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6・調査

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喫茶店『葵』を出た四人は剛三が運転する車で山中のバス事故現場を目指した。

幾つものカーブが続く山沿いの道。

二車線の道は綺麗に舗装されている。

温泉街から市街に通じる国道の一本道。

海沿いの道のほうが眺めも良く人気も高い。

こちらの道は擦れ違う対向車も少なかった。

「もう少しで到着します」

ハンドルを握る剛三は助手席に向かって言うと、ルームミラーで一度だけ後部座席に座る少女二人をチラ見する。

助手席に座るのが軒太郎で、後部座席に憑き姫と律子が座っていた。

車内にこれと言った会話はない。

剛三が新鮮な空気を裂いて車を走らせるだけだった。

山林の隙間から時折見える絶景を目を細めて憑き姫がガラス越しに眺めている。

「わいらと言う妖怪。倒せますか?」

唐突に訊く剛三が、隣の席に座る男を見た。

問われた軒太郎が黒縁眼鏡を外すとハンカチでレンズの汚れを丁寧に拭く。

「まあ、倒せないレベルでないでしょうね」

「そうね。おどろおどろと同等の強さと図れば、問題ないでしょうね」

後部座席の憑き姫が窓の外を眺めながら会話に参加してきた。

軒太郎が拭いた眼鏡を掛け直す。

「こちらは二人です。あっちは一匹。戦力的にも、こちらが有利。逃げられることはあっても、遅れは取らないでしょう」

「そうですか――」

剛三が話を聞いて安堵する。

最近ごたごたが続いている為に今回の妖怪騒動も早く決着を付けたいのだ。

正直なところ安心できる夏を過ごしたい。

「ですが、まずは調査が先決。戦力的に優勢でも迂闊は禁物です。万全を期して挑まなくては痛い目をみますからね」

「相手の弱点を調べ上げる。――戦略的に知っていて損はないわ」

「徹底してますな……」

「プロですから」

そのような会話を車内で行なっていると、まもなくしてバス事故の現場に到着した。

景色の良いカーブの一角。

数メートルほど綺麗にガードレールがなくなり、即席の三角ポールが立っていた。

「到着です」

事故現場のカーブから少し離れた直線道路に、剛三は車を横付けさせると停車した。追突されないためにだ。

車が止まると皆が降りて行く。

律子は辛く恐ろしい記憶が残る現場を再び目の当たりにして、表情を厳しく強張らせる。歩む足取りも重い。

そんな律子を余所に三人はツカツカとガードレールがなくなったカーブを目指して歩いて行った。

山の下から吹き上がる風が憑き姫の長い黒髪と白いワンピースの裾を揺らしていた。

失われたガードレールの外は、かなり急角度の斜面だった。

既に転落したバスの車体はないが未だ事故の傷跡が残っていた。

小さな草木を薙ぎ倒した痕跡がはっきりと残っている。

20メートルほど下で横向きにバスが転がった痕跡がある。

激突したのか傷を付けた杉の木が数本横を向きながら生皮を剥がされていた。

それらが事故の悲惨さを告げていた。

事故現場は随分と踏み荒らされている。

怪我人の救出や事故処理の作業の為に大勢の人が、この急斜面を降りて行ったのだろう。

下を見る三人に追いつき横に並ぶ律子が、荒れた藪を見てわいらの姿を思い出し目撃した辺りを指差す。

「あの辺です。私がわいらと呼ばれる妖怪を見たのは……」

指差す場所は斜面の底。踏み固められた雑草と並ぶ山の木々との間だった。

「じゃあ我々は降りてみますから、お二人は此処で待っていてください」

そう言って急斜面を降りようとする軒太郎。その軒太郎に憑き姫が手を振っていた。

こんな時ばかり可愛らしい笑顔を作っている。ずるい。

「行ってらっしゃい」

「お前も来いよ!」

「エー……」

「えー、言うな!」

「ぶぅ~~」

「頬を膨らませて可愛子ぶってもダメ!」

「ちっ」

「急にやさぐれるなよ……」

「分かったわよ、行けばいいんでしょ」

「自を出すな……」

そのような会話を繰り広げて斜面を下る二人。

律子と剛三が呆れて苦笑いを見せていた。

それにしても器用だった。

崖ともいえる角度の斜面を二人はロープもなしに降りて行くのだ。

斜面に生えた草木のみを掴んでだ。

軒太郎だけならともかく華奢に見えた憑き姫も同じようにして下まで降りて行った。

運動神経の良さを感じさせる。

斜面を降りた二人が辺りを見回す。

「どうだ、憑き姫?」

「う~ん、微かに妖気が残留しているわ。微々たるものだけど……、ん?」

軒太郎の質問に答えながら憑き姫が、押しつぶされた草むらの陰に何かを見つける。そっと手で草を退けた。

「ねえ、軒太郎、これ」

「なんだ?」

憑き姫に呼ばれた軒太郎が側に近づく。

憑き姫が草むらの陰に見つけたものは大きな岩だった。

一人二人で動かせそうなサイズではない。

「こいつは、祠かな?」

草の束を払い除けると岩の全体図が現れる。

卵型の平べったい岩だった。かなり古そうな代物だ。

表面に何か梵字のようなものが掘り込まれているが随分と雨風に晒されて削げ落ちており何が彫られていたか判らない。

「此処にわいらが封印されていたのか?」

「そうね。妥当に推測したのならば、それが一番濃厚だわ」

二人の意見が一致した。

他に目立った手がかりは見つからない。

しばらく辺りを探索した二人は律子と剛三が待つ路上へとよじ登って行く。

