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【第十四章】太陽のモンスター編。

14-3【ヒュパティア】

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俺は自分の荷物を診療所の一階に降ろすとスバルちゃんと一緒に魔法使いギルドに向かった。

まだ皆は引っ越し作業中である。

俺の荷物のほとんどは異次元宝物庫に仕舞ってあるから僅かだったのだ。

そこで俺はあることを思い付いた。

「引っ越しの荷物を異次元宝物庫で運んでやれば早かったかな……」

だが、もう遅い名案だろう。

人間とは他人のために成ることは、直ぐに思い付かないものであるのだ。

あれ、俺だけかな……?

「アスランくん、何か言いましたか?」

「いや、何も……」

どうやら俺の呟きは人混みの雑踏に紛れてスバルちゃんの耳には届かなかったようだ。

「ところでスバルちゃんは魔法使いギルドになんの用なんだい?」

「私だって魔法使いギルドのメンバーなので、ギルドに顔ぐらいだしますよ!」

あれ、ちょっと怒ってる。

なぜ?

「じゃあ、アスランさんは魔法使いギルドに何しに行くのですか?」

「魔法の防具の修理だ。穴だらけになったから、流石に魔力で修理してもらおうと思ってね」

俺が魔法使いギルドに行くのはレザーアーマーの修復依頼のためだ。

マジックアイテムの武具は、完全に壊れない限り時間で再生する。

剣の刃こぼれや攻撃で穴ができた鎧などは時間で直るのだ。

更に修復を早めたければ魔法で魔力を注ぐと、一段と早く修復する。

その業務を魔法使いギルドが運営しているのだ。

「それなら、私が魔法で魔力を注ぎましょうか?」

「えっ、スバルちゃんできるの?」

「こう見えても魔法使いですからね、私だって!」

えっへんっと威張るスバルちゃん。

「じゃあ──」

俺は道端にも関わらず異次元宝物庫から穴だらけのレザーアーマーを出した。

レザーアーマーは水玉模様が複数あるかのようにボロボロだ。

たぶん百個以上の穴が空いているだろう。

何せボーンゴーレムたちのスパイク付きナックルでボコボコに殴られたからな。

「これは……」

俺が穴だらけのレザーアーマーを手渡すと、スバルちゃんの顔が引きつった。

想像していたよりも酷いのかも知れない。

「これほどだと、専門の修復師に任せたほうが良いかも知れませんね……。時間も掛かると思います……」

「やっぱりそうか……」

んー、流石にこれは酷いらしい。

このレザーアーマーも長く使っているから愛着が深いんだよね。

でも、そろそろランクアップした防具も欲しいころだ。

先日拾ったブラックフルプレートも有るが、プレートって防御力は高いが冒険者には不向きなんだよね。

ガチャガチャと音が鳴って隠密行動が取れない。

敏捷に動けないし、狭いところに入れない。

重いから持久力にかけているし、泳げない。

だからソロでなんでも一人でやらなきゃならない俺には合わない。

そのためにレザーアーマーが一番良いのだ。

そんなこんなしていると、俺たちは魔法使いギルドの塔に到着した。

俺はスバルちゃんと一緒に本部一階のショップに入って行く。

「アスランさん、こちらにどうぞ」

するとスバルちゃんが店の奥に通してくれた。

「いいのか、部外者の俺を本部内に入れて?」

「特別です。それにマジックアイテムの修理部主任と私は親しいのですよ」

俺は明るく述べたスバルちゃんの後ろを追って魔法使いギルドの廊下を進んだ。

時折だが魔法使いだと思われるローブ姿の人々とすれ違う。

そして俺たちは階段を幾つか下った。

「塔なのに、地下に進んでるのか?」

俺の前を進むスバルちゃんが答える。

「魔法の技術は環境に影響されるものが多いんですよ。特に修復や製作の儀式は、太陽の光が届かないほうがスムーズに進みます」

「そうなんだ。アンデッドみたいだな」

「そうですね。アンデッドに近いですね。あと、月の魔力や星の魔力も大きな補佐になるのですが、昼間に作業するなら地下のほうがいいんですよ」

「なるほど」

そんな話をしていると、大きな部屋に到着する。

そこは幾つもの長テーブルが並んだ薄暗い部屋だった。

そこで蝋燭の光を頼りに若い魔法使いたちが大勢で何やら作業をしていた。

おそらく二十人は要るだろう。

彼らは刃こぼれした剣やら傷んだ甲冑に魔力を注いでいるようだった。

「彼らは修行中の見習い魔法使いたちです。ここでバイトがてらマジックアイテムの修復作業の訓練を行っているんですよ」

「新人教育ってやつだな」

俺たちが部屋の入り口から室内を覗き込んで居ると、一人の老いた魔法使いが近寄って来る。

