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第64話【バイト】
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俺が冒険者ギルドに到着したころに、一階の酒場が開店したようだ。
いつもより遅い開店のようだった。
開店が遅いと言っても店が開いていなかったわけではない。
酒場のホールは解放しているが食事を出していないだけだった。
ファンタジーの酒場は宿屋と一体なので、朝から開店して朝食を出すのが普通であるが、何故か今日の冒険者ギルドの酒場はいろいろな作業が遅れている様子であった。
朝から冒険者ギルドに出向いている冒険者も少なくもなかったが、出されているのは酒だけのようだった。
摘まみすら出ていない。
俺はカウンター席に座ると、一人で忙しそうに動いているバーテンダーのハンスさんに話しかける。
「どうしたんですか、ハンスさん。今日は忙しそうですね?」
バーテンダーのハンスさんは手を休めずに俺の質問に答えてくれた。
「いやね、午前中に出勤予定だったウエイトレスの三人が、全員インフルエンザで寝込んだらしくてね。まいってるんだよ」
「あらら……」
知らんかった。この世界にもインフルエンザってあるんだな。
インフルエンザ、恐るべし!
でも、A型かな、B型かな?
「それでね、午後のシフトが入るまで俺一人なんだよね」
「ハンスさんも大変ですね。じゃあ、それでは──」
俺は嫌な予感がしたのでアッサリと会話を絶ち切って立ち去ろうとした。
だが、カウンター内から伸び出てきた手が俺のフードを掴んで逃がさない。
畜生、捕まったか!!
「なぁ~、アスランくん。暇なら手伝ってくれないか?」
「忙しいです!」
俺は即答で述べた。
だが、その程度では逃がしてくれなかった。
「嘘だね。キミがギルマスに呼び出されているのが午後からだって言うのは私も知っているのだよ。あっはっはっはっはー」
「ですが、俺は何も出来ませんよ!」
「なに、簡単さ。注文を取って酒や食事をそのテーブルまで運んでくれればいいだけだ。そうすれば私が料理を作れるんだがね」
「ちょっと待ってください。それって完全にウェイトレスの仕事じゃあないですか!」
「大丈夫だよ、バイト代はちゃんと払うからさ」
「お金の問題じゃあないですよ!」
「分かった、もしもこのピンチを救ってくれたら一年間の食事代を半額にしてあげるから!」
「マジですか!?」
「ああ、その気になってくれたかな!?」
「でも、午後までですよ?」
「構わんよ!」
「それと役に立たなくっても怒らないでくださいね」
「手伝ってくれるんだ。怒るわけがないじゃあないか!」
「分かりました。それなら少しの間、お手伝いしますよ。でも、この使い魔の猫は、どうしましょう?」
「奥の更衣室に置いといていいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、奥で、この制服に着替えて来てくれ!」
「はい」
俺は手渡された制服を持って奥の更衣室で着替えて戻ってくる。
「ハンスさん、着替えてきましたが……」
「よ、良く似合ってるよ、アスランくん。……ぷっ」
「いま、笑いましたね……」
そりゃあ、笑うはずである。
俺が着ている制服は、ウェイトレスの女性物だ。
清楚なシャツに蝶ネクタイ。
フリルで飾られたエプロンを締め。
膝上のミニスカートからはだけた脚には白いストッキングを履いている。
完璧に女装である。
「ささ、お盆とメモを持ってホールに出てくれ!」
「はい……」
俺はそのままギルメンたちに笑われながら仕事に励んだ。
「こらっ、アスラン。さっさと料理を運びやがれ!!」
