上 下
46 / 47

第46話【達磨の大使】

しおりを挟む
『くそっ、片目を破壊された……』

「アナベル、アーティファクトリペアで直すか?」

『それだとクレアの魔力が尽きるんじゃあねいのか?』

「ああ、底をつくな……」

『ならば、今は堪えよう』

俺は立ち上がるとバスタードソードを両手で中段に構えた。

通路の奥で座禅を組んでいる老人。

その相貌は垂れ下がった白い眉毛で目元が隠れている。

しかし、静かだ。

無表情である。

ただ、ジッと座禅を組んで瞑想にふけっていた。

その姿は眼前の俺たちが存在していないかのように【無】である。

その静けさにイラついた俺は怒鳴るようにテレパシーを飛ばす。

『ジジイ! テメー何者だ!!』

しかし、暫しの沈黙が流れる。

座禅の老人からは答えが返ってこない。

『無視かよ!?』

「無視だな……」

俺は半歩半歩と少しずつ前に進んで行った。

『無視するなら、無理矢理にも無視を解いてやる!』

そして、摺り足で近付く俺と座禅の老人との間合いは残すところ3メートルだ。

俺の身長とバスタードソードの長さから察するに、俺の攻撃範囲は2メートル弱だろう。

素手の老人より明らかに俺のほうがリーチ的には長いはずだ。

だが、スピードでは老人のほうが圧倒的に上だろう。

その速度は座禅の体勢から攻撃を打ち込んで来ても、俺より段違いで速い。

まともにスピードで競っては敵わないだろうさ。

このファンタジアの異世界に転生してきて初めての強敵だ。

しかもレベルが一桁違っている。

もしかして、これは負けイベントかな?

ゲーム的に言えば、絶対に負けるイベントなのかな?

いやいや、そんな馬鹿な話があるか!

俺は認めんぞ!

『ぬぬぬっ!!』

俺は再びバスタードソードを高く上段に振りかぶる。

今度は油断もない。

隙も見せない。

全身全霊で行く。

『今度こそ、斬る!!』

俺がテレパシーを凄ませ、半歩前に出た刹那である。

俺は座禅の老人をバスタードソードの間合いに捕えていた。

あとは攻撃にバスタードソードを振り下ろせば老人の頭をカチ割れると思えた。

リベンジだ。

直後──。

俺は複数の幻影を目の当たりにする。

それは、俺が半歩踏み込んだ刹那に老人が座禅の体勢から跳ね飛んで攻めてくる光景だった。

ファーストコンタクトと一緒で瞬速の強打に打たれるイメージである。

しかも、複数の幻に四度は打たれていた。

一つは、跳ね飛んできた老人が、俺の頭よりも高く跳躍してからの飛び足刀で、俺の頭部を蹴り砕くイメージだった。

一つは、斜め下から突き伸ばした右の抜手で俺の喉を四本指で貫き、その首を飛ばすイメージである。

一つは、中段下突き上げで、俺の鳩尾を拳で抉るように胴体を打ち貫くイメージだ。

一つは、掬い上げの下段前蹴りで俺の股間を蹴り上げ鎖骨ごと股間を完全破壊するイメージだった。

どれもこれも食らえば致命傷のダメージが予想できる超攻撃である。

『ぬぬぬっ!?!?』

その四つのイメージを同時に叩きつけられた俺はバスタードソードを振り下ろすのを中断して、後方に跳ねるように退いた。

逃げたのだ。

『くそっ……!』

「どうした、アナベル!?」

俺にすら悟れていた。

もしも、あのままバスタードソードで打ち込んでいたのならば、間違いなく、今見たイメージのどれかを、俺は確実に食らっていただろう。

否。

もしかしたら、今見たすべての攻撃を食らっていたかも知れない。

正中線に沿った四連の強打をだ。

老人との間合いから遠退いた俺はバスタードソードを下げた。

「どうしたのだ、アナベル?」

『駄目だこりゃあ……。もしも俺が打ち込んでいたら、一瞬でバラバラに粉砕されていただろうさ……』

イメージをぶつけられただけで分かる実力差。

まるで桁が違う。

これは、群れからはぐれた一匹のアリが、アフリカゾウと戦うようなものである。

この座禅の老人に勝つってことは、俺が異世界にゴーレムとして転生してきたことよりも非現実的だった。

俺は背後に立つクレアに言った。

『クレア、逃げよう。これは敵わないぞ……』

「私も賛成よ。こんな古びたダンジョンで貴方なんかと一緒に死にたくないから」

『クレア、やっぱり逃げるの中止ね。俺と一緒にここで死んでくれ!』

「断るわ。私は一人でも逃げるわよ」

『くそっ、なら俺も逃げるぞ!』

そんな感じで俺とクレアが踵を返そうとした時である。

初めて老体が声を放った。

「待たぬか、若いの」

掠れた萎れ声だった。

『待てるか、俺は逃げるぞ!』

「いやいや、待たれよ。そこのお似合いのカップルたちよ」

俺の動きがピタリと止まる。

『クレア、ちょっと待ってやろう。この老人は、おそらく俺たちが思っているほど悪人ではないのかも知れないぞ』

「アナベル、お前は単純だな。見てみろ、あのハゲ頭を、あれは悪人のハゲ頭だぞ」

老人が寂しそうに呟く。

「人を禿か禿じゃないかで判断するな……」
 
『そうだぞ、クレア。男ってヤツは、好きで禿げている野郎は一人も居ないのだ。皆、遺伝子の呪縛から逃れられないから禿げているのだぞ』

「言っている意味が分からんな、アナベル」

座禅の老人が萎れながらも威厳の溢れる口調で述べた。

「まあ、二人とも落ち着け。どうやら私が寝ている間に失礼があったようだな」

寝ていたのかよ!?

