそうな眉毛のライン。
とどめに右目の下に泣き黒子。
完璧なまでの未亡人キャラだ。
しかし、旦那さんが居るのか居ないのかは分からない。
居たとしても亡くなっているか否かも分からない。
ついでに貞操が固いかどうかもだ……。
しかし、故に大人のエロスが伝わって来る。
少年の想像だけが先走る程にだ。
「あれがお砂姉さんよ――」
無表情で憑き姫が言う。
しかし言われなくとも直ぐに分かった。
駅前に居る人物はベンチに座る彼女のみ。
軒太郎が表現した言葉と外見がピッタリ重なっている。
ベンチに腰を下ろしていた白い女性が、優雅にゆっくりとした物腰で立ち上がる。
昂輝と憑き姫の二人に気付いた様子だ。
ベンチに旅行鞄を残して前に出る。
「こんにちわ。貴方がお砂さんですね。僕は五代昂輝と申します」
「こんにちは、あなたが――」
白い女性は甘ったるく微笑みながら答えた。
尋ねてから昂輝も気付く。
名前をお砂姉さんとしか聞いていない。
本名なのかも分からない。
咄嗟にお砂さんと呼んでみた。
とりあえずそれでも良かったらしい。
「お砂と申します」
彼女はお辞儀をしてから礼儀正しく言った。
そして――。
「あら、憑き姫ちゃんも一緒にお出迎えに来てくれるなんて珍しいわね」
「そうかしら」
「ええ、本当に珍しいわ」
微笑みながら軟らかい口調で言うお砂姉さん。
視線だけを横に逸らしながら憑き姫がいつも通りクールに答える。
僅かにその仕草から昂輝は何やら気まずい空気を即座に感じ取り苦笑に小首を傾げた。
もしかしてこの二人は仲が良くないのではと勘ぐる。
「じゃあ、貴方が話に聞いた呪いの少年ね」
「はい……」
「狼に変身できるんですって?」
「はい、そうです」
「まぁ、怖いわ」
微笑みながら述べる言葉は狼男の昂輝を僅かながらも恐れた様子ではない。
むしろ幼い子犬を愛でる口調だ。
まるで童貞をからかう素振りである。
「それにしても凄い呪いの束ね――」
お砂が美しい顔を昂輝の顔に近付けた。
いきなり呪いの診断を始める。
突如近づいた異性の顔に昂輝が照れ驚き一歩たじろぐ。
少年は化粧の匂いが鼻に届くと顔を赤らめた。
ここまで一緒に歩いてきた憑き姫からは感じなかった異性の香りだった。
これが大人の女性が放つフェロモンの一つなのかと昂輝が小さな経験を積む。
悪くない匂いだった。
「お砂姉さん、何か分かったの?」
いつの間にかお砂の背後へ回り込んだ憑き姫が質問した。
憑き姫がお砂の服を強く引く。
お砂の体が憑き姫の引き手によって昂輝から顔を離した。
「まあ、初見だけで呪いの強さと深さは幾許か鑑みれたわ。これはじっくり腰を据えて取り組まないと逆に呪いに飲み込まれそうね」
「そんなに酷い呪いですか……」
言う昂輝の表情は、雨雲のように曇っていた。
「酷いと言うより、素晴らしい呪いよ」
明るい笑みで答えるお砂。
「素晴らしい……?」
「ええ、参考になるわ」
曇っていた昂輝の顔が僅に晴れる。
「参考にしちゃいますか……?」
「ええ」
悪意の欠片も微塵もない笑みで答えるお砂。
所詮は他人事なのか、自分が極めんとしている呪いの研究対象にしか昂輝を見ていない様子だった。
垂涎が有り有りと垂れ目に映る。
――それでも泣き黒子はエロかった。
さて置き……。
憑き姫は、魂のコレクション。
軒太郎は、屍の収集と武器製作。
このお砂は、呪いの研究が目的なのであろう。
ハイレベルな呪術師なのだろうが、所詮は狂気の研究の末に学界を追放されて悪の秘密結社に就職してしまうマッドサイエンティストの博士たちと同じなのだろう。
