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10・新たなる依頼
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両腕の再生が終わると、少年の首にも赤い霧が集結を始めた。
今度は頭部が超再生を見せる。
「どこまで死なないんだ?」
「不死なのかしら?」
失われても再生を開始する不死の体。
軒太郎と憑き姫が人間の常識から外れ、魔道の世界に身を投じてどのぐらい経つだろうか?
――しかしこれ程の不死は見たことも聞いたこともなかった。
驚異的な存在だ。
まさに軌跡に近いが、相手にしていて呆れてくる。
再生が終了を遂げて、少年が蘇った。
「ならば死ぬまで刻み続けて、死んでも殺し続けてやる!」
再び斬りかかる軒太郎が妖刀二本を振り回して昂輝を刻む作業を再開した。
「ぜえぁ!!」
『え!? また!?』
一太刀一太刀が致命傷と成る斬激であった。
「憑き姫! こいつの残り妖力数を計ってくれ!」
「ええ、任せて」
自己治癒が可能な妖怪の多くが、妖術を使用したり、自然と妖力や体力を自己治癒のエネルギー源として変換することで傷を癒す。
その為に多くのリジェネレーターの回復には限界回数や制限時間が存在するものだ。
ヴァンパイアの類は、他人の生き血や生命力を吸い取ることで治癒に回す。
だからエネルギー源が尽きれば再生は制止する。
軒太郎から見て狼少年のリジェネレートは、明らかに自分の内にある何らかのエネルギーを媒体に超回復を繰り返しているように窺えた。
ならば攻撃を受け続ければ、いずれエネルギーが尽きる筈だ。
そこまで追い詰め、斬り続ければ不死とて殺せると目論んでいた。
残りの妖力残量を計る為に憑き姫が、新たな妖怪カードを取り出した。
「手の目 ザ・エグザミネーションアイズ」
カードの中から光と共に姿を現したのは、盲目で禿頭の座頭が一人である。
座頭は顎をしゃくらせながら両掌を軒太郎の妖刀に攻め立てられる狼少年に向けた。
すると掌から瞼が開きギョロリと眼球を剥き出す。
怪しい瞳が青白く瞳孔を絞り見る。
現れたのは、妖怪『手の目』だ。
手の目が双掌の瞳で昂輝の妖力量を計り見ると、僅か後方で憑き姫も同じポーズを決めながら瞼を閉じる。
手の目が見る映像をリンクしながら窺っている様子だった。
「おかしいわ……」
手の目の能力を使い狼少年の妖力数を計る憑き姫。
緩い風が赤い袴と長い黒髪を揺らすと、憑き姫が可愛く小首を傾げる。
「彼、妖力が無いわ。――ゼロよ」
「ゼロ?」
憑き姫の話を聞いて軒太郎が、少年を攻め立てる手を休めて後ろに飛んだ。
戦いの間合いが開くと苦痛に少年が肩を揺らして息を切らす。
着ていたTシャツは八つ裂きに切り刻まれ、履いていたGパンもザクザクに切られてタンパンのように変っていた。
狼少年の身体には傷も血痕も無いのに衣類だけがボロボロである。
「魔力も霊力も無いのか、こいつは!?」
「ええ、そうよ。この少年、自分の力で傷を癒している訳じゃないわ。別の何か、別の場所から妖力が送られて来て、傷が癒されているのよ。回復エネルギーは、別の何処かから無線のように受け取っている様子だわ」
「そのエネルギーは、何処から飛んで来ているんだ?」
「わからない――。彼の周囲で空間が歪みながら窓を開かせ、そこから送り込まれているわ」
手の目を翳す憑き姫には、このように見えていた。
