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【第七章】魔王城へ旅立ち編

7-21【メトロ・ガイスト】

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品格がある口髭にピシャリとポマードで固められた七三ヘアーの老紳士はまるでイギリス紳士のように礼儀正しかった。

部屋に立ち入る歩みは背筋がシャキッと延びててスマートである。

この成りで冒険者ギルドのギルマスだと言うのだから貴族ではないのだろう。

たぶん平民の出なのは予想できた。

そしてエレガントな老紳士は滑らかな口調で言った。

「おはようございます、ワイズマン殿」

堅苦しいが滑らかな挨拶だった。

悪人には感じられない人柄が挨拶だけで分かる。

「やあ、おはよう、メトロ・ガイストさん」

えっ、何、その名前?

直訳すると『地下鉄の幽霊』なのかな?

この世界に地下鉄ってあるんかい?

まあ、いいか──。

「メトロ・ガイストさん、仕事の話の前に、紹介したい方がいましてな」

「その若者ですなぁ」

「はい、そうです」

ワイズマンが俺を紹介する。

「私のベストフレンドのアスランくんだ」

ベストフレンドは余計だ……。

マジでキモイわ……。

「ほほぅ~」

ワイズマンが俺を紹介すると、メトロ・ガイストが口髭を撫でながらこちらに近付いて来た。

「あなたが噂になっている冒険者のアスラン殿ですかぁ」

「噂になっている?」

俺は首を傾げた。

なんか変な噂が立っているのか?

ワイズマンとの変な噂じゃあないだろうな……。

それともポラリスとの一件が巷にバレてしまったとかか?

俺が怪訝な表情をしているとメトロ・ガイストが述べる。

「ええ、前君主の依頼で閉鎖ダンジョンを攻略したっていう冒険者が、ソドムタウンのソロ冒険者アスランだとか。まあ、噂ですがね」

「あ~……」

なんだ、そっちかよ。

でも、どうしようかな。

否定したほうが良いのかな。

それとも自慢してもいいのかな。

確か閉鎖ダンジョンの依頼は秘密だったような気がするぞ。

それに閉鎖ダンジョンって、年に何日しか解放されない難攻不落な名物ダンジョンじゃあなかったっけ?

ここはグッと我慢して、真実は伏せておこうか。

何せベルセルクの爺さんは死んだことになっているしさ。

変なトラブルに巻き込まれたくないからな。

「まあ、噂だ。信じるも信じないも、あなた次第だぜ」

これで誤魔化せたかな……。

「まあ、いいでしょう。ソドムタウンの冒険者に閉鎖ダンジョンが攻略されたと知れたら、どんな騒ぎになるか分からないですからね。ここは噂ってことにしておきましょうか」

えっ!

なに、騒ぎになっちゃうの!?

怖ッ!

俺、ゴモラタウンに居る冒険者たちのプライドでも踏みにじっちゃったって感じなのかな?

「うむ、助かる。出来たら伏せておいてもらいたいな」

「ああ、分かったともさ」

このギルマスは、なかなか空気が読めるヤツで助かるな。

要らん騒ぎは御免だぜ。

只でさえポラリスの一件で揉めそうなのだ。

他に詰まらない問題を抱え込みたくない。

「では、ワイズマン殿、仕事の話に入りますか」

「はい、分かりました、メトロ・ガイストさん」

その後、二人は仕事の話をしばらく続けた。

荷物の輸送がどうのとか、人件費がどうとかの話だった。

俺には関係無い話ばかりだ。

今話している内容は、どうやら荷物の輸送中に冒険者を何人か警護に付けたいとの話らしい。

まあ、ちょくちょく有る話だな。

冒険者が旅商人の警護に付くって依頼はさ。

でも、二人の話を聞くからに、大規模の輸送らしい。

コンボイが大きく、相当の人数を護衛に付けたいらしくて、話が難航してやがる。

この辺は上の人間がする難しい話だ。

末端の俺みたいなヤツが口を挟む問題ではないだろう。

まあ、ちょっとした勉強程度に黙って聞いててやるよ

そんなこんなで二人の話が終わる。

どうやらワイズマンのいいように商談は纏まったようだ。

メトロ・ガイストが「ワイズマン殿には敵いませんよ」と言って苦笑っていた。

どうやらメトロ・ガイストも依頼料で今回は随分と勉強したようだな。

可哀想によ。

こうやって見るとワイズマンが凄腕の商人らしく見えてくるのが不思議である。

交渉がかなり上手いらしい。

家だと普段はただの変態さんなのにさ。

「では、私たちは帰りますね」

そう述べたワイズマンがソファーから腰を浮かせると、メトロ・ガイストが「ちょっと待ってくれないかぁ」と止めた。

ワイズマンは腰をソファーに戻した。

「何かね、メトロ・ガイストさん?」

メトロ・ガイストは、口髭を撫でながら言う。

「すまないが、アスラン殿に仕事を頼みたいのだ。いいかな?」

「俺にか?」

「そう、あなたにだ」

何故だろう。

俺は自分が抱いた疑問を訊いてみた。

「何故に、ゴモラタウンの冒険者ギルドの長が、ソドムタウンの冒険者の小童に、仕事を依頼しなければならないのだ?」

「それはキミの実力を試して見たいのだよ」

「試す? 何故に?」

「それで噂が本当かどうかを測りたい」

「ならば断るよ」

「それこそ何故に?」

「俺はあんたに測られる理由がないからだ。俺になんの得があるんだ」

「そうだな、得と言えば、金になる。それと信頼が買える。私に名も売れるぞ」

「金は欲しいが、その他は別に要らんがな」

「分かりました。ならば率直に口説きましょう。60000Gの報酬を払いましょう」

なに!