それにしても……。

『失礼って?』

「私は寝ている間に接近されると、自動で防御本能が働き他者に攻撃する悪い癖があってな」

『それはかなり悪い癖だな……。普通の人間なら片目を潰されるどころか顔を半分持っていかれていたぞ、あれは……』

「それも若いころ冒険者だったものでな。その時に身に付けたスキルでな。寝首をかられたり、強盗防止ようのスキルだ」

『なるほど……』

アメリカ人が枕の下に拳銃を隠して寝ているのと一緒かな。

「まあ、悪気があったわけではない。ところで貴様らは何者だ?」

『このダンジョンにネクロマンサーの捜索で訪れたものだ』

「ネクロマンサーとは、ワシのことかな?」

『あんた、やっぱりネクロマンサーなのか?』

「本職はモンクだが、冥府魔法も齧っているぞ」

『それじゃあ話が速い。このダンジョンを追い出されたオーガが近隣の町や村を襲って迷惑を掛けている。その調査に来たのだ』

「オーガだって?」

『そうだ、オーガだよ』

「ダンジョンの一階や二階のモンスターは壊滅させて、すべてゾンビ化させたつもりだったが、逃げ出していた者が居たのか」

『ああ、そうだよ。その逃げ出したオーガのせいで多くの死人が出た』

「その責任を取れと?」

『取れるのか?』

「取れるわけがないだろう」

『じゃあどうすんだよ?』

「いくらワシが伝説の冒険者と呼ばれていたとは言え、死者蘇生までは不可能だ。死んでしまった者たちの責任までは取れぬからな」

俺はバスタードソードの先端を石床に強く突き立てながらテレパシーで怒鳴った。

『あんたが責任を取れるか取れないかじゃあねえんだ。あんたがやらかした結果で死者が出てるんだ。俺は責任を取れって言ってるんだよ。あんただっていい大人なんだろ。だまって大人らしく責任を取りやがれってんだ!!』

「う、うぬ……」

よし、俺の偽善的な正論でジジイの腰が少し引けだぞ。

こっちのペースに持ち込めた。

武力ではジジイが上でも、話術では俺のほうが上らしい。

『そもそもが、なんであんたはここに居るんだ!?』

「い、いや、このダンジョンを攻略しようかなって思ってのぉ……」

『なに、一人でかよ?』

「当然だ」

おいおいおい、ここは難攻不落のジャブロー迷宮だろ。

冒険者が侵入して捜索できるのは、ここ二階までだってクレアも言ってたじゃん。

それを、このジジイは一人で探索するつもりなのか!?

えっ、バカ?

それともボケてるのかな。

『なあ、爺さん。もしかして、一人で三階を探索するつもりなのか……?』

「もう多少なら探索して来たぞ」

そう言うと爺さんは背後から一本のソードを取り出した。

「これが戦利品のマジックアイテムだ」

爺さんがスルリと鞘から刀身を引き出した。

その刀身が鞘から覗くなり眩く輝き出す。

その光は眩しく俺とクレアの目を眩ませた。

「眩しい!」

『なんじゃい、この輝きは!?』

「凄いマジックアイテムだ!!」

「ほほう、そこのダークエルフは見ただけで、この剣が業物だと分かるか」

クレアは手で光を防ぎながら言う。

「この輝きには眩しいだけでなく、光を浴びた者を誘惑する魔法が込められているぞ!」

『魅了魔法か!?』

「ほほう。ご名答だ」

爺さんは顎髭を撫でながら言った。

「二人ともなかなかの精神力だな。魔剣の光に心を奪われないで耐えているとわのぉ」

良かった!!

俺には魅了魔法無効のスキルがあってさ!

お陰でただ眩しいだけで済んでいる。

もしもスキルがなかったら、俺は馬鹿だから、間違いなく魔剣に魅了されていたはずだ!

それにしても、なに、このジジイは!?

いったい何者なんだ!?

もしかして、マジで達磨大使かよ!?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界で婿養子は万能職でした

小狐丸
ファンタジー
 幼馴染の皐月と結婚した修二は、次男という事もあり、婿養子となる。  色々と特殊な家柄の皐月の実家を継ぐ為に、修二は努力を積み重ねる。  結婚して一人娘も生まれ、順風満帆かと思えた修二の人生に試練が訪れる。  家族の乗る車で帰宅途中、突然の地震から地割れに呑み込まれる。  呑み込まれた先は、ゲームの様な剣と魔法の存在する世界。  その世界で、強過ぎる義父と動じない義母、マイペースな妻の皐月と天真爛漫の娘の佐那。  ファンタジー世界でも婿養子は懸命に頑張る。  修二は、異世界版、大草原の小さな家を目指す。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

処理中です...