狼少年の周囲1メートル弱の空間に穴が開き、おどろおどろしい不純の塊が悪霊のように現れては少年の体内に無理やり流れ込んで行く。
そして傷を癒すと同時に少年の運命を奈落へと引き寄せるように引きずり込もうと纏わり付いていた。
憑き姫が結論を述べる。
「彼、呪われているわ――」
「呪いだと?」
『の……呪い?』
憑き姫の言葉に軒太郎だけならず昂輝も不思議な顔をした。
自分は呪われているのかと今までのことを思い出す。
目に映る真実を語って見せる憑き姫の言葉を、もっとはっきりと全貌を知りたいのか昂輝が、警戒にも似た殺気を緩め、友好的な姿勢を態度に表す。
澱む軋轢と牽制が解かれて行くのが、三人には感じ取れた。
軒太郎も妖刀二本を黒コートの中に納め、戦意を闇に隠した。
『どういう事ですか、呪いって?』
テレパシーで問う昂輝。
「あら、それが人に物を尋ねる態度かしら?」
見下すような視線と言葉で恥辱する憑き姫に合わせて昂輝が誠意を見せた。
『分かりました……』
そう述べると狼の姿から人間の姿へと戻る。
それだけは自分でもコントロール出来た。
狼の姿を取るのは身体能力が飛躍的に高まるからだ。
そして、人に返った昂輝が、深々と頭を下げた。
テレパシーではなく口で語る。
「お願いです。僕に何が起きているのか教えてください」
「へぇ~、結構いい男――」
憑き姫は昂輝の素顔を見て何かを期待したかのような、はにかむ仕草を見せた。
タイプの容姿らしい。
「僕に何が起きているのか教えてください。お願いします。父と母が亡くなった理由も、僕に掛けられた呪いが原因なのですか!?」
昂輝の双眸は凛々しかった。
真剣さが男前に映る。
「まあ、いいわ。此処で私が調査出来る限界もあるけれど、貴方が頭を下げてまでお願いするのなら、少しぐらい付き合ってあげるわ」
下手な台詞を繰り返す昂輝に、そっぽを向いて承諾する憑き姫。
そしてツンデレ風に彼女が語ると、未だ召還を続ける手の目と再びリンクを始める。
青白く朧げに光る双掌の瞳で昂輝の呪われし体をスキャンしていく。
双掌の魔眼から探り出す昂輝の運命。
呪いの力は強い。
強大と悟れる。
魔眼を凝らし集中を高める憑き姫の額に玉の汗が浮き上がり困難である作業だと知らしめた。
可愛い顔の眉間に力が入る。
「苦戦している様子だな」
「ええ、この呪い、並みの代物でないわ。相当の術者が永い年月と怨み辛みを重ね上げて作り出した凶悪な妙手よ。呪いを解くどころか仕組みを完全に暴くのすら私では難しいわね……」
「おやおや、珍しく弱気な発言だな」
軒太郎が揶揄した。
「これは、呪いの専門家じゃないと無理だわ。しかも相当のスペシャリストじゃないとね――。でも、一つ分かったことがあるわ」
「なんですか!?」
自分に降り掛かる不幸の原因を少しでも理解しようと昂輝が身を乗り出して憑き姫に訊く。
一言に力が篭り必死さが伝わる。
「貴方が狼に変化する理由も、死なない体を得たのも、貴方自身の能力でも何でもないわ。貴方に掛けられた呪いが原因よ。彼は狼男でありながら狼男ではないの」
そこまで言うと軒太郎が、がっかりとした表情を見せる。
憑き姫の言葉の中から何かに気付いた様子だ。
「憑き姫――。即ち、彼を殺せたとしても、その体は生身の人間と代わらないってことか?」
「ええ、そうよ。魂も並の人間と代わらないわ……。呪いの効果が、彼をそうさせているだけだから」
昂輝を見る二人の眼差しから昂輝本人への興味が失せて行く。
魂と骸の価値が低下して行く。