思ったより成果は少ない。期待が外れた。

軒太郎が問う。

「下に祠らしきものがありました。崩れて役割は果たしていませんでしたがね。大塚氏、何か心当たりはありませんか? 地元の昔話とかでも良いですから?」

「いいえ、昔話どころか妖怪が出ると言った話すら聞いたことがありません……」

「そうなの、役に立たないわね」

「えっ!」

ツンっと横を向き言い放った憑き姫の言葉が老人のピュアな心を惨く突き刺す。

「祠ってなんですか?」

青ざめる剛三を余所に律子が訊いた。

それに軒太郎が丁寧に説明する。

「基本的には神様を祭る神社と役割は代わらない物だよ。妖怪を封印したり、悪霊を鎮めたりとかにも使うが、大体が壊せば罰が当たる代物かな」

横を向いていた憑き姫が軒太郎の言葉に続く。

「私たちの仕事の中に、建設現場にある祠を取り壊す代行業もあるのよ」

「そうなんですか」

「ええ、祠壊しや御神木倒しの代行は儲かるの。癖になるわよ」

「嫌な癖ですね……あはは……」

 乙女たち二人の会話を無視して剛三が軒太郎に話し掛ける。

「祠の下に、わいらが埋まっていたってことですか?」

「はい、そんなところです」

腰を45度に曲げた軒太郎がズボンの裾に付いた泥をはらいながら答える。

「おそらくバスが転げ落ちた際に巻き込んだのか。別の理由で崩れた祠から飛び出したわいらに驚いて運転手がハンドルを謝ったか……」

推測した軒太郎の顔を律子が大きく目を広げながら直視した。

話の後半に、思い人の呪いを解く鍵を見つけたようだ。

これで町の人たちが抱く昂輝への誤解を消せるのではないかと考えていた。

後者であれと強く願う。

「でも、真相を知るのは、わいらとバスの運転手のみ。片方は死んでるわ。死人に口なしよね」

律子の眉間に皺が寄る。

憑き姫は語り続けた。

「わいらに訊くにもめんどくさいわ。どうせ今更真相なんて私たちに関係ないこと。わいらを殺して一件落着ね」

「そうだな」

「そんな!?」

二人の話に律子が怖い顔で詰め寄る。

しかし、何故にといった表情で軒太郎と憑き姫が少女の憤怒を眺めていた。

律子も気付く。

この二人の退魔師は真相解明が勤めではない。

あくまで妖怪退治だけが役目なのだと。

この町には御神木を倒す代行役のように、町の人々に代わって、妖怪変化を倒しに来ただけなのだ。

もっと明確な話をすれば、町の人たちにしてみれば妖怪の脅威から身が守れればいいのだ。

五代家への誤解を解く必要すらないのだと。

周りの状況を悟った律子が寂しく肩を落とす。

その姿を夕日が照らし始めると軒太郎が空を見上げた。

夜が忍び寄って来ようとしている。

「そろそろ町に戻りましょうか。日が暮れます」

「そうね」

「今日はわいらを退治しないのですか?」

訊く剛三に首だけ振り向く軒太郎。

「夜は妖怪の時間です。昼の弱い時間帯に寝首を狩るのが最善。それに今は民間人が二人も居ます。調査に同行を許しても戦闘時となれば大きなお荷物でしかありません。その辺を、ご理解してください」

「そ、そうですね」

軒太郎の言う事にぐぅーの音も出ない剛三は言われるままに車へ戻った。

四人が車に乗り込むと町を目指して引き返して行く。

赤い夕日の明かりが差し込む車内。

後部座席に座る律子の表情は俯き沈んでいた。

結局のところ五代昂輝の父への誤解は解けそうにない。

それが心残りだった。

剛三が運転する車で町へと引き返し始めた四人。

バスの事故現場を離れて僅か3分たらずしか経っていないが辺りの景色から夕焼けの赤が抜け落ちて薄暗くなっていった。

剛三が車のライトを点灯させる。

軒太郎曰く、わいらと思われる妖怪の探索は明日の朝から開始するそうだ。

今晩は町のホテルに泊まり、温泉に浸かり、美味しい料理を食べて、少しだけ旅行気分を満喫してから妖怪退治を頑張るらしい。

実に暢気なものだと剛三は浅い溜め息を溢していた。

走る車は薄暗い峠を緩やかにくだり続けていた。

ふと、ハンドルを握る剛三の前方に奇怪な何かが飛び込んでくる。

ヘッドライトに照らされながら道路の進行側斜線を塞ぐように寝そべる何か――。

剛三が叫んだ。

「わいら!」

道路の真ん中に寝そべるのは紛れもなく家の窓から見かけた化け物と同一。

牛のように大きな体に緑色の皮膚。

四つんばいにしゃがみ込んでいるような姿勢で鰐の如く大きな口を持った頭は、何故か低い位置にあった。

へッドライトに双眼が光る。

剛三は驚きハンドルを切ろうとした。

だが動かない。

脇から軒太郎が手を伸ばしハンドルを掴んでいた。

まるで万力で固定されたかと勘違いするほどの力である。

「止まるな、轢いちまえ!」

脅すような軒太郎の声色に思わず剛三は全快までアクセルを踏み込む。

車のエンジンが獣の如く咆哮を吠えた。

そのままわいら目掛けて突っ込んで行く。

「うわわわーーー!」

老人の口から混乱した声が叫ばれた。

ハンドルを両手で強く握り締め瞼を閉じる。

突進してきた車に対してわいらは上へと跳躍して車体を飛び越えた。

「ちっ」

軒太郎の舌打ち。

目を強く閉じた剛三は額をハンドルに近づけ俯き前を見ていない。

ブレーキを踏みながらガードレールに車体の脇を擦りつけると車は止まった。

タイヤの焦げた臭いが辺りに広がる。
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