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第467話【クラーケンとの対決】

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俺は海底で正座をしながらダメージの回復を企んでいた。

結局のところ案外と素直なクラーケンが俺に騙されて名乗りをあげてくれたお陰で息が整い疲労を回復できたのだ。

しめしめである。

クラーケンのガルガンチュワさんよ。

意外と素直で助かったぜ。

賢くても所詮はタコだな。

俺は横に置かれたトライデントを手に取ると、それを杖代わりにして立ち上がる。

そして大きく息を吸う。

大量の海水が肺に入ってきたが苦しくない。

むしろ清々しい。

「よし、じゃあ始めるか、ガルガンチュワさんよ!」

ガルガンチュワが十本の足を蠢かしながら威嚇していた。

余裕が分かる口調でテレパシーを飛ばして来る。

『まだ勝てる気でいるのか、アスランよ』

俺はトライデントを肩に担ぐとふてぶてしく言ってやった。

「やってみなきゃ、分からんだろ」

『もう試したではないか』

「あんなの序章だよ」

『二擊だ。たったの二擊で貴様は息をあげて、休憩を企んだではないか』

あー、ばれてるー……。

『力の差は歴然だ。所詮は弱小な人間では、巨漢を有するクラーケンの私には勝てやしないのだよ』

俺はトライデントの矛先を前に構えると腰を落とした。

「ならば、今一度試してみるかい!」

『戯れ言を!』

ガルガンチュワが二本の脚を左右に開くように振りかぶった。

そこからのサンドイッチスイング。

振られた二本の脚が合掌するように俺を挟み込む。

すると海水が激しく乱れて掻き回された。

俺はトライデントを横に構えて左右から挟み込むように振られた触手を受け止めていた。

でも、若干ながら押し潰されてますわん……。

挟まれた身体がブヨブヨの脚にめり込んでます。

よかったー……。

相手が弾力に長けた身体でさ。

もしもクラーケンの身体が鋼鉄だったら、間違いなくペシャンコだわ~。

「舐めんなよ!!」

俺は片手を翳して魔法を唱えた。

反撃だ。

「ファイアーボール!!」

二本の脚で俺を挟み込む中央で、俺は自爆覚悟のファイアーボールを炸裂させた。

『ふぬっ!?』

よし、隙間が開いた。

俺は地面を蹴って頭上に飛び出す。

もうファイアーボールの自爆作戦には慣れちゃったよな~。

どんどんと耐火スキルが上がりそうだぜ。

そんなことよりもだ。

蛸足サンドから逃れた俺はトライデントを逆手に持って投擲のホームを築く。

「その額を貫いてやるぞ!!」

『甘いわっ!!』

「どわっ!!」

真っ直ぐな突きだった。

まるで槍のように伸びた脚の一本が俺の腹を突き飛ばす。

「ぐはっ!!!!」

俺は口から苦痛の泡を吐きながら飛ばされた。

蛸足ボディーブローに臓腑が揺れている。

こん畜生が!!

だが、我慢だ!!