「つまらんな……」
呟く軒太郎が変身を解除した。
身に纏われていた黒い装束が熔けるように流れ落ち足元の影の中へと消えて行く。
憑き姫の清楚な巫女コスチュームも、霧と化して夜空に舞い上がり、塵となって闇へと混ざり合う。
下から白いワンピース姿の憑き姫が現れた。
二人の欲から生まれた戦意が、完全に途絶えた様子である。
「じゃあ、帰ろうか――」
「ええ、そうね」
退魔師たちが踵を返して後方へと進む。
「ちょっと待ってください! 僕はどうしたらいいのですか!?」
視線だけを向けた軒太郎が言う。
「それは自分で考えなさい。私たちの仕事は、わいらの退治。キミの呪いは依頼の対象外だ。ましてや、不死の肉体が手に入らないと分かれば、プライベートでキミと関わりあう理由すらない」
軒太郎の言葉は、その通りだった。
立ち尽くす昂輝は表情を曇らせ俯くと、独りで今後を迷走する。
「大塚さん、パンクの修理は済みましたか?」
「あ、はい、もう少しです……」
「そうですか」
パンクタイヤをスペアに付け替える作業を再開させた剛三が、近くに立ち様子を窺っている軒太郎に問う。
「三外さん、彼の、昂輝君の呪いを解いて貰えないのでしょうか?」
「それは依頼として――ですか? 仕事としてなら料金が発生しますよ?」
ボルトを回す作業を行ないながら考え込む剛三。
ここは小さな町である。
昂輝の父親は自殺したとはいえ小さな頃から良く知っている友人だった。
息子の昂輝もそうだ。
幼い頃から成長を見続けてきた町の子供の一人である。
祭りになれば一緒に神輿や神楽を引き、お盆になれば一緒に盆踊りを踊った思い出がある。
その思い出の各シーンにも彼らの一家が映りこんでいる。
剛三にとって町の子供は、全員が自分の息子や孫と代わらない。
今や町の厄介者と化した少年であっても、救ってやりたい気持ちがまだまだ高い。
どうにかしてやりたい気持ちが残っていた。
だが、今回の妖怪退治の依頼料も安くは無い。
成功報酬で150万。
しかし、わいらが退治される瞬間を見ている以上、インチキでもなんでもない。
これは正当で妥当な報酬だと思えた。
彼ら二人に少年の呪いを解いてもらうという依頼を頼むとなると、同じだけの報酬を求められるであろう。
この町で一番の資産家である剛三は、お金で少年の運命を救えるのならば安いのでは、と、考えた。
そして町の顔役として、親心のままに話を切り出す。
「――三外さん、いかほど掛かりますか?」
「そうですねーー。呪いの根深さによりますが、ざっと500万程度で、どうでしょうか?」
「500万!」
驚きの声を上げたのは、昂輝のほうだった。
わいらの退治が150万なのは目撃証言からして相手が予想できたからだ。
弱敵だから150万である。
しかし、昂輝の件に関しては、呪いの力が強いにも関わらず、正体も原因も分からない未知数の依頼だ。
相場も跳ね上がるのは仕方がないことである。
丁度、タイヤ交換が終わった剛三が立ち上がり昂輝を見ながら言う。
「お金は私が立て替えます。どうですか、昂輝君、彼らの世話になってみては?」
「大塚さん……」
「呪いが解けたら仕事に精を出せばいい。お金に関しては気にしなくていいから、地道に返してくれればいいから、今は呪いを解いて貰うべきだ。そうでもしないと君の人生は、不幸のままだと思うよ」
優しく父親のような剛三の微笑に畏敬を感じ取った昂輝は、少し悩んだ末に答えた。
「お言葉に甘えていいのですか……?」
「ああ、構わん」
パンッ!
