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【第十八章】クラウド編。

18-20【アスランの約束】

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ミーちゃんがスカル姉さんの診療所に爆弾を投げ込んでから、早くも一ヶ月が過ぎた。

もう俺も一週間前から一人でトイレにも行けるようになっており、尿瓶とオマルから卒業できている。なのでスバルちゃんも薬師の仕事に戻り、一日一回程度しか見舞いに来なくなっていた。

ベッドで寝そべり暇な俺の横で椅子に腰掛けたヒルダがリンゴの皮をナイフで剥いている。

最近ヒルダは無理ばかりしやがる。本来なら日差しの下だと苦しいはずなのに、日陰程度なら異次元宝物庫から出て来て俺の身の回りのことを見てくれていた。

首を切られたり、腕を爆破とか去れているのに健気なもんだぜ。本人は護衛を兼ねているつもりらしいが、ヒルダは昼間だと脆弱すぎる。だからミーちゃんに首を跳ねられたのだ。

『アスラン様、リンゴを切りましたのでお食べしますか?』

「俺に食べさせるために皮を剥いたんだろ。早く食べさせろよ」

『では、ソースは七味にいたしますか、それとも山椒にいたしますか?』

「ラー油とか無いのか?」

『ございます』

「じゃあ、七味ラー油で頼むわ」

『はい』

ヒルダが皿に盛り付けられたリンゴにラー油をダラダラと垂らした後に七味をたんまりと振るう。そしてリンゴの一つを爪楊枝で刺すと俺に差し出した。

『アスラン様、あーーーん』

「もう一人で食えるって言ってるだろ。よこせ!」

『あんっ!』

「うわ……。ヒルダ、これ、ちょっと七味を振りすぎだぞ……」

『すみません……』

ヒルダが眉を歪めながら謝罪を述べた時であった。病室の扉が開くと股間をリュートで隠した全裸のオアイドスが元気良く入って来る。

「チョリーース、アスランさん~」

「おお、オアイドス。やっと来たか」

俺がオアイドスに言葉を返すと、席を立ったヒルダがお辞儀の後に異次元宝物庫内に消えて行った。どうやら気を使ってくれたようだな。

それを見ていたオアイドスが悲しそうに言う。

「あれ~、ヒルダさん、急に退場しちゃったけれど、私のこと嫌いなのかな……?」

「全裸だからじゃあねえ?」

「なんだ。ただの照れ隠しか」

違うと思う。

「ところでアスランさん。頼まれていた仕事を調べて来ましたよ」

オアイドスは言いながらリュートの陰からメモ用紙を取り出して俺に渡す。

「ここに居るのか?」

「ええ、いろいろと伝手を使って調べましたから、間違いないですよ」

「お前、伝手なんてあるんだ?」

「これでも少しはファンが付いてる吟遊詩人ですからね。その気になれば、いろいろと情報収集ぐらいならお手の物ですよ」

こいつにファンなんて居るんだ……。マニアだな。

「それにしても、情報収集が出きるなんて意外な才能だぞ、オアイドス」

「自分でもそう思いますよ……。なんでもやってみるもんですね」

「何か覚醒しそうだな」

「これからは、情報屋を始めようかなって考えてますよ」

俺はベッドから起き上がると寝巻きから洋服に着替えた。オアイドスが心配そうに言う。

「もしかして、一人で行くんですか……?」

「お前も付いてくるか?」

「冗談じゃあありませんよ。でも、ドクトルは外出を許してくれたんですか?」

「そんなもん、要らんがな」

そう述べると俺は靴を履いて病室を出た。

今は昼過ぎだ。この時間帯なら、スカル姉さんは診療中のはずだ。こっそり出ていけば、見つからずに外出できるだろうさ。

俺が診療室を覗き込めば、スカル姉さんが患者の婆さんを診察していた。

今だ──。

