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11・五色鬼
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山中。
遠く離れた海岸沿いに背の高いホテルの白い頭や、温泉街が噴出す蒸気の霧が真夏の青空に向かって伸びていた。
そこは人里から離れ峠道からも大きく外れた場所に聳える山のてっぺん。
道と呼べる道もなく、ここ数百年、人が目的も持たずに踏み込むこともなかった静かな山である。
かつてこの山の頂上に古い山寺があった。
数百年も昔の話だ。
当時からボロ寺だった為、今では跡形も残っていない。
山寺が建っていた場所は、現在木々が多い茂り、そこに建物があった痕跡すら分かりにくくなっていた。
そして古寺が在ったことすら人々の記憶からも消えていた。
山寺の名前は『五色寺』。
正式の名前ではない。
正しい名前は、当時の人々が受けた恐怖から忘れられ、そう呼ばれるようになった。
何故に?
そこには五匹の鬼が住んでいたからだ。
赤、青、緑、紫、黒。
肌の色の違う五匹の鬼だ。
人々は五色寺の鬼衆と呼び、更に五色鬼と呼ぶように変っていった。
その五色鬼たちは五色寺を拠点に、妖術で作り出した黒雲の天馬で飛び交いながら近隣の町や村を襲い、恐怖と暴力のままに強奪と略奪を繰り返したと云われている。
それも遠い昔の話。
古の記憶。
今では誰も覚えていない。
「何が起きたのだ……?」
「オラにも分からねえズラ……」
「何百年ぶりだろうか――」
山の頂上。
かつて五色寺があった場所。
草木に囲まれた寂しげな風景。
そこに大きな岩が一つ。
3メートル以上の高さがある卵型の大岩である。
岩肌は年月を感じさせる程に粗く削れ、緑色の苔が粗さを所々覆い隠している。
しかし、その大岩は惨くも生々しい大きな亀裂が一本走っていた。
まだ新しい亀裂だ。
「どちらにしろ、もうけもの」
「そうだ、そうだ!」
「さぁ、全員の力を合わせて忌々しい大岩の結界を破壊しましょうぞ!」
不気味な声が大岩の隙間から漏れてくる。
声の数は、一つ二つではない。
亀裂の隙間から外を覗き見る眼光が自由を求めて力付く。
「テメーら、一気に行くぞ!」
「おーーーー!」
「おぉりゃゃゃゃやややややあああああ!」
亀裂から気合いの咆哮が吹き出る。
大岩が地鳴りを響かせ大きく揺れた。
周囲の草木が獰猛な気に揺れて、木々の枝で羽を休めていた鳥たちが怯えから一斉に飛び立った。
振動を繰り返す大岩から緑の苔が、卵の殻を剥がすようにボロボロと落ちて行く。
亀裂の隙間がどんどんと大きく広がっていった。
そして広がった亀裂から何かを掴み取ろうとしているのか、一本の太い剛腕が伸び出た。
腕の色は余す事無く真っ赤な色を見せていた。
人間の腕ではない。
「おらおらおら!!」
「ぬぬぬぬぬぬっ!!」
徐々に広がる大岩の亀裂。
赤い腕を出していた者は次に上半身を岩の中から引っ張りだし形相を露わにする。
その顔は、まさに鬼。
額には立派な角がふたつある。
体付きはボディービルダーのように合金のマッチョで、脂肪の少ない引き締まった筋肉の塊を自慢げに晒していた。
鬼が無理矢理岩の内部から片足を抜き出し大地を踏み付ける。
「あっはっはっはっ! やったぞ、封印から抜け出せたぞ!」
赤鬼は全身を大岩の外に引き出すと、木の枝の隙間から見える青空を見上げた。
そして、歓喜の哄笑を続ける。
数百年ぶりの日差しが木漏れ日と成り赤い肌を照らし上げ祝福していた。
「おやびん~、オラたちも出してくれよ~」
「おお、今出してやる、待ってろ!」
亀裂の中から求める声に赤鬼が踵を返すと、木漏れ日を背に浴びながら両手を大岩の亀裂に差し込む。
そして左右に引き裂くように力を込めて喉の奥から声を震わした。
「おぉりゃゃゃぁぁぁあああ!」