昂輝と剛三が話していると軒太郎が両手を合わせて音を響かす。
二人が、ハッとして軒太郎を見た。
「では、交渉成立だ」
邪悪さが失せて普通のサラリーマンの様相を見せる軒太郎が優雅な笑顔で勝手に話を纏め上げる。
見事に仕切っていた。
「よろしくお願いします」
剛三が軒太郎に頭を下げると遅れて昂輝が礼儀を真似た。
「じゃあ決まりね。でも、彼は持ち帰るわよ」
そう言った憑き姫に理由を求めて三人の視線が集まる。
「彼の呪いは土地に縛られたものとは異なる代物。呪いを解くヒントは、この地にあるかもしれないけど、まずは呪いのスペシャリストに見てもらったほうがいいわ」
軒太郎が言う。
「なるほど、お砂姉さんか」
「そう、専門家に見て貰ってから算段を立てましょう」
退魔師の話に、第三者の名前が浮かび上がる。
「大塚氏、聞いての通りです。彼の身柄は、しばらく私たちがお預かりします。問題は、ありませんよね?」
「はい、私に異論は御座いません」
「助っ人の報酬は、依頼料の中から賄います。少年、キミもいいよね?」
「よろしくお願いします」
また、頭を下げる剛三と昂輝。
「呪いを解くのに相当の月日が掛かる可能性があるわよ。その間、彼の生活費とかはどうするの? おじさんが、そこまで面倒を見るのかしら?」
昂輝が凛とした表情で答える。
「僕が働きながらお支払いします。バイトでも何でもこなして、どうにかします」
「ほほ~」
軒太郎が片手で自分の顎を撫でながら言う。
「じゃあ、僕らのアシスタントをやらないか? バイト代を払うし寝床も用意しよう。呪いを解くにしろ、直ぐ手元に置いといたほうがいいだろうしね」
「そうね、それがいいわ」
退魔師のアシスタントと聞き少し怖気付く昂輝だったが、直ぐに覚悟が固まる。
「よろしければ、それでお願いします」
軒太郎の提案に昂輝が頭を下げる。
憑き姫にも反対の意見はない様子だった。
僅かに笑みを見せている。
「では、私からもお願いします」
最後に剛三が念を入れてお願いすると、軒太郎が意識を失っている少女の背中から活を入れて目覚めさせた。
「うぅ……」
目覚めた律子が混乱を表して取り乱す。
その律子に昂輝が駆け寄り、今までの話を聞かせながら落ち着かせようと優しく気を使う。
徐々に少女も落ち着きを取り戻すと、帰りは昂輝も車に乗りなさいと剛三が誘う。
そして五人が車に乗り込み帰りの山中を揺られながら町へと目指した。
後部座席には、右から憑き姫、昂輝、律子と並んでいる。昂輝が真ん中だ。
両手に花であるが、今の昂輝に扇情を感じている精神的な余裕がなかった。
呪われた身のまま、じっと前を見つめている。
そう、車外の闇と同じような深いものが、少年の心の中で蠢き続けていた……。
今度は頭部が超再生を見せる。
「どこまで死なないんだ?」
「不死なのかしら?」
失われても再生を開始する不死の体。
軒太郎と憑き姫が人間の常識から外れ、魔道の世界に身を投じてどのぐらい経つだろうか?
――しかしこれ程の不死は見たことも聞いたこともなかった。
驚異的な存在だ。
まさに軌跡に近いが、相手にしていて呆れてくる。
再生が終了を遂げて、少年が蘇った。
「ならば死ぬまで刻み続けて、死んでも殺し続けてやる!」
再び斬りかかる軒太郎が妖刀二本を振り回して昂輝を刻む作業を再開した。
「ぜえぁ!!」
『え!? また!?』
一太刀一太刀が致命傷と成る斬激であった。
「憑き姫! こいつの残り妖力数を計ってくれ!」
「ええ、任せて」
自己治癒が可能な妖怪の多くが、妖術を使用したり、自然と妖力や体力を自己治癒のエネルギー源として変換することで傷を癒す。
その為に多くのリジェネレーターの回復には限界回数や制限時間が存在するものだ。
ヴァンパイアの類は、他人の生き血や生命力を吸い取ることで治癒に回す。
だからエネルギー源が尽きれば再生は制止する。
軒太郎から見て狼少年のリジェネレートは、明らかに自分の内にある何らかのエネルギーを媒体に超回復を繰り返しているように窺えた。
