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部屋
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刑務所暮らしは正紀にとって意外と快適だった。
もともと人と接しない正紀は他人の目も気にしない。迷惑をかける家族もいない。いや、あんな親に迷惑が掛かっていても心が痛まないし、気にならないという方が正しい。
衣食住は守られ、まじめに人生を過ごしてきたので規律正しく生活することに抵抗もなく初日からなじんだ。
他の受刑者たちは今までに会ったことのない冷静さを気味悪がって、一週間もしたらだれも近付かなくなった。
部屋では時間があれば読書をしている。なんら日常と変わらないと思っている。刑が確定してからストレスがなくなってスッキリもしている。
寝る前は、嘘をついて自分を陥れたにもかかわらず、希の安否を毎日心配している。なにか事情があったと信じてやまない。
しかしストーカーが被害者の心配をしても周りの厭忌の情が増すだけなので口には出さなかった。
あの家の人は事件前から知っていた。取り調べで住所を聞いて気付いた。荷物を部屋にもっていかせる人面倒な人だ。
「あの部屋がきっと希ちゃんの部屋だったんだ。あの香り…」
正紀は我に返る。
「僕、本当にストーカーになったかも。」
新米刑事の古井隆司は、運転席から平然と降りて来た被疑者に驚いている。
「あいつはダメだ、必ずまたやる。世に出してはいけない。」
先輩が横で言っている。
「殺人現場初めてです。あんなにも普通でいられるんですね。」
「怖いだろ。」
「はい…」
殺された被害者の娘がさきほど配達車に乗って帰ってきた。人が宅配されているような変わった光景だった。
娘は憔悴しきっていて、被疑者は気味が悪いほど深く落ち着いてみえる。
悪びれず、とぼけた顔して自らゆっくりとパトカーへ乗り込んだ。
いくつもの赤色灯が照らす住宅街は真っ赤になっていた。建物がロープで作った波のようになって迫ってくる立体感がある。
「先輩、各所の防犯カメラの映像ですが、本当にどうやってあの子を車に乗せたんでしょうか?」
「ああいったやつらの才能を他に使う方法も探したいよ。車に乗せるまで一緒に映っている映像が一つもないとか神業だよ。」
「被疑者の映るタイミングや向きが、本当に仕事こなしているようにしか見えませんしね。」
現場の刑事たちは困っていた。証拠が証言しかない。うちの中に居た形跡が見つからないのだ。
手袋をしている配達員なのでどこにも指紋などでず、家中探しても被疑者に繋がる付着物がない。
普段から出入している制服と人なのもあいまって、被疑者のDNAが不自然なところから出ないことには証拠にならない。
運が悪いことに、偶然にも被疑者と同じ手袋と靴下が被害者の家あって、捜査が難航している。
誰かが言った、偶然じゃなくてストーカーだからだろという意見が聞こえた。
「ストーカーって相手のオヤジの真似もしたがるのか?」
隆司は言葉をのんだ。
「お前、今納得してない顔だったろ?手袋や靴下は娘からのプレゼントなんだよ。嫉妬か何かだろ。」
「あの子の買い物まで隠れて眺めていたってことですか?」
「あぁ、でもその証拠こそ雲をつかむ話だ。現場だけで済むように努力だな。」
「鳥肌が立って、ちょっと息するの忘れました。」
「仮説聞いたか?」
「まだです。特にどうやって着替えたのか、俺ではさっぱりわかりません。」
「荷物と見せかけて着替えを運ぶ。自分の仕事の利点を使って良く考えたものだ。」
「あれ?準備して犯行したのですか?母親の証言は違いますよね?」
「準備とは少し違う、想定していたんだ。不在宅だってある、持ち帰っても不信感はゼロだよ。」
「俺でもわかります。またしますね。」
「だろ。俺は一目でわかった。」
この後、先輩が悲しそうにぽろっと言ったことが隆司の胸に刺さった。
「持ち帰る箱の中はずっと使用前であってほしかったな。」
パンドラの箱の中は知らぬが仏、せめて事件さえ起きなければ良い。そんな願いが聞こえた。
「あの箱だよ」
先輩は娘の部屋にあった、犯行時に着た服を詰めた段ボール箱と同じモノを眺めている。
配達せずに持ち帰った段ボール箱は映像で全部確認して、ほぼ特定している。
正紀の部屋からも希に関わるものは一切出てこなかった。
ストーカーにしては珍しい。携帯電話にも写真は入っていなく、眺めるだけだったようだ。
あるいは捕まることも想定していて一切証拠を所持しなかったのか、特異な性格の人間は本人に聞かない限りやはりわからない。
ちょっとしたゲーム、マンガ、仕事の服。ファッションには興味なさそうで、まとめ買いしたインナーと数着の外出着だけ。
小説は他に比べて多かった。しかし、本に関しても収集はせず、お気に入り以外は手放して調整しているようだ。
古いものは大切にそろえてあり、それ以外はその辺に積んであって全部最近の小説だ。
隆司はお気に入りの中から惨殺なシーンがあるものがないか探したが、穏やかなものばかりだった。
ここまでカモフラージュするするものなのかと不自然なくらいの違和感を覚えた。
この部屋にいるととても犯人には思えなくなった。他の刑事もおおむね同じ意見だった。
証拠がでないまま裁判が始まった。
