婚約破棄されることは事前に知っていました~悪役令嬢が選んだのは~

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「母上、もう入っていい?」

「駄目よ今いいところなんだから。もう少し待って」

「お兄ちゃんも結婚するって言ったよ。もう扉を開けていいでしょ?」

「ねえ、早くぅ~」

「こら待ちなさいって!」

ガチャ

入って来たのはやんちゃ盛りの弟達、8歳のナリー、7歳のダリー、6歳のアリーだ。

「「「おめでとう!」」」

「結婚してもミカエル兄ちゃんはずっとここにいるんだろ?」

「ここに住むなら、また一緒にお風呂に入れるね」

「お兄ちゃん、僕が眠るまでまたお本を読んでくれる?」

「駄目だ。お前達は俺がいない間ずっとミカエルと一緒だっただろう。次は俺がミカエルを独り占めする番だ」

「「「えーーー!」」」

「そんなのズルいよ」

「じゃあ。俺が一緒に風呂に入って、眠るまで難しい本を読んでやろう」

「「「っぐ、だったら諦める」」」

義理の弟たちはワイアットのことを尊敬し慕っているが、歳の近いミカエルの方が話しやすいのだろう。それに半分しか血がつながっていないとはいえ、兄弟だけに好みが似ているのかもしれない。

6歳のアリーはミカエルがいるとベッタリだ。引き離すと泣き出すが涙が出ていないことには気付いている。

そんな光景をアウアー卿とベラは温かく見守っていた。

「廊下を歩いていたら私の名前が聞こえた気がして、扉の前にいたらみんなが集まって来たのよ」

ベラはおどけたように、肩をすくめるのだ。

***

アウアー卿が初めてミカエルを見た時あまりの可愛らしさに、堅物の息子が女の子を連れて帰ってきたと思った。その夜息子からミカエルは男だと聞かされたが、それはそれでミカエルの可愛らしさに感心したのだ。

(うちの家系はみんなガタイがいいからな)

しかし、ミカエルは一見溶け込んでいるように見えて家族を警戒していた。それは虐待された動物がけっして人間に近づかないのと似ている気がした。アウアー卿が元騎士として過去に様々な人間を見てきたからこそ気づいたのだ。

アウアー卿でなければ、ミカエルの巧みな話術と可愛らしい外見に騙されていただろう。そのような環境に育った人間は社会に上手く溶け込めず、孤立することも少なくはない。

アウアー卿はミカエルを不安がらせないようにあえて距離を置いたが、この弟トリオは親の気遣いも理解せず突進して行くではないか。アウアー卿は毎日がハラハラしっぱなしだった。

今ではそれが良かったと思う。一緒に生活を続けるうちに私の家族がミカエルを傷つけないと理解したのだろう。少しづつ家族に打ち明けようと努力しているのが分かった。

そして息子がミリューから戻るとミカエルへの過度な愛情に本気で嫌がっているのではないかと心配になるほどだった。毎日屋敷のどこにいても平気でミカエルを抱き締める姿に慣れはしたが、親の私でも引くほどの溺愛ぶりだ。しかし、息子の行動は『恐くない』『お前を傷つけない』とミカエルに教え込んでいるようにも見えた。

ミカエル自身は気付いていないかもしれないが、息子に愛され少しづつ警戒心が薄れた彼の表情はとても穏やかだった。

「ベラが実家に帰った話をしたことを謝らなくては」

「いいのよ。あの時は主人がうわの空で話を聞いていないから、浮気でもしているのかと疑ったのよ」

「お前・・・私が真剣に悩んでいたのに、うわの空とはなんだ」

「貴方もワイアットも言葉が足らなすぎるのよ。でも、ミカエルちゃん安心してね。このふたりは浮気ができるタイプじゃないから」

「ふっふっふ。僕もそう思います」

「なんだ、ワイアットはもう尻に敷かれているのか?」

「そうです。私はミカエルの尻の下で十分満足していますよ」

「そうか、ふたりとも幸せにな」

一度は結婚を決めたと報告を受けたが、ミカエルの返事はいつも曖昧だった。

(今のふたりを見れば、もう大丈夫だろう)

アウアー卿は心の底から息子の幸せを喜ぶのだった。

***

「今日は一緒に寝てもいいだろ?」

「いいけど、キスだけだぞ。それ以上はまだ許していないからな」

「ああ、分かっている」

今日はワイアットに誘われて初めて内扉を使ってワイアットの寝室に入った。ミリューからの移動中に同じベッドに寝たこともあったが、ここまで密着して寝たことはない。

くすぐったい気持ちに戸惑うが、ワイアットに手を引かれベッドに入った。ミカエルは背中に感じるワイアットの体温に幸せが何か分かった気がした。

この時のふたりは幸せを噛み締めていたが、まさかシェドへの移住者初として国を挙げての盛大な結婚式になるとは想像もしていなかった。静かに夜は更けていったが嵐の前の静けさというやつである。
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