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22ナギゼアの迷い

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 何故あの時あんな事をしたのか……。

 扉を壊す勢いで飛び込んで来たアルゼトは、部屋の惨状を見て静かに怒った。
 ラダフィム様と私に良いように身体を弄ばられたカシューゼネ様を見て、アルゼトは騎士を目指すラダフィム様でさえ目に追えない速さで私達を蹴り飛ばしたのだ。
 ラダフィム様はアルゼトよりも逞しい体躯なのに軽々と吹き飛ばされ、私も遠慮なしに壁に叩きつけられた。
 一瞬私を見たアルゼトは、冷たく怒りに満ちたいた。

 何故こんな事をしているのか?

 そうオレンジ色の瞳を燃え上がらせていた。

 カシューゼネ様を素早くシーツで包み、アルゼトは窓から飛び出して行った。
 ここは1階ではない。
 だが、アルゼトは私と同じ双子とは思えない身体能力を持っていた。
 人1人を抱えても苦も無く逃げてしまうだろう。

 何故…?

 私だって私がよくわからない。
 
 そもそもカシューゼネ様には疑問が湧いていた。
 ヒュートリエ様から命じられて制裁という名の体罰を加えていたが、身体に傷が無さ過ぎる。
 痣も切り傷も綺麗さっぱり消えている。
 最初は期間が空いていたので気の所為かと思っていたが、ここ最近私の体罰とヒュートリエ様の鞭打ち、ラダフィム様の過剰な性交渉であんなに真っ白な肌になるだろうかと思ったのだ。

 それで、ヒュートリエ様の鞭打ちを見ていた。
 むき出しにされた肌は真っ白で傷ひとつなかった。
 やっぱりおかしい……。
 ラダフィム様が残っていたので、この後犯すつもりなのだろうと、それも少し見ておくだけだった。
 次の日にでも傷があるか確認する。
 最初はそれだけのつもりで残っていた。

 灰色の汚い頭巾から現れた、ジュリテア様とそっくりの綺麗な顔を見て、その星が散らばる青い瞳を見て、喉がなってしまった。
 ラダフィム様を穢らわしく見ていたはずなのに、自分自身も興奮して股間に熱が溜まるのを抑えられなかった。

 口淫を強要して、精を放ち、苦しむ顔に愉悦を感じてしまった。

 そんな穢い自分をアルゼトに見られてしまった……。

 蹴り飛ばされて当然だろう。
 
 私達は直ぐには起き上がれなかった。
 何故なら蹴られた後に何度も殴られ蹴られて意識を無くしたからだ。
 ラダフィム様は加護に『剣聖』と『神の愛し子の剣』という戦う為の加護を2つも授かっているのに、アルゼトは圧倒していた。
 冒険者をやって鍛えているとは聞いていたが、どういう事だろうか。
 『道標』という加護はそれ程強い加護なのだろうか?





 2人が王宮から姿を消して1ヶ月が経とうとしていた。
 私達はジュリテア様の治癒で身体を治して頂いて大事にはならなかったが、ヒュートリエ様から厳しく叱責され、ジュリテア様の側に侍る事を禁止されてしまった。
 
 でも、それで良いのかもしれないと最近思う。
 今あの美しく可憐な姿を見れば、私はまた何かを間違えそうな気がしてくる。
 アルゼトの悲しい怒りに、私の心は未だ囚われたままだ。

 
 私は『理知』という加護が嫌いだった。
 人は素晴らしいと褒め称えるが、こんな使い勝手の悪い加護のどこが良いのか。
 どんなに知識が溢れようと処理する脳が無ければ話にならないのに。
 湧き上がる膨大な情報量に、何度私は熱を出し倒れたか。

 
 漸く謹慎が解けて登城を許されたが、何と無く足が進まなかった。明日からまたジュリテア様の世話をする為に会えるというのに、心が晴れない。
 白金の真っ直ぐな髪を結えて、薄く化粧を施し、儚く可憐な姿に似合う衣装を選ぶのはナギゼアの楽しみだった。
 カシューゼネはどちらかと言えばかっちりとした動き易い服を選んだが、ジュリテアは薄い衣の軽い衣装を好む。裾がフワリと広がるのが楽しいと言っていた。
 その姿はまさしく神に愛された者を体現している。
 あの可憐なジュリテア様の側に侍るだけで、至福に包まれ満足していたのに、ヒュートリエ様に命じられるままにカシューゼネに暴力をふるい、それを聞いたジュリテア様が嘆きながらも、ナギゼアに辛い思いをさせて申し訳ないと労ってくる姿を見ると、何故か心が沈んでいってしまった。
 はたして今までの自分の行動が正しいものだったのか、疑問が浮かんで消えていかない。
 