大金じゃんか!

それは欲しいぞ!!

まあ、冷静に……

「俺はソロ冒険者だぞ?」

「報酬は、勿論ながら独り占めでも構いませんとも」

マージーでー!!

やーりー!!

「ただし依頼を解決してもらえるならね」

冷静に、冷静に……。

ここはクールに対処しなければ。

お金に釣られてソワソワしていたら小物と勘違いされかねない。

俺は襟を正して聞き直す。

「じゃあ、話だけでもお聞きしましょうか」

メトロ・ガイストが畏まって話し出す。

「あなたはウィンチェスターと言う人物をご存知ですか?」

「知らんな」

向こう側の世界の偉人としてなら知っている。

ウィンチェスター銃を作った金持ちで、奥さんが東京ドーム14個分の敷地に迷路のような屋敷を作ったってヤツだ。

しかし、今の俺には、この世界で、そのような名前の人物は記憶に無い。

知り合いでは居ない。

聞き覚えの無い名前だった。

だが、メトロ・ガイストが出した名前に、ワイズマンが反応する。

「まさか、あの依頼ですか、メトロ・ガイストさん……?」

「はい、ワイズマン殿……」

答えたメトロ・ガイストが上着を脱ぎ出した。

なんで、脱ぐの!?

この人も変態なの!?

紳士の皮を被った変態さんなの!?

そして上半身を肌けたメトロ・ガイストが自然な口調で語り出す。

「ゴモラタウンにはウィンチェスター一家と呼ばれる大工の一族がおりました」

「過去形だな」

メトロ・ガイストは俺の質問に答えながらズボンのベルトを外し始める。

なんで!?

下まで脱いじゃいますか!?

「はい、ウィンチェスター一族は、今現在壊滅状態です。あと一人しか生き残ってません」

俺は冷静を気取りながら質問する。

「その大工の一族に、何があったんだ?」

メトロ・ガイストはズボンを脱ぎながら答えた。

おいおいおい、何故にストリップを始めるん!?

老紳士のストリップなんて見せられても嬉しく無いぞ!!

ってか、こいつ、完全に露出狂じゃあねえか!!

変態老紳士じゃあねえか!?

「ウィンチェスター一族は大工としてゴモラタウンに多くの屋敷を建てました。それはそれは素晴らしい出来の屋敷ばかりでした」

ワイズマンも言う。

「私の屋敷もウィンチェスター一家の建築物だよ」

なるほどね。

確かにあの屋敷を見るからに、ウィンチェスター一家の腕が良いのは分かるな。

それは分かるが、何故にメトロ・ガイストが全裸になるのかが分からねぇぞ。

「でえ、なんでウィンチェスター一家は一人を残して全滅したんだい?」

メトロ・ガイストはパンツを脱ぎ捨てながら言う。

ちょっと色っぽいな……。

「呪いですよ……」

「呪い……」

そして何故かワイズマンまで服を脱ぎ始めた。

マジで、なんで!?

なんでお前まで続いて脱いじゃいますかね!?

全裸の呪いなの!?

全裸の集団呪いなの!?

「ウィンチェスター一家は、とある魔法使いに依頼されて、塔を建てたんです」

「魔法使いの塔かい?」

「そう。しかし、その塔が嵐の晩に倒壊して、魔法使いが生き埋めになって死んだんだ」

「その魔法使いに呪われたと?」

全裸になった老紳士とモッチリ商人が俺の眼前で並んでいた。

全裸で並んで俺の前に座ってやがる。

もう、異常な光景だわ……。

「その通り。その魔法使いが亡霊と変わってウィンチェスター一家を殺し出したんです」

全裸になったメトロ・ガイストが言う。

「その魔法使いの亡霊が、今私に取りついております……」

「へぇ?」

メトロ・ガイストが立ち上がり振り返ると、背中から太股にまで皮膚が爛れて人の形を作っていた。

それは紛れもなく老人の魔法使いの姿に見えた。

爛れた腫れ物が人の姿をしているのだ。

「こわ、何その腫れ物!?」

それと、メトロ・ガイストがそれを見せるために服を脱いだのは分かるが、何故に隣のワイズマンまで服を脱いだのかが不明だわ!!

ただ、脱ぎたかっただけだよね!!

メトロ・ガイストが述べる。

「その魔法使いって言うのが、私の兄でね……」

「身内かよ!!」

「これは、我々ガイスト一家とウィンチェスター一家の望まれない戦いなのです!!」

「そんなの自分で片付けろや。あと、二人とも服を着ろ。お前らが着ないなら俺が脱ぐぞ!」

「「どうぞどうぞ」」


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