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32 ヒュートリエの襲撃

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 アルゼトの剣が魔物を屠り、僕は炎で燃やして浄化した。
 僕の浄化は徐々に威力を増しているのか、浄化の炎はあたり一体を埋め尽くし、緋色の蝶が咲き誇る花の如く広がっていた。
 トゥワーレレ神が愛するオレンジ色の小さな花。夕方にのみ咲いて、神の化身である緋色の蝶々が生まれる花に、それは似ていた。

 河原一帯が緋色に染まり、夕焼け色に染めた雲が空いっぱいに広がると、世界全てがアルゼトの瞳を思い起こされて、僕はこの景色が好きになった。
 花が散る前に、ブワリと無数の蝶が生まれて空に還る。
 一緒に討伐に出た騎士や自由兵が、祈りを込めて空を見上げて、終わりを告げる。

 
 僕は長い髪が邪魔になるので、頭の上で1つに結い上げていた。空に昇る蝶と共に白金の髪も舞い上がる。
 今日もそうやって浄化を終えようとしていた。

「カシューゼネ様!」
 
 1人の兵士が走って来た。
 偵察兵の為、軽装備で足の速い兵士だ。

「王国軍が来ます!」

 浄化は民の為に行っているのに、それを狙うかの様に奇襲を掛けてくるのかと驚いた。
 仮にも一国の栄えある騎士団のする事では無い。

「隊列を組め!」

 アルゼトの怒声で皆動き出す。
 神殿から神官達も来ていて、治療や浄化のし残しがないか散らばっていたので、彼等は後方へ下がらせた。

 王国軍から離脱した騎士に、各領地から集まった兵士と志願兵がいる為、かなりの大人数になっている。
 伝達係が飛び交い、やってくる王国軍に備えた。



 小高い丘から見下ろすと、隊列を組んで甲冑を着た騎士が整然と並んでいる。
 
「自国軍同士、本当に争う気かな?」

 僕の呟きにシューニエ神官長はおそらく、と答えた。
 シューニエ神官長とナギゼアはすっかり僕の側近的位置についていた。
 シューニエ神官長は今度は神殿から僕の動向を見張れと言われているのですよと、堂々と教えてきた。あまりにも悪びれなく言うものだから、怒る気にもならなかった。
 ナギゼアはそんなシューニエ神官長とアルゼトにこき使われている感じがするが、過去僕にやった事を考えると同情はしない。
 
「率いて来たのはヒュートリエ殿下です。ジュリテア様はいらっしゃいません。恐らく神獣の奪還が目的でしょう。」

 僕達は神獣を奪った国賊扱いになっている。

「従魔の鞭を斬ったから奪還は無理じゃ無いの?」

 僕の疑問にはフワイフェルエが教えてくれた。今は10代前半の金色一色の瞳を持つ人型をとっている。

「多分過去に何本か予備を作ってる筈だよ。まだ弱っているビテフノラスなら使役し直せるから、持って来てると思う。」

 何本もあるのか~。
 全部燃やす必要があるな。
 この前斬った鞭はしっかりと燃やして浄化した。

 まだ遠くて大将であるヒュートリエ様は見えない。
 彼は幼い頃からの婚約者で、今は微塵もないけど昔は少なからず気持ちがあった。
 
 視線を感じて横を向くと、アルゼトと目が合った。
 太陽が地平線の下に隠れようとする夕闇の中、雲の色は濃い紫からオレンジの光が漏れている。
 アルゼトの瞳も夕闇の様に僕を見ていた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。アルゼトはビテフノラスを守ってね。」

 僕が安心させる為に笑うと、アルゼトは僕の手を握って引き寄せた。

「表に出さないので大丈夫です。貴方も気を付けて。」

 アルゼトの温かい体温に浸りながら、僕は頷く。
 
 さて、夜に来るか、日が明けてから来るか。どちらだろう?








 結果、ヒュートリエ様率いる王国軍は到着後直ぐに仕掛けてきた。


 ドオオォォォーーーという地響きを立てて、後方から赤黒い煙に似た瘴気が吹き出した。

「あの位置は………っ!」

「怪我人のいる治療班の方に魔物が発生っ!」

 今日浄化したばかりの所だった。普通なら瘴気は出ない。

「アルゼト!僕は後ろの瘴気を祓ってくる!直ぐに戻るから部隊を頼む!」

「……1人ではっ!」

「私が行きましょう。少しなら浄化と治癒が使えますから。」

 神官職に就くと多少なりとも加護が無くとも浄化か治癒が出来るように訓練するらしく、シューニエ神官長は両方が使えた。

「ナギゼアっ!2人をお守りしろ!」

「あ、ああ!分かった!」

 ナギゼアは弓が得意な後方支援型だが、いないよりマシとばかりにアルゼトはナギゼアに命令した。





 僕達は前方をアルゼトや他の将校達に任せ、後方へ急いだ。
 後方は魔物の群れが発生していた。
 瘴気が溜まると濃い部分から魔物が生まれるが、この魔物達は自分たちから瘴気を撒き散らしていた。

「これは、ヒュートリエ殿下の従魔ですね。」

 近くにいた赤黒い魔物を杖で殴りつけながら、シューニエ神官長はそう判断した。
 杖の先には丸い水晶が付いていて、殴れば武器になるのだなと知った。ついでに浄化の力も有るのか、殴られた魔物は消えていった。
 小説でのカシューゼネの時は大概後方で治癒をしていたので、戦うところは初めて見た。
 ナギゼアより強そうだ。

「兵士はほぼ前にいるので対応が間に合いません!」

 あまりの多さにナギゼアが悲鳴を上げる。

「僕が一気に炎を撒くから、片っ端から斬っていって!」

 カシューゼネの手のひらから、炎の蝶が生み出される。
 ヒラヒラと飛び交い人を襲う魔物に舞い降りると、ボウッと炎を吹き出した。
 苦しげに炎の中でのたうち回る魔物を、アルゼトと一緒に買った愛用の剣で切り捨てていく。