鬼の強力な腕力と共に大岩の亀裂が更に広がり傷口から小石をボロボロと落とす。
そしてついに大岩が真っ二つに割れた。
左右に倒れるように崩れる。
「どうでい!」
「やったー、外に出れたぞー!」
「ふっふっふっふっ」
割れた大岩から姿を現したのは色鮮やかな四匹の鬼たちだ。
一匹は頭のてっぺんに一角を持ち身長2メートル程の高さ。
プロレスラーのような立派な体格を有し、顔がゴリラを思わせる醜い面の緑鬼。
更に一匹は、スラリとした体格に冷酷で残忍そうな表情を見せる青い肌の鬼。
肩まで伸ばした長い髪の隙間から覗かせる額の真ん中に、弧を描く一角が生えている。
その隣には紫色の皮膚を持った妖艶な女が立っていた。
紫色の肌に、更に濃い紫色の唇。
ボリュームある豊満な胸を両手で抱えるように組む怪しげな女郎の鬼は、切れ長の妖艶な瞳を色っぽく潤ませていた。
膝まである長い黒髪の隙間からは、鬼を示す角の姿は見えないが、明らかに鬼女だと分かる。
そして三匹の後方に聳えるが如く立つ巨大な黒鬼。
身長が2メートルある緑色の鬼よりも更に巨漢で3メートルはありそうだ。
黒い肌が鋼に映り、動かなければ金剛像に見間違いそうな姿をしていた。
「よし、テメーら。何百年ぶりか分からねぇが、また五人で暴れまくるぞ!」
五匹のリーダー格なのか、赤鬼が気合いの激を飛ばす。
「おぉーーーー!」
「うふふふ」
鬼たちが歓喜の声を山中に響かせ威勢を轟かせると、どっと妖気が広がり満ちて行く。
その妖気まじりの空気が、山肌を滑り落ちる霧の津波の如く温泉街へと静かに少しずつ流れ込むと、目に見えない不穏な災いが、人々へ知らず知らずに忍び寄る。
「んん……?」
憑き姫が大気中に混ざった妖気を感じ取る。
「どうした憑き姫?」
隣に居た軒太郎が訊くが、空の匂いを嗅ぐように鼻を上に向けてクンクンする憑き姫。
しばらくしてから軒太郎に返事を返す。
「――いや、気のせい」
「気のせい?」
「うん……」
まだ、五色鬼の復活に、気付く者は居なかった。
遠く離れた海岸沿いに背の高いホテルの白い頭や、温泉街が噴出す蒸気の霧が真夏の青空に向かって伸びていた。
そこは人里から離れ峠道からも大きく外れた場所に聳える山のてっぺん。
道と呼べる道もなく、ここ数百年、人が目的も持たずに踏み込むこともなかった静かな山である。
かつてこの山の頂上に古い山寺があった。
数百年も昔の話だ。
当時からボロ寺だった為、今では跡形も残っていない。
山寺が建っていた場所は、現在木々が多い茂り、そこに建物があった痕跡すら分かりにくくなっていた。
そして古寺が在ったことすら人々の記憶からも消えていた。
山寺の名前は『五色寺』。
正式の名前ではない。
正しい名前は、当時の人々が受けた恐怖から忘れられ、そう呼ばれるようになった。
何故に?
そこには五匹の鬼が住んでいたからだ。
赤、青、緑、紫、黒。
肌の色の違う五匹の鬼だ。
人々は五色寺の鬼衆と呼び、更に五色鬼と呼ぶように変っていった。
その五色鬼たちは五色寺を拠点に、妖術で作り出した黒雲の天馬で飛び交いながら近隣の町や村を襲い、恐怖と暴力のままに強奪と略奪を繰り返したと云われている。
それも遠い昔の話。
古の記憶。
今では誰も覚えていない。
「何が起きたのだ……?」
「オラにも分からねえズラ……」
「何百年ぶりだろうか――」
山の頂上。
かつて五色寺があった場所。
草木に囲まれた寂しげな風景。
そこに大きな岩が一つ。
3メートル以上の高さがある卵型の大岩である。
岩肌は年月を感じさせる程に粗く削れ、緑色の苔が粗さを所々覆い隠している。
しかし、その大岩は惨くも生々しい大きな亀裂が一本走っていた。
まだ新しい亀裂だ。
「どちらにしろ、もうけもの」
「そうだ、そうだ!」
「さぁ、全員の力を合わせて忌々しい大岩の結界を破壊しましょうぞ!」
不気味な声が大岩の隙間から漏れてくる。
