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23 神官長シューニエ

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 ナギゼアの心はずっと晴れないままだった。
 あの日からジュリテア様と2人きりになる事を恐れて、なるべく用があっても誰か別の人間といるようにした。

 ジュリテア様の事は好きだ。
 愛しているかと聞かれると、愛しているが、一線を超えたいとは思わない。
 あの方は王太子妃となる方で、手を出せば首が飛ぶ。
 他人が手を出しているからと言って、自分も手を付けていい方とは思っていない。ただの従者なのだ、自分は。

 ジュリテア様が寂しさからか身体を近付けてくるが、それとなくヒュートリエ殿下か、いなければラダフィム様に促していた。
 なんなら今相談している神官長シューニエ様でも良かった。

 それでも自分も男で欲は溜まる。
 
 あの日、頭巾を外されたカシューゼネ様を見て、苦痛に歪む瞳に欲情してしまった。
 この人に婚約者はいない。
 既にラダフィム様に汚された人間。
 少しだけ………。
 ジュリテア様に出来ない事をカシューゼネ様にしてしまった。
 カシューゼネ様も尊い身分だというのに、普段の殿下達の様子に感化され、見下してはならない方を見下していた。
 見下して、汚してもいい人なのだと思い込んでしまった。

 アルゼトの事は頭から抜けてしまっていた。

 自分と同じ色の瞳が怒りに燃えるのを見て、取り返しがつかない事をしたのだと青褪めた。
 容赦なく蹴られた。
 何も言わずに殴られ、痛みと苦しみで謝る事も出来なかった。

 あの日からアルゼトに会えていない。

 
「私は、カシューゼネ様とアルゼトに嫌われました。会いたいのに、会わせる顔はありません。ジュリテア様にもなんと無く合いたくありません。」

 カシューゼネ様に暴力を振るった事は話したが、流石に口淫した事まで話せずぼかして説明したが、シューニエは紅茶を飲みながら事もなげに暴露した。

「ああ、カシューゼネ様をラダフィム様と共に襲っているところを見られたのですよね?下には挿れていないのでしょう?」

「ぐふぅっ!!」

 一息つく為に口に含んだ紅茶が喉に詰まった。
 な、なんで知ってるんだ!?

「人の秘め事を聞くには閨が手っ取り早いのですよ。ジュリテア様は行為中はお喋りですから。」

 赤裸々な暴言にナギゼアは言葉が出ない。
 
「ナギゼア様は童貞ですか?最初はやはり緊張しますよね。」

 ナギゼアの口ははくはくと開いては閉じてを繰り返している。
 神官長シューニエはこんな性格だったのか?

「どうて………、いや、そうかと言われればそうですがっ!………この年齢で童貞はおかしいでしょうか………。」

 いえいえ、そんな!とシューニエは否定する。私が受ける感じではその年齢なら半数いくかどうかですよ、等と答えが返ってきてホッとする。

「そうですか……………。………はっ!違います!」
 
 シューニエの所為で悩みが変わってしまっていた。

「ジュリテア様で卒業してても良かったと思いますが、まぁ、しなくて良かったですね。」

 シューニエの言い方には含みがあった。

「………どういう事でしょうか?」

 この男は何か知っているのだろうか?

「あの方は愛情に飢えた方です。1度懐に入れると手放そうとしませんよ。懐に入り、出て行こうとすればどんな手を使ってでも手放そうとしないでしょう。愛情を求めても応えない者や、出て行こうとする者は、きっと存在価値を失わせようとしてきますよ。」

 ナギゼアは背筋に汗をかく。
 自分はおそらく求められて何度かはぐらかしている。
 最近は謹慎中で会っていないが、次会った時も求められるのか?
 それとも………。

「貴方がカシューゼネ様にやった事をジュリテア様はご存知です。ラダフィム様からお聞きして、ラダフィム様はジュリテア様に忠誠を誓われたそうですよ。貴方は………、どうしますか?」

 どうする?
 どうしたらいい?
 存在価値を無くすとはどういう事だろう?
 社会的に死ぬ?それとも本当に肉体的に死ぬ?『神の愛し子』でありヒュートリエ殿下の婚約者という今の地位なら容易いだろう。

 青褪めるナギゼアへ、シューニエは囁く。

「私が匿いましょうか?」

 神殿は国の機関の1つではあるが、王家といえども手が出せない特殊な性質を持っている。
 体調不良で神殿で療養する事にしておけば手が出せない。
 そう、唆す。

 ナギゼアはシューニエの囁きに応じた。






 ナギゼアには隣の部屋を案内した。
 シューニエは弱く儚いモノが好きだ。
 以前のジュリテアにはそんな雰囲気があった。
 強く美しいカシューゼネの後ろで、儚く微笑む姿に落とされた者は大勢いる。
 
 シューニエがカシューゼネとジュリテアに会ったのは15歳の神託の日だった。
 これが噂の公爵家の双子かと、その美しさに感心しながらも、己の加護である『神の言葉を告げる者』としての役目に務めた。

 シューニエはまず『神の愛し子』を授かったジュリテアを見た。先程までの自信なさげな顔から一転、青い目を輝かせて光り輝くように微笑むジュリテアは、とても美しかった。
 じゃあ、今まで期待されていたカシューゼネはどうだろうかと、暴れるかな?と思いながらも見てみると、面白い事にカシューゼネの顔はゲンナリとしていた。
 そう、何だこれ?という感じだ。
 微笑みの表情を張り付けて、シューニエは笑うのを堪えた。

