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44 おまけ・剣聖は罪を償う①

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 0歳で『剣聖』という加護を授かった。
 15歳では何も授からなかった。
 リディセムの人生は意味が分からないものだ。
 そもそも『剣聖』とはかなりいい加護のはずだった。
 一昔前なら騎士団長に一足飛びで駆け上がるくらいの素晴らしい加護だと聞いた。
 ただ、一人だけこの加護を授かり『神の愛し子の剣』を授かりながら、国を破滅に追いやり、現王に牙を向いた『剣聖』がいた。
 その所為で、リディセムは幼い頃から忌み嫌われる存在になっていた。
 物心つく頃から『剣聖』だから劣悪な環境に置かれる事を当たり前にされた。
 そんなもの自分には関係ないのに、過去の人間の罪なんて、自分には関係ないのに…。

 黒い髪、氷のような水色の瞳は同じなのだという。
 満足に食事も取れないので身体は小さい。
 栄養不足で成長出来なかった。
 小さな頃から見張り役のような兵士と官吏が側にいて、魔物退治に明け暮れた。
 首には罪人につけられる隷属の首輪。
 風呂も碌に入らないから、肌は黒ずみ異臭がするだろうが、自分ではよくわからない。
 産まれた時からコレなのだ。
 人がリディセムを見て顔を顰めるので、そういう事なのだろうと思っている。

 人に話しかけた事もないので、喋れるとは思われていない。
 何も言わず、抜き身のボロボロの剣一つで魔物を倒す子供を、不気味な奴だと見ている大人達。

 
 身体が痒くて川を見つけゴシゴシと身体を洗った。
 黒い水がゆっくりと流れていく。
 こんなに汚かったのだと、可笑しくなった。
 それからは水を見つける度に身体を洗っていた。
 それがいけなかったのか………。


 ある日見張の兵士に腕を掴まれた。
 いう事を聞けばご飯を食べれて、服もくれると言われた。
 よくわからず頷いた。
 
 最初は痛かった。
 何をされているのか分からなかった。
 だってそんな事教えてくれる人間なんていない。知恵をつける環境ですらない。
 ただコレを我慢すればご飯が貰えた。
 それだけだ。

 ご飯を貰い、小さなテントも貰った。少ないながらも服と小さなナイフも手に入れた。
 少ない自分の荷物をお古のボロボロのバックに入れて持ち歩いた。

 たまに下腹部が痛い日があった。
 怪我をする日もあった。
 でも『剣聖』という加護はとても強くて、病気や怪我で命を落とす事もなかった。
 15歳になったらしく、教会に連れて行かれて祈れと言われた。
 何も授からなかったことに、何故か皆んな笑顔を浮かべていた。

 よく分からないが、いつも通り魔物を狩れと言われた。それ以外の生き方を知らなかったから、ずっと魔物を狩り続けた。

 ある日綺麗な場所に連れて行かれた。
 大きな見た事もないような立派な建物と、綺麗な庭に驚いた。
 お前はここで待てと言われ、大人しく綺麗に短く刈られた草の上に立って待っていた。
 だって勝手に座れば蹴られるからだ。

「今から尊いお方がお前にお会いになる。跪いて頭を下げろ。」

 言われた通り草の上に膝を落とし、頭を下げて待った。
 誰かが近付いて来た。
 直ぐ前に立つ人の足が見えた。
 頭は下げたままだ。許可が無いと上げられない。

「君が『剣聖』?思ったよりも小さいね。面を上げてごらん。」

 今まで聞いた事もないような綺麗な声で優しい話し方で、驚いた。
 自分にこんな優しく語りかける人間はいなかったのだ。
 顔を上げてその人を見た。
 サラサラの白金の髪、小さな星屑を散らす青い瞳。
 とても人とは思えない美しい人が立ってリディセムを見下ろしていた。

「………………。」

 リディセムの頭がグワンと揺れた。
 こんな事初めてだった。
 この顔に、この髪に、この瞳に見覚えがある。
 ちょうどこんな青空の中で、初めて覚えた恋心。
 苦しい間違いだらけの初恋が、一気にリディセムの中へ蘇った。