俺は忍び足スキルと気配消しスキルを生かして診療所を飛び出した。

「よし、気付かれなかったぞ。それに傷も痛まない。これなら目的地まで無事に行けるだろう」

俺が振り返って診療所の建物を見れば、二階の窓からオアイドスが手を振っていた。

俺は軽く手を振り返すと踵を返す。そして、手に在るメモ用紙を見た。

メモ用紙には、へった糞な地図が画かれている。

下手だが何とか地図の役目は果たしていた。俺は地図の通りにソドムタウンの町中を進む。

そして、貧民街に入って行く。

くたびれた古い家が並ぶ通りを抜けて、ゴミが散らかった通りに出る。

「あそこか~」

俺が見上げたのは酒場の看板だった。看板にはドブネズミ亭と書かれている。

「御免よ~」

軽い挨拶と共に俺が店に入ると、薄暗い店内には柄の悪いチンピラ風の男たちが昼間っから酒を煽っていた。

そして、俺が店内に入ることによって客たちが黙り込む。皆が強面を冷たく変えて、鋭い眼光で俺を睨んでいた。すると二人の男が席を立って俺に近付いて来る。

知った顔だ。

「どちら様かと思ったら、アスランさんじゃあないですか」

俺に話し掛けて来たのはサジだった。いや、マジのほうかも知れない。

んん~……。どっちがどっちか、よく分からない……。

「なあ、バーツは居るかい?」

「へい。今、呼んできやす」

サジだと思われるほうがお辞儀をすると、マジだと思うほうが店の奥に入って行った。

するとしばらくしてスーツ姿のバーツが現れる。

オールバックで眉無しの眼光が怖いね~。

バーツが両腕を広げながら言う。

「これはこれは、アスランの旦那。わざわざ盗賊ギルドの本部にお出ましとは、何用ですか?」

俺は全開で微笑みながら言った。

「いや~、そろそろ怪我も治って来たからさ、もういいかな~って思ってね~」

「そうですか、刺し傷は治りましたか~」

「まだ、全回復ではないんだけどね~」

「それはおめでたいですな」

「だから、そろそろね。魔王城にも帰ろうかと思ってさ」

「それで、私に何用ですか?」

「うん、そろそろミーちゃんを返してもらおうかと思ってさ」

「はあ?」

バーツは強面を緩めてキョトンとしていた。

「ほら、もう一ヶ月も経ったから、ミーちゃんを釈放してもらいたくってさ」

バーツは背筋を伸ばすと微笑みを震わせながら言う。

「あいつは無期懲役です。牢獄から出せませんよ」

俺は無邪気な笑みで一言だけ返す。

「そんなの知らん」

すると瞬時にバーツの表情が怖く変貌した。

「盗賊ギルドの掟で、あいつは無期懲役です」

俺は微笑みを絶やさず同じ言葉を返した。

「だから、そんなの知らんがな」

バーツが強面を俺の笑顔に近付けた。

「掟は絶対だ。あいつはここの牢獄で死ぬ」

俺は笑顔を崩さず返す。

「お前らの都合なんてしらん。俺はお前らに幽閉を頼んだが、無期懲役なんて頼んでないぞ」

「だが、無期懲役に決まったんだよ!」

バーツが手を開いて天に向けた。すると何かがバーツの手に現れる。

チート能力だ。

相手の弱点を悟り、弱点となる武具を作り出す能力。

この野郎、俺の弱点を探って、一番効果的な武器を作り出しやがったな。それで脅すつもりなのだろう。

しかし、バーツは自分の手の中に召喚された物を見て固まっていた。

「ば、馬鹿な……。これがアスランのクソガキが恐れる物なのか……」

俺の弱点……。

いったい何が出てきたんだ!?

オレはバーツの手に持たれた物を覗き込んだ。

「エロ本……」

それはカラー表紙のエロ本だった。金髪セクシーガールがスケスケで大事なところを隠してないランジェリーな下着を纏いながらベッドで露なポーズを決め込んでいる刺激的なエロ本だった。たぶんアメリカ産のブルーカラーな本だ。

やべぇ!!