 その後カシューゼネに会う事はなく、ジュリテアに『祈り』の加護を上手く使えるように教育して欲しいと請われて受けた。

 最初はお茶会からだった。
 ジュリテアは勉強嫌いだった。
 側にはいつもアルゼトかナギゼアがいて、この双子も凛々しい美しさを持っていた。
 
 ジュリテアは徐々にシューニエに近付いてきた。
 シューニエは気に入られたのだ。
 
「シューニエ様はお優しいです。僕が失敗しても笑いませんし、貴方が頭を撫でてくれると凄く嬉しい…………。」

 しなだれ掛る細い身体は柔らかい。
 甘い匂いは官能的で、ジュリテアは自分の魅力を知っていて、無意識に人を惹きつけていた。
 無邪気に身体を開くジュリテアは、シューニエから見たら高級男娼よりも質が悪い。

 アルゼトはそんなジュリテアに嫌悪的を持っていたのか直ぐに離れていった。
 裏方ばかりを請け負い、シューニエが来た時も殆どナギゼアが対応するようになっていた。

 シューニエは神職にありながら性には寛容だ。
 相談事に来る人間は綺麗な人間ばかりではない。
 貴族、平民、男娼、犯罪者。
 色んな人生を見聞きすれば、そんなものかと思うようになった。
 元々シューニエ自身貧しい家の生まれなので気にならないのもあった。

 ジュリテアの求めに応じず反感を買うのも困るし………、それくらいの気持ちで応え出した。
 ナギゼアはそんな自分達を見ても表情を変えず黙々と仕事をしていた。

 ある日ヒュートリエ殿下に見られて、威圧されたので早く切り上げた。
 もしやジュリテア様が叱責されるかと思い、自分の身の保身も気になったのでこっそり覗いたのだが、あれには驚いた。

「あっ、あんっ!ヒュートリエさまぁ!」

 喘ぐジュリテアはお尻を叩かれていた。
 子供のように、しかし子供に叩くよりは強く。
 パンパンと響く音に、そうか、ヒュートリエ殿下の性癖は………、等と新たな情報を仕入れて帰宅した。

 
 ジュリテアが治癒を使いたいと言うので、それも教える事になった。
 ああ、傷は治したいでしょうしね…、と心の中で思いつつも了承。
 と言っても加護は個人の資質なので、イメージを乗せる手伝いをするしかない。別にシューニエでなくてもいいのだが、必ずジュリテアはシューニエを呼び出し教えを乞うた。
 そして流れるように寝室に連れて行かれる。
 ここまで来るとシューニエにもジュリテアの異質さがハッキリと分かる。
 
 愛情に飢えた獣。
 その感情は無垢で純粋な為、ジュリテアはいつも可憐な姿。
 純粋に愛情を欲しがり、駄目な時は無垢な心で排除する。
 
 これは化け物だなと思った。

 こんなのが近くにいては周りの人間は壊れるだろう。
 度々ヒュートリエ殿下がジュリテアを鞭打って興奮する様を見せつけられ、シューニエもそれに付き合った。
 ジュリテアがそれを望むから……、そう言うヒュートリエ殿下もラダフィムも危ないなと感じた。
 シューニエ自身離れられるだろうか。
 そう思っていた時、アルゼトとカシューゼネが逃亡した。

 羨ましい。
 自分も逃亡したかったが、神官長という立場では無理だった。
 ジュリテアの狂信者は筆頭がヒュートリエ殿下。次にラダフィム公爵子息。
 他にも貴族共が何人も落ちていた。
 
 アルゼトとカシューゼネの逃亡の概要は、ジュリテアから聞いた。
 優しく抱いて喘がせれば、簡単に話し出す。
 傷は治したが、ナギゼアは精神的なショックが大きく1ヶ月謹慎療養するらしいが、ラダフィムは早々とジュリテアへ忠誠を誓い、今後ずっとジュリテアだけを愛すると述べているのを直ぐ側で聞いてしまった。
 この様子からすると、ナギゼアはジュリテアに完全には堕ちていないのではと思えた。


「今日はこの後ナギゼアが来る予定なのですよ。もうアルゼトもカシューゼネ兄様もいないので、彼も僕だけを頼るようになりますよね。」

 嬉しそうにジュリテアはそう微笑んだ。
 ナギゼアを手に入れる為に、ナギゼアの大切なものが無くなって喜ぶジュリテア。

 ジュリテアという人間の本質が狂っているのか、『神の愛し子』という人間がこうであるのか、シューニエには分からないが、微笑みの表情を崩さないようにしながらも、背中にゾワリと寒気が走った。


 その帰り道、シューニエはナギゼアを見つけた。
 途方に暮れたように廊下をトボトボと歩き、とうとう立ち止まった姿は孤独だった。

 俯いて緑がかったアッシュグレイの髪が顔に影を落とし、オレンジの瞳は暗く沈んでいた。
 淡々と仕事をする、人当たりのいい忠実な従者だと思っていた。
 だが、今の姿にそれはない。
 言外に行きなくないと言っていた。
 主人の下へ戻りたくない。

 シューニエは声を掛けた。
 思わず微笑みが崩れてニンマリと口角が上がる。
 直ぐに戻して、気付かれていない事に安堵しつつ、ナギゼアを神殿へと連れて行った。








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