 目を見開くリディムを、その人は不思議そうに見ていた。
 この人はそっくりだけど、違う人だ。
 よく似ているけど、初恋の人はもう少し小柄だった気がする。
 この人は体格も良く、今のリディセムより大きい。いや、リディセムが小さいだけかもしれない。
 栄養不足で全く成長しなかったのだ。

 リディセムは己の過ちを悟り、何故こんな理不尽な扱いを産まれた時から受けているのかを瞬時に悟った。
 過去の罪の精算をしているのだ……。
 何故自分がラダフィムだと気付かれたのかは分からないが、間違いなく自分は罪人だったのだ。

 リディセムの瞳がぐにゃりと歪んだ。
 リディセムとしては何も教育も受けてこなかったし、人として扱われてこなかった。
 だからこそ何も気にならなかった。
 自分が人だと思っていなかったから。

 ラダフィムの記憶から、正しくリディセムは人なのだと気付いた。
 この扱いが人道にかける事も、この扱いが不当なものではなく、正しく下された罰なのだという事も。
 今はいくつなのだろう?
 15歳は過ぎている。感覚から17歳か18歳か……。
 
 もう嫌だと、リディセムは小さなナイフを取り出した。ボロボロの剣はここにくる時取られたが、袋は腰に下げたままだった。

「貴様!なにを!?」
 
 近くにいたらしい護衛騎士が叫んだ。
 だがそんなのは関係ない。
 単に辛いだけだ。
 初恋の人を犯した自分は、因果応報か色んな人間に犯された。
 僅かな食べ物の為に足を開き受け入れていた。
 碌に食べてもいないのに胃液が上がってきた。
 そうか、気持ち悪いな。
 なんて気持ちの悪い人間なのか。
 見下ろす男達の顔は干からびた小さな身体にさえ欲を孕み獣のように自分を扱った。
 その顔が以前のラダフィムとしての顔と重なり、息が止まる。
 ヒュッとなる喉は気管が閉じたのか、空気を吸い込まなくなった。
 きっと喉にこの小さなナイフを刺したら、穴が開いて空気が流れるかもしれない。
 そんな馬鹿みたいな頭で、喉を突いた。

「やめなさい!」
 
 リディセムとの間に護るように立ち塞がる騎士を退かせようと、その美しい人は青褪めて叫んでいる。

 苦しいから喉に穴を開けただけだ。
 息が出来ないなら穴を開けないと。
 ゴポリと熱い液体が口から流れる。
 穴が開いたはずなのに、息が出来ない。

 グラリと身体が傾いて、リディセムは草の上に枯れ草のように倒れた。







 

 5番目の王子として産まれたハシュエルは、産みの親であるカシューゼネ王の白金の髪と星屑を散らした青い瞳を受け継いで産まれた。
 顔立ちや体格はもう一人の父であるアルゼトにそっくりだが、父王の髪と瞳をそのまま受け継いだのはハシュエルだけだった。
 
 目の前にはカシューゼネ王が座っている。
 既に50を超えた年齢ながらも、その美しさは損なわれることなく、30代かと思わせる若々しさがあった。
 此処は王の執務室。
 呼び出されて此処に来た。

「どうだった?」

 数日前も呼び出された。
 一人の子供に会って、印象を伝えて欲しいと言われた。

「どうもこうも、狂っていますよ?」

 過去の罪人。
 産まれた時から罪人と言われた子供だった。歩き出した時から剣を持たせられ、まだ荒れる地域の魔物討伐に向かわせられた。
 死んでもいい、そのくらいの扱い。
 『剣聖』とはよほど強い加護なのだろう。
 その子供は生き抜いていた。

「そう……。報告では知能は低いが異常無しとあったけど。」

 ハシュエルもそう聞いていた。

 汚い痩せこけた子供だと思った。
 黒髪には虫がいそうだなと思いつつ、王族として育ったハシュエルは、例え罪人にであろうと民に向けるべく言葉をかけた。

 薄い水色の瞳がこちらを向く。
 瞳は虚で感情の無いどんよりとした、濁った氷のようだった。
 知能が低い人間とはこんな瞳をしているのかと、興味津々でハシュエルは見ていた。
 
 徐々に水色の瞳が見開かれる。
 濁った瞳に光が差し、知能と知性が輝きとなって澄んだ色を見せた。
 どうしたのかとハシュエルは驚いた。
 突然、覚醒したかのように子供に意思が宿ったのだ。

