上 下
70 / 611
【第三章】青龍クラブル編

3-8【アルバイト】

しおりを挟む
俺が冒険者ギルドに到着したころに、一階の酒場が開店したようだった。

もう時刻は昼前だ。

いつもより遅い開店のようである。

開店が遅いと言っても店が開いていなかったわけではないらしい。

酒場のホールは解放しているが食事を出していないだけだった。

ファンタジーの酒場は宿屋と一体なので、朝から開店して朝食を出すのが普通であるが、何故か今日の冒険者ギルドの酒場はいろいろな作業が遅れている様子であった。

朝から冒険者ギルドに出向いている冒険者も少なくもなかったが、出されているのは酒だけのようだった。

食事どころか酒のお供的な摘まみすら出ていない。

客たちは摘みなしに酒を煽っている。

俺はカウンター席に座ると、一人で忙しそうに動いているバーテンダーのハンスさんに話しかけた。

「どうしたのさ、ハンスさん。今日はお店が忙しそうだな?」

バーテンダーのハンスさんは手を休めずにカウンター内でバタバタと動き回りながら俺の質問に答えてくれた。

「いやね、午前中に出勤予定だったウエイトレスの三人が、全員インフルエンザで寝込んだらしくてね。だから
人手不足でまいってるんだよ」

「あらら……」

知らんかった。

この世界にもインフルエンザってあるんだな。

しかもクラスター発生かよ……。

インフルエンザ、恐るべし!

でも、A型かな、B型かな?

「それでね、午後のシフトが入るまで私一人なんだよね」

「ハンスさんも大変だな~。じゃあ、それじゃあね──」

俺は嫌な予感がしたのでアッサリと会話を絶ち切って立ち去ろうとした。

だが、カウンター内から伸び出てきた手が俺のフードを掴んで逃がさない。

畜生、捕まったか!!

「なぁ~、アスランくん。暇なら手伝ってくれないか?」

「忙しいです!」

俺は即答で述べた。

だが、その程度では逃がしてくれなかった。

「嘘だね。キミがギルマスに呼び出されているのが午後からだって言うのは私も知っているのだよ。あっはっはっはっはー」

なに、こいつ?

後半で笑い出したぞ。

忙し過ぎてテンションが可笑しくなってやがる!

ランナーズハイってやつか!?

「手伝えって言ってもさ、俺は酒場の仕事なんて何も出来ないぞ!」

「なに、簡単さ。注文を取ってお酒や食事をそのテーブルまで運んでくれればいいだけだ。そうすれば私が料理を作れるんだがね」

「ちょっと待ってくれよ。それって完全にウェイトレスの仕事じゃあねえかよ!」

「大丈夫だよ、バイト代はちゃんと払うからさ」

「お金の問題じゃあねえよ。俺は酔っぱらいの相手なんてしたくねえぞ!」

「分かった、もしもこのピンチを救ってくれたら一年間の食事代を半額にしてあげるから!」

「マジですか!?」

なんと羽振りの良い提案だろうか!