声の数は、一つ二つではない。
亀裂の隙間から外を覗き見る眼光が自由を求めて力付く。
「テメーら、一気に行くぞ!」
「おーーーー!」
「おぉりゃゃゃゃやややややあああああ!」
亀裂から気合いの咆哮が吹き出る。
大岩が地鳴りを響かせ大きく揺れた。
周囲の草木が獰猛な気に揺れて、木々の枝で羽を休めていた鳥たちが怯えから一斉に飛び立った。
振動を繰り返す大岩から緑の苔が、卵の殻を剥がすようにボロボロと落ちて行く。
亀裂の隙間がどんどんと大きく広がっていった。
そして広がった亀裂から何かを掴み取ろうとしているのか、一本の太い剛腕が伸び出た。
腕の色は余す事無く真っ赤な色を見せていた。
人間の腕ではない。
「おらおらおら!!」
「ぬぬぬぬぬぬっ!!」
徐々に広がる大岩の亀裂。
赤い腕を出していた者は次に上半身を岩の中から引っ張りだし形相を露わにする。
その顔は、まさに鬼。
額には立派な角がふたつある。
体付きはボディービルダーのように合金のマッチョで、脂肪の少ない引き締まった筋肉の塊を自慢げに晒していた。
鬼が無理矢理岩の内部から片足を抜き出し大地を踏み付ける。
「あっはっはっはっ! やったぞ、封印から抜け出せたぞ!」
赤鬼は全身を大岩の外に引き出すと、木の枝の隙間から見える青空を見上げた。
そして、歓喜の哄笑を続ける。
数百年ぶりの日差しが木漏れ日と成り赤い肌を照らし上げ祝福していた。
「おやびん~、オラたちも出してくれよ~」
「おお、今出してやる、待ってろ!」
亀裂の中から求める声に赤鬼が踵を返すと、木漏れ日を背に浴びながら両手を大岩の亀裂に差し込む。
そして左右に引き裂くように力を込めて喉の奥から声を震わした。
「おぉりゃゃゃぁぁぁあああ!」
鬼の強力な腕力と共に大岩の亀裂が更に広がり傷口から小石をボロボロと落とす。
そしてついに大岩が真っ二つに割れた。
左右に倒れるように崩れる。
「どうでい!」
「やったー、外に出れたぞー!」
「ふっふっふっふっ」
割れた大岩から姿を現したのは色鮮やかな四匹の鬼たちだ。
一匹は頭のてっぺんに一角を持ち身長2メートル程の高さ。
プロレスラーのような立派な体格を有し、顔がゴリラを思わせる醜い面の緑鬼。
更に一匹は、スラリとした体格に冷酷で残忍そうな表情を見せる青い肌の鬼。
肩まで伸ばした長い髪の隙間から覗かせる額の真ん中に、弧を描く一角が生えている。
その隣には紫色の皮膚を持った妖艶な女が立っていた。
紫色の肌に、更に濃い紫色の唇。
ボリュームある豊満な胸を両手で抱えるように組む怪しげな女郎の鬼は、切れ長の妖艶な瞳を色っぽく潤ませていた。
膝まである長い黒髪の隙間からは、鬼を示す角の姿は見えないが、明らかに鬼女だと分かる。
そして三匹の後方に聳えるが如く立つ巨大な黒鬼。
身長が2メートルある緑色の鬼よりも更に巨漢で3メートルはありそうだ。
黒い肌が鋼に映り、動かなければ金剛像に見間違いそうな姿をしていた。
「よし、テメーら。何百年ぶりか分からねぇが、また五人で暴れまくるぞ!」
五匹のリーダー格なのか、赤鬼が気合いの激を飛ばす。
「おぉーーーー!」
「うふふふ」
鬼たちが歓喜の声を山中に響かせ威勢を轟かせると、どっと妖気が広がり満ちて行く。
その妖気まじりの空気が、山肌を滑り落ちる霧の津波の如く温泉街へと静かに少しずつ流れ込むと、目に見えない不穏な災いが、人々へ知らず知らずに忍び寄る。
「んん……?」
憑き姫が大気中に混ざった妖気を感じ取る。
「どうした憑き姫?」
隣に居た軒太郎が訊くが、空の匂いを嗅ぐように鼻を上に向けてクンクンする憑き姫。
しばらくしてから軒太郎に返事を返す。
「――いや、気のせい」
「気のせい?」
「うん……」
まだ、五色鬼の復活に、気付く者は居なかった。
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