心配をよそに、証言と状況証拠だけであっさり有罪が確定して捜査は終わった。
もともと人と接しない正紀は他人の目も気にしない。迷惑をかける家族もいない。いや、あんな親に迷惑が掛かっていても心が痛まないし、気にならないという方が正しい。
衣食住は守られ、まじめに人生を過ごしてきたので規律正しく生活することに抵抗もなく初日からなじんだ。
他の受刑者たちは今までに会ったことのない冷静さを気味悪がって、一週間もしたらだれも近付かなくなった。
部屋では時間があれば読書をしている。なんら日常と変わらないと思っている。刑が確定してからストレスがなくなってスッキリもしている。
寝る前は、嘘をついて自分を陥れたにもかかわらず、希の安否を毎日心配している。なにか事情があったと信じてやまない。
しかしストーカーが被害者の心配をしても周りの厭忌の情が増すだけなので口には出さなかった。
あの家の人は事件前から知っていた。取り調べで住所を聞いて気付いた。荷物を部屋にもっていかせる人面倒な人だ。
「あの部屋がきっと希ちゃんの部屋だったんだ。あの香り…」
正紀は我に返る。
「僕、本当にストーカーになったかも。」
新米刑事の古井隆司は、運転席から平然と降りて来た被疑者に驚いている。
「あいつはダメだ、必ずまたやる。世に出してはいけない。」
先輩が横で言っている。
「殺人現場初めてです。あんなにも普通でいられるんですね。」
「怖いだろ。」
「はい…」
殺された被害者の娘がさきほど配達車に乗って帰ってきた。人が宅配されているような変わった光景だった。
娘は憔悴しきっていて、被疑者は気味が悪いほど深く落ち着いてみえる。
悪びれず、とぼけた顔して自らゆっくりとパトカーへ乗り込んだ。
いくつもの赤色灯が照らす住宅街は真っ赤になっていた。建物がロープで作った波のようになって迫ってくる立体感がある。
「先輩、各所の防犯カメラの映像ですが、本当にどうやってあの子を車に乗せたんでしょうか?」
「ああいったやつらの才能を他に使う方法も探したいよ。車に乗せるまで一緒に映っている映像が一つもないとか神業だよ。」
「被疑者の映るタイミングや向きが、本当に仕事こなしているようにしか見えませんしね。」
現場の刑事たちは困っていた。証拠が証言しかない。うちの中に居た形跡が見つからないのだ。
手袋をしている配達員なのでどこにも指紋などでず、家中探しても被疑者に繋がる付着物がない。
普段から出入している制服と人なのもあいまって、被疑者のDNAが不自然なところから出ないことには証拠にならない。
運が悪いことに、偶然にも被疑者と同じ手袋と靴下が被害者の家あって、捜査が難航している。
誰かが言った、偶然じゃなくてストーカーだからだろという意見が聞こえた。
「ストーカーって相手のオヤジの真似もしたがるのか?」
隆司は言葉をのんだ。
「お前、今納得してない顔だったろ?手袋や靴下は娘からのプレゼントなんだよ。嫉妬か何かだろ。」
「あの子の買い物まで隠れて眺めていたってことですか?」
「あぁ、でもその証拠こそ雲をつかむ話だ。現場だけで済むように努力だな。」
「鳥肌が立って、ちょっと息するの忘れました。」
「仮説聞いたか?」
「まだです。特にどうやって着替えたのか、俺ではさっぱりわかりません。」
「荷物と見せかけて着替えを運ぶ。自分の仕事の利点を使って良く考えたものだ。」
「あれ?準備して犯行したのですか?母親の証言は違いますよね?」
「準備とは少し違う、想定していたんだ。不在宅だってある、持ち帰っても不信感はゼロだよ。」
「俺でもわかります。またしますね。」
「だろ。俺は一目でわかった。」
この後、先輩が悲しそうにぽろっと言ったことが隆司の胸に刺さった。
「持ち帰る箱の中はずっと使用前であってほしかったな。」
パンドラの箱の中は知らぬが仏、せめて事件さえ起きなければ良い。そんな願いが聞こえた。
「あの箱だよ」
先輩は娘の部屋にあった、犯行時に着た服を詰めた段ボール箱と同じモノを眺めている。
配達せずに持ち帰った段ボール箱は映像で全部確認して、ほぼ特定している。
正紀の部屋からも希に関わるものは一切出てこなかった。
ストーカーにしては珍しい。携帯電話にも写真は入っていなく、眺めるだけだったようだ。
あるいは捕まることも想定していて一切証拠を所持しなかったのか、特異な性格の人間は本人に聞かない限りやはりわからない。
ちょっとしたゲーム、マンガ、仕事の服。ファッションには興味なさそうで、まとめ買いしたインナーと数着の外出着だけ。
小説は他に比べて多かった。しかし、本に関しても収集はせず、お気に入り以外は手放して調整しているようだ。
古いものは大切にそろえてあり、それ以外はその辺に積んであって全部最近の小説だ。
隆司はお気に入りの中から惨殺なシーンがあるものがないか探したが、穏やかなものばかりだった。
ここまでカモフラージュするするものなのかと不自然なくらいの違和感を覚えた。
この部屋にいるととても犯人には思えなくなった。他の刑事もおおむね同じ意見だった。
証拠がでないまま裁判が始まった。
心配をよそに、証言と状況証拠だけであっさり有罪が確定して捜査は終わった。
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