日々とモルペウス

Alan Smithee

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「うみくん。一緒に帰ろ?」
夕日に少し雲がかかった放課後、あかりが扉から顔を覗かして声をかけてきた。
「いいよ。」
特に断る理由もないので了承した。とはいえあかりは元カノである。普通だったらそれだけで十分断る理由になるのだが、俺たちはそうでなかった。
学校の門を出て2人並んで駅へと足を進める。
半分藍くなった空と冷え始めたアスファルトの上をふたつのローファーが進んでいく。いつもより人通りが少ない帰路は少し寂しくて、つい手を握ってしまいそうになる。
「うみくんまた怖い顔してるよ。」
「顔が怖いのはいつも通りなんだって。」
「そーじゃない。またなにかに追い詰められてるみたいな。」
あかりの問いは間違いない。最近は心が穏やかでない日が多くなってきている。
「実際きつい時はあるかな。」
俺が心の底を打ち明けられる数少ない親友でああかりに寄りかかってしまう。どうしても。
「こんな簡単に弱音吐くなんて、珍しいね。」
「頼ることを覚えたって言って欲しいな。俺なりに打ち明けようって頑張ってんだから。」
「ツンデレというか軽諾寡信だよね。」
「そんな言葉初めて聞いた。」
俺は心を打ち明けるのが苦手だ。末っ子だった俺は上の兄弟の面倒と仕事で忙しかった両親にもいつからか気を使うようになり、親にさえしばらく打ち明けてない。そんな俺でさえこんな話をしているあかりがどれだけ大きな存在なのかわかって欲しい。
「疲れちゃうんだよな。考えてると。」
「何を?」
「んー。全部。」
「もっとちゃんと説明してよ。」
「俺はここ3年間で結構な深度まで考えたと思う。いわゆる哲学を。最初は良かった。自分の考えが新しいものに作り変えられていくのが楽しかった。けどしばらくして気づいたことがある。周りは違ったんだ。自分ひとりが深く考えて伝えようとしたって、とっくに好奇心を失った奴らと思考を放棄した大人達で溢れたこの世界じゃ何も変えられなかった。」
「なら、そいつらは放って置けばいいじゃん?」
「できない。俺は心のどこかで期待をしてる。こんなやつでもきっとわかる、そんなわけないのに理解を求めちゃうんだよ。醜い人にも希望があるって思っちゃうんだ。だからこんなにも苦しいんだ。なぜこんなにも無知が溢れているのか。なぜ正しきが報われないのか。なぜ悪行を繰り返すのか。そう考えただけでも苦しいのに、この先の未来たちがどう思うのかって考えた時の無力感はどうしようもないんだよ。」
言葉のテンポとともに歩む速度も速くなり、視界がどんどんと霞んでいった。陽は雲に顔を隠し、藍は黒へと姿を変えていった。
「うみくん待って。歩くの早いよ。」
「ああ、ごめん。」
「それで、どうすればいいのかわかんないの?」
「部分的には。今の俺は諦めるしかなかった。でも、諦めることがあっち側に近づいていくようで苦しい。自分自身が汚れていくのが止められない。」
俺らはいつの間にか駅に着いていた。定期券を取り出し電車を待つためのホームへと向かう。その間俺たちは会話をしなかった。ホームは外と比べて蛍光灯の無機質な光で眩しく照らされている。
「君のことも考えてみたんだよ。あのグラウンドの後から。」
「あれ、覚えてたんだ。」
「実際何も分からなかったけどね。わかったのはあかりの姿をしたなにかってことだけ。君はあかりではない。」
「うーん。半分正解。私は確かにあかりだよ。君の救いのメタファーで、君の作り出す概念なんだよ。」
頭が痛い。あかりと類似したこいつは大きな違和感を持ち合わせていて、俺は気持ち悪いほどにこの存在を否定してる。
「今回は特別に君の苦を掬いとってあげる。ただそれは一時的なものだから、君はまた悩むんだろう。その時はちゃんと行き着くんだよ。」
あかりはそう言い残しながら少しずつ前へと足を進めていた。黄色いブロックはその役割の割に足を止めようとせずただそこにあった。
「おい、下がれあかり。」
俺ら2人以外誰もいない線路の上に広がる青黒い空はしっとりとこのホームを掴んでいて、蛍光灯に負けないくらい大きな星が一つだけ佇んでいた。
「じゃあ、またね。大丈夫、またあの方が繋いでくれる。」
振り返ってそう言い放ったあかりはまるで吸い込まれるかのように線路に飛んでいった。
次の瞬間通過予定の特急があかりの華奢な体をへし曲げながら線路に飛び込んできた。彼女の体からは血液や内蔵なんかはなく、少し大きな朱色の花弁がいっせいにとび散り、視界をその花吹雪で彩った。
泣きはしなかった。俺があかりというメタファーに守られていることを知った。ただこれで俺は救われたのだろうか。それは分からなかった。あかりが何をもって身を投げ打ったのか、俺の心の何を掬っていったのか。これで俺を守ってくれる存在がいなくなったとしても、
「この花弁を照らすのは月明かりであって欲しかった。」
新たなものを見つけ続けなければ行けないはずだ。失うものがあったとしても、どれだけ無知が蔓延ることがあっても、それが無駄ではなかったと証明するために。



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