 自分の心が理解出来なかった。

 官僚用の通路から王族が住まう居住区へ向かう廊下の途中で、ナギゼアの足は止まってしまった。


「おや、これはこれはナギゼア様ではありませんか。」

 お久しぶりです、と話しかけてきたのは神官長シューニエだった。
 白い長い髪に明るいライムレモンの瞳の彼は30代前半の年齢ながら、王侯貴族の神託を一身に任されている実力者だ。
 ジュリテア様達やナギゼアとアルゼトの15歳の神託も、神官長シューニエが請け負った。

「シューニエ様、お久しぶりでございます。私はただの使用人ですの様は不要です。」

「貴方は伯爵家のご子息ですよ。私は元はただの平民です。」

 神官長シューニエは礼儀正しい。
 所作もゆっくりとしており、神に使える者特有の穏やかな口調をしているが、ナギゼアはこの男が見た目通りの人間だとは思っていない。

 シューニエはジュリテア様の教育係をしている。
 主に『祈り』の加護に関わる力の使い方を教えているが、基本お茶会から流れるように睦み合っている。
 侍従として働けば、可憐な主人が誰と仲良くしているか把握している。
 神官長シューニエは間違いなくジュリテア様のお気に入りの内の1人だった。
 神官職にありながら、シューニエは性欲が旺盛だなと思っている。

「こんな所に立ち止まってどうされたのでしょう?」

 どうやら廊下で思い悩んでいるのを見られていたらしい。

「いえ、久しぶりの登城でしたので……。」

 まさか主人であるジュリテア様に会いたく無いとは言えず、返答に困りナギゼアは押し黙った。
 シューニエはそんなナギゼアを明るい黄緑色の瞳で観察した。

「……………もし、何かお悩み事がおありなら、私がお聞きしますよ?」

 神官にとって悩み相談は仕事の一環になる。
 しかし相談相手がこの神官長かと、ナギゼアは少し悩んだ。
 なんと無く胡散臭い印象があるからだ。
 しかし、普通に善良な神官に話せる内容でも無いし、幼い頃から侍従として双子に暇もなくついていたナギゼアには、悩みを相談するような相手もいなかった。
 今まではアルゼトがその相手だったのだが、自分の行いの所為で離れてしまった。

 ナギゼアが頷くと、シューニエはにっこりと微笑んで近くにいた使用人へ、本日ナギゼアは体調不良で伺う事が出来ないと連絡する様に言い付けていた。
 
 物思いに耽るナギゼアからは、神官長シューニエのニンマリとした微笑みは見えていなかった。





 馬車で神殿に向かうと、シューニエの個室だろうと思われる部屋へ案内された。
 神殿への相談は大概小部屋を使用するので、てっきりそちらと思っていたのに、個人的な居住区へ案内されて、ナギゼアは戸惑った。

「此方のソファにお座り下さい。今お茶をお持ちいたしましょう。」

 そう言って、シューニエは部屋を出て行った。
 シューニエの部屋は神官の中でも広い部屋があてがわれていた。
 物は少ないがテーブルソファのセットに執務用の机と本棚、簡単なキッチンまである。
 奥には扉が3つ見えるので、風呂トイレ寝室とあるのだなと見受けられた。
 
 戻ってきたシューニエは果物を持って来た。
 キッチンで手早く切って、同時に紅茶まで淹れている。

「お上手ですね。」

 慣れた手付きで用意する姿に、意外とこの人はなんでも出来るのだなと感心した。
 なんと無く掃除洗濯料理はしないイメージがあった。

「ふふふ、何故か神託意外は何も出来ないと思われがちですが、これでも1人で全部こなせるのですよ。」

 そう言われて気まずくなる。

 テーブルには果物と紅茶が並び、対面に座るのかと思っていたシューニエは隣に座って来た。
 何故、隣に?
 怪訝な顔のナギゼアに、シューニエは気にした様子はない。

「それで、何を悩まれているのですか?」

 小皿に切った果物を乗せてナギゼアに渡す姿は、手慣れたものに感じる。
 果たしてこの男に相談していいものか再度悩んでしまう。
 
 少し悩んでいたが、何も言わずに隣で微笑んでナギゼアが話し出すのを待っているシューニエに申し訳なさも感じるので、話す事にした。

「あの、漠然としたもので、これと言った相談内容では無いのですが……。」

「ええ、悩みとはそう言うものですよ。」

 シューニエに促されて、ナギゼアは自分が今思っている事を話した。
 アルゼトの事、ジュリテア様の事、そしてカシューゼネの事を。

「私は『理知』という加護を使いこなせません。それが昔からの悩みで、ジュリテア様は自分と同じだとよく慰めて下さいましたし、私もカシューゼネ様に虐められ泣いているジュリテア様をよくお慰めしました。」
 
 そういう関係の人間は他にも多くいる様だった。
 その関係は歳を重ねる毎に濃密さを増し、15歳以前から、ジュリテア様はヒュートリエ殿下と関係があるように思われた。
 そんな時は人払いされる為、実際に目にした事はなかったが、他にもラダフィム様や貴族や騎士と、ナギゼアにも把握出来ない人数がいた様に思う。
 ナギゼアはそんな中の1人になる気にもならず、従者としての責務を貫いていた。アルゼトも同じ様に努めていたので、それで正解なのだと思っていた。
 
