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39 おまけ・ナギゼア②
しおりを挟む週末の大きな会場で行われた歓迎会に足を踏み入れたナギゼアは、その人の多さに驚いた。
全ての部署の人間に声を掛けて行われる毎年行事らしく、集まるのは中堅管理職以下の人間が殆どらしい。
その上の立場の人達にも声は掛けるが、これは会費集めの為であり、その方々は不参加が暗黙の了解となっている。
ナギゼアはまだ年若く何の管理職にも就いていないので、参加にしたのだが………、来年は不参加にしようかなと早々に後悔していた。
知ってる人間も知らない人間も、ナギゼアに何故か挨拶してくる。
いや、王配の実の弟なのだからだろうが、殆ど平職員ばかりなので、そんな堅苦しい身分差など関係無いのかなと思っていたのだ。
実際は独身の見目麗しい青年であるナギゼアと、いい仲になりたい者が大半なのだが、そこら辺はあまりナギゼアは分かっていなかった。
ふう、と息を吐くと一緒に来てくれたエハイオスが軽く肩を叩いて慰めてくれる。
「大丈夫ですか?やはり声掛けてくる人間多いですね。」
「毎年このような人数が集まるのですか?」
流石に人が多すぎて人酔いしそうだ。
「まぁ、今年は特別ですかね?ナギゼア様がいらっしゃると聞いて集まってるのですから。」
「?私がですか?」
ナギゼアのよく分かっていなさそうな顔に、エハイオスは困ったように笑った。
エハイオスと話していると、穏やかな雰囲気がシューニエ様と似ていてホッとする。
ナギゼアは騒がしい人間や、熱血タイプは苦手だった。
「ああっ!!見つけました!エハイオス先輩、抜け駆けですよ!」
新人のユリンがまた駆け寄ってきた。
「君は少し遠慮しなさい。」
またもやエハイオスとユリンの攻防が始まり、それに挟まれたナギゼアはうんざりした。
こういう場ではあまりお酒は飲まないようにしているが、配られるワインやカクテルをちびちび飲んでやり過ごす。
基本立食形式の和やかなパーティーだ。
何故かお酒も食事も取りに行かなくても誰かが渡してくれるので、それを有り難く貰っていた。
歓迎会も終わりに近付き、エハイオスに声を掛けられ出る時には、ナギゼアの意識はポヤポヤしていた。
トイレを済ませてから帰ると伝えると、足元が危ないからとエハイオスもついてくる。
ユリンは同期の子達と次のお店に行くとワイワイ喋っていた。
「ふう………。」
個室に入り手を洗うと、閑散とした廊下にエハイオスが待っていた。
「先輩すみません、お待たせしました。」
「いえいえ、好きで待ってるので。」
エハイオスは世話好きだなと思いながら、ナギゼアはお礼を言った。
「初めてだったので参加してみましてが、来年はやめときます。」
「ははは、そうだね。ナギゼア様狙いが多すぎましたね。」
エハイオスと一緒にいてもらったのは助かったと思う。
エハイオスは侯爵家出の次男の為、身分が高く、確か余っている子爵位を譲り受けていた気がする。
貴族に逆らおうとする人間も少ないので、絡んできたのは新人のユリンくらいだった。
「私狙いですか?確かに弟が王配ではありますけど、私自身は何も無い人間ですよ。」
玄関に向かって2人で歩く。
「何を言ってるんですか。ナギゼア様は自分の見た目を気にした方が良いでしょう。」
「………は?」
腕を引かれて横道に引っ張られる。
壁に押さえつけられ、自分よりエハイオスの方が背が高いのだと知った。
「ナギゼア様、私と付き合いませんか?出来れば婚約して欲しいのですが。」
「え?」
酔っ払って理解が追い付かない。
仲の良い先輩から、これは告白?
エハイオス先輩は話し易くて落ち着くけど、そんな気持ちになった事は無い。
徐々に近付く距離に戸惑った。
え?
これは、ダメだでは?