自分の研究の為には善も悪も関係無く、盲目の如く外道な実験に全力で人生を費やすタイプに思えた。
故に、格ジャンルの天才として生きて行けるのかもしれない。
「まあ、呪いを解くも解かないもあとの話ね。先ずは軒太郎ちゃんと合流しましょう」
「はい、分かりました。荷物は僕が持ちますよ」
「あら、有り難う」
「当然よね――」
ベンチに置いて在った旅行鞄を昂輝が取りに行く。
お砂が礼を述べたが、憑き姫が嘲弄を発する。
何故にと思う昂輝だった。
憑き姫はやたら絡んでくる。
しかし無駄な反論は返さなかった。
軒太郎に頼まれたお砂を迎えに行くという任務を忠実に遂行しようと努力を示す。
一応、現在もアシスタントのバイト中なのだ。
だから時給が発生している。
朝8時から17時までの実労8時間で時給650円。
残業は1.25倍。
深夜22時以降の労働も1.25倍。
向こうの町に行ったら宿付きだ。
電気、ガス、水道に、トイレ付き。
風呂だけがないが、代わりに幽霊が付いてくるらしい。
軒太郎が一緒の時は、飯もおごってくれるそうだ。
今日の昼飯も海の家の焼きソバをおごって貰った。
まあ、当ても無く、何も考えずに町を離れようと思っていた昂輝にとっては、とりあえずは悪い話でなかった。
町を離れる切っ掛けに丁度良い条件だったのだ。
「じゃあ、軒太郎さんのところまで案内しますので行きましょうか」
「あ、ちょっとまってください」
先導しようと昂輝が言いながら踵を返したところでお砂が止める。
再び昂輝が踵を返して振り返った。
何故だろうと首を傾げた。
すると、お砂が誰かを呼ぶ。
「ほぉ~ら~、イゴールちゃん、行くわよ~」
「はぁ~い、ちょっと待ってくださいです」
暢気な呼び声に駅の待合室から幼い声が返ってくる。
憑き姫よりも幼さが残る少女の声だった。
どうやら連れの子供が一人居るらしい。
「あら、あの子も来ていたの?」
憑き姫がお砂に訪ねた。
「ええ、最初は留守番を頼んだのだけれど、付いて来たいって駄々を捏ねちゃって。困った子よね」
「ふぅーん」
詰まらなそうな憑き姫の返事。
「奥にワンちゃんがいたのです。可愛いワンちゃんでしたー」
確かに駅員夫婦がマルチーズを飼って居ることは昂輝も知っていた。
その犬を愛でてたのだろう。
そう言いながら可愛い声色を響かせ少女の姿が、駅の入り口から元気良く――。
否……。
のしのしと……。
そう、巨漢を重々しく姿を現した。
「ッ!?」
怪物。
一言で第一印象を語るならば、もっとも正解に近い言葉がそれだった。
怪物だ。
身長が2メートルはあると推測され、ごっつい筋肉質の体にオレンジ色の作業用つなぎを上半身だけ脱ぎ、ぐるりと腰に巻いていた。
そしてタンクトップ越しに見える筋肉と筋肉、皮膚と皮膚、パーツと言うパーツを繋げ合わせたかのような縫い目が目立つ幾つもの縫合傷が全身に刻まれていた。
ごっつい顔面も傷だらけだった。
しかも両耳の上あたり、金髪の短い髪の中から中途半端に捻じ込まれたド太いボルトが一本ずつ左右にハンドルの如く刺さっている。
「フ、フランケン……」
驚愕に表情を強張らせながら言う昂輝が、お砂から預かった旅行鞄を地に落とした。
全身を硬直させて怯える。
「フランケンではありません、イゴールちゃんですの!」
怪物は少女のような可愛らしい声で喋って居た。
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