ハンスさんがカウンター内から怒鳴り付けてくる。
怒らないって約束したのにさ……。
嘘つき……、ぐすん。
そんなこんなで、午後に入り昼食の混雑が始まった。
そのままの流れで俺は解放されなかった。
午後に入って一時間が過ぎたころに客足も引いて来たので、俺は脱出の計画を試みる。
「ハンスさん、午後からのシフトメンバーはどうしたんですか!?」
「全員インフルエンザらしい……」
「マジで!」
「すまん、アスランくん。このまま一日ウェイトレスを続けてくれないか?」
「駄目ですよ。俺はこれからギルマスのところに呼ばれているんですから!」
その時であった。
奥の更衣室からギルマスのギルガメッシュが出て来た。
「ギルガメッシュさん……」
「安心しろ、アスラン。今日はギルドマスターの俺も酒場のピンチを救うために手伝うことにした!」
「マジで……」
そう力強く述べたギルマスのギルガメッシュも、俺と同じウェイトレスの制服を着ていた。
マッチョボディーに可愛らしいウェイトレスの制服をだ。
もう、女装を通り越して、ただの変態だった。
想像してみてください。
モヒカンマッチョおやじのウエイトレス姿ですよ。
パンパンの胸板を清楚な白いシャツとフリル付きのエプロンで隠し、太い首を蝶ネクタイで可憐に飾っている。
ミニスカートから出たムキムキの両足に白いストッキング。
筋肉に引き締まった剛腕には、可愛らしくお盆とメモを持っている。
そんな姿の変態が、背筋をシャキッと伸ばしてツカツカとホールを回っているんですよ。
ハイヒールで……。
しかも注文を取る口調は丁寧で敬語なのにフレンドリーと来たもんだ。
想像しただけで反吐が出るでしょう?
これなら俺の女装姿のほうが100倍以上は可愛かろうさ。
そしてギルマスが、その成りでテーブル席に注文を取りに行くと、ギルメンたちが飲んでいる最中の酒を吹き出す始末であった。
出オチはバッチリである。
ギルマスって、すげーなー。っと、思ったわ。
尊敬はできんけどね。
俺たちは、そのまま夜のシフトが来ても酒場の仕事を手伝った。
二人とも女装が気に入って悪乗りしているのだ。
そんな感じで冒険者ギルドの夜が更けて行く。
本来ギルマスが呼び出した話は、明日することになった。
後々知ったが、このウェイトレス事件の後に、ギルメン内で俺の好感度が僅かに上がったらしいのだ。
一部特定の性癖を持つギルメンたちにのみだが……。
【つづく】
いつもより遅い開店のようだった。
開店が遅いと言っても店が開いていなかったわけではない。
酒場のホールは解放しているが食事を出していないだけだった。
ファンタジーの酒場は宿屋と一体なので、朝から開店して朝食を出すのが普通であるが、何故か今日の冒険者ギルドの酒場はいろいろな作業が遅れている様子であった。
朝から冒険者ギルドに出向いている冒険者も少なくもなかったが、出されているのは酒だけのようだった。
摘まみすら出ていない。
俺はカウンター席に座ると、一人で忙しそうに動いているバーテンダーのハンスさんに話しかける。
「どうしたんですか、ハンスさん。今日は忙しそうですね?」
バーテンダーのハンスさんは手を休めずに俺の質問に答えてくれた。
「いやね、午前中に出勤予定だったウエイトレスの三人が、全員インフルエンザで寝込んだらしくてね。まいってるんだよ」
「あらら……」
知らんかった。この世界にもインフルエンザってあるんだな。
インフルエンザ、恐るべし!
でも、A型かな、B型かな?
「それでね、午後のシフトが入るまで俺一人なんだよね」
「ハンスさんも大変ですね。じゃあ、それでは──」
俺は嫌な予感がしたのでアッサリと会話を絶ち切って立ち去ろうとした。
だが、カウンター内から伸び出てきた手が俺のフードを掴んで逃がさない。
畜生、捕まったか!!
