上 下
298 / 604

第298話【黒幕と犬たち】

しおりを挟む
外の戦闘が一段と激しくなっていた。

なのにアマデウスさんは動かない。

窓から外を眺め見れば、アスラン君がケルベロスと戦っている。

黄金の剣を両手に持って、一人であんなに馬鹿デカイ魔物と戦っている。

なのに僕は、宿屋の窓から外を眺めているだけだ。

隣の窓から椅子に腰かけているアマデウスさんが、エールを飲みながら外を眺めていた。

アマデウスさんは、戦いには参加しようとはしていない。

呑気に酒を飲みながら眺めているだけだ。

そして、部屋の中央には、テイマーのハンパネルラさんが正座させられていた。

苦虫を噛んだような顔をしている。

ケルベロスに頭を噛まれたせいで、大量に出血していたが、応急処置すらされていない。

アマデウスさんの指示で放ったらかしだ。

ハンパネルラさんを捕まえてきたのは僕とシーフの天秤さんである。

捕まえてきたと言っても、怪我人を引きずってきただけに近い。

そして正座するハンパネルラさんの背後には、ダガーを手にした天秤さんが、睨みを効かせながら立っていた。

「強いな──」

唐突にアマデウスさんが呟いた。

僕は窓の外に視線を戻す。

まだアスラン君とケルベロスが戦っているのが見えた。

僕は一人でケルベロスに勝てるだろうか?

それよりも、一人でケルベロスと戦えるだろうか?

なんだか差が開いた気分だった。

彼のほうが明らかに成長している。

アマデウスさんが呟いた。

「あれほど強くなりたいものだな」

「アスラン君のようにですか?」

「違う、ギルガメッシュだ」

「ああ、そっちですか……」

どうやら僕と見ているところが違ったようだ。

確かにアスラン君よりギルガメッシュさんのほうが鬼神の強さでケルベロスを叩きのめして行ってるな……。

あそこまで来ると、インチキ臭い強さだ。

それにしても何故にギルガメッシュさんは裸なんだろう?

僕にはその辺が理解できなかった。

恥ずかしくないのかな?

まあ、それどころじゃあないんだろう。

「ところでハンパネルラ?」

「は、はい……」

アマデウスさんの突然の声掛けに、ハンパネルラさんは掠れた声を返す。

「俺はお前になんと依頼したか、覚えているか?」

アマデウスさんは外を眺めながら涼しそうに言った。

それに答えるハンパネルラさんの声は重々しい。

「ケ、ケルベロスを連れてこいと……」

「はぁ~~……」

俯いたアマデウスさんが深い溜め息を吐いた。

「違う違う、そんなことは一言も言ってない……」

「いや、でも……」

「でもも、糞もない……」

アマデウスさんがハンパネルラさんに依頼したさいに、僕も側に居たから覚えている。

アマデウスさんは、確かにそんなことは言ってなかった。

もっと簡単な依頼をしたんだ。

炎の山の地理に詳しいだけの冒険者だったハンパネルラさんに、ケルベロスの頭蓋骨を三つ持ってこいとだ。

死体でも骨だけでもいいから、三つの頭を要求したのだ。

誰も生きたケルベロスごと持ってこいとは頼んでいない。

「私が馬鹿だったのかな?」

その言葉に天秤さんが一歩前に踏み出して言う。

「いえ、アマデウス様は天才です!」

「いや、キミは黙っててくれないか、天秤……」

「は、はい……」

天秤さんは俯いて一歩下がった。

まあ、天秤さんはアマデウスさんのことが大好きだからな。

先日アマデウスさんに言われてソドムタウンに借りてる天秤さんの家に行ったら、手作りのアマデウスさん人形が沢山飾られていたものな。

それを見た僕に豹変した天秤さんが、ダガーを喉元に突きつけながら脅して来たんだよ。

他言無用だってさ。

まあ、紳士としては女性の秘密を話す気は最初っから無いけれど。

「ハンパネルラ、キミは記憶力が悪いようだな」

アマデウスさんが席を立った。

エールの入ったジョッキをテーブルに置くと、代わりにルーンスタッフを手に取った。

そして、ハンパネルラさんの前に移動する。

「ハンパネルラ、キミが馬鹿なせいで、私は大迷惑だ。わかるだろ?」

アマデウスさんが鷹のような鋭い眼光で、正座するハンパネルラさんを睨み付けた。

怖いな……。

殺しちゃうのかな?

いくらなんでも、そこまでしませんよね……。

「す、すみません、アマデウスさん……」

もう何度目の謝罪だろうか?