 もしや会話が出来るのかと観察していると、グシャリとその瞳が歪んだ。
 そして、喉をあっという間に突いたのだ。

 ありのまま見たこと感じた事を父王に伝える。

「ハシュエルはその子を見て、どう思う?」

 父は今後のその子供の処遇を考えているのだろう。
 その子供は秘匿された子供だ。
 珍しい『剣聖』という加護でありながら、世に出されなかった。
 
 もう一人の父アルゼトから、ラダフィムという男について話を聞いていた。
 とても許せる存在では無い。
 
「では、私にお与え下さい。」

「……………分かった。君に与えよう。」

 ハシュエルはカシューゼネ王の許可を受け、ニコリと微笑んで退出した。




「何を考えているのやら。」

 衝立の向こうから声が掛かる。
 静かに二人の会話を聞いていたのはアルゼトだった。
 二人の間には5人の子供を儲けたが、最後の末王子ハシュエルは特別だった。
 『祈り』の加護。
 カシューゼネの双子の弟、ジュリテアと同じ加護を授かった子供だった。
 加護は血筋で受け継ぎやすい。
 一瞬ジュリテアが生まれ変わったのかと二人は危惧したが、その瞳は聡明で優しく、ジュリテアとは全く違った人間だった。

 万人に優しいハシュエルは、誰からも好かれている。それはハシュエルの努力による所が大きい。
 『祈り』の加護を持った『神の愛し子』が、当時の王太子と共に起こした大量虐殺と王家滅亡は今も語り継がれている。詳しくは国民に告げられずとも、『祈り』、『慧眼』、『剣聖』の加護は忌避されがちになった。
 産まれながらに『祈り』の加護を授かったハシュエルは、その偏見を払拭すべく、努力を怠らず聖人君子の如く誰にでも分け隔てなく接した。
 15歳で『救罪者』という加護を授かり、何の事だか誰も分からなかった。
 
 カシューゼネにはまさかという思いが浮かんだ。
 『剣聖』の加護を持つラダフィムの生まれ変わりの子供の事が頭を過ぎる。
 滅多に現れない『剣聖』の加護持ちの赤子は、十数年前に王宮へ連れてこられた。
 この魂はラダフィムだと何故か理解した。
 赤子は罪人から産まれた子供だった。
 ラダフィムの魂に償いを。
 子供を育てる資金と役人を用意して、魔物の討伐を行うよう指示を出した。
 資金の中には教育費も含まれていたし、報告書には家庭教師を雇い、衣食住もしっかりと子供にあてがわれているとなっていた。

 嫌いだから直接確認しなかったのがいけなかった。王として有るまじき愚行。
 用意した資金は使い込まれ、子供は自分の過去と同じように性の捌け口にされていた。
 最も嫌う報復を、子供に与えてしまった。
 怒気を放つ僕の代わりに、アルゼトが確認に行き、役人達を捕らえ刑に処した。
 
 子供をどうすべきか…。
 そこでハシュエルに頼んだ。『救罪者』という加護が、何をさせるものなのか分からないが、15歳の加護は神が与える運命と言われる。
 自分達が目の前に行っても上手くいかないだろうと感じたので、ハシュエルに一度見てくるように頼んだのだ。

「はぁ………、久しぶりに自己嫌悪だ。ハシュエルは上手くやってくれるだろうか?」

「あの子は貴方に似て優しい。きっと貴方の意思に添う行いをするでしょう。」

 アルゼトの胸に縋り付くと、優しく頭を撫でてくれる。
 王配となってもアルゼトは未だに従者の如くカシューゼネの世話を焼いている。
 自分達の息子を信じて預けてみるしか無い。
 それが良い方に動くか、悪い方に動くかは分からないが、ハシュエルに全てを預けた今、どんな結果であろうと受け止めよう。

「ところで、アルゼトは知ってたんだね?」

 アルゼトはオレンジ色の瞳をにこりと笑みに変えた。
 知ってて放置するとは……。
 
「もう、隠してる事はないだろうね?」

 畳み掛けるように質問しても、アルゼトの変わらぬ表情に、カシューゼネは諦め気分になった。






















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