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38 おまけ・ナギゼア①

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 ナギゼアの双子の弟は王配になってしまった。
 王となったカシューゼネ様に望まれて婚姻を結び、その夫婦仲は本当に仲睦まじい。
 従者なのでと身に余ると断っていたが、元々伯爵家の出な上に、神のお告げとばかりに『神の神子の伴侶』となったので、誰も意を唱えるものはいない。

 
 ナギゼアは最初、2人の従者をやっていたが、アルゼトとそっくりな為間違えると言われて部署変更を願い出た。
 カシューゼネ様は気にしなくていいし、服が違うのに間違える方がおかしいと言って庇ってくれたが、要らぬ諍いも良くないので働き場所を変えてもらった。
 今の部署は法務管理官という立場になった。トップに宰相様がいて各大臣が役割別に担っているのだが、そのうちの1つである部署に移動してきた。
 法や政策に関わる仕事だが、『理知』の加護のおかげで記憶力は抜群にいい。
 記憶力頼みの仕事はやりやすい。決められた通りにやりこなす仕事は楽だ。
 逆に新しいものを考えたり、芸術的な事は苦手だった。

「ナギゼア様、今から食事ですか?」

 昼食に席を立つと、先輩のエハイオスが話し掛けてきた。
 初日から何かとよく世話を焼いてくれるので助かっている。

「はい、先輩もですか?一緒にお昼どうでしょう?」

 昼食を誘うと笑顔で頷いてくれた。

「今度、新人の歓迎会あるんだけど、ナギゼア様はどうしますか?」

 エハイオスは20代後半の落ち着いた人だ。長い髪を緩くうしろで三つ編みにした、如何にも文官と言った容姿をしている。
 ナギゼアは王配の兄という事で敬語で話してくるが、気さくな感じで気にならない。

「一応初めてなので参加してみます。」

 エハイオスはじゃあ自分も参加にしますねと言っていた。
 知った人間がいるのは助かる。
 それに誰かに防波堤になって欲しいところでもあった。

「あの、不躾ではあるんですけど、一緒にいていいですか?」

 実はちょっと困ったことになっている。
 今年度入った新人で、やけに距離を詰めようとしてくる子がいるのだ。

「ああ、いいですよ。ユリンですよね?」

「はい…………。」

 ユリンは子爵家の子息だが、文官希望で王宮に出仕する事になった。
 成績は優秀で可愛らしい顔をしているのだが、彼はナギゼアに御執心だ。
 ユリンを可愛いとみている人間は沢山いるのに、何故ナギゼアにすり寄ってくるのか………。
 管轄部署が違うのが救いだったが、何かと理由をつけてナギゼアの所にやってくる。
 こんな時アルゼトなら顔色も変えずに対応するのだろうにと、大きな溜息をついた。





 アルゼトは目立たない人間だった。
 自分で言うのもなんだが、緑がかったアッシュグレイの髪にオレンジの瞳の見目いい双子は目立っていた。なのに注目されるのはナギゼアの方が多かった。
 その理由に『理知』の加護があるのだろうが、ナギゼア本人からするとこの加護は使い勝手が悪かった。しかし純粋に頭はいいし、希少で誰もが欲しがる加護でもあるので、ナギゼアは将来有望だと見られる事が多かった。
 対してアルゼトの『道標』と言う加護はあまり注目されなかった。
 聞いたこともない様な加護だったし、加護を授ける時に見てくれた神官の話では、誰か特定の人間にだけ作用する加護だという。しかもアルゼトが愛する人と言う限定だったらしく、両親含め使えるのかどうか分からない加護、という認識を持たれていた。

 ナギゼアは注目されるのがあまり好きではなかった。
 ほっといて欲しい……、と言うのが本音。
 その内従者にと願われてツベリアーレ公爵家に幼いうちから仕えるようになったが、双子の子供に仕えるので、双子の従者をという事らしく、期待されていたのはナギゼアの方だった。
 期待を感じて押しつぶされそうになったナギゼアを救ったのはアルゼトだった。
 先回りしてナギゼアに指示したり用意しておいたりするのに、表にはナギゼアばかりを出そうとするアルゼトが不思議だった。

 何故自分がやったと言わないのかと尋ねると、それをやれば今の環境にいられないからと、よく分からないことを言っていた。

 アルゼトは感情の操作が上手で頭も良く、気付いた時には冒険者登録までやって身体を鍛えていた。
 何もかもが上をいくアルゼトは、ナギゼアの指針であり支えになっていた。

 成長するにつれ屋敷の使用人の大半はジュリテアを慕うものが増え、斯くいうナギゼアもその1人だったが、アルゼトは相変わらず裏方ばかりをやっていた。
 
 ジュリテアはよくナギゼアに言っていた。
 アルゼトはカシューゼネに良いように使われているのだと。
 最初はその言葉を信じていた。
 表情の出ないアルゼトは、無理をしているのだと思っていた。