ならば攻撃を受け続ければ、いずれエネルギーが尽きる筈だ。
そこまで追い詰め、斬り続ければ不死とて殺せると目論んでいた。
残りの妖力残量を計る為に憑き姫が、新たな妖怪カードを取り出した。
「手の目 ザ・エグザミネーションアイズ」
カードの中から光と共に姿を現したのは、盲目で禿頭の座頭が一人である。
座頭は顎をしゃくらせながら両掌を軒太郎の妖刀に攻め立てられる狼少年に向けた。
すると掌から瞼が開きギョロリと眼球を剥き出す。
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手の目が双掌の瞳で昂輝の妖力量を計り見ると、僅か後方で憑き姫も同じポーズを決めながら瞼を閉じる。
手の目が見る映像をリンクしながら窺っている様子だった。
「おかしいわ……」
手の目の能力を使い狼少年の妖力数を計る憑き姫。
緩い風が赤い袴と長い黒髪を揺らすと、憑き姫が可愛く小首を傾げる。
「彼、妖力が無いわ。――ゼロよ」
「ゼロ?」
憑き姫の話を聞いて軒太郎が、少年を攻め立てる手を休めて後ろに飛んだ。
戦いの間合いが開くと苦痛に少年が肩を揺らして息を切らす。
着ていたTシャツは八つ裂きに切り刻まれ、履いていたGパンもザクザクに切られてタンパンのように変っていた。
狼少年の身体には傷も血痕も無いのに衣類だけがボロボロである。
「魔力も霊力も無いのか、こいつは!?」
「ええ、そうよ。この少年、自分の力で傷を癒している訳じゃないわ。別の何か、別の場所から妖力が送られて来て、傷が癒されているのよ。回復エネルギーは、別の何処かから無線のように受け取っている様子だわ」
「そのエネルギーは、何処から飛んで来ているんだ?」
「わからない――。彼の周囲で空間が歪みながら窓を開かせ、そこから送り込まれているわ」
手の目を翳す憑き姫には、このように見えていた。
狼少年の周囲1メートル弱の空間に穴が開き、おどろおどろしい不純の塊が悪霊のように現れては少年の体内に無理やり流れ込んで行く。
そして傷を癒すと同時に少年の運命を奈落へと引き寄せるように引きずり込もうと纏わり付いていた。
憑き姫が結論を述べる。
「彼、呪われているわ――」
「呪いだと?」
『の……呪い?』
憑き姫の言葉に軒太郎だけならず昂輝も不思議な顔をした。
自分は呪われているのかと今までのことを思い出す。
目に映る真実を語って見せる憑き姫の言葉を、もっとはっきりと全貌を知りたいのか昂輝が、警戒にも似た殺気を緩め、友好的な姿勢を態度に表す。
澱む軋轢と牽制が解かれて行くのが、三人には感じ取れた。
軒太郎も妖刀二本を黒コートの中に納め、戦意を闇に隠した。
『どういう事ですか、呪いって?』
テレパシーで問う昂輝。
「あら、それが人に物を尋ねる態度かしら?」
見下すような視線と言葉で恥辱する憑き姫に合わせて昂輝が誠意を見せた。
『分かりました……』
そう述べると狼の姿から人間の姿へと戻る。
それだけは自分でもコントロール出来た。
狼の姿を取るのは身体能力が飛躍的に高まるからだ。
そして、人に返った昂輝が、深々と頭を下げた。
テレパシーではなく口で語る。
「お願いです。僕に何が起きているのか教えてください」
「へぇ~、結構いい男――」
憑き姫は昂輝の素顔を見て何かを期待したかのような、はにかむ仕草を見せた。
タイプの容姿らしい。
「僕に何が起きているのか教えてください。お願いします。父と母が亡くなった理由も、僕に掛けられた呪いが原因なのですか!?」
昂輝の双眸は凛々しかった。
真剣さが男前に映る。
「まあ、いいわ。此処で私が調査出来る限界もあるけれど、貴方が頭を下げてまでお願いするのなら、少しぐらい付き合ってあげるわ」
下手な台詞を繰り返す昂輝に、そっぽを向いて承諾する憑き姫。
そしてツンデレ風に彼女が語ると、未だ召還を続ける手の目と再びリンクを始める。
