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30 神獣ビテフノラスの治療

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 町を囲む壁が見え無くなっ頃、僕達はだだっ広い平原に来ていた。
 波打つ丘陵が緑色に続く長閑な場所だ。

「ここら辺でいいかな?」

 僕が立ち止まると、人型でついて来ていたフワイフェルエが「いいよ。」と頷いた。

「じゃあ、出しますよ?」
 
 アルゼトは『緋の光』の加護で、従神の使い方が自然と理解出来ると言っていた。
 15歳で授かった時は何の加護が不明だったが、神獣フワイフェルエが独自に作った加護なので、人には理解出来ないものだったらしい。

 アルゼトの目線は少し高めの空中を向いた。

 ぐにゃりと空間が揺れ、赤黒い獣が現れる。

「ビテフノラスっ!」

 フワイフェルエは金色一色の瞳を見開いて声を掛けるが、ビテフノラスは目を瞑ったままだ。
 空中に浮いたビテフノラスは、赤黒い毛からドロリと溶けたような同色の汚泥をボタボタと落としている。

「フワイフェルエは近寄らない方がいいよ。僕が瘴気を祓ってみるから。」

 神獣のフワイフェルエには瘴気は毒だ。
 同じ神獣のビテフノラスは己の体から湧き出る瘴気で虫の息。
 小説のカシューゼネの記憶では、ビテフノラスはヒュートリエ殿下にこき使われて、魔物の討伐から政治的な戦闘まで汚い事もやらされている。
 その所為で瘴気を吐き出す赤黒い獣になっていた。
 フワイフェルエは元の綺麗な緋色のビテフノラスに戻して欲しいと願っている。

 僕はビテフノラスの前へ近付き眠る大きな顔を見上げた。
 額に一本の長い角。目は大きな一つ目をしている。
 造作はライオンに似ていた。

 手のひらを両手で水を掬うようなお椀型に合わせて、そこから炎の揺らめきを生む。
 炎が爆ぜ、ハタハタと蝶が生まれてくる。
 緋色の蝶はビテフノラスにチョンと止まり、驚いたように離れ、また止まりを繰り返す。
 炎が広がり、ビテフノラスの赤黒い汚泥を燃やし出した。
 
 暫くビテフノラスは燃やさらていたが、その間瞳が開くことは無かった。

「これ以上焼けば本当に焼けてしまうかも。少し眠らせて回復させてから、また瘴気を燃やして浄化させていこう。」

 ビテフノラスの瘴気は凝り固まりへばりついている感触がした。
 無理矢理引き剥がしてはビテフノラス自身の身体をも傷付けそうだった。
 でもこれを少しずつ繰り返していけば、回復する見込みが有ると言うと、フワイフェルエはそれでいいから助けてくれと縋り付いてきた。
 
「うん、必ず浄化して見せるよ。」

 僕が力強く応えると、フワイフェルエが小さなウサギ姿になって胸に飛び込んできて、おいおい泣いてしまった。

 フワイフェルエは小説の中で1度ビテフノラスが死んで消滅した事を経験している。
 僕がアルゼトを失ったのと同じなのだ。
 僕達は運命共同体だ。
 自分だけ幸せになろうなんて思わない。
 フワイフェルエの滑らかな銀の長毛を撫でながら、僕はもう1度必ずと約束した。






 僕達はツベリアーレ公爵邸に戻って来た。
 父様は僕が森と町を浄化した事を既に知っていて、暖かく労ってくれた。

「父様、僕はジュリテアと対立すると思います。」

 僕はジュリテアが一緒に王宮へ戻ろうと誘って来た事を、断ったと報告した。
 それがどういう事か分からない父様ではない。

「ああ、分かってるよ。……分かってる。お前がいなくてもこうなっていたから気にするな。」

 父様は僕達を自分の執務室に案内した。
 普段置いてあるソファとテーブルは取り払われ、大きな会議用の重厚な机が置かれていた。
 机の上には国の地図が1枚置かれており、領地ごとに2色で色分けされて、数や細かい注意事項が書き込まれていた。

 ツベリアーレ公爵領は青色。
 オルベルフラ王都がある王国領は赤色。
 中心地に赤が多く、辺境に近付く程青が多い。全体的には青が圧倒的に多かった。

「私達は王家を見限る。例え我が子であり『神の愛し子』がいるのだとしても、これ以上のさばらせれば国が潰れる。」

 青色は無理してジュリテアに浄化して貰ったが、経済を圧迫する程搾取された場所や、僕が冒険者協会を通して浄化した場所などだ。
 赤は経済的に裕福な領地が多く、王家とも懇意にしている貴族が治めている場所。
 完全にジュリテア派かカシューゼネ派に別れてしまった。
 青は国を見限る。
 それに神殿も参加するとシューニエ神官長は言っていた。