俺は水中で膝を抱えて一回転すると前を向き直す。

そこにガルガンチュワが十本の脚を振り回しながら突っ込んで来た。

『ローリングソバットだ!!』

「ぶへっ!!!」

再び放たれた蛸足後ろ廻し蹴りが、俺の顔面を蹴り殴る。

俺の視界が激しく揺れて身体が後ろに回転した。

そんな回る俺にガルガンチュワが追撃を食らわしてくる。

『ネリチャギっ!!』

「がはっ!!!」

今度は上から振られた踵落としが俺の背中を蹴り付けた。

俺は急降下して地面に顔から叩き付けられる。

『これでフィニッシュだ!!』

上から降って来るように落ちて来たガルガンチュワが一本脚で俺を踏みつけた。

『ギロチンドロップ!!』

ドドドドッと洞窟内が激しく揺れた。

重々しいフィニッシュ技に潰された俺の身体は中盤と床岩に挟まれて屈辱を浴びている。

身体も心もボロボロになるぐらいの大ダメージだ。

もう致命傷ランクまでダメージを受けてしまった。

「く、くちょ……」

手も足も出ない。

足の数が違いすぎる。

身体の大きさが違いすぎる。

体重差が多すぎる。

海底ってのも不利な原因だ。

何もかもが悪材料だ。

だが、弱音を言ってても勝てやしない。

諦めたら終わりだ。

死は敗けだ。

それだけは有り得ない。

「こ、こな糞が……」

俺は挟まれた自分の身体に向かって魔法を唱えた。

「ライトニングボルト!!!」

『ぎぃゃやああああ!!!』

突然の電撃攻撃にガルガンチュワが俺の上から跳ね退いた。

そのまま天井に貼り付いて止まる。

『あー、ビックリした。まだ生きてたか。流石にペシャンコになって、息絶えたかと思ったのに!』

俺はユラユラと立ち上がると天井に貼り付くガルガンチュワを睨んだ。

「人間を舐めるなよ……。このタコ野郎が……」

言いながら俺は異次元宝物庫内から密かにマジックアイテムを取り出した。

ガルガンチュワには気付かれないようにコッソリとだ。

それは一つの指輪だった。

その指輪を左手に握り締める。

チャンスは一度だけだろう。

もう、あの巨漢が繰り出す重量感溢れる攻撃は絶えられない。

今ですら内臓が口から出そうなぐらい気持ち悪いのだ。

次の攻撃に賭けるしかない。

だが、この作戦を成功させるためには、挑発が必然だ。

誘導しなくてはなるまい。

「ガルガンチュワ……」

『なんだ、アスラン?』

俺は右手に在るトライデントを地面に突き刺した。

無手になる。

それから股を開いて腰を落とした。

両手を握り、両肘を曲げて、両脇を閉める。

空手道、体馬の構え。

それはまるで馬に騎乗しているかのようなスタイルだった。

フワリと天井を離れたガルガンチュワが俺の高さに降りて来る。

だが、身体の大きさ故に視線は向こうが高い。

『素手でどうする、アスラン?』

俺はガルガンチュワを瞳孔の開いた殺伐とした眼差しで睨みながら答えた。

「お前の真似だ──」

『私の真似だと?』

「そう──」

『真似てどうする?』

「お前の領域だから──」

『それで、勝てると?』

「勝てなきゃやらん」

俺は正拳突きを一つ繰り出した。

素振りの一打に海水が僅かに揺れる。

それだけだ──。

ガルガンチュワの一振りに比べれば可愛らしい一打だった。

『私と突き合いたいと?』

「受けるか、ガルガンチュワ?」

俺の挑発にガルガンチュワが足の一本を振りかぶる。

その足の先が槍のように俺を狙っていた。

『私の突き技はスーパーヘビー級だぞ。勝負になると思っているのか?』

「屠られるのが、怖いか?」

『屠る?』

「そう、屠り去る」

『頭は大丈夫か、アスラン?』

「いいから打ってこい。俺も打ち返すからよ」

『良かろう。その勝負、乗ったぞ!!』

足の拳を振りかぶったガルガンチュワが他の脚を動かしジワジワと接近して来る。

等にガルガンチュワの間合いは過ぎているだろう。

だが、更に間合いを縮めて来る。

「気を使わせているようだな」

『お前の手足は短いからな。これもハンデだ』

距離にして5メートル程を残してガルガンチュワの歩みが止まった。

まだ、俺の攻撃が届く間合いでは無い。

無いが──。

『いざ、参る!!』

ガルガンチュワが蛸足で正拳突きを蹴り出した。

ドリルのようにスクリューする足の拳が鋭利に尖って俺に迫る。

狙いは頭部だろう。

その蛸足正拳突きに向かって俺は、反撃の攻撃を繰り出した。

腰に添えた左手の正拳突きを放った。

否。

俺が繰り出したのは正拳突きではない。

拳は握られていない。

手の形は鶴の拳。

人差し指、中指、親指の三本を、指先で合わせて尖らせた特殊拳。

その鶴の拳がガルガンチュワが繰り出した蛸足正拳突きと激突を狙う。

「頼む、成功してくれ!!」

鶴の拳と蛸足正拳突きが激突する刹那に、俺の願いが口から溢れた。

次の瞬間、攻撃と攻撃が激突した。

否、違う。

攻撃は激突なんてしていない。

そもそも俺は攻撃を激突させるために、この状況を演出したわけではないのだ。

狙いはプレゼントだ。

俺の鶴の拳の先には指輪が一つ摘ままれていた。

三本の指先で持たれた指輪は蛸足の先端を狙っていたのだ。

そう、蛸足に、この指輪を嵌めさせるために、この勝負を演出したのだ。

そして、成功──。

俺が繰り出した鶴の拳が蛸足正拳突きの先に指輪を通した。

すると、途端である。

俺は蛸足正拳突きが産み出した水圧に飛ばされたが、指輪を嵌められたガルガンチュワの身体が光り出す。

『な、なんだっ!!!』

ガルガンチュワが突然のことに驚愕の声をあげた。

拳圧に飛ばされた俺は、水中で止まるとガルガンチュワの様子を確認する。

「ど、どうだ!?」

光り輝くガルガンチュワの巨体が少しずつ縮んで行く。

「よし、成功してるぞ!!」

『な、何が起きているんだ!?』

俺は直ぐ様に泳いで元の場所に戻ると、地面に突き刺さっているトライデントを取りに行った。

そして、小さく萎んだガルガンチュワから目映い光りが収まると、そこには人型の影が一つ立っていた。

赤毛の短い髪。

ボーイッシュな顔立ち。

程々な胸の膨らみ。

クビれた腰に、割れた腹筋。

安産型の骨盤に長いスレンダーな二脚。

十代の女の子だ。

『これは、なんだっ!!??』

「おぉぉらららあああ!!!」

俺は混乱している少女に向かってトライデントを投げ付けた。

水中を滑空したトライデントが少女の胸に突き刺さる。

『がはっ!!!』

トライデントが胸に刺さった少女が口から血を吐いた。

三つに別れた矛先は、少女の胸を貫き、肺を貫通して、心臓を射貫いたのだろう。

間違いなく致命傷だ。

『がっ……、がはっ………』

トライデントが刺さった少女は海中に浮き上がるように倒れ込む。


【つづく】
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