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22・ゴブリンの変貌

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 再び全裸に戻った俺は縛られて動けない四匹のゴブリンたちが目を覚ますのをしゃがんで待っていた。気絶しているお尻を小枝で突っつく。

 やがて死んだ順々にゴブリンたちが生き返る。そして、目を覚ます。
 俺は近くにあった岩に腰掛けながらゴブリンたちに目覚めの挨拶を掛けた。

「おはようさん、ゴブリンども。全員お目覚めかな?」

「「「「ゴブゴブっ!?」」」」

 目覚めたゴブリンたちは自分たちの手足が縄で拘束されていることを知ると、慌てた形相で叫びだす。その慌てっぷりは情けなかった。泣きながら鼻水を垂らしていた。

「ひぃぃいいい。悪戯されるゴブ!」

「ひぃいいいい。犯されるゴブ~!」

「悪戯も強姦もしねぇ~よ……」

「嘘だ。俺たちを縛り付けて朝昼晩と一日三回ずつ酷い事するに決まっているゴブ!」

「なんで俺がゴブリンなんか相手にそんな事をせにゃならんのだ……。またぶっ殺すぞ」

「ひ、ひぃいいい。た、頼みますから殺さないでゴブ!!」

「もう二回ずつ殺したけどな」

 そう、二回は蹴り殺している。
 でも、ゴブリンたちは自分たちが殺されたと言う自覚はないようだ。
 まあ、何せ生き返っているんだもの、死んだとは考えなくても可笑しくない。

 そんなこんなでゴブリンたちが必死に命乞いの懇願を始める。

「な、なんでもしますから、乱暴だけはやめてゴブ!!」

「舐めろと言えば舐めますゴブ!!」

「飲めと言えば飲むから酷いことはやめてゴブ!!」

 不思議そうに思ったのかキルルが俺に耳打ちしながら訊いてきた。その表情はあどけない。

『魔王様、何を舐めて、何を飲むのですか……?』

 俺は眉間を指で摘まみながら俯くと小声で答えた。

「良い子は知らなくってもいいから……。特にキルルは知らなくってもいいんだよ……」

『そうなんですか……』

 そう、可愛らしい乙女が知るようなネタではない。このまま汚れなき無垢のままにキルルには純粋に育ってもらいたいのだ。儚い俺の願いである。
 あっ、幽霊だから育ちはしないか。

「さて!」

 俺は勢い良く岩から尻を上げると全裸のままゴブリンたちに近付いた。チンチロリンを風に揺らす。

 拘束されながら地面に転がるゴブリンたちは全裸の俺に完全に怯えきっていた。顎を震わせ歯をガチガチ言わせているゴブリンも居た。

 俺は威嚇的な表情でゴブリンたちの前にしゃがみ込むとゴブリンたちに脅すように言う。全裸の股間がゴブリンの眼前で揺れていた。

「俺は魔王エリク様だ。だからお前らは俺の部下になって魔王軍に入れや!」

「はい、入りますゴブ!!」

「えっ……」

 予想外の即答だった。

 あららら~、素直だな。素直が過ぎませんか?
 こっちが拍子抜けしちゃうよ。

「お前ら軽いな。簡単に仲間を裏切るのか?」

 ゴブリンの一匹が俺の質問に答えた。

「ゴブリンの教訓は仲間を裏切るなら一早く、仲間を裏切らないなら死ぬまで一緒でありますからゴブ!!」

「凄くザコ臭い教訓なんだが、凄い仲間思いの教訓でもあるんだな……」

「ほとんどのゴブリンが前者ゴブ。 後者のゴブリンなんていないゴブ!!」

「ダメじゃん……」

 しゃがみ込んでいた俺は立ち上がるとキルルに手を差し出した。

「キルル、カップを持ってきただろう」

『はい、持ってきました』

 キルルは抱えていた陶器のワインカップを俺に手渡した。
 全裸の俺は落ちていたダガーを拾うと手首に刃を立てる。そして、自分の手首を切って陶器のワインカップに鮮血を注いだ。

「な、何してるゴブか……?」

「ゴブゴブ……?」

 ゴブリンたちはいきなり手首を切った俺を見ながら唖然としていた。何故に自決するのかと不思議がっている。

「自殺ゴブか!?」

「自殺しちゃうゴブか!?」

 まあ、普通ならそう見えるよね。
 しかしこれは違うのだ。
 やがてカップいっぱいに鮮血が注がれたころには俺の手首が回復して傷跡も消えてしまう。

「これで良し」

 全裸の俺は鮮血が注がれたワインカップを縛られているゴブリンたちに近付けると言ってやった。

「これは俺に対しての忠義の杯だ。これを飲めば魔物として次のステップに進化できるぞ。今より強くもなれる。賢くもなれる」

「強く、賢く、なれるゴブか……?」

「ただし、俺に対しての忠義を忘れた瞬間に永遠の石化に襲われるがな!」

「永遠の石化ゴブか……」

 俺は眉間に凛々しい縦皺を寄せながらゴブリンを脅すように言ってやった。

「まあ、お前らが忠誠を誓うか、それとも石化するかは知らんけどよ。お前らがこの鮮血を飲むのは確定事項だ。俺は無理矢理にもお前たちの口に俺の生き血を流し込んでやるぞ」

 俺の言葉を聞いてゴブリンたちが一層激しく震えだす。石化という死の呪いに恐れ慄いている。

「ゴブゴブゴブ!!!」

 その時である。森の中から30センチぐらいの巨大モスキートが飛んできて俺の腕に止まった。森に住まう野生の昆虫系モンスターであろう。

「うわっ、スゲーデカい蚊だな!!」

 俺が慌てていると、蚊は俺の肌にストローのような嘴を突き刺してチューチューと血を吸出した。しかし、次の瞬間には石化する。
 一瞬で石に変化したモスキートは地面に落ちて細い手足がバラバラに砕け散った。