ハンパネルラさんは、謝るしか出来ていない。

アマデウスさんは、許すのかな?

許すわけないか……。

「まあ、誰にだってミスはある。だが、私はミスが嫌いだ。何故か分かるかい?」

「わ、分かりません……」

「それは、私がミスをしないからだ。だからミスをする人間の気持ちが分からない。だから嫌いなんだ」

冷めた声色で脅すように言ってるけど、ミスをしない人間なんていないよね。

そもそもこんな半端なテイマーに依頼したのがアマデウスさんのミスなんだもの。

でも、それを言ったら殺されそうだから言わないけれどさ。

「だが、キミのミスを許すよ」

えっ、許しちゃうの?

ハンパネルラさんだけじゃあなく、天秤さんまで驚いた顔をしているよ。

「ほ、本当でふか……」

でふか?

緊張のあまりに噛んでるな。

「ああ、本当だとも。ただし報酬は払わないぞ」

「そ、そんな……。せめて旅の経費だけでも……」

結構がめついな……。

「駄目だ。一文も払わないからな」

こっちもがめついな……。

「それと記憶を消させてもらう。依頼人が私だと知られたくないんでね」

「記憶を消すって!」

えっ、本当にそんなことが出来るのかな!?

魔法かな!?

記憶を消す魔法ですか!?

アマデウスさんが驚いている僕に言った。

「クラウド、ハンパネルラの後頭部を思いっきり殴ってくれないか」

ショック療法かよ!?

ショックで記憶を飛ばす原始的な方法ですか!?

魔法じゃあないのね!?

「ほ、本当に殴って記憶を消す気ですか……?」

「はあ~? 何を言ってるんだ、キミは?」

「い、いや、でも……」

「気絶させてから記憶を消す魔法を掛けるんだ。この魔法には多くの魔力を費やすから、スリープクラウドで眠らせる余裕がなくてね」

「な、なんだ。分かりました」

僕は鞘に収まったままの剣を腰から外した。

それを振りかぶる。

「ちょっと待ってくれ、クラウド」

天秤さんが僕を止めた。

なんだろう?

「気絶させるなら、こっちのほうが良くないか?」

すると何処からか天秤さんが100トンっと書かれた鉄の巨大ハンマーを取り出した。

「どこから、そんな物を出したんですか……」

「女性には男性に無い秘密のポケットが有ってね」

いやいや、それは入らないだろ……。

それとちょっとその巨大ハンマーは、気絶させるには大き過ぎないか……。

頭ごと潰しちゃうよ……。

ほら、アマデウスさんもちょっと引いてるしさ……。

「天秤、それはちょっとやり過ぎじゃあないか……?」

よくぞ言ってくれました、アマデウスさん。

僕じゃあ天秤さんには言えませんから。

言ったら逆に巨大ハンマーで殴られそうだもの。

「そうですか……。しかたありませんね……」

アマデウスさんに言われて天秤さんも納得してくれましたわ……。

すると巨大ハンマーが小さく縮んで手の平に収まった。

それを天秤さんは程々の胸元に挟んで仕舞う。

なに、小さくした!?

マジックアイテムかな!?

そう言えば、グランド・ピアノを見つけた際にもグランド・ピアノが縮んでたよな。

てっきりアマデウスさんの魔法じゃあないかと思ってたけど、この人が縮めて運んでたのか……。

凄い能力だな……。

「ほら、さっさとおやり、クラウド」

「はい」

「痛くしないでね……」

僕は観念しているハンパネルラさんの後頭部に鞘に収まった剣を振り下ろした。

ドシンっと重い衝撃と共にハンパネルラさんが白目を剥く。

よし、一撃で決まったぞ。

「ぐぐぅ……。痛い………」

ああ!?

極ってなかったわ!!

俺は更に強い一撃を振り下ろす。

今度こそ気絶させたかな?

してるよね?

よし、気絶しているな。

するとアマデウスさんが倒れているハンパネルラさんの頭にルーンスタッフを翳した。

何やら魔法を唱える。

するとルーンスタッフが紫色に怪しく輝いた。

その光は直ぐに収まる。

「これで良しだ……」

魔法を使って疲れたのかアマデウスさんは椅子に腰を下ろした。

疲労感が顔に出ている。

「天秤、クラウド。そいつを何処か適当なところに捨ててこい」

「「はい」」

「そのあとに、ケルベロスの頭部を三つ持って来るんだ」

「「分かりました」」

僕と天秤さんの声が揃っていた。

何故だろう?

この人とは、こんな時だけ気が合うんだよな……。

同じアマデウスさんの犬として……。


【つづく】
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...