「なぁ~、アスランくん。暇なら手伝ってくれないか?」
「忙しいです!」
俺は即答で述べた。
だが、その程度では逃がしてくれなかった。
「嘘だね。キミがギルマスに呼び出されているのが午後からだって言うのは私も知っているのだよ。あっはっはっはっはー」
「ですが、俺は何も出来ませんよ!」
「なに、簡単さ。注文を取って酒や食事をそのテーブルまで運んでくれればいいだけだ。そうすれば私が料理を作れるんだがね」
「ちょっと待ってください。それって完全にウェイトレスの仕事じゃあないですか!」
「大丈夫だよ、バイト代はちゃんと払うからさ」
「お金の問題じゃあないですよ!」
「分かった、もしもこのピンチを救ってくれたら一年間の食事代を半額にしてあげるから!」
「マジですか!?」
「ああ、その気になってくれたかな!?」
「でも、午後までですよ?」
「構わんよ!」
「それと役に立たなくっても怒らないでくださいね」
「手伝ってくれるんだ。怒るわけがないじゃあないか!」
「分かりました。それなら少しの間、お手伝いしますよ。でも、この使い魔の猫は、どうしましょう?」
「奥の更衣室に置いといていいよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、奥で、この制服に着替えて来てくれ!」
「はい」
俺は手渡された制服を持って奥の更衣室で着替えて戻ってくる。
「ハンスさん、着替えてきましたが……」
「よ、良く似合ってるよ、アスランくん。……ぷっ」
「いま、笑いましたね……」
そりゃあ、笑うはずである。
俺が着ている制服は、ウェイトレスの女性物だ。
清楚なシャツに蝶ネクタイ。
フリルで飾られたエプロンを締め。
膝上のミニスカートからはだけた脚には白いストッキングを履いている。
完璧に女装である。
「ささ、お盆とメモを持ってホールに出てくれ!」
「はい……」
俺はそのままギルメンたちに笑われながら仕事に励んだ。
「こらっ、アスラン。さっさと料理を運びやがれ!!」
ハンスさんがカウンター内から怒鳴り付けてくる。
怒らないって約束したのにさ……。
嘘つき……、ぐすん。
そんなこんなで、午後に入り昼食の混雑が始まった。
そのままの流れで俺は解放されなかった。
午後に入って一時間が過ぎたころに客足も引いて来たので、俺は脱出の計画を試みる。
「ハンスさん、午後からのシフトメンバーはどうしたんですか!?」
「全員インフルエンザらしい……」
「マジで!」
「すまん、アスランくん。このまま一日ウェイトレスを続けてくれないか?」
「駄目ですよ。俺はこれからギルマスのところに呼ばれているんですから!」
その時であった。
奥の更衣室からギルマスのギルガメッシュが出て来た。
「ギルガメッシュさん……」
「安心しろ、アスラン。今日はギルドマスターの俺も酒場のピンチを救うために手伝うことにした!」
「マジで……」
そう力強く述べたギルマスのギルガメッシュも、俺と同じウェイトレスの制服を着ていた。
マッチョボディーに可愛らしいウェイトレスの制服をだ。
もう、女装を通り越して、ただの変態だった。
想像してみてください。
モヒカンマッチョおやじのウエイトレス姿ですよ。
パンパンの胸板を清楚な白いシャツとフリル付きのエプロンで隠し、太い首を蝶ネクタイで可憐に飾っている。
ミニスカートから出たムキムキの両足に白いストッキング。
筋肉に引き締まった剛腕には、可愛らしくお盆とメモを持っている。
そんな姿の変態が、背筋をシャキッと伸ばしてツカツカとホールを回っているんですよ。
ハイヒールで……。
しかも注文を取る口調は丁寧で敬語なのにフレンドリーと来たもんだ。
想像しただけで反吐が出るでしょう?
これなら俺の女装姿のほうが100倍以上は可愛かろうさ。
そしてギルマスが、その成りでテーブル席に注文を取りに行くと、ギルメンたちが飲んでいる最中の酒を吹き出す始末であった。
出オチはバッチリである。
ギルマスって、すげーなー。っと、思ったわ。
尊敬はできんけどね。
俺たちは、そのまま夜のシフトが来ても酒場の仕事を手伝った。
二人とも女装が気に入って悪乗りしているのだ。
そんな感じで冒険者ギルドの夜が更けて行く。
本来ギルマスが呼び出した話は、明日することになった。
後々知ったが、このウェイトレス事件の後に、ギルメン内で俺の好感度が僅かに上がったらしいのだ。
一部特定の性癖を持つギルメンたちにのみだが……。
【つづく】
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