上 下
349 / 604

第349話【魔王城の入り口の村】

しおりを挟む
社長が白いスカーフとネクタイを外すと、後ろに控えていた若い衆の一人が受け取りに出て来る。

社長は上着も脱いで、その若い衆にあずけた。

「持ってろ」

「へい!」

そして、袖を捲りながら息子に言った。

「まあ、見ていろ、凶介」

「ぅ…………」

「父の強さを、父の偉大さを!!」

社長のファイティングポーズ。

素手だ。

もう完全に俺と、やり合う気でいますよ。

大人気ないな、もー。

でも、なんだ、この構え?

爪先で軽いステップを刻んでいる。

大柄なのに身軽そうだ。

体は横向きで、左肩が前だ。

そして、前の左腕が腰の高さで肘を曲げて拳を緩く握っている。

奥の右腕は顔の高さまで肘が上げられて、開いた掌がゆったりと泳ぐように顔の脇に添えられていた。

サイドワインダー?

いや、ちょっと違うな……。

ブルー・◯ー?

否。

ケン●ロウ?

この長身、この巨体でカンフーなのか?

いや、マーシャルアーツか?

構えを築き、爪先でステップを刻む社長が微笑みながら俺に言った。

「新魔王候補よ、その夢ごと私の聖なる光拳で打ち砕いてやるぞ!!」

「うわー、やっぱり勘違いしまくってるよ。誰も魔王になろうとは思っちゃあねーーよ」

「憚るな、我を!!」

「もー……、憚ってねぇってばさ……」

このハゲ親父は、完全に誤解してやがる。

てか、なんかこの社長は、厨二臭い妄想癖が有りそうだぞ。

「ふぅ~~……」

息を吐きながら社長がゆっくりと前進して来た。

「ふっ!」

そして、ユルユルと流れるような歩行で一気に俺との間合いを詰める。

接近を許してしまう俺。

速くないが、反応できなかった。

本能の隙を突かれたような感じである。

自然な動きでベストポジションを取られていた。

そこからの──。

「えっ!!」

フリッカージャブ!?

社長の前にある左腕が鞭のようにしなるとスナップの効いた裏拳が俺の顔面を叩いた。

舜打だ。

パチーーンっと音が鳴る。

打たれた!?

長くて速い!!

俺の視界に火花が飛んだ。

鼻血が舞う。

「くっはぁっ!!」

「ひゅーー!!」

続いてゴンっと俺の頭に衝撃が響く。

今度は蹴られた。

上段風車蹴り。

少し可笑しな上段蹴りだった。

その蹴り技で俺の首が吹っ飛んで行きそうなぐらい右にしなった。

その破壊力を腰で支える。

我慢だ!

「耐えたか、ならば!!」

今度は連打だ。

一瞬の瞬きの間に多彩な拳打が打ち込まれた。

正拳、手刀、平拳、掌打、肘鉄、裏拳、腕刀、槌拳、抜き手、一本拳。

様々な拳技で上半身を連続で打たれた。

水月、人中、喉仏、月影、嵐門、急雨、稲妻、電光、紫宮、妙見。

本当に様々な急所を正確に叩かれたぞ。

どれもこれも金槌のような針の痛みだった。

刺さるようで重いのだ。

俺の前進に苦痛の信号が駆け巡る。

それが声となって口から漏れた。

「ぐぅっはぁ!!」

上半身を両手で庇いながら俺はよろめくように下がった。

その足を社長の水面蹴りが素早く狙う。

「逃がさん!」

「うひょっ!!」

体勢を低くして地面ギリギリを滑って来る太い廻し蹴りが、俺の両足を同時に力強く払った。

俺の体が空中で横になっていた。

浮いてる!?

舞ってる!?

「更にっ!!」

腕っ!?

否、肘か!?

追撃だ!?

空中で頭を殴られた!!

「アックスボンバー!!」

「ふごっ!!」

ラリアットのようなエルボーを食らって頭が混濁して揺れた。

それが視界に風と変わって混ざる。

「ぐぅがぁぁああーーー!!」

俺は猛スピードで飛んでいた。

回っている。

俺は円盤のようにクルクルと回転しながら飛んでいた。

そして広場の隅の木に、横向きで激突して止まる。

「ぐふん……」

俺は地面にドサリと落ちた。

い、痛いわぁ~……。

多彩な拳で打たれた上半身のあちらこちらが悲鳴を上げていた。

アックスボンバーも痛かったぞ。

それに、木に激突した脇腹がめっちゃ痛いわ。

背骨が軋んでいる。

それでも俺は立ち上がった。

「痛てぇ~……」

痛いが、まだ行ける。

手数は多かったがミケランジェロのローキック一発分のダメージも無いぞ。

に、してもだ──。

こいつは何者だ?

カンフーなのか空手なのか?

それともジークンドーかプロレスか?

どちらにしろ、ここは西洋ファンタジーの異世界だろ、なんで拳法が有るんだよ!!

そもそもこの村に来てから可笑しなことが多すぎる。

外見に単語、名前も可笑しい。

ヤンキーに相撲取り。

凶子、凶介、社長。

特攻隊に風林火山。

まだまだ有るぞ。

ここって日本か?

エルフなのに日本人か?

絶対に可笑しいぞ。

ギャグで収めきれない。

「ほほう、まだ立てるか。流石は新魔王を語る不届き者だな」

「魔王じぁあねえよ……」

「拳脚を合わせて十三打。どれもこれもクリーンヒットだ。それに私の必殺技のアックスボンバーまで食らっている。普通は立てんぞ」

「あんたらエルフと鍛え方が違うんでな」

「ふっ、違うか──」

社長は鼻を親指で擦ってから言う。

「我々とて普通のエルフとは異なる」

そりゃあそうだろ……。

完全にお前らは頭のネジが緩んでやがるもの。

それに遺伝子組み換えしてるだろ。

俺は休憩がてら訊いてみた。

「なあ、俺から見ても、あんたらはエルフとして異常だ。何故にそんなに異常なんだ?」

「わけがあると?」

「あるんだろ~?」

「くっくっくっ、聞きたいか?」

「ああ、聞きたい」

乗って来たか、社長?

