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29 ナギゼアの謝罪
しおりを挟む夜半過ぎ、人々は寝静まり静寂に包まれた町の冒険者協会に帰ったカシューゼネ達は休息を取った。
起きたのは昼も近くなってからだったが、見計らった様にドアがノックされる。
アルゼトは既に起きていた様で、窓辺に椅子を置いて窓の外を眺めていた。
「おはようございます、カシューゼネ様。よくお休みでしたね。ちょうどシューニエ神官長とナギゼアが来た様ですよ。」
アルゼトは立ち上がり、僕にゆったりとした上着を掛けてくれた。
旅をしているので寝巻きではなく簡素な服を着て寝ていたので、着替える事なくそのまま過ごしている。その方が荷物が少なくて良い。
フワイフェルエの寝床は最近布団の足元に神獣小型化して丸まって寝ているが、僕が起きると一緒に起きた様だ。
「顔洗ってくるから部屋で待っててもらって。」
アルゼトは恭しくお辞儀してから、僕を浴室に促しドアを閉めた。
顔を洗い浴室を出ると、既にシューニエとナギゼアが立って待っていた。
ソファがあるから座ってて良かったのに。
ソファは2人掛け用の小さなもので、その前に置かれた机にはスープとパン、カットされたフルーツが置かれていた。
もう直ぐ昼食なので簡単なものにしたとアルゼトから言われる。
ソファに座った僕の隣に、アルゼトはいつも通り隣に座り甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
最近の流れですっかり当たり前の様にスプーンを手渡され、口元を拭われていると、2人の視線にハッと気付いた。
「アルゼトはいつもその様に近いのでしょうか?」
ナギゼアは眉根を寄せて僕達を見ていた。
シューニエ神官長は何故かニコニコ笑顔である。何考えてるのか全く読めない。
「あ、う、うん、そうだよ。」
恋人だよって言いたい。
言って良いのかな……?
アルゼトをチラリと見ると、気にした様子もなくお茶を淹れている。
「まあ、まあ、まずは謝罪から致しましょう。その為にここに来たのですから。」
シューニエ神官長はナギゼアの背中をポンポンと叩いて促していた。
いつの間に仲良くなったんだろう?
小説の中では2人が仲良い描写はない。
ナギゼアは腹黒系だったし、シューニエ神官長はおっとり美人系だけど何考えてるかわからない人だった。
ジュリテアの周りの男達は、一緒にジュリテアの側にはいるけど、お互い親交がある感じではなかった。
それぞれがジュリテアに献身的に奉仕する感じ。
それは僕のカシューゼネの記憶でもそうだったんだけど、僕という人格が入ってから話が変わって来て、ナギゼアとシューニエ神官長の行動や性格も変わって来たのだろうか?
以前のナギゼアは、何事もそつ無くこなし常に笑顔でいたのに、今は怯えた年下の少年といった印象を受けるし、シューニエ神官長は胡散臭いがナギゼアの保護者化して見える。
「そう、ですね。すみません…………。」
ナギゼアは下を向き、自分のズボンをギュッと握って、思い切って僕の方を見た。
そして頭を深々と下げて、僕に謝罪した。
「申し訳ありません、カシューゼネ様。使用人の分際で主人である貴方に暴力と望まぬ性行為をした事を深く後悔しております。私が反省したところで貴方が受けた傷が癒せるとは思いませんが、どんな償いも致します。どうかこの謝罪を受け取っては頂けないでしょうかっ!」
言い切ると今度は床に跪き、頭を下に擦り付けて謝罪する。
所謂土下座ポーズだけど、生で見るのは初めてだった。
そして何故かシューニエ神官長まで一緒にナギゼアの隣に座って許しを請いだした。
「ナギゼアはカシューゼネ様達が王宮を逃げ出した後、ひと月謹慎してから王宮には行かず、神殿で孤児達の世話をしながら過ごしていたのです。カシューゼネ様に行った所業を深く反省しております。私からも彼に許しを与える事をお願い致します。」
う、うーん。
ナギゼアにも僕は怒ってて、ラダフィムと同じ末路をと思ってたけど、なんかやりにくいな。こんなに謝ってくると、許さない僕が非情な人間に思えてくる。
ナギゼアはアルゼトの双子の兄だしな…。
「うん、分かった。いいよ、許すよ。でも次はないからね?」
僕がそう言うと、ナギゼアは頭を上げて顔を輝かせた。