「「「「ヒィィイイイゴブ!!」」」」

 石化して砕けた巨大モスキートを見てゴブリンたちが悲鳴を上げていた。チビッている奴も居る。

『うわ~、本当に石化しちゃうんですね……』

「そうらしいな……」

 ハートジャックが石化した巨大蚊の脚を小枝のように振るっていた。

「カチンコチンですよ~、おもしろ~い」

 なかなか良い実験になったぜ、モスキートさんよ。石化の確認が取れてラッキーだったぜ。
 どうやら忠誠を掲げずに俺の血を飲むと、本当にちゃんと石化するらしい。

「まあ、石化したくなければ忠誠を誓えばいいだけだからな」

 そう述べると俺は空いてる手でゴブリンの頬を掴むと握力で締め付けた。両頬を挟まれているゴブリンはお猪口口を開けて上を向かされる。口が閉じられない。
 俺はその口の中に強引なまま鮮血を流し込んだ。強制的に鮮血を飲ませる。

「ゴブゴブゴブ!!??」

 ゴブリンは縛られた身体を芋虫のように振るって抵抗していたが、その喉を俺の鮮血が流れ込んで行った。

「まあ、このぐらいで十分だろう」

 鮮血を口の中に流し込んだゴブリンを地面に放すとしばらく俺は様子を伺った。

「ゲホゲホゲホ!!」

 ゴブリンは咳き込んでいたが石化する気配はないようだ。ちゃんと忠誠を誓ってくれたのかな?

 俺は側に立つキルルに訊いた。

「キルル、ゴブリンの色は変わったか?」

 石化しないならオーラの色が無色に変わるはずだ。
 ゴブリンの姿を観察しながらキルルが答える。

『はい、変わっています。ゴブリンさんのカラーが、真っ黒から少しずつ色が薄らいで行きます!』

 真っ黒が魔物のカラーで、無色が俺に忠誠を誓った初期段階の魔物のカラーだ。
 どうやらゴブリンも俺に忠誠を誓ったらしい。

 ゴブリンの色を観察していたキルルが報告を続ける。

『魔王様、完全に無色に変わりましたよ!』

「よし」

 俺は鮮血を飲んだゴブリンのロープをほどいてやった。自由にしてやる。

「もう、これは要らないな」

 すると鮮血を飲んだゴブリンが突然ながら苦しみだした。おそらく身体の進化が始まったのだろう。

「ぐがぁぁああ!!」

 確かコボルトたちの場合はこの後にマッチョに体格が変わったんだっけな。おそらくゴブリンにも同じような変化が起き始めるはずだ。マッチョゴブリンの誕生かな。

「ぐがががかぁがあ!!」

 叫ぶゴブリンは剥げている頭を抱えながら苦しんでいる。そして、俯き顔を隠した。
 その苦しみの中でゴブリンの頭に髪の毛が生え始める。それは黒髪だった。

「髪が生えてきた?」

『魔王様の鮮血には、育毛効果があるんですね』

「そうみたいだな。禿げた親父に高値で売れそうだぜ」

 俺、キルル、ハートジャック、それに拘束された三匹のゴブリンが見守っている中で、鮮血を飲んだゴブリンの頭が黒髪でフッサフサに変化した。

『これは……』

 それは、艶のあるサラサラのロン毛だった。艶やかなストレートヘアーは肩の長さまである。だが、体型には変化が見られない。マッチョには変化していない。
 しかし、マッチョにはなっていないが下っ腹がへこんでいる。痩せたのだ。
 身長は前のままで、矮躯で手足は華奢なままである。四頭身はそのままなのは変わらない。

 そして、髪の毛が生えたゴブリンが顔を上げた。その表情からは禍々しい形相が消えている。表情が変わっていた。

 悍ましさが消えていた。顔の一つ一つのパーツが変化している。もう奇っ怪な小鬼の面ではない。
 肌色は緑で、尖った耳も健在だったが、その表情からは妖怪のような気配が消えていた。

 目はクリクリして可愛らしく清んでいる。
 鼻は前より低くなっていた。
 表情全体が緩やかに和んでいる。
 骨格も穏やかなラインに変貌していた。
 総合するからに、可愛らしい少年のような姿だった。もう、全く別の生き物に見える。

 長髪少年風のゴブリンが俺に問うた。

「こ、これ、イケてない?」

 サラサラヘアーを靡かせるゴブリンの語尾からゴブが消えている。これはコボルトと一緒で語尾が消えて普通の口調に変わったようだ。知能が向上した証だろう。

「こ、こんなサラサラヘアーに……」

 ゴブリンは自分の艶々なロン毛を手で擦りながら感動している様子だった。
 俺は変貌したゴブリンを見ている他のゴブリンたちに質問する。

「どうだい、お前らも俺に忠誠を誓いたくなっただろう?」

「「「はいゴブ!!」」」

 ゴブリンたちは迷いなく即答する。
 もう仲間を裏切るとか裏切らないとかは二の次と化していた。そう言う次元ではないのだろう。
 明らかに、先に変貌したゴブリンのような風貌に憧れている眼差しだった。
 その瞳は、まだまだ欲深いゴブリンの眼光である。その欲深い眼光もやがて変化するだろう。
 少年風の姿に──。

 そして俺は縛られているゴブリン三匹の口にも鮮血を注いでやった。ゴブリンたちは口をあ~~んっと開けて順番を待っていた。

 これでこいつらも晴れて魔王軍だ。艶やかなロン毛に変わるだろう。

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