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第6話【魔導の館落】

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俺は新しいゴーレムの体でマリアンヌが寝るベッドに近付いた。

木人だった時よりも若干体重が多いようだ。

体が重くて床が軋んでいる。

でも、パワーはこっちのほうが上っぽい。

俺は畏まるクレアの横に並んで立った。

並んで分かる。

さっきまでの木人だと、クレアと比べて殆ど同じぐらいの身長だったが、今は頭ふたつ分ぐらい俺のほうが背が高い。

上からクレアの胸元が覗き込めて良い眺めだ。

それだけでも体をチェンジした甲斐があるってもんだった。

俺は足元に転がる木人を爪先で突っつきながら言った。

『このゴーレムのボディーを、本当に貰ってもいいのか?』

「ええ、あげますわ。私の形見だと思って使ってちょうだい……」

『形見……?』

なんかいきなり悲しげな表現だな。

暗くね?

クレアが言う。

「マリアンヌ様の余命はあと僅か……。今に尽きても可笑しくない体調よ……」

クレアの表情は暗かった。

その暗い表情を隠すように彼女は俯く。

マリアンヌはベッドの天井を見詰めながら言う。

「でもね、私、三百年も生きたの……」

『うわっ、長生き!』

「昔は天才ゴーレムマスターと呼ばれて、ここ二百年ぐらいは不老に研究を専念したわ。これも魔法使いの性ね……」

『それで、三百年も生きたのか……』

「でも、不老は叶わず……。叶ったのは不労のみよ」

上手いこと言うな、このババァ。

ジョークのセンスが思ったよりディープだぞ。

「本当に無職はダラダラ出来て最高ね。でも、そんな日々もそろそろ終わり。もう少しで私の魔力も尽きちゃうの。その魔力が尽きたら私は死ぬし、この館も崩れるわ……」

『死ぬのか、館まで崩れちゃうのか。なんでだ?』

クレアが言う。

「この屋敷が建築されたのは三百年ほど前だそうです。そしてマリアンヌ様の魔力で保存されていました。その主が失くなられれば、屋敷も一気に時が進んで廃墟と変わり崩壊するでしょう……」

『いきなり館落ちかよ…』

マリアンヌが寂しそうに言う。

「私に取って傀儡は人生そのもの。その技術をあなたに譲れて嬉しいわ……」

『俺に技術を伝授?』

「その体が私の技術その物だからねぇ」

「マリアンヌ様、技術まで伝授なされるつもりですか?」

「そうしたいわ。でも、私にはその時間がないわね。だから、あとはクレアに頼みたいの」

「何故に私がっ?」

「恩師の願い、聞いてもらえないかしら。私の技術を彼に託したいの。彼なら私の技術を永遠に出来るわ。だって、自分がゴーレムなのですもの。それで、私の不老は完成するの……』

マリアンヌの声は、中盤からテレパシーに変わっていた。

もうしゃべる体力すら無いのだろうか?

『あんたの技術を不老の俺が永遠に活かすって事かい?』

『ダメかしら?』

『俺はかまわんが……』

『クレアも、お、ねが、ぃ……』

マリアンヌがベッドの中でゆっくりと瞼を閉じた。

そのまま静かになる。

先程まで動いていた胸の上下も止まってしまう。

まるで静かに熟睡する乙女のように見えた。

「マ、マリアンヌ様っ!?」

『死んじゃったのか……?』

返答は無い。

クレアが小さく頷く。

人が死ぬ瞬間を初めて見た。

いや、二度目かな。

俺は自分が死ぬ瞬間を体験している。

でも、少しショックだった。

何せ、人が死んだのだから……。

「マ、マリアンヌ様……」

クレアがマリアンヌの頬に手を伸ばす。

すると突然ながら館がグラグラと揺れ出した。

『な、なんだ。地震かっ!?』

「館が崩壊しますわ!!」

『なんでっ!?』

「さっき説明したでしょうが!!」

クレアが走り出した。

部屋を飛び出して叫ぶ。

「あなたも館から逃げ出さないと生き埋めになるわよ!!」

『マジで崩れるのっ!!』

俺も走ってクレアを追った。

しかし、クレアの足の速さは凄い。

直ぐに見えなくなる。

一方の俺は走る速度がかなり遅かった。

遅いと言うより重たかった。

さっきの木人よりも足が遅い。

クレアと比べたら亀と兎だ。

『やばい、ヤバイ、やばいっ!!』

俺が廊下を走っていると周囲の壁が崩れ出す。

廊下が上下に波打っていた。

床が抜けて天井が落ちてくる。

館が崩壊しているんだ。

このままでは本当に生き埋めになっちまうぞ。

俺は割れた窓から外を見た。

ここは三階だ。

でも、飛び降りるしかない。

俺は躊躇わず窓から飛び降りた。

このぐらいの高さなら、悪くて両足の骨が折れる程度だろう。

それなら生き埋めで死ぬよりましである。

「うりゃ!!」

着地。

あれ、綺麗に着地できた。

足の骨も折れていないぞ。

痛くもないから立ってられる。

「やべっ!!」

俺の背後で館が一気に崩れ落ちた。

その衝撃で埃の津波が押し寄せる。

「ぬぬぬっ!」

凄い突風だった。

埃で視界を見失う。

三階建ての館が眼前で崩れ落ちたのだ。

マジでビックリである。

やがて舞い上がっていた埃が沈んで落ち着いた。

館があった場所には瓦礫の山が築かれている。

すると瓦礫の中から火の手が上がり始めた。

今度は火災だ。

暖炉やランプの炎から出火したのだろう。

火の手は直ぐに大きくなった。

それでも周囲の森までは距離がある。

まあ、森に引火はしないだろうから安心だ。

俺がボ~ッと炎を眺めていると、背後からクレアが話し掛けてきた。

「ほら、行くわよ」

『えっ?』

俺が振り返ると大きなバックパックを背負ったクレアが立っていた。

バックパックにはランタンやら折り畳みのスコップなどがさがっている。

俺は炎を背にクレアに訊いた。

『その荷物は……?』

「館が崩壊した時のために、地下倉庫に置いといた防災グッツよ。準備はしていたの」

『防災グッツって……。準備がいいな……』

地下倉庫って、俺が出てきた場所かな?

「それよりも崩れたのは館だけじゃあないのよ。結界も崩壊したわ。館が燃える炎を見て、近くの村人がやって来るわよ」

『近くに人が住んでいるのか?』

助かったぜ。

これで野宿をしないですみそうだ。

「冒険者も居るかもね。もし居たら厄介よ」

クレアは荷物を背負った足で歩き出す。

荷物が重いのか足取りも重い。

『何処に行くんだ?』

「取り敢えず逃げるわよ……』

『えっ、なんで逃げるのさ?』

「はぁ~~……」

クレアは深いため息を吐いてから答えた。

「私はダークエルフ、あなたはゴーレムなのよ」

『うん、だから?』

「冒険者から見たら敵なの。モンスターなの。もっと言えば経験値なのよ」

『なるほどね……。この世はサバイバルってわけだ……』

ああ~、なんやかんや言っても俺はゴーレムなんだね~。

少し悲しいな~。

俺は燃え盛る館の廃墟を後にした。

クレアの美尻を追いかけて森の中を進む。


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