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4-4 電車のあの子

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 その時、たしかに見えたのです。
 ガラス玉のような無機質な眼球が。
 赤く血走り、こちらに剥かれているのを。
 シシオさんという人のことなど何一つ知らない私は、夢中で首を振りました。
「今、どこかに行こうとしたでしょう」
「先頭車両に……」
「どうしてですか」
 それは凍りつきそうになるほど冷たく、怒りの感情がにじんでいました。
「あなたはシシオさんの何なのですか」
「えっ……」
「こんな誰も乗っていない電車に、一人でいて。そして、シシオさんのいる先頭車両に行こうとするなんて。あなた、シシオさんの何なのですか」
「知らないよ……シシオさんなんて」
 声を震わせながらも、私は何とか言葉をしぼりだしました。
「シシオさんって、どこの誰なの」
「いつも電車の先頭車両にいる方ですよ。私は、彼がシシオさんと呼ばれているのを聞いたことがありますから」
 八方塞がりでした。
 いっこくも早くこの電車から降りたいのに。
 車掌さんに話をしに行こうにも、ミオちゃんに阻止されてしまうのです。
 ここは、大人しくミオちゃんの話を聞こう、と思いました。
 乾いたのどに唾液を流しこみ、震えそうになる声を懸命におさえます。
「あなたは……幽霊なの?」
「何ですか、その言葉は。聞いたことがありませんね」
 彼女は幽霊を知らないようです。
 そんな人、いるのでしょうか。
「ミオちゃん、って言ったっけ。私ね、車掌さんに用があるの」
「シシオさんのところへ行くんですね」
「違う。その人のところへは行かないよ」
「あなたは、シシオさんのなんなのですか」
 どうにも、話が噛み合いません。
 誰かとの意思疎通がこんなにも難しいものだなんて、今まで思ったこともありませんでした。
「シシオさんは、私が電車に乗り込むといつも特等席に座らせてくれるんです。そして、頭を優しくなでてくれるんですよ」
「あ、頭を……?」
 ミオちゃんとシシオさんは結構、親密な仲のようです。
「ですが、私が駅のホームに落ちてしまった日から、シシオさんはこっちを見てくれなくなりました。そして、頭もなでてくれなくなったんです」
「……それって」
 ミオちゃんは駅のホームで足を滑らせた、あるいは不用意に押されてしまい、電車にひかれてしまった、ということでしょうか。
 そのため、今こうして現世をさまよっていると。
 しかも、ミオちゃんはまだ自分が生きていると思い込んでいるように見えます。
 電車が鉄橋を渡り終えないのは、恐らくミオちゃんが原因なのだ、と確信しました。
 しかし、このままでは私は家に帰れません。
 私は必死に頭を働かせます。
「ねえ。ミオちゃん。シシオさんは先頭車両にいるんだよね」
「ええ」
「じゃあ、一緒に先頭車両に行こう。私もそこに用事があるから」
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