薄汚れた灰色のローブを纏った老人は猫背で身長も低い。

しかし、その低い身長よりも高いスタッフをついていた。

「おやおや、スバルじゃあないか」

老人がスバルちゃんの名を読んだ。

皺だらけで痩せていたから性別が分からなかったが声で老婆だと分かる。

「ヒュパティア様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ええ、百歳を越えても元気で現役よ」

そう言いながら老婆は5メートルほど先で立ち止まった。

それにしても百歳で現役って、何が現役なのか訊くのが怖いぜ。

スバルちゃんが老婆の魔法使いを紹介してくれる。

「ヒュパティア様は一流の錬金術師で、今はアカデミーの校長をしていますの。私の恩師でもあるんですよ」

微笑みながらスバルちゃんが部屋に入るとヒュパティア婆さんが後ずさる。

「ん……?」

それを見たスバルちゃんが首を傾げるがヒュパティア婆さんは微笑むばかりだった。

察した俺がスバルちゃんの肩に手を乗せながら言う。

「スバルちゃん……」

「なに、アスランさん?」

「ちょっとここで待っててくれないか」

「ええ、いいですが……」

スバルちゃんを引き止めた俺は室内に入って行くとヒュパティア婆さんに耳打ちした。

「安心してください。もう鼻栓は不要です。彼女は強力な臭い消しポーションを完成させて、自ら使用していますから」

「本当なのかい!?」

老婆は目蓋を全開まで見開いて驚いていた。

そして萎れた両手で俺の片手を握る。

「ありがとう、ほんにありがとう!」

そんなに感激しますか!?

それほどまでに、あの悪臭に悩ませられていたんですね!!

俺の手から老婆の手が離れると、俺はスバルちゃんのほうに戻った。

「アスランさん、何を話して来たのですか?」

「ちょっと自己紹介してきた……」

嘘である。

していない。

「じゃあもう自己紹介は要りませんね」

スバルちゃんが言うと、恐る恐るヒュパティア婆さんが近付いて来る。

まだ臭わないか警戒しているようだ。

そして、俺が言ったことが本当だと確信すると、口に手を当てて泣き出した。

「本当だわ。とても安全だわ……」

やっぱり老体には安全か安全じゃないかのレベルだったんだね。

そりゃああの悪臭だと、老人では死ぬほど健康を害するだろうさ。

マジで命に関わるよね。

「ヒュパティア様、何故に泣いておられるのですか!!」

あたふたとするスバルちゃん。

やっぱりこの娘さんは鈍いな。

涙を拭ったヒュパティア婆さんが訊いてきた。

「ところでスバル。隣の男性は誰ですか?」

「あれ、さっき自己紹介したって言ってませんでした……?」

俺は慌てて言った。

「やだなー、婆さん。さっき自己紹介したじゃんか、ボケてるのー。ほーらー、ソロ冒険者のアスランですよ。さっき言ったでしょ!」

すると婆さんが怒りながら反論してきた。

「聞いてないわよ、あなたの名前なんて。私はボケてなんていないわ。それに初対面なのに婆さんとか呼ぶな。もっと年配者を敬え。私は魔法使いギルドアカデミーの校長ですよ!!」

「うるせえ、ババァー! 空気読めよ!!」

俺は思わずヒュパティア婆さんの頭を野球のピッチングホームのようなフルスイングでひっぱたいていた。

パコーンっと良い音がなる。

頭をひっぱたかれたヒュパティア婆さんが俯いて震えている。

室内がざわつき出す。

スバルちゃんも凍りついている。

アカデミーの生徒たちが、大声は上げるは頭をひっぱたかれるはの校長を見て引いていた。

「ああ、すまん……」

俺もやり過ぎたとヒュパティア婆さんに謝った。

だが、ヒュパティア婆さんは震えながら俯いた背中から冷気を吹き出した。

室内の温度が一気に下がる。

「さ、寒い……」

俺の口から出る吐息が白い。

震えるヒュパティア婆さんが呟く。

「この糞餓鬼が……」

うは、知的じゃない言葉ですわ……。

完全に怒ってるよ。

するとクワッとヒュパティア婆さんが頭を上げた。

その瞳が青白く光っていた。

怒りと怨念の眼光だ。

「死に腐れ、アイスイレイザー!!」

ヒュパティア婆さんが口から冷凍バージョンの波動砲を吐いた。

「きゃっ!!」

「ひいーーー!!」

俺とスバルちゃんが左右に飛んでアイスイレイザーを回避する。

その一撃で俺たちが入ってきた入り口がガビガビに凍りついていた。

「こわっ!!」

あれをモロに食らっていたら、瞬間冷凍されたバナナのように釘が打てるほどに凍りついていただろう。

危なかったぜ……。

年寄りって、切れると何をしでかすか分からんな。

これも老害ってやつだよね。


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