日々とモルペウス

Alan Smithee

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最初の夜

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はて、なんで俺はこのグラウンドのど真ん中で立ち尽くしているんだろうか。中学2年の俺は疑問に思った。ここに来た記憶は無いし、目的も分からない。ただ立ち尽くしていた。空は暗いが青が見えていて、白いそれは無数に散らばっていた。空気は良く、体は軽いというか立っている感覚が薄い。今は冬だったはずだが、薄着の自分に寒さは心地よい。そういえばこのグラウンドは自分の中学校のグラウンドだし、俺は今日サッカーの練習から帰ってきた記憶がある。なぜまた立っているのか。わからない。静まり返ったそこには開放感と同時に閉鎖感が隠れていて、どうにも出られそうにはなかった。と言うよりも出る気がわかなかった。このまま立っている訳にも行かないので、うろうろと歩いてみることにした。なんとなく歩いた方から太陽が昇る気はしなかった。特に深く考えもせずにしばらく歩くと人のシルエットが浮かんできた。誰か入ってきたのだろうか。こんな時間にグラウンドに入ってくるなんて普通に人では無さそうだ。でも深夜テンションの俺はちょっと興味が湧いていた。幸い体躯は大きくなく女性のようだったので安心した。俺はまっすぐとその女の方に歩いていった。相変わらず進みが遅い。うんざりしながら歩いていると少しずつ顔が見えてきた。知っている顔だ。それどころかその女はあろうことか俺の元カノじゃないか。何してんだこいつは。通常元カノなんかと遭遇したら、気まずくてたまったもんじゃないだろうが、自分たちの場合はそうでもなかった。なんせ別れてから1年は経っているし、どちらもそういう性格だった。いまはなんで別れちゃったかなぁと少し後悔している。結構美人なのになぁと思ってる。なんせ去年の俺はアホで情けなかったもので、相手を悲しませる結果になってしまった。そんなことを脳内でぼやいているうちにお互いの顔がはっきり見える位置まで近づいていた。
「よ。あかり。」
「あれ、うみくんが夜に出歩くなんて珍しい気がするけど。」
「出歩いてる訳じゃあないんだけどね。」
「??。よくわかんないな。」
「あかりこそこんなとこでなにしてんの。」
「なんとなく。ここに来るべきだと思ったから。」
「お前も十分よくわかんないよ。」
「それが私でしょ。」
「異議なし。」
この女はずっと少しズレた女だった。だがそういうとこにも惹かれていた。少しの間話すことも無く浅い沈黙が続いた。不快ではなかった、むしろ良かった。その間に夜は深くなり、音は遠慮するように身を隠した。
「最近。浮かない顔の日が多いね。」
あかりが言った。
「俺が?」
「そうだよ。いつもつまらなそうに笑ってる。見てればわかるよ。」
見てるのか。なんだか少し嬉しかった。
「どうかな。別に毎日楽しいとは思うけど。」
「ふーん。」
ふーんってなんだ、ふーんって。
「うみくんってさ、誰ならいいの?。」
なんだか引っかかる質問だった。
「どういう意味?。」
唐突な質問に驚いた。
「誰なら信頼できるの?うみくん親でさえ距離置いてるでしょ。」
「はぁ?。信頼してる奴くらい何人もいるだろ。あかりだってそのうちの1人だし。」
「してないじゃん。」
なんだよ。こんなに深堀りしてくるやつじゃなかったろ。
「浮かない顔してないって嘘ついたじゃん。冥くん嘘下手だから。」
「だとしたら?」
「話して。どうせここには私たち二人しか存在しないんだから。」
妙な言い回しだ。そこの家にも、あそこの家にもいるだろ。と思って目を動かすが、どこにも光はなかった。反射する惑星だけがたった一つの仲介者だった。
「君はあとどれくらい我慢できるの?どのくらい自分を変えていけるの?あと数十年後君には何が残っているの?君はあそこにたどり着けば幸せになれると思ってるかもしれないけど、本当にそうなの?」
苦しくなってきた、呼吸が浅くなる。あるものたちは遠ざかり、もう片方は近づいてきた。青は消えて、空が堕ちた。
「それは、行かなきゃ分からない。」
「そうだね。君が止まるような人だとは思ってないよ。でも、君には杖が必要だ。転びすぎなんだよ。」
脳に音のない振動がひびき、思考は鈍る。吐き気と心臓が反響する。土は湿っていた。
「君にはまだ早すぎるんだよ。大丈夫だよ、うみくん。話してみて。」
なんでこんなのことになってるのか分からない。そしてあかりに言葉を零しそうになっている自分もよく分からない。
「怖いんだ。」
最近はずっとそうだった。
「長い間好き勝手やってきて、間違ってることに気づいた。成長できて、自分を知った。でもそしたら自分が天才では無いことに気づいた。そしたら今度は精神との止めどない努力の始まりだった。毎日優しくない自分に嫌気がさすし、自分に向けた矢印は止まることなく突き刺さってきた。」
ただ、疲れたんだ。友達が嫌いなわけじゃない、サッカーが嫌いなわけじゃない、なんなら全部愛してる。ただ疲れて座り込みたくなったんだ。しかし、俺の休憩の選択肢には「進入禁止」の標識が建付けられていて、進むしか無かった。
「じゃあ、なんで冥くんは進み続けられるの?」
答えは簡単だった。
「進み続けなきゃいけないから。」
「どういうこと?」
「進む以外の選択肢がないんだよ。この道から降りる選択も、途中で休憩する選択も、全部恐怖心が塞いでる。あらゆる失敗を恐れる心が、一本道をつくってんだ。」
別に標識を無視すれば休憩だってできたかもしれない。でも、一度止まったら足は二度と動かないような気がした。止まった俺はどうなるんだろうと考えた。そのまま堕落してしまうかもしれない。成長を止めて、未熟なまま大人になるのかもしれない。それがただただ怖かった。
誰にも縋り付けなくなるほど。
「そっか。うみくんの弱音なんて8年間一緒にいて初めて聞いた。彼女だった時でも言ってくれなかったもんね」
「それは申し訳ないと思ってるよ。俺がガキだったから。」
「ううん。今聞けたから大丈夫。これからのうみくんも。」
「どうせこれからも続くのはわかってるんだ。気休めだよ。」
ほんとにそうなんだ。あと80年俺はこの苦しみの亡霊と過ごさないといけないんだ。そう思うとまたいっそう肩が重くなる。
「もうそろそろ戻らなきゃだね。」
「今何時かわかるのか?」
「ここに時間なんてないよ。あるのは記憶と概念だけ。」
彼女は立ち上がりながらそういった。
「今までで最高に意味が分からない。」
「あと少しでわかるよ。」
彼女の手には首の長いパンジーのような花が乗っていた。名前がわからない。その花は綺麗とは思わないが、魅力的に見えた。
「何度だって来ていいんだよ。君がまた求めるなら、彼は何度でも私を降ろしてくれるから。」
彼とは誰のことだ?彼女の知り合いなのだろうか。自分には関係ないかもしれないことだが。
「じゃあね、うみくん。」
「ああ、また今度。」
彼女と別れの言葉を交わすと、彼女はちいさな背中を俺に向けて遠ざかっていった。月明かりしかないこのグラウンドでは姿はすぐに見えなくなった。俺はしばらく物思いにふけてから、目を閉じた。そういえば彼女の名前はなんだっただろうか。




私は一体誰と話していたんだろうか。




私はベッドの上で思い出すことができなかった。


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