 王太子殿下でさえ婚約者のカシューゼネ様では無く、可憐なジュリテア様を選ぶのかと、どこか誇らしくさえ思っていた。

 しかし、15歳でジュリテア様が『神の愛し子』を授かり、何かがズレたような気がした。

 
 カシューゼネ様は今までと様子が変わりアルゼトを専任従者に指名した為、ジュリテア様付きになったはいいが、数日もするとジュリテア様までがアルゼトを指名してきた。
 双子の主人はナギゼアではなく、アルゼトを希望しだした。
 今までと逆になってしまった。
 アルゼトは優秀だ。
 頭ばかりの自分とは違い、従者の仕事も完璧で、しかも冒険者業まで幼いうちからやっていた。
 護衛としてもアルゼトは優秀だったのだ。
 力不足を隠し通し卑屈になりながらも、双子の主人達がナギゼアをと欲してくれる事にどこか安心していたのに、双子は揃いも揃ってアルゼトを望み出した。
 しかもカシューゼネ様は優秀で、ナギゼアが唯一秀でている学業も手伝う事はない。
 だったら勉強の苦手なジュリテア様にと思ったが、自分は教える事も下手だったのだと痛感した。
 どちらに仕えても居場所を感じられなくなっていたが、ジュリテア様は優しく声を掛けてくれた。
 ナギゼアも必要なんだと、助けになると言ってくれる。
 だったらジュリテア様に仕えようと思った。
 王太子殿下の婚約者となったジュリテア様の側に戻れるよう、ジュリテア様に頼むと、いいよと了解してくれたが、アルゼトの表情は曇っていた。
 アルゼトが無理をしてカシューゼネ様の方まで世話をやきにいっているのは気付いたが、ヒュートリエ殿下とジュリテア様には黙っていた。
 ただアルゼトにカシューゼネ様の世話をするのは得にならないから辞めるように言ったが、アルゼトは少し悲しそうな顔をしただけだった。


 ヒュートリエ殿下からカシューゼネ様に制裁をと言われて、今まで暴力なんてやった事もないのに、仕方なく頭巾を被らせて殴ることにした。
 頭巾はヒュートリエ殿下の指示だったが、きっとそうしないと暴力を振るえないだろうと見透かされたのだと思った。
 力不足を見抜かれ焦る心を補おうとする弱さが、主人であるはずのカシューゼネを痛め付ける原動力になってしまった。
 決して見下していい人間ではないのに、ヒュートリエ殿下からジュリテアを苦しめる人間なのだからと言い含められ、そうなのだと納得してしまった。

 そんな事が続いていけば、暴力に慣れないナギゼアの心は暗く落ちていくばかりだった。
 アルゼトは口にしないがカシューゼネ様を想っている。
 想い人に危害を加えるナギゼアに、アルゼトはきっと失望するだろう。
 そう思うと、ナギゼアの口数は少なくなっていった。


「ナギゼア、どうしたの?最近元気がないよ?僕と一緒に少しすごそう?」


 ある日ジュリテア様がそう言ってきた。
 一緒に休憩をしようと言われたのだと思った。
 いつもの様にお茶の用意をして、特に話す事もないと思いながらも、勧められるがままにソファに座った。
 
 ジュリテア様の白魚の手が、ナギゼアの手に重なって、初めてナギゼアは疑問が湧いた。

 星屑を散りばめた青い瞳が、ナギゼアのオレンジ色の瞳を見つめていた。
 吸い込まれそうなほどに綺麗だとは思う。
 無垢で純真で、綺麗なジュリテア様。
 
「ナギゼアの痛みを感じると、僕も苦しくなるんだ。」

 甘い声は天上人が歌うかのよう。
 耳から入り、身体を巡り、頭に霞がかかる。

「…………ジュリテアさま?」

 ナギゼアは使用人だ。
 この距離は近過ぎる。
 駄目だ。
 頭の中で静止が掛かる。
 少し仰け反ったが、ジュリテア様がもたれかかってきた。
 甘く蕩けるような匂い。
 ほんのりと温かく柔らかな身体に、ナギゼアは固まった。
 どくどくと心臓が鳴り、これは、駄目だと警鐘が鳴り響く。

 
 ガチャリと扉が開く音がした。

 助かったと、正直思った。

 入ってきたのはラダフィム様だった。
 慌ててジュリテア様の身体を優しく押し除け、立ち上がる。

「ラダフィム様が参りましたよ。お話し相手ならラダフィム様にして頂きましょう。」

 にっこりと笑って誤魔化した。
 距離の近かった自分達に怪訝な顔をしたが、自分が座っていた場所は嫌だろう思い反対の長椅子に案内して、ジュリテア様をラダフィム様の隣に座らせる為、そちら側に促した。
 
 お茶を淹れて退室する。

 ジュリテア様は優しい。
 可憐で、美しくて、無垢で純粋で、………そして、初めて怖いと思った。

 















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