身体を押し除けようとして、飲み過ぎで力が入らない。
そう言えばやたらとエハイオスにお酒を勧められて大量に飲んだ気がする。
「…え?ま、待って、下さい………。え?いや、その、えっ!」
上手く静止の言葉すら紡げず、無意味に慌てて、直ぐそこにまでエハイオスの顔が近付いた。
もう諦めるしか無いのかと目を瞑った時、エハイオスが「グゥッ!」と呻いた。
「控えなさい。」
落ち着いた優しげな声が、有無を言わさぬ圧力を持ってエハイオスを押し留めた。
物理的にもエハイオスの横面に透明な水晶がめり込んでいる。
聞き覚えのある声にナギゼアの表情が明るくなった。
「シューニエ様?」
「はい、本日戻りました。」
にっこりと笑うライムレモンの瞳がナギゼアを捉える。
エハイオスが不機嫌そうに水晶の杖を払い除けた。
「貴方は?無礼でしょう。」
シューニエは臆した事もなく、今度はエハイオスを横目で見るが、その表情は冷え冷えとしている。
「貴方こそ無礼では?」
「な!?貴方は誰です?」
エハイオスは貴族としての矜持がある。
突然現れ邪魔された事に苛立ったようだ。
「私はシューニエと申します。王の特命により数年ほど王都を離れておりましたが、復興も軌道に乗りましたので本日帰城致しました。」
シューニエは優雅に礼を取り挨拶をするが、その瞳は相手をじっくりと観察している。
「もしや神殿上がりの?」
神殿を下に見る貴族特有の言い方に、シューニエの笑みが深まった。
シューニエは別に信心深い訳では無い。平民として生きて行く為に己の加護を活用出来そうな神殿勤めに入っただけで、神殿を蔑む考え方を否定するつもりもないが、それで今の自分を蔑む理由にはならない。
「今は王宮勤めですが?」
「平民ですよね?」
エハイオスは基本職場で平民貴族と差別することのない対応だっただけに、ナギゼアは驚いた。
「確かに元平民ですが、不本意ですが本日付けて貴族の仲間入りです。」
「何を馬鹿な………!貴族になったとでも?」
エハイオスには何か思い当たる事があるのか動揺している。
貴族間では有名な話だった。
シューニエがこの任務を完遂したならば、特別な褒賞が与えられるだろう、と。
多くの部下を従えていたとはいえ、数年前に王家と大量の貴族、官吏がいなくなり人手不足が激しい中、ほぼ1人の無名文官が任命されたのだ。
行く先々で行われる復興作業、それを指示するシューニエは、国民の間で絶大な人気を誇っていた。
無闇矢鱈と町や村を直すだけでなく、労働と経済も一緒に回す事で人々が暮らし易く作り直していった。
しかも元神官として培った治癒能力で、簡易診療所も作って、それを土台に神殿併設の診療院を建てている。国が出資して定額で通えるよう備えられた診療院は人気が高い。
今や国民でシューニエの名前を知らない者はいないと言われている。
カシューゼネ王がこの男を手放すわけがなく、尚且つ手元に置く為にどうするか……。
そこまで考えてエハイオスはガラにもなく舌打ちした。
「別に地位も名誉も不要だったのですが、それが無いとならないと駄目だしくらいまして。」
「………………いや、まさか………。」
温和に微笑む元神官の顔が得体の知れないものに映る。
「さ、お帰り下さい。ナギゼアは私が送りますので。」
「…………………。」
軽く頭を下げてエハイオスが立ち去るのを、ナギゼアはぼんやりと見送った。
別方向からヒョコッとユリンが顔を出す。
「ユリン、何故ナギゼアを1人にしたのです。」
シューニエから声を掛けられたユリンは、ビクリと肩を震わせた。
「だって、あの人貴族なんですよ!?いくら親が子爵でも立ち向かうにも限度があります!!急いで案内したじゃありませんか!」
曲がり角にしがみつき、子犬のようにキャンキャンと吠える。
何故シューニエ様がユリンを知っているのだろう?ボンヤリと首を傾げるナギゼアに、シューニエは心配気に頬に手を当ててきた。
「アレは神殿にいた使えそうな人材を引き抜いて貴方の護衛用にと送ったのですが、イマイチでしたね。」
いまいち!?と言いながらユリンがガーンとショックを受けている。
シューニエはナギゼアの腰を引き、手を取って歩き出した。
「ユリン、馬車の手配は?」
「あ、はい、裏口に待たせています。」
ユリンの案内で手早く馬車に乗せられ、石畳の揺れにゴトゴトと揺られながら、隣に座ったシューニエをナギゼアはボーと見ていた。
そんなナギゼアにシューニエは苦笑する。
「飲み過ぎですね。お酒に強い貴方に相当強いものをあの男は進めたか………、何か入れたか、でしょうか?」
「…………言われてみればかなりボンヤリします。力も入らないし………。」
シューニエは未だ握った手から治癒の力を送った。ついでに浄化もしておくのは、あの男に触られたナギゼアを綺麗にしていたいシューニエの気分である。
少しスッとした気持ちになったナギゼアは、まだお酒の酔いが抜け切らず、フヤフヤと笑った。
「ありがとうございます。それと任務お疲れ様でした。」
「有難うございます。酔いは完全に抜けませんが、少しは楽になるでしょう。」
ホケーとしながら嬉しそうに笑うナギゼアを、シューニエもニコニコと笑いながら見ていた。
馬車が目的地に着いたのか、馬のいななきと共にガコンと停止する。
シューニエにふらつく身体を支えてもらいながら降りた先は、知らない屋敷の前だった。
「………………ここ、どこでしょう?」
「私の屋敷です。」
すかさず答えが返ってきたが、シューニエが屋敷を持っていたとは知らなかった。
中から執事が現れ、案内されて中に入ると使用人らしき者たちが10人程度出迎えてくれる。
「紹介は後日落ち着いてからしますね。今日はもう遅いので先に休みましょう。」
視線のみで頷きを返した執事が、使用人達に静かに指示を出しているのを横目に見ながら、ナギゼアは2階に連れられて行った。
元々従者をしていたナギゼアは、彼等の質が上級である事がわかる。
「カシューゼネ様が采配して下賜された屋敷です。以前さる侯爵家が使用していた屋敷なのですよ。」
多くの貴族がいなくなった際、王都にあるタウンハウスも主人不在として王家が没収していた。
そのうちの1つっぽいなと思いながら、それでもそこそこに大きいこの屋敷を貰ったシューニエの評価は大きいのだろう。
1つの扉の前に辿り着き、招かれたのは寝室だった。
「さぁ、こちらへ。」
シューニエがにこりと笑いながら手を引く。
グイグイと引っ張られたのは人が5人程度は寝転がれそうな大きなベッドの上だった。
「…………ん?」
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