「では、語ろう。我々入り口を守るエルフの秘話を、ここで語ろうじゃあないか!」

軽っ!!

口が軽いよ!!

乗って来たよ!!

私でも連れたわって感じだわ!!

てか、どうせ語りたかったんだろ!!

いいよ、聞いてやるよ!!

全部聞いてやるよ!!

さー、語れ、ほれ語れ!!

「我々入り口を守るエルフは五百年前の対戦で、人間の勇者と共に戦った一族である」

だろうな。

それは予想できますよ。

でも、それとこのヘンテコな風習とは別の話だよね。

「そして我々と人間、それにドワーフとの連合は、一年間の戦争の上で勝利したのだ。そしてこの戦いは、後々一年戦争と呼ばれて語り続けられることとなる」

なんか聞いたことあるような戦争名だな……。

宇宙歴か?

「魔王は強かった。最後に魔王城に魔法のバリアーを張ったうえで、天空の城アヴァロンまで落として魔王城を防衛しようとした。その時にできたのが、このクレーター山脈だ」

えっ、なに!?

このクレーターの山って、コロニー落としでできたの!?

いや、アヴァロン落としか。

「しかし魔王は、自分の城の周りにメティオスストライクとして天空の城アヴァロンを落としたにも関わらず、我々勇者軍に押され続けたのだ」

社長は戦闘を忘れて長々と話していた。

すると凶子が俺に近付いて来て耳打ちする。

「パパンの昔話は長いから覚悟してね」

「お、おう………」

「ところであなた、名前は?」

周りを見ていない社長は語り続ける。

「そして、我々勇者軍が魔王城の正門を打ち破り、場内に突入したのだ!」

「俺はソロ冒険者のアスランだ」

「城の中にもまだまだ魔王軍の兵力は沢山いた!!」

「私は凶子よ、よ・ろ・し・く・ね、てへぺろ♡」

「トロール、オーガ、サイクロプス、タイタン!!」

「なんであなた、この村に来たの?」

「リッチにデーモンまで魔王軍の軍勢に居たのだ!!」

「いやね、魔王城の権利を買って、その周辺に人間の町を作ろうと思ったんだ」

「それは魔王軍の四将だったのだ!!」

「なんでこんな田舎に町なんか作ろうと思ったのさ。人なんか来ないよ? だって辺鄙だもん」

「その時に我々エルフの兵は四将の一人、タイタンのタイタロスと激戦を繰り広げたのだ!!」

「いやね、転送絨毯って言うテレポートアイテムを持ってるから、手軽に人でも物でも輸送できるんだよ」

「私は一人で副将のサイクロプスと戦った!!」

「へぇ~、それは便利だね~」

「だが、もう少しのところで力及ばず敗北してしまう……」

「テレポーターでソドムタウンと繋ぐ予定でね。そうしたら観光地として魔王城を見に来る人だって、わんさか来るさ」

「その時である! 私は今の母さんに助けられたのだ!!」

「ええー、じゃあ私もソドムタウンやゴモラタウンに遊びに行けるの!?」

「後に母さんは私の連れ子まで、全てを受け入れてくれたのだ。そして私の一族も!!」

「ああ、もちろんだよ。こっちからも好きなだけ向こうに行けるからな」

「そして、私と母さんでタイタロスを撃破できたのだ!!」

「わぉー、すごーい、マジでー!!」

「そして、勇者様が魔王を討伐して戦争は終わったのだ!」

「それじゃあさ、エルフたちも町作りに協力してくれないか?」

「戦後には生き残った魔物たちは逃げ去り、この地に平和が訪れたのである」

「うんうん、協力するする、あたいも町作りするよ!」

「そして我が社のエルフたちは、ここに寝ずいたのである」

「よし、じゃあ話は纏まったな!」

「交渉成立ね!」

「おいおい、お前らは私の話を聞いていたのか……?」

「パパン、新しい事業を始めるわよ!!」

「えっ、ええっ……?」

戸惑う社長が娘に腹を叩かれる。

ビクともしないけれどね。

「ほら、お父さん、服をちゃんと着てよ。今晩は宴なんだからね!!」

「宴……?」

「この町は、魔王城の入り口のから、新魔王城の入り口のに生まれ変わる時が来たってことよ!!」

「えっ、凶子、何を言ってるのだ……」

「アスランが、この町をオシャレな都会にしてくれるのよ。ねっ、アスラン♡」

「あ、ああ……」

都会とまでは言っていない。

ただ観光地にするつもりだけれどね……。

「本当にどういうことだよ、父さんにもちゃんと話なさい!!」

「さあ、行こう、アスラン♡」

「ああ……」

そして俺は凶子に手を引っ張られて木の上の家に連れ込まれる。

まさか女の子に手を引っ張られて連れ回される時が俺にも来るとは思わなかったぜ!!

しかも女の子の家に上げてもらえるなんてさ!!

いたたた……。

この胸の痛みと、手と手から伝わる淡い感触が、俺の良い想い出になるだろうさ──。

糞っ!!

「凶子、待ちなさい! 父さんを仲間外れにしないでくれ!!」

その晩に俺は、社長の家の食卓で、豪華な木の実ばかりのご馳走を振る舞われるのであった。

「木の実、うめーー!!」


【つづく】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...