 でも、最初からアルゼトはカシューゼネ様に仕えていたのだと、今なら分かる。
 アルゼトの愛する者はカシューゼネ様であり、あの方の為の加護を授かったのだろうと、今なら理解出来る。

 なんの変哲もない、使えるのかどうかも曖昧な自分の加護よりも、立派な運命を授かっていたのだ。





「ナギゼア様!今度の歓迎会来て頂けるのですね!一緒に行きましょう!」

 ユリンは積極的だ。
 やんわりと断っているし、さりげなく避けているのだが、はっきりと拒絶した方が良いのだろうか。
 今まで八方美人でいたのが裏目に出て、ナギゼアは強く出れないでいた。
 
 エハイオスがすかさずやってきて、腕に纏わりつくユリンを引き剥がしてくれた。

「ユリン、王配の弟君に失礼だぞ。」

「エハイオス様、確かにナギゼア様の立場はそうですが、ここでは同じ職場に身を置く同じ立場のものです!私はナギゼア様と仲良くなりたいのです!」

 確かにそうだが、そうじゃないだろうと誰か止めてくれないだろうか。
 ここは普通の職場じゃない。
 王宮内部だし、国政に関わる場所だ。
 わあわあと加熱する2人を尻目に、ナギゼアは溜息を吐いた。






 週に1度は共に晩餐を、と言われてカシューゼネ様とアルゼトと一緒に王宮で食事をする。
 ナギゼア自身は爵位も何もない平民のようなものだが、アルゼトと同じ顔をしたナギゼアはほぼ顔パスで奥まで通される。

 本日のメインである肉料理を食べながら、アルゼトが思い付いたように話し出した。
 基本アルゼトは無口なので、晩餐中はカシューゼネとナギゼアが話している事が多い。

「ナギゼア、恋人は出来たか?」

 綺麗に切り取った柔らかい肉をクルクルと巻いてフォークに刺し、食べようとしていたナギゼアの動きが止まった。
 
「………………いや?」

 とりあえず否定しておく。
 本当にいないし。

「………そうか。」

「いやいや、何故その質問なのか説明してくれないのか?」

 アルゼトとナギゼアの会話にカシューゼネがクスクスと笑った。

「ふふ、面白い。………家族の事だからと黙ってたけど、ナギゼアには言ってなかったの?」

 星屑を散らした青い目を細めて、薄紅色の唇がほんのりと笑み造られる。
 ほぼ青年となったカシューゼネ様の美しさは天井知らず。
 溢れる色気と、国王となった威厳が合わさり魔性の美しささえ感じられ、周辺諸国からなんとしてでも会おうとする貴人達が後を絶たない。

「私に恋人が出来ると何かあるのですか?」

 カシューゼネ様に尋ねると、青い瞳は夫の顔色を窺い、うーんと首を傾げた。

「…………アルゼトは意地悪だね。どうしようかな、もうそろそろシューニエ様帰ってくるんだよね。」

 シューニエ様?
 ナギゼアも首を傾げた。

 シューニエは前王家が全て死亡した事により倒れた後、大量にいなくなった官僚の補充の為、カシューゼネ様達に請われて王宮勤めになった。
 アルゼト曰く、あんなのに王宮をウロウロされて神殿側に情報を漏らされては、たまったものじゃない、と言う事らしい。
 確かに神職に就いてるのに平気で性交を使って情報収集を行うと聞いて、ナギゼアも唖然とした。
 
「ただの確認だから気にしなくていい。」

 相変わらずアルゼトは何を考えているのか分からないが、きっとカシューゼネ様の利益になることのみを追求した何かなのだろうと、聞くのを諦めた。
 
 シューニエは現在、瘴気で荒れ果てた地を復興する為、あちこち調査に訪れている。
 必要ならばある程度の期間滞在して経過を観察し、それからまた次の場所に移動してを繰り返しているので、今迄碌に王都に帰って来ていなかった。
 ナギゼアには定期的に各地の特産物や手紙を送ってくれるマメさもあり、今でも親交がある。

 カシューゼネ様の話ではアルゼトがシューニエに与えた任務が終了するらしいので、久しぶりにゆっくり会える知人に嬉しさが込み上げてくる。

「日程が決まったら連絡するよ。」

 カシューゼネ様の好意に、よろしくお願いしますと返事をした。






 晩餐を一緒に摂った日から数日後、カシューゼネ様から呼び出された。
 王の執務室に伺うと、官吏を態々退室させて歓迎してくれる。

「呼び出してごめんね。シューニエ様が今日の夜にでも出仕出来そうなんだけど、晩餐を一緒にどうかと思ってね。急だから日を改めてもいいけど。」

 王が官吏と晩餐を共にする時は、かなり大きな案件の時だけだ。
 他国の王族や会合などもそうだが、何か大事な話があるのだろうか。

「今日は職場の歓迎会に出席予定にしておりました。何か大事な話なら欠席します。」

 王との晩餐の方が重要性は高いのでそう答えたら、アルゼトがそこまでではないと止めた。

「ああ、幾つか部署が合同で行うと言ってましたね。……………そちらにナギゼアは顔を出しておいた方がいいでしょう。シューニエとの話は明日にでも致しましょうか。」

 いいのかと思い確認でアルゼトを見れば、構わないと頷いた。
 
 明日の夜に約束して、ナギゼアは部署に帰った。
 
 