青白く朧げに光る双掌の瞳で昂輝の呪われし体をスキャンしていく。
双掌の魔眼から探り出す昂輝の運命。
呪いの力は強い。
強大と悟れる。
魔眼を凝らし集中を高める憑き姫の額に玉の汗が浮き上がり困難である作業だと知らしめた。
可愛い顔の眉間に力が入る。
「苦戦している様子だな」
「ええ、この呪い、並みの代物でないわ。相当の術者が永い年月と怨み辛みを重ね上げて作り出した凶悪な妙手よ。呪いを解くどころか仕組みを完全に暴くのすら私では難しいわね……」
「おやおや、珍しく弱気な発言だな」
軒太郎が揶揄した。
「これは、呪いの専門家じゃないと無理だわ。しかも相当のスペシャリストじゃないとね――。でも、一つ分かったことがあるわ」
「なんですか!?」
自分に降り掛かる不幸の原因を少しでも理解しようと昂輝が身を乗り出して憑き姫に訊く。
一言に力が篭り必死さが伝わる。
「貴方が狼に変化する理由も、死なない体を得たのも、貴方自身の能力でも何でもないわ。貴方に掛けられた呪いが原因よ。彼は狼男でありながら狼男ではないの」
そこまで言うと軒太郎が、がっかりとした表情を見せる。
憑き姫の言葉の中から何かに気付いた様子だ。
「憑き姫――。即ち、彼を殺せたとしても、その体は生身の人間と代わらないってことか?」
「ええ、そうよ。魂も並の人間と代わらないわ……。呪いの効果が、彼をそうさせているだけだから」
昂輝を見る二人の眼差しから昂輝本人への興味が失せて行く。
魂と骸の価値が低下して行く。
「つまらんな……」
呟く軒太郎が変身を解除した。
身に纏われていた黒い装束が熔けるように流れ落ち足元の影の中へと消えて行く。
憑き姫の清楚な巫女コスチュームも、霧と化して夜空に舞い上がり、塵となって闇へと混ざり合う。
下から白いワンピース姿の憑き姫が現れた。
二人の欲から生まれた戦意が、完全に途絶えた様子である。
「じゃあ、帰ろうか――」
「ええ、そうね」
退魔師たちが踵を返して後方へと進む。
「ちょっと待ってください! 僕はどうしたらいいのですか!?」
視線だけを向けた軒太郎が言う。
「それは自分で考えなさい。私たちの仕事は、わいらの退治。キミの呪いは依頼の対象外だ。ましてや、不死の肉体が手に入らないと分かれば、プライベートでキミと関わりあう理由すらない」
軒太郎の言葉は、その通りだった。
立ち尽くす昂輝は表情を曇らせ俯くと、独りで今後を迷走する。
「大塚さん、パンクの修理は済みましたか?」
「あ、はい、もう少しです……」
「そうですか」
パンクタイヤをスペアに付け替える作業を再開させた剛三が、近くに立ち様子を窺っている軒太郎に問う。
「三外さん、彼の、昂輝君の呪いを解いて貰えないのでしょうか?」
「それは依頼として――ですか? 仕事としてなら料金が発生しますよ?」
ボルトを回す作業を行ないながら考え込む剛三。
ここは小さな町である。
昂輝の父親は自殺したとはいえ小さな頃から良く知っている友人だった。
息子の昂輝もそうだ。
幼い頃から成長を見続けてきた町の子供の一人である。
祭りになれば一緒に神輿や神楽を引き、お盆になれば一緒に盆踊りを踊った思い出がある。
その思い出の各シーンにも彼らの一家が映りこんでいる。
剛三にとって町の子供は、全員が自分の息子や孫と代わらない。
今や町の厄介者と化した少年であっても、救ってやりたい気持ちがまだまだ高い。
どうにかしてやりたい気持ちが残っていた。
だが、今回の妖怪退治の依頼料も安くは無い。
成功報酬で150万。
しかし、わいらが退治される瞬間を見ている以上、インチキでもなんでもない。
これは正当で妥当な報酬だと思えた。
彼ら二人に少年の呪いを解いてもらうという依頼を頼むとなると、同じだけの報酬を求められるであろう。
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そして町の顔役として、親心のままに話を切り出す。