 クルリ、クルリと舞うように、僕の剣技は基本が剣舞なので、見ている人間には美しく見えると言われている。




「ほう、初めて見たよ。美しいものだ……。」




 唐突に近くで声がして、咄嗟にナギゼアが矢を射った。
 声には全員聞き覚えがあった。
 ナギゼアはアルゼトから躊躇うなと言われているので、本当に躊躇いなく射ったようだ。
 相手がこの国の王太子殿下だろうと、ナギゼアにとってアルゼトの指示の方が勝るらしい。
 双子なのにこの上下関係が本当に謎だ。

「ヒュートリエ様、こちらにいたのですね。」

 僕は剣をヒュインと鳴らしていつでも打ち出せるように構えた。

「一旦その場に来ないと従魔を放てないからね。」

 それはそうかもしれないが、まさか放って暫く経つのにまだ敵地にいるとは思わないだろう。

「………………。」

 ヒュートリエは豪奢な甲冑に身を包んでいた。
 裏地が金に表が青のマントはジュリテアのイメージだろうか?
 兜はつけず、ヒュートリエの赤毛に緋色の蝶の輝きが反射して、金色に見えた。
 こうやって見ると惚れ惚れとするほどの美丈夫なのだが、左手に持つ長い鞭に僕は眉を顰めた。
 
 鞭で打たれた事は忘れられない。
 欲に孕んだ琥珀色の瞳も気持ち悪かった。

「ジュリテアが君に戻って来て欲しいと泣いていた。君は血の繋がった弟を悲しませて、悪い兄だ。」

 薄っすらと笑う笑い方も気に入らないし、毎度カシューゼネの方が悪いと決めつける思考も嫌いだ。
 婚約者時代は好きになろうと思い、好きなのだと思っていたけど、よくよく考えると見た目は兎も角性格は嫌いだと気付いた。

「あのまま僕が王宮にいても、きっと僕はジュリテアの使い捨てにされていたでしょう。僕はアルゼトと生きて行くと決めたのです。」

 僕は小説の中でも、今の僕でも、アルゼトに助けられた。
 アルゼトの救いがなかったら、僕はとうに壊れていただろう。

 ジュリテアとはもう歩めないと伝えた。

 ヒュートリエは仄暗い瞳で、僕を見ていた。
 昔から嫌われているなとは思っていたけど、今は何を思って僕を見ているのだろう。
 
 話ながらもヒュートリエの従魔が僕達を襲ってくるので、僕はそれらを切り捨てながら、ヒュートリエを注視していた。

「……………最近、思う事がある。どちらか1人ではなく、どちらも娶れば問題無かったのかと。そうすればジュリテアも喜んだかもしれない。」

 ゾワっと背筋が凍った。
 何言ってるんだ!双子で同じ人に嫁ぐとか信じられない!
 僕は愛する人は1人がいいし、愛してくれる人も1人がいい。同じ兄弟で同じ人を分け合うとか考えられない!

「お断りしますが?」

 僕はすかさず拒否した。
 魔物を屠り、顔に掛かった白金の髪を手で払うと、ヒュートリエが目を細めて僕を見ていた。

 ヒュートリエがまた何か言おうとした時、離れた位置で魔物を叩き潰していたシューニエ神官長が、あらかた片付けたのか走り寄って来た。

「カシューゼネ様!ご無事ですか!?」

 殿下の琥珀の瞳に剣呑な光が宿り、左手の指を緩めて、長い鞭がハラリと地面に垂らされた。

「シューニエ、貴様はジュリテアを裏切ったのか?聖職者ならば権力に取り憑かれた神殿など捨て、『神の愛し子』に使えるべきではないのか?」

 睨まれたシューニエ神官長は飄々とした顔でにっこりと笑った。

「私は割と権力好きですので。」

 水晶が黒ずんだ杖を前方に構えて、ハッキリと欲に塗れた思想を宣った。

「神官長がそんな事言ったらダメですよ。」

 意外とナギゼアがまともな事を言って嗜めていた。一応逃げているとはいえ、さっきまで此処で他の神官達が治療をしていた場所だ。

 ヒュートリエが鞭をしならせ地面を叩くと、赤黒い霧が出て来て魔物が姿を現した。

「ヒュートリエ様、何故王族の貴方が魔物を従えているのですか?」

 ヒュートリエ様の隣には大きな狼のような魔物が、喉を鳴らし涎を垂らして唸っていた。
 元は森に住んでいた普通の動物達が、瘴気に触れて魔物化していた。

「仕方がないだろう?君達が私から神獣ビテフノラスを奪ったのだから。寄せ集めでも戦力を確保しなければならない。」

「だからって……!」

 僕の非難は聞かないとばかりに、ヒュートリエ様が狼の背を鞭打った。
 襲いかかる魔物の牙を、シューニエ神官長が杖で受け止める。

「君達はコレの相手をしていてくれ。終わったらカシューゼネを回収しに来よう。」

「待っ…………っ!」

 僕の静止は無視され、ヒュートリエ様は消えていった。
 
「カシューゼネ様!おそらくアルゼトの方に行ったのでは!?」

 ナギゼアの叫びに頷きながらも、巨大な狼に阻まれて動けない。
 牙が、爪が次々と襲い掛かるし、他にも呼び出された魔物が周りを取り囲む。
 
 もう一度緋色の蝶を出して浄化しながら倒していかなければならない。

「こちらを片付けて向かいましょう!」

 シューニエ神官長に励まされ、僕達は魔物の浄化を急いだ。

















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