俺の心がグラリと揺れる。

「ああ、約束しようとも。だから、その気になってくれたかな!?」

「でも、午後までだぞ。午後からギルマスに呼ばれているんだからな!」

「構わんよ。午後まで凌げば昼番のウェイトレスが出勤してくるからさ!」

「それと役に立たなくっても怒らないでくれよな」

「手伝ってくれるんだ。怒るわけがないじゃあないか!」

「分かったよ。それなら少しの間、お手伝いしてやるよ。でも、この使い魔の猫は、どうしょうか?」

俺はサモンキャットで呼び出した召還猫をカウンターの下から抱え上げるとハンスさんに見せた。

両手で抱えられる猫がニャーと鳴く。

ハンスさんは猫を凝視したあとに後方を指差しながら言った。

「奥の更衣室に置いといていいよ。召還した使い魔なら大人しくしているだろうさ」

「サンキュー」

「ニャー」

「じゃあ、奥で、この制服に着替えて来てくれ!」

「はいよ~」

俺は手渡された制服を持って奥の更衣室で着替えて戻ってくる。

猫は更衣室の長椅子でマッタリと寛いでいた。

「ハンスさん、着替えてきたのだが……」

「よ、良く似合ってるよ、アスランくん。……ぷっ」

「いま、笑いやがったな……」

「す、すまんすまん。ぷぷぷぷぷ……」

そりゃあ、笑うはずである。

俺が着ている制服は、ウェイトレスの女性物だ。

清楚なシャツに蝶ネクタイ。

フリルで飾られた純白エプロンを締め、膝上のミニスカートからはだけた脚には白いストッキングを履いている。

完璧に女装である。

ウェイトレスのコスプレ男子である。

「ささ、お盆とメモを持ってホールに出てくれ!」

「はい……」

俺はそのままギルメンたちに笑われながらウェイトレスの仕事に励んだ。

「こらっ、アスラン。さっさと料理を運びやがれ!!」

忙しさのあまりにハンスさんがカウンター内から怒鳴り付けてくる。

怒らないって約束したのにさ……。

嘘つき……、ぐすん。

そんなこんなで、午後に入り昼食の混雑が始まった。

そのままの流れで俺は解放されなかった。

午後に入って一時間が過ぎたころに客足も引いて来たので、俺は脱出の計画を試みる。

「ハンスさん、午後からのシフトメンバーはどうしたんだよ!?」

「全員インフルエンザらしい……」

「マジで! 大クラスターじゃあねえか!!」

「すまん、アスランくん。このまま今日一日ウェイトレスを続けてくれないか?」

「駄目じゃわい。俺はこれからギルマスのところに呼ばれているんだからよ!」

その時であった。

奥の更衣室からギルマスのギルガメッシュが姿を現した。

「ギ、ギルガメッシュ……」

「安心しろ、アスラン。今日はギルドマスターの俺も酒場のピンチを救うために手伝うことにした!」

「マジで……」

そう力強く述べたギルマスのギルガメッシュも、俺と同じウェイトレスの制服を着ていた。

マッチョボディーに可愛らしいウェイトレスの制服をパンパンにさせながら着込んでいる。

もう、女装を通り越して、ただの変態だな……。

想像してみてください。

モヒカンマッチョおやじのウエイトレス姿ですよ。

パンパンの胸板を清楚な白いシャツとフリル付きのエプロンで隠し、太い首を蝶ネクタイで可憐に飾っている。

ミニスカートから出たムキムキの両足に白いストッキング。

筋肉に引き締まった剛腕には、可愛らしくお盆とメモを持っている。

そんな姿の変態が、背筋をシャキッと伸ばして、内股ウォークでツカツカとホールを回っているんですよ。

ハイヒールでさ……。

しかも注文を取る口調は丁寧で敬語なのにフレンドリーと来たもんだ。

想像しただけで反吐が出るでしょう?

これなら俺の女装姿のほうが100倍以上は可愛かろうさ。

そしてギルマスが、その成りでテーブル席に注文を取りに行くと、ギルメンたちが飲んでいる最中の酒を吹き出す始末であった。

中にはキラキラと輝く虹色の何かを吐いている者もいた。

出オチはバッチリである。

ギルマスって、すげーなーっと、思ったわ。

破壊力抜群である……。

尊敬はできんけどね。

俺たちは、そのまま夜のシフトが来ても酒場の仕事を手伝った。

二人とも女装が気に入って悪乗りしているのだ。

そんな感じで冒険者ギルドの夜が更けて行く。

本来ギルマスが呼び出した話は、明日することになった。

後々知ったが、このウェイトレス事件の後に、ギルメン内で俺の好感度が僅かに上がったらしいのだ。

一部特定の性癖を持つギルメンたちにのみだが……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

処理中です...