「――三外さん、いかほど掛かりますか?」
「そうですねーー。呪いの根深さによりますが、ざっと500万程度で、どうでしょうか?」
「500万!」
驚きの声を上げたのは、昂輝のほうだった。
わいらの退治が150万なのは目撃証言からして相手が予想できたからだ。
弱敵だから150万である。
しかし、昂輝の件に関しては、呪いの力が強いにも関わらず、正体も原因も分からない未知数の依頼だ。
相場も跳ね上がるのは仕方がないことである。
丁度、タイヤ交換が終わった剛三が立ち上がり昂輝を見ながら言う。
「お金は私が立て替えます。どうですか、昂輝君、彼らの世話になってみては?」
「大塚さん……」
「呪いが解けたら仕事に精を出せばいい。お金に関しては気にしなくていいから、地道に返してくれればいいから、今は呪いを解いて貰うべきだ。そうでもしないと君の人生は、不幸のままだと思うよ」
優しく父親のような剛三の微笑に畏敬を感じ取った昂輝は、少し悩んだ末に答えた。
「お言葉に甘えていいのですか……?」
「ああ、構わん」
パンッ!
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「では、交渉成立だ」
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見事に仕切っていた。
「よろしくお願いします」
剛三が軒太郎に頭を下げると遅れて昂輝が礼儀を真似た。
「じゃあ決まりね。でも、彼は持ち帰るわよ」
そう言った憑き姫に理由を求めて三人の視線が集まる。
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軒太郎が言う。
「なるほど、お砂姉さんか」
「そう、専門家に見て貰ってから算段を立てましょう」
退魔師の話に、第三者の名前が浮かび上がる。
「大塚氏、聞いての通りです。彼の身柄は、しばらく私たちがお預かりします。問題は、ありませんよね?」
「はい、私に異論は御座いません」
「助っ人の報酬は、依頼料の中から賄います。少年、キミもいいよね?」
「よろしくお願いします」
また、頭を下げる剛三と昂輝。
「呪いを解くのに相当の月日が掛かる可能性があるわよ。その間、彼の生活費とかはどうするの? おじさんが、そこまで面倒を見るのかしら?」
昂輝が凛とした表情で答える。
「僕が働きながらお支払いします。バイトでも何でもこなして、どうにかします」
「ほほ~」
軒太郎が片手で自分の顎を撫でながら言う。
「じゃあ、僕らのアシスタントをやらないか? バイト代を払うし寝床も用意しよう。呪いを解くにしろ、直ぐ手元に置いといたほうがいいだろうしね」
「そうね、それがいいわ」
退魔師のアシスタントと聞き少し怖気付く昂輝だったが、直ぐに覚悟が固まる。
「よろしければ、それでお願いします」
軒太郎の提案に昂輝が頭を下げる。
憑き姫にも反対の意見はない様子だった。
僅かに笑みを見せている。
「では、私からもお願いします」
最後に剛三が念を入れてお願いすると、軒太郎が意識を失っている少女の背中から活を入れて目覚めさせた。
「うぅ……」
目覚めた律子が混乱を表して取り乱す。
その律子に昂輝が駆け寄り、今までの話を聞かせながら落ち着かせようと優しく気を使う。
徐々に少女も落ち着きを取り戻すと、帰りは昂輝も車に乗りなさいと剛三が誘う。
そして五人が車に乗り込み帰りの山中を揺られながら町へと目指した。
後部座席には、右から憑き姫、昂輝、律子と並んでいる。昂輝が真ん中だ。
両手に花であるが、今の昂輝に扇情を感じている精神的な余裕がなかった。
呪われた身のまま、じっと前を見つめている。
そう、車外の闇と同じような深いものが、少年の心の中で蠢き続けていた……。
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