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3-5 よくない人形

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 やがて四月になり、エニシは小学一年生、私は高校二年生になりました。

 ちょうど、その頃からでしょうか。
 何だか、おかしいのです。
 あの、人形が。
 どうしても、違和感を感じるのです。
 あの、人形に。

 気にしすぎなのだろうと、初めは気にとめないようにしていました。
 しかし、段々はっきりと、人形を〝怖い〟と思うようになっていったのです。
 あの人形が視界のすみに入るだけで、背筋にゾクッとしたものが走るのです。
(気にしすぎ。あれはエニシが一生懸命に作った人形なんだよ。一本一本ボンドで毛糸をはりつけて、ていねいに紙粘土でペットボトルを肉付けして、寒くないように自分の服を着せてあげたんだよ。エニシの想いがつまった人形だよ。怖いはずない。怖いはずがないんだよ!)
 私は必死に、自分にそう言い聞かせました。
 本当は、一刻も早く捨ててほしかった。
 しかし、エニシががんばって作った作品を捨ててほしいなど、言えるはずがありませんでした。



 ある日の夜中、私はどうしても喉が渇き、目を覚ましました。
 水を飲むためのキッチンには、人形のいるリビングを通って行かねばなりません。
 リビングのドアを開けると、当然そこは、いやと言うほど静まり返っています。
 できるだけ、人形を見ないようにし、キッチンに向かいました。
 ミネラルウォーターのペットボトルを開け、コップに注ぎ、一気に飲み干します。
 コップをシンクに放置すると、急いでリビングを通り過ぎようとしました。
 ――ドサッ
 何かが落ちる、重い音。
 思わず、振り返ります。
 人形が、カーペットの上に落ちていました。
 こちらからは、うしろ姿で。
 着せられた白いシャツはエニシのものです。
 真っすぐな背中が薄暗がりに、ぼんやりと浮かびあがっています。
「どうして……落ちたの……?」
 私はリビングを飛び出し、二階に駆け上がりました。
 カーペットに転がる人形のうしろ姿が、目に焼き付いています。
 鳥肌が、皮膚の上をぞわぞわと走っていました。
(私が早足だったせいで、人形のバランスを崩したんだ。そのせいで落ちたんだよ。そうだよね。普通の理由で、普通に落ちたんだよね)
 自分をムリヤリ納得させ、ベッドにもぐりこみました。
 その日は結局、再び眠りにつくことはできませんでした。
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