 オルベルフラ国の国民の大多数が、今王家を批判している。
 例え赤の領地にいる民でも、他の領地に移り住む者が後を絶たないという。
 何も知らない国民ですら、王家を見限り出している。
 自分の領地がどちらについているのか、貴族でなくても知っているものは知っている。
 商売をしている者が領地を出だせば、その周りにいる者も不安になり情報を集め出す。
 噂は飛び交い、皆安全な場所を求めて動き出す。
 それを止める術は無いのだ。
 
 ジュリテアもヒュートリエ様も、分からないのだろうか。
 それとも、分かってて現状を続けるつもりなんだろうか。

「これ以上国が衰えれば他国に攻め滅ぼされる。だから、カシューの所為では無いから気にするんじゃ無い。」

 父様が筆頭になる事で国を落とすと言う。
 それが、ジュリテアを育てた者の責任だと。
 
「僕は双子の兄です。僕も父様と一緒に責任を負います。」

 父様は、有り難う、すまない、と何度も謝った。
 父様の所為じゃ無いのに。
 





 僕達はツベリアーレ公爵領にある冒険者協会から瘴気の発生場所を報告してもらう事にして、ここを拠点に浄化に向かうようにした。
 まだ浄化が済んでない場所が残っている。
 
 ある程度青か赤か中立かハッキリしたら、軍を率いて王都に向かう事になる。

「ねえ、ジュリテアは何を考えてるんだろう。」
 
 僕は自室の窓から見える青白い月を見上げて呟いた。
 アルゼトはずっと従者として側にいる。
 ずっと一緒にいると言ってくれて、本当にずっと一緒にいる。
 
「………………俺から言える事は、ジュリテア様は愛に飢えている、という事ぐらいです。」

 僕もジュリテアは愛に狂っていると思っていた。
 だから、アルゼトの言葉に納得する。

「でも国民には愛されなくなってしまった。」

 そうですね、と言ってアルゼトは月を見上げる僕の後ろに立って抱きしめてきた。

「あの方が本当に求める愛が何かを、俺は知っています。」

「ジュリテアが本当に求める愛?」

「ええ、そうです。」

 ジュリテアはヒュートリエ様にもラダフィムにも愛されていた。今は違うけどナギゼアもそうだったし、ちょっと胡散臭いシューニエ神官長もこの前まで一緒にいた。
 この人達以外という事?
 ……………まさか、アルゼト?

「違いますよ。」

 何も言ってないのに否定された。
 
「じゃあ、誰の事?」

 アルゼトを見上げながら聞くと、アルゼトのオレンジ色の瞳とぶつかった。

「父様たち?」

 優しく頭を撫でてキスをされた。
 
「……………ん、む……………はっ、ぁ。」

 誰の事を言ってるのか聞きたいのに、はぐらかすようにキスが深くなる。
 舌を絡ませてジュウと吸いつかれると、ゾクゾクと痺れて力が抜けてくる。
 腰を抱かれお尻の合間に手を添え撫でられると、たまらなく下腹部が疼いてくる。
 
 僕はきっと真っ赤になっている。
 だって顔が熱ってるし、心臓がドクドク言っている。
 アルゼトの平然とした顔が憎らしい。

「カシューゼネ様は俺のものです。」

 唐突に告げられる所有物宣言にも、俺は嬉しくて胸が高鳴った。
 好きな人に自分のものだと主張されるのって、こんなに満足感を受けるものなんだと思い知る。

「ん、いいよ。アルゼトのでいい。………だから、しよ?」

 僕の淫らな誘いに、アルゼトの瞳に熱が篭る。
 ああ、愛しい人が、狂ってでももう1度会いたいと願った人が、僕を欲してくれるのだと思うと、とても満たされる。


 与えられる愛撫が心地良い。
 刺し貫かれる瞬間が待ち遠しい。
 囁き合う愛情が、溢れる笑い声が、幸福だ。

「ああぁぁぁ……!」

 ゆっくりと引き抜かれる排泄感にゾクゾクと下半身が震え、奥底まで叩きつけられ、素肌同士ぶつかり合えば、僕は痺れて仰反る。

 気持ちいい……!
 もっと………、もっとっ………!

 僕の乳首は真っ赤に腫れるまで愛撫されたのに、ジクジクと熱を持って、もっと触ってとアルゼトに願う。

「………カシュー、カシューゼネさま……、あぁ、は、あ、………愛しております。ずっと、ずっと………!」

 奥に差し込みぎゅうと抱き付くアルゼトに、僕も震える腕と足で抱き付いた。
 このまま一緒になってしまえばいいと思うくらいに、抱き締める。
 

 もう死なないで、置いていかないで。
 
 あの絶望を僕に与えないで。



 
 その為だったら、僕の我儘で書き換えた話の所為で実の弟が死ぬのだとしても、僕は迷わないから…………。













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