「…………そんな意地悪しないで祝福してあげればいいのに。」
 
 カシューゼネは少し責めるようにアルゼトを見た。
 アルゼトのオレンジ色の瞳がゆらりと揺れる。感情が昂ると濃くなる瞳に、カシューゼネは苦笑した。

「僕はもうあの2人は怒ってないよ。それに、ナギゼアはアルゼトの双子の兄弟じゃないか。僕はもう無理だから、2人には仲良くして欲しい。」

 カシューゼネは立ち上がって、自分より高い位置にあるアッシュグレイの髪を撫でた。
 ナギゼアに殴られた事も暴行された事もなかった事には出来ないけど、謝罪し大人しく1人で暮らす姿を見ると絆されてしまう。
 此方の、特にアルゼトの出方を窺う姿は小さな子供のようで、ついつい手を出してしまいそうになるのだが、兄弟間のことにしゃしゃり出るのもと思い遠慮していた。

 相変わらず無言で怒っているアルゼトの頬を挟んで、背伸びをしてからチュッと口付けをする。

「俺は…………、兄弟であってもずっと1人で反省させようと思っていたのですが。」

 漸く口を開いてくれた。

「被害者の僕が良いと言っているのに?」

 アルゼトはカシューゼネを大事に抱き締める。
 白金の髪に指を埋め、腰を引き寄せ、可能な限り体温を感じるように。

 カシューゼネも抱き締め返してクスクスと笑っていると、扉の外から訪問者が来た事を知らせる声が掛かった。
 程なく現れたのはシューニエだった。
 長かった白い髪は肩で切り揃え、明るいライムレモンの瞳が抱き締めあった2人を捉えると呆れたように挨拶をしてきた。

「その格好はいかがなものかと思いますが?」

「うるさいですね。」

 アルゼトはシューニエに容赦がない。

「提示された条件は完了しましたよ。」

 アルゼトがシューニエに出した条件とは、国内全ての被害状況の調査と、復興に向けた支援と進捗状況の報告だった。
 1人でやる量ではない。
 前王家共々大量の貴族と高官、官吏を失ったこの国は、絶対的な人手不足に陥った。
 そこで優秀そうなシューニエを神殿から引き抜いて、シューニエの要望を盾にアルゼトは復興事業を丸投げしたのだ。
 引き攣ったシューニエは、数年で終わらせるので、完了した暁には絶対に了解してくれと申し出た。
 これにはカシューゼネが必ずさせると頷いたのだ。なんか可哀想で。

「お疲れ様でした。シューニエ様。明日晩餐の用意をしますので報酬諸共話し合いましょう。此方が目録です。何かあれば明日にでも……。勿論、本日付けですよ?」

 カシューゼネの言葉にシューニエはにっこりと微笑む。
 目録を受け取り、さっと目を走らせると、納得した様に頷いた。

「有難う御座います。………それで、ナギゼアは?」

「今日は部署の歓迎会に出席だ。下の奴らだけの希望者を募ったものだが、かなりの人数が集まってる。ナギゼア目当てで。」

 最後の一言にシューニエの眉がピクリと上がる。

「左様ですか………。では、また明日。お約束の時間に参りますので。」

 元神官とは思えない優雅な仕草で礼をとり去って行った。





「なんか、シューニエ様もナギゼアも性格が違う気がする。」

 シューニエはおっとり系美人、ナギゼアは腹黒系だった気がするのに、全く性格が違う。
 実は小説の中では書かれていなかったけど、本性はこっちだったのかなとカシューゼネは頭を捻った。

「シューニエ様は元からあれではないでしょうか?ナギゼアは恐らく俺の所為ですね。」

 アルゼトは『道標』という加護を信じて己を鍛えまくった。
 なんならひっそり惹かれていたカシューゼネ様に………、などと懸想しながら。
 なのでナギゼアの自信を幼い頃から木っ端微塵にしてきた記憶はある。
 自信を無くしたナギゼアの性格は、非常に大人しくなってしまった。
 アルゼトの顔色を窺うような優柔不断な人間にしてしまった自覚はある。
 そのおかげでジュリテアに傾倒しすぎる事もなかったし、最終的にはこちら側に戻ってきたのもあるが、だからと言ってカシューゼネに行った事を帳消しにするつもりは無かった。

「もう、そんな怖い顔しない。」

「はあ、わかっております。」

 どっちかというと腹黒系はアルゼトになったのかな?と思うカシューゼネだった。
 






















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