「ナギゼア、良かったね。カシューゼネ様が許さない時は俺が引導を渡してあげようと思っていたんだ。」
アルゼトの言葉に、ナギゼアが若干青褪めながらシューニエにへばり付いた。
「あ、ああ。ごめん、もうしない。」
だから許してと必死に目で訴えている。
なんだかナギゼアが犬属性に見えてきた。
「そしてシューニエ様はナギゼアの謝罪に付き合う為だけについて来られたので?」
アルゼトは一緒にしゃがんで見上げているシューニエ神官長に尋ねた。
結局この人ずっと一緒にいるから不思議ではあった。
「それもありますが、私は神殿の意思を伝えに来たのです。」
にっこりとシューニエ神官長は微笑んだ。
神殿は国の機関の1つではあるが、独立した機関でもある。
運営も国に頼らず独自に採算をとるし、王族だからと言って好きにも出来ない。
今回このオルベルフラ国は真っ二つの勢力に別れている。
ジュリテアのいるオルベルフラ国王家側と、カシューゼネがいる民衆に支持の高い貴族側。
勿論ジュリテア側にも貴族はいるが、国の浄化を進めているカシューゼネ派につく貴族が後を絶たない。
今王家に附随しても、国民が納得しない事を皆承知しているからだ。
そこで神殿は2人の浄化者を静観していた。
本来なら『神の愛し子』であるジュリテアにつくのだが、今の王家は腐敗が激しい。
シューニエ神官長は王家の動向とジュリテアの人となりを探る為に、今までジュリテアの教育係という偵察係を担っていたらしい。
「神殿が漸く重い腰を上げて決定してくれたのですよ。」
シューニエ神官長の偵察で神殿はジュリテア達を見限る事にしたらしい。
そこにはシューニエ神官長の口添えが大きかったと本人が語る。
私も生き残りたいので、と抜け抜けと笑顔で言っていた。
小説の中の神官長シューニエはジュリテアを優しく導く年上の男性と言う感じだ。
カシューゼネの記憶でもあまり絡みが無いのでどんな人か分からなかったけど、もしかしたら小説の方でも同じ様に偵察係だったのだろうか?
小説の中ではジュリテアは浄化を無事に終えて、『神の神子』になる。そして皆から愛される。
今は僕が浄化してまわっているし、ジュリテア側の旗色が悪いからこちら側についた。
小説の中の神官長の愛情にやや疑いが生まれた。
「内容は分かりました。この後父様に会って今後の方針を決めるので、一緒に来て下さい。」
元よりそのつもりですと言って、お願いしますとまた頭を下げられた。
それまで大人しく傍観していたフワイフェルエが、ベットの上で立ち上がった。
四足歩行に長い銀の長毛なので足が短く見えて可愛い。
耳は長い毛に隠れて見えないが、以前確認した時、長い垂れ耳がついていた。
1番近い動物は、ロップイヤーという耳が垂れたウサギの無茶苦茶毛が長い品種に近い。
「話は終わった?そろそろ僕の伴侶の治療をしたいんだけど。」
僕が起きて話が終わるまで待っててくれたようだ。
神獣ビテフノラスは今、アルゼトの中で眠っている。
加護『緋の光』によってアルゼトの従神になったが、消耗が激しくこれ以上の顕現は死に至ると言っていた。
「ん、ごめん。待たせたね。外に出した方が良いのかな?この部屋で大丈夫?」
僕の問い掛けに、フワイフェルエは首を振った。
「今のビテフノラスは神獣なのに瘴気を纏い過ぎている。何処か人の少ない所へ行こう。そこでカシューゼネに浄化を掛けてもらう。」
フワイフェルエに従って僕達は町の外に出る事にした。
そのまま公爵邸に移動しようという事になり、ナギゼアが既に旅の準備を済ませてくれたらしく、直ぐに出発する事が出来た。
「私が用意は済ませました。食事も簡単に出せる物を準備しておりすので、昼食は外でも大丈夫です!」
やったよ?大丈夫だよ?
とでも言うようにナギゼアは謎にアルゼトの顔色を窺いながら僕に報告してくる。
アルゼトは無表情に頷いただけだ。
なんだかこの2人の力関係を見た気がした。
シューニエ神官長がナギゼアの頭を撫でているのを見て、ホントに保護者になってるのかなと思った。
町の中は瘴気が晴れて明るくなり、まるでお祭り騒ぎではしゃぐ人が多かった。
まだ瘴気に悩まされている領土があるというので、早くそこも浄化してあげたい。
僕達は酒を飲んで陽気に騒ぐ人達の間を抜けて、早々に城壁の外に出たのだった。
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