鼻血が出そうで、心臓が痛み出す。

バーツが呆れと驚きを混ざらせた表情で言った。

「お前、これが弱点なのか?」

俺は赤面しながら目を反らした。両手の指を絡ませてモジモジする。

「いや、弱点と言いますか、なんと言いますか……」

バーツが驚愕の表情で呟いた。

「お前も、もしかして、ホモ……」

「ちゃうわーー!!」

怒りに任せた俺のパンチがバーツの顔面を殴り付けた。不意を付かれたバーツが転んでテーブルの角に後頭部をぶつけて失神してしまう。

「「兄貴ーーー!!」」

サジとマジが大きな声を上げながら白目を向いたバーツに駆け寄った。そして、ほっぺを叩いて意識を戻そうとするが、バーツは涎を垂らしてグッタリしたままだ。

うん、完全に気絶しているよね。やり過ぎたかも……。

「兄貴!!!」

「しっかりしてください!!!」

俺は二人が錯乱している隙に酒場の奥に進んで行った。オアイドスが調べた情報だと、ミーちゃんは酒場の奥に在る貯蔵庫の下に幽閉されているとか。

「ここかな?」

俺は食料庫の床に隠し扉を発見する。そこから俺は地下に進んだ。

少し乾燥した洞穴だ。俺は異次元宝物庫からランタンを取り出すと先を目指す。

洞窟の中は幾つかの牢獄があった。その一つ一つを覗いてミーちゃんを探す。

そして、最後の牢獄で全裸姿で寝そべる女性の囚人を見つけた。

顔は見えない。でも、手足は銀の手錠で拘束されているから、これがミーちゃんだろう。

「それにしても、汚いな」

俺の記憶に残るミーちゃんのムチムチでエロエロのスタイルじゃあない。手足が窶れて細くなっている。かなり腹もへこんで、肋骨が洗濯板のように見えるぐらい痩せていた。

一ヶ月の幽閉が、ここまでとわね……。

俺も入院している間に、かなり痩せたけど、これはそれ以上だ。

「ミーちゃん」

俺は鉄格子の前にしゃがみ込むと屍のような娘に声を掛けた。

「まだ、生きてるかい?」

俺の声に反応した彼女が頭を上げる。ボサボサの髪の隙間から見えた顔は以前と違う。まるで骸骨のアンデッドのようだった。

「ア、スラ……ン……」

「迎えに来たぜ」

「な、んで……」

「この幽閉は、お前に対しての罰だ。何せ俺を刺したうえに、スカル姉さんの診療所を爆破したからな。めっちゃ怒られたんだぜ」

「な……ん……で……」

「まあ、一ヶ月もこんなところで耐えたんだ。反省しただろうさ。だから出してやるぞ。盗賊ギルドの許可は得てないがな」

「で……も……」

「だって、約束したじゃんか」

「や……く……そく……?」

「ほら、あれだよ」

「な……に……」

「お前に、魔王城前の不動産を任せるって約束したじゃんか」

俺は白い歯を輝かせながら微笑んだ。ミーちゃんが涙を一雫だけ流す。

「もうお前さんはソドムタウンに居られないぜ。何せ無期懲役犯が脱獄するんだ。だから治外法権の魔王城の町で過ごせ。そこで不動産屋を頑張れ」

「ゆ、許し……て、くれ……るの……」

「許すか、バーカ。だからこれから一生掛けて償えよ」

「……………う、ん」

こうして俺は弱りきったミーちゃんを連れて盗賊ギルドの本部を逃げ出した。ミーちゃんを魔王城前のキャンプに連れて行く。

スカル姉さんに馬鹿じゃあないのと起こられ、スバルちゃんには白い目で見られたが、まあしゃあないかと思っている。

これはこれで良かったと思うんだ。だって、約束したんだもん。

